風祭文庫・モラン変身の館






「野生勇者・ムオラルンガ」
(第2話:送り出す者)


作・風祭玲

Vol.969





UC00840101

この日はお正月であるのと同時にいまから84年前、

世界大戦による環境破壊の進行によって危機的な状況に陥ってしまった地球より

人類が宇宙への移住を始めた記念すべき日でもある。

しかし、それから84年の月日が過ぎ、

仮住まいとしてきたはずのコロニーから他惑星への移住はままならず、

その一方で閉鎖空間による犯罪の多発から、

大戦後発足した地球連邦政府は見せしめ効果による治安維持を目的として、

満18歳を迎えた男女より無作為に抽出した者をナノマシンを用いた肉体並びに精神の改造手術を施し

さらに併せて女性は男性への性転換手術を行うことで、

全員を原始的な野生戦士に仕立て上げたのである。

そして荒廃した地球上で我々の監視の下、

送り込まれた野生戦士達が槍や弓、石斧を振り上げ永遠に続く戦いをさせているのであった。

宇宙にすむ人類の平和のために…



『ぴっ!

 No7、注入したナノマシンより反応有り』

『ぴっ

 クリトリスの隆起を確認しました』

モニターから人工音声が次々と響き渡ると、

「んっ」

キーボードを叩くわたしは閉じた口で返事をしてみせる。

私の名前は柴田隆。

地球連邦政府・平和維持省の職員であるわたしは、

同時に【選ばれし者】の医療アドバイザーでもある。

もっとも、アドバイザーとは言っても、

わたしは【選ばれし者】たちへの行う医療行為そのものも行う事が出来、

現にいまこうしてわたしはナノマシンによる肉体改造手術を行っているのである。

正月返上で執刀を行うことになった【選ばれし者】は全部で10人。

無論、執刀される者は顔を合わせることはなく、

それぞれに割り当てられた個室の中に置かれているメディカルカプセルの中で、

肉体内に注入されたナノマシンによって肉体を改造されていくのである。

「ふぅ…」

無事最初の投入を終えたわたしは一息入れると、

湯気の立つコーヒーを口にし、

そして、モニターに映し出されている10台のカプセルを見る。

男性と女性それぞれ5人ずつがこのカプセルの中に入り、

漆黒色の肌を晒して生きていく野生部族へ変身するための

第一段階となる肉体改造手術を受けている最中だ。

「………」

しばしの間、わたしは次々とカプセル内の映像を見た後、

ピッ

カプセルの中に入っている者達のリストを表示させる。

リストに表示されるのはどれも18歳を過ぎたばかりの若き者達、

様々な場所で直接言葉を交わした記憶がある顔写真を見ながら、

経歴の方へと視線を動かしていくと、

勉学に部活にとそれぞれの青春を送っていることが克明に記載されていた。

「全く…

 仕方がないとはいえ、

 政府も惨いことをするな…」

そんな彼ら彼女らがこれから送ることになるであろう

人生を想像しながら私はそう呟くと、

ピッ

ピッ

これまでに肉体改造手術を行ってきた者達が地球への降下後に辿った運命に目を通す。

「…早い者では、降下その日に猛獣に喰い殺されているのがいたんだな…」

と戦士としての人生が短く終わってしまったその者の事を偲んでみせると、

「1年後の生存率は50%…

 2年後は30%…

 5年以降は10%から緩やかに降下していき、

 平均寿命はわずか25歳…

 戦いに明け暮れる男しかいない世界の上に野放しの疫病や猛獣、

 寿命がコロニー組の半分以下になるのは当然か。

 でも親が知ったら泣くなぁこれ」

【選ばれし者】達が辿る過酷な運命をわたしが呟くと、

『No8、

 クリトリスの隆起を確認しました』

と音声合成の声が響いた。

「No8…

 真波千香。

 あぁ、あの娘か」

その声を受けてわたしはNo8カプセルに入っている少女のプロフィールを見る。

「見た目とは違って、

 結構しっかりしていた娘だったなぁ…」

プロフィールを見ながら

わたしは高校の進路指導室で言葉を交わした千香のことを思い出していた。



10人の若者が現在受けている第1段階の肉体改造手術は主に内臓周りの改造であり、

不衛生・高温・乾燥下でも食中毒や日射病・熱射病で命を落とさないようにするために、

循環器・消化器ともに大幅に強化をするのである。

そして、その際に女性は男性への性転換を同時に行うのであった。



「さて、

 このグループは肉体改造の終了まで意識を失っていることを選んだ者達ばかりだから、

 このまま放っておくか、

 また次の連中の面接もしないとならないからな…」

背伸びをしながらわたしはそう呟くと、

システムを自動運転にしながらその場を慌しく離れていく。

そしてわたしが離れた後、

メディカルカプセルの中はコンピューターによる完全監視の下、

収容している者達への栄養補給、

排泄物の処理を行い続け、

再びわたしが戻ってきたのは10日後の事だった。

「えーと、

 第1段階はほぼ終了のようだな」

そう言ってモニター画面に映し出される数値を確認したわたしは、

念のため、カプセルの中の若者達は見て回るが、

しかし、収容されている者達は目は変わっていないものの、

女性達の股間には立派な男性器・ペニスが生え、

無論ペニスの背後には睾丸を納めた陰嚢が下がっていた。

そして、それぞれのサイズでふくよかに膨らんでいた乳房が消え失せていることを確認すると、

「ふんっ、全員男だな…」

と呟くや否や、

カプセルの前に張り出されていたカルテから性別の欄にある性別欄を次々と男へ書き換えていったのであった。

「よぉし、

 第1段階終了。

 続いて第2段階に進行する」

全員の第1段階の処置終了を確認した後、

チェック表に次々と丸印をつけたわたしは第2段階を開始させるために、

コンソールを次々と叩いていく。

すると、

カプセルの中に収容されている者達の尿道より第1段階で使ったナノマシンが排出され、

代わりに第2段階用のナノマシンが新たに投入されていく。



第二段階は筋肉・骨格の肉体改造である。

内蔵の強化を終えた者達の筋肉や骨格の肉体改造を開始し、

温度の高い地面から少しでも離れるようにと脚を長く伸ばし、

腕も同じように伸ばしていく

顔も過酷な環境下で大切な臓器を守るためにそれに合わせた改造を行うのである。

そして筋肉も不必要に太らせることなく、

強靱且つしなやかであり、

必要以上にカロリーを消費しないものへと変えていくのであった。



カプセルの中、

第二段階が始まった若者の身長は徐々に伸び始め、

また骨が太くなっていくと、

それに併せて筋肉も隆起し始める。

そして、

メリメリメリ!!

ゴキッ!

バキバキ…

メリッ!

10台のカプセルから作り替えられていく骨格の音が響いてくると、

中の者達のシルエットが徐々に変化していくのであった。

本来なら激痛が生じているはずであるが、

しかし、意識を失い。

ある意味昏睡状態である彼らはそれに気づくことなく、

カプセルの中で変身をして行くのである。

やがて1月も半ばを過ぎると、

第2段階は終盤を迎えつつあった。

ミシッ!

カプセルの中の皆の身長はすでに190cmを越え、

人によっては2mを超す者も出ていた。

「よし、

 順調、順調」

狭くなったカプセルの中、

皆窮屈そうに脚を折り曲げて身体を丸めている姿を眺めながら、

わたしは第2段階がつつがなく進行していることを確認すると、

チェック表に丸を付け逐次第3段階へと進めていく。



第3段階とは強い太陽光に耐え、

裸体での生活が不自由なくできる強靱な皮膚を作るための手術である。

それを担当するナノマシンが投入されると、

無駄なく発達した筋肉を包み込むそれぞれの肌がナノマシンによって強化され、

さらに増やされていくメラニン色素によって黒く染められていくと

頭髪、陰毛共に硬く縮れた髪へと姿を変えていく、

そして、唇は厚くなり、

汗を流す汗腺も脂を流す脂線と入れ替わって行くと、

黒く染まった肌は中からしみ出してくる脂によって黒光りするようになっていったのであった。

1月も終わりに近づいたとき、

カプセルの中は黒い肌を晒す男達が眠りにしている状況になると、

第4段階へと踏み込んでいく。



第4段階とは…

ズバリ、脳の改造である。

いくら肉体改造後教育が行われると言っても、

事前知識が有ると無いとでは教育に掛かる負担は段違いである。

そのためナノマシンを使って直接脳に知識をインプットしアーカイブしておくのである。

そして教育係である生活アドバイザーがあるキーワードを使ってスイッチを入れると、

インプットした知識が解放展開され、

一気に彼らの脳を書き換えてゆくのである。

股間から勃起したペニスを長く伸ばし、

黒い肌を晒しながら身悶え頭を抱えて脳を書き換えられていく苦痛に耐える彼らの姿は、

好き者にとってはとても興奮をする姿らしいが、

どうも、私には悪趣味にしか思えない。

そこで、今回一人だけ別の方法を試すことにした。

解放されるキーワードを別のものに変え、

さらに脳を書き換える方法を直接的ではなく、

間接的に知識をして与えていく方法を取ってみるのである。

成功すれば書き換えられる負担は軽くなり、

また、副作用として人格が極端に変わったりすることを避けられるはずである。

ピッ

ピッピッ

10台あるカプセルの中からわたしはNo8を選ぶと、

彼女…いや彼に施すプログラムを入れ替える作業を始める。

ある意味、政策の犠牲者といえる彼らに対するわずかの罪滅ぼしなのかもしれない。

「ふぅ…

 これで終わり」

作業を終えたわたしは一息をつくと、

「さて」

まもなく第1段階の手術が始まる者達のところに向かうべく腰を上げたのであった。



「あら、柴田君じゃない」

更衣室で着替えているわたしに正井さんが声をかけてきた。

「正井さん…

 いいんですか?

 ココは男子更衣室ですよ」

トレードマークとなっているスカートスーツ姿に、

緑掛かった髪の毛を巻き上げて、

プルンと膨らんだ胸を協調しつつ話しかけてきた正井さんを怪訝そうな目で見ながら

わたしは注意をすると、

「ふふっ、

 あたしには関係がない事よ」

と彼女は笑みを浮かばせてみせる。

確かに彼女には性別なんてどうでも良いことだった。

「ねっねっ、

 どうかしら、

 この身体。

 ジオニクス社製のボディスーツ・MS−06なんだけど、

 とっても魅力的でしょう?」

と知的なイメージなどどこかに吹き飛ばしてしまったかのようにしなを作ってみせる。

「はぁ…

 まぁいいんじゃないでしょうか?」

そんな彼女に向かってわたしは適当に返事をしてみせると、

「もぅっ、

 反応がないんだから、

 やっぱり、アナハイム製のMSN−100の方が良かったかしら?」

と呟く。

「はいはい、

 ジオニクスでもアナハイムでもわたしには関係有りませんし、

 第一、そう言ったボディスーツで本当の姿を誤魔化すのって好きではありません」

そうわたしは指摘すると、

「まったく…」

正井さんはしらけたような顔をしてみせ、

腕を首筋に這わせるなり、

ピッ!

と皮膚を引き裂いて見せた。

そして、

ズルリと顔の皮を捲ってみせると、

その中からは彼女の顔とは似ても似つかない漆黒の顔が現れ、

ハラリと朱泥で染められより分けられた髪がこぼれ落ちてくる。

「本当に…

 あなたが使っているボディスーツが実用化されているのに、

 なんで、あえて肉体改造を行い

 残酷な殺し合いをさせるのか、

 連邦政府はよほど非人道的なことが好きのようだ」

それを見たわたしは嘆くように呟くと、

「決まっているだろう、

 平和のためだ。

 【選ばれし者】達が改造を終えた後、

 あの者達が裸体を晒し弓や槍・手斧で血飛沫をあげて殺し合う様を見て

 あぁはなりたくはない。と皆が思うから戦争も起きないのだ。

 違うか?」

と正井さんは野太い声で言い返す。

「確かにそれは否定しませんが…」

彼女、いや彼が言う言葉にわたしは頷くと、

「彼らの犠牲があって、

 我々の平和が続いているんだ。

 わたしはその仕事の一端を担っているし、

 それを誇りに思っている」

正井さんはそう言いながら再び皮を被ってみせると、

「それと、あたしがこのボディースーツを着用するのは、

 わたしが素の姿であの者たちに会うことができないから、

 じゃぁ、そうことなので、

 失礼します」

と事情を話し女性の声を残して去って行った。



「はぁ…」

彼女が去っていったのち、

わたしはため息をつくと、

「これから、

 一体何人の【選ばれし者】を地球に送るのだろうか」

と呟いていたのであった。



つづく