風祭文庫・モラン変身の館






「野生勇者・ムオラルンガ」
(第1話:選ばれし者)


作・風祭玲

Vol.118





UC(宇宙世紀)0079

あたしが中学二年生だった秋の夕方のことだった。

その日は部活が休みだっため、

いつものように部活のメンバーと一緒に帰らず、

学校の校門で偶然であった幼馴染でもある工藤慶介とともに帰宅の徒についていた。

そして、通学路の途中にある公園の前に来たとき、

「ちょっとよっていかない?」

そうあたしは慶介に声を掛けると、

子供のことによく乗った公園内のブランコみに並んで漕ぎ出した。

キィ

キィ

茜色に染まる夕焼け空に向かってあたしはブランコを揺らしながら、

「ねぇ、慶ちゃんってどんな仕事に就きたいの?」

と慶介に向かって尋ねる。

「仕事?

 どうしたの?

 いきなりそんなことを聞いて」

あたしの質問に慶介は驚きながら聞き返すと、

「だってあたしたちって

 もぅ中学二年生でしょう。

 そろそろ将来のことも考えないとね」

驚く慶介に向かってあたしは理由を言う。

「う〜ん、

 そうだなぁ…」

あたしの言葉を受けて慶介は考える素振りを見せると、

「希望はあるんだけどねぇ…」

と言いながらブランコを止めて見せる。

「え?

 何か決めているの?」

彼からは明確な答えは返ってこないと決めつけていたあたしにとって、

予想外とも言える返事に驚くと、

「ねぇねぇ、

 どんな仕事に就きたいの?

 教えてよ…」

とあたしもブランコを止めて聞き返した。

すると、

「笑わない?」

慶介はあたしの顔を見ながら尋ねる。

「うん、

 笑わないよ。

 だから教えて」

じっとあたしを見る慶介向かって笑顔で答えると、

すると彼は空を見上げながら、

「僕ねぇ…

 実は宇宙連絡船の乗組員になりたいと思っているんだ。

 だから宇宙航海士の学校に行こうと思っているだけどね」

と答える。

「へぇ…

 凄いじゃないっ。

 やっぱり男の子ってそっち方面に行っちゃうんだね」

「うんまぁ」

話を聞いて目を輝かせるあたしの姿に気恥ずかしくなったのか、

慶介は鼻の頭を掻く仕草をしてみせると、

「じゃぁ、

 千香は何になりたいの?

 僕がなりたいものを教えたのだから、

 今度は千香のを教えてよ」

と今度は慶介が聞き返す。

「え?

 あたし?

 ハッキリとした事は決めてはいないんだけど、

 一応、地球に降りて地球の自然を治す仕事に就きたいと思っているの」

とはにかみつつあたしは返事をしてみせる。

「地球か、

 それはまた凄い夢だね。

 でも、地球の降りることが出来るのは地球自然回復プロジェクトのメンバーか、

 あとは【選ばれし者】だけでしょう。

 けど千香もしっかりと決めているんだ」

あたしの返事を聞いて慶介は大きく肯くと、

「そうよ。

 まずは自分がしっかりと決めなきゃ、

 しっかりと進みべき道を決めて、

 進まないと悔いの残る人生になるわ」

とあたしは力強く言う。

しかし、

「そうだね…

 でも、本当になれるかな…宇宙航海士」

自信なさげに視線をやや下に落として慶介は呟くと、

「どうした。

 そんな弱気じゃ、

 夢に向かって走れないぞ」

息沈消気味の慶介の背中を叩きつつあたしはそうハッパを掛ける。

すると、

「そういう千香だって、

 地球行きを希望するのもいいけど、

 ひょっとしたら【選ばれし者】となって

 降りる羽目になるかも知れないんだぞ」

と彼は言い返す。

その途端、

「やめてよ。

 【選ばれし者】だなんて…」

とあたしは声を上げてしまった。

そう【選ばれし者】と呼ばれる人たちがいる。

彼らは18歳の誕生日を迎えた男女達の中から選別され、

肉体の改造と教育を施した後に地球へと下ろされ、

そして二度と宇宙へは戻ることはない者達のことである。



時はUC(宇宙世紀)

旧世紀末、大国の意地の張り合いから始まった世界大戦は

産業革命以降、人類の活動によって傷つけられていた地球環境に壊滅的な打撃を与え、

それによって発生した大災害・南極大溶融より

人類は経済・産業の拠点としていた平地のほとんどを失ってしまったのであった。

さらに陸地の消失に伴って大気の大循環活動が弱まってしまうと、

残った陸地も砂漠化・サバンナ化が急速に進行。

そのため戦後樹立された地球連邦政府は人類の地球での居住を諦め、

宇宙空間に建設したコロニー群への移住を決定したのであった。

しかし、コロニーという閉鎖的な空間は居住する者達の精神を圧迫し、

それによる社会不安によって数々の凶悪犯罪が多発したために、

地球連邦政府・平和維持省は見せしめ効果による治安維持を目的として、

満18歳を迎えた男女から無作為に【選ばれし者】を選び出し、

ナノマシンを用いた肉体並びに精神の改造手術と併せて女性は男性への性転換手術を行うことで、

全員を原始的な野生戦士に仕立て上げたのである。

そして荒廃した地球上に設置されたカメラの前で野生戦士達は槍や弓、石斧を振り上げ

永遠に続く戦いを行うのである。

すべては人類の平和のために…



「嘘ですっ。

 これは何かの間違いですっ!!」

あの日から約4年が過ぎたUC(宇宙世紀)0083

あたし、真波千香は高校3年生になっていた。

そして地球を挟んで月の反対側に浮かぶサイド7・ノア。

その”3チョウウメ・1バンチ・コロニー”に建つ

夕陽丘中学校の進路相談室にママの悲鳴に近い叫び声が響き渡ると、

バサっ

部屋の中にたくさんの書類が舞い踊ってみせる。

「あっ」

まるで雪のように舞う書類をあたしは眺め見ていると、

「落ち着いてください!

 真波さん。

 私も最初通知を読んだときには何かの間違いかと思ました。

 それで何度も確認したのですが、

 平和維持省は千香さんを【選ばれし者】として裁定を下したのです」

ママの声に押されながらも、

担任の大山先生は平和維持省からの通知書をまとめ直すとテーブルの上に差し出してみせる。

「こっこんな裁定…

 あたしは絶対に認めませんからね」

差し出された書類を身の毛のよだつような形相でママは睨みつけたあと、

プイッ

と横を向いて見せると、

「………」

大山先生は困惑した顔であたしたちを見る。



あたしの18歳の誕生日。

学校の進路相談室には小さなテーブルを挟んであたしとパパとママ、

担任の大山先生、

そして、市役所から来た勝山信二さんと、

平和維持省の職員であり”医療アドバイザー”と言う名刺を差し出した柴田隆さん、

同じく”生活アドバイザー”の正井リサさんとが向かい合って座っていた。

勝山さんは市役所勤めが似合いそうな年齢40歳ほどの小太り気味のおじさんで、

柴田さんはどこかヲタクっぽいお兄さんで、

それに対して正井さんはスカートスーツがよく似合う知的な感じがするお姉さんだった。

「素敵な人だなぁ…」

巻き上げた髪にメガネをかける正井さんを見ながらあたしはそう思っていると、

勝山さんが小さく手をあげ、

「ご両親にはいろいろご意見もあると思いますが、

 しかし、省の裁定は絶対ですし、

 人類の平和維持のため、

 どうかご理解してください」

パパとママに向かって頭を下げて見せる。

すると、書類に添えられていた一枚の写真をパパは手に取り

「本当に裁定は覆らないのですか?」

と勝山さんに向かって尋ねたけど、

「はい、この裁定は絶対ですし、

  それに従わない場合の罰則もご存知かと」

と勝山さんはパパに念を押す。

「それにしても、

 あっあんまりですっ」

それを聞いたママが涙ぐみながら嘆くと、

「ふぅ〜」

パパは大きくため息を一つついて、

手にした写真を書類の上に置いて見せる。

パパが写真を置いた書類の表紙には平和維持省からの裁定書があり、

そこには

「住民基本ID:AC472634B:真波千香 アスメック族・男・戦士」

と書かれてあって、

さらにパパが置いた写真には手に槍を持ち、

股から角のようなモノを突き出して、

たくましく黒光りした裸体を誇らしげに見せつける男性の姿が写っている。

それはあたしが【選ばれし者】としてなるべき姿であった。



皆の口がようやく閉じた頃、

頃合を見計らっていた医療アドバイザーの柴田さんが口を開くと、

「えーと、

 よろしいでしょうか?」

と尋ねてきた。

彼のその一言であたしたちの視線が柴田へと向かうと、

「千香さんに行われる処置なんですが、

 ご存知であるとは思いますが、

 過酷な地球環境に適合できるようにするための肉体改造と、

 千香さんは女性ですので男性への性転換処置を同時に行ってもらいます。

 そのため、私どもが指定する医療機関で肉体改造手術を受けてもらうことになります。

 手術と申しましても旧世紀のような刃物を用いた乱暴なものではなく、

 ナノマシンによる細胞レベルの置換修正作業のようなものです。

 この方法は肉体変化の割合に応じてナノマシンを段階的に切り替えていく手術を行うため、

 執刀開始から完了までひと月近いお時間がかかりますが、

 それが完了いたしますと千香さんの体的特徴や風貌は

 地球で生きて行くためのふさわしい姿となりますし、

 さらに、性転換によって完全な男性となりますので力強く生きていけます」

と説明したところで、

「あのぅ…」

そう話し掛けながらあたしは柴田さんを見た。

「はい、なんでしょうか」

すぐに柴田さんはあたしに話し掛けてくると、

「この…

 角のようなものは何ですか?」

とあたしは写真を手に取り、

自分がなるべきアスメック族戦士の股から突き出している角を指差す。

「千香っ、

 あなたはなんて質問をするの?」

それを見た途端、

ママがきつい言葉で注意をすると、

「いいじゃない、

 気になったんだから」

不機嫌そうにしながらあたしは言い返す。

すると、

「よい質問です。

 それはですね、

 こう言うものなのですよ」

そう言いながら柴田さんは徐にビニールに包まれた細長いものを取り出すと、

テーブルにおいて見せた。

皆の視線が一斉に置かれたものへと注がれるが、

しかしあたしは置かれたものの意味が分からず

「?」

小首を捻っていると、

「これはウルカといって、

 アスメック族の男性が唯一身につけている衣装です」

と柴田さんは説明をする。

「これが…服なのですか」

その説明を聞かされたあたしは驚きながら聞き返すと、

「はい、

 ちょっと持って見てください。

 とっても軽いでしょう。

 アスメック族では木の枝の皮を剥いて表面をなめし、

 それをこの様に筒状に加工して男性のシンボルに被せるのです。

 そして、服の定義を体を隠し保護をする。と言う視点でみた場合、

 このウルカはまさにアスメック族の唯一の服と言えるのです」

とビニール袋から取り出したウルカをあたしに持たせながら説明をする。

「これを…

 あたしがつけるの…」

衝撃的なウルカの姿を見ながらあたしはそう呟くと、

「いつまでそんなものを持っているの?

 汚らわしい」

とママの怒鳴り声が響いた。

カチン

その声にあたしは瞬く間に不機嫌そうな顔をしながら、

「別に良いじゃないっ、

 これをつけるのはあたしなんだから、

 ママは口を出さないで!」

と強い口調で言い返す。

「なっ、人が心配してあげているのに…

 そんなものに興味があるなら、

 さっさと土人にでもなって殺し合いをしてればいいわ」

あたしの反発した言葉を受けてかママは語気荒くそう言うと、

さっさと席を立って部屋から出ていってしまった。

「ママ…」

立ち去って行くママをあたしは見送ると、

「続けてよろしいでしょうか」

と柴田さんが尋ねる。

コクリ

その言葉にあたしが肯いてみせると、

「この通り、

 アスメック族はこのウルカ一本をつけた姿で過酷な環境の中を生き抜いていくのです。

 私はテクノロジーに頼らず、

 ウルカ一本、

 槍一本で戦い生きていくアスメック族の姿は美しい。と思っています。

 なれるものなら私がアスメック族になってみたい。

 なぜ、私は【選ばれし者】になれないのでしょうか」

と悔し涙をハラハラと流しながら柴田さんは締めくくって見せる。

「あの、過酷とはどんな感じなのですか」

ハンカチで涙を拭く柴田さんに向かって小さく手を上げながらあたしは問い尋ねると、

「簡単にご説明しますと、

 アスメック族が暮らしている地域の日中の最高気温は約60℃、

 その一方で最低気温は30℃近くと寒暖の差が大きいところです。

 またまともな雨は極稀にしか降らない乾燥地域です。

 しかし、その過酷な環境の中であるにも拘らずアスメック族は牛を飼い、

 その牛に依存する形で生活をしています。

 ですので、アスメック族にとって牛は財産でもあり、

 生きるための糧なのです。

 また先ほども申しましたが、

 布で出来た衣類は一切身に着けず、

 ウルカ一本の裸での生活を送る為、

 強い日射に耐える強い肌、

 一日中歩き続けても疲れることをしらない筋肉、

 そして、高温に耐え水の発散を最小限に抑える循環器に

 食べたものを一切無駄にしない強靭な消化器。

 さらに不衛生をものとしない免疫などなど、

 アスメック族の肉体は我々よりも強くたくましくなっており、

 その肉体へ変身をしたとき、

 千香さんは暑さや渇き、飢えによって死ぬことは稀といっても良いでしょう」

と説明をする。

「そうですか…

 なんかスーパーマンみたいですね」

それを聞いたあたしは返事をするとウルカを再び手に取り、

そして、さっきの写真を眺めながら

「あたし…こんな姿になるんだ」

と呟いて見せる。



医療アドバイザーの柴田さんがそこまで説明したところで、

今度は生活アドバイザーである正井さんが

「続けて私からよろしいでしょうか」

と切り出し、

「柴田からの医療的な話は以上で終わりですが、

 肝心なのはここからです」

とあたしをチラリと見ながら言う。

「あっ、はいっ」

彼女の鋭い視線を浴びたあたしは飛び上がるようにして畏まると、

「見た目がアスメック族になったからといって、

 それだけでアスメック族としての生活が出来るわけはありませんし、

 また、アスメック族として生きていくために、

 千香さんには心の中もアスメック族になってもらわないと困るのです。

 千香さんは牛の世話をしたことがありますか?」

と正井さんは説明をした後、

聞き返してきた。

フルフルフル

その質問にあたしは首を横に振って見せると、

「先ほど柴田が申しました通り、

 アスメック族は牛に生活の殆どの糧を依存しています。

 ですので、千香さんにはアスメック族としての牛の世話と、

 生き残るための戦いの仕方の両方をマスターしていただきます。

 ご安心下さい。

 アスメック族は数百ある野生部族の中でもトップクラスの戦闘技術を持っています。

 戦いの場でもそう簡単には死ぬことはありません」

と胸を張って言う。

「はぁ…」

その言葉にあたしは頷くと、

「失礼ですが、

 学校では何か格闘技・武道系のクラブに入っていましたでしょうか?」

と尋ねてくると、

フルフル

その質問にもあたしは首を横に振って見せた。

「なるほど…

 つまり、飼育も格闘もそれに関する知識は無いのですね」

あたしの返事を見た正井さんは厳しい表情をしてみせると、

「娘はそう言った方は苦手でして」

とパパが口を挟んできた。

「いえ、結構です。

 何も知らないほうが返って好都合なのです。

 下手に知識がありますと、

 どうしてもその知識にしたがってしまいますから」

と正井さんはパパに言う。

そこで質問はいったん途切れ、

長い沈黙の後、

パパはあたしの方を見ると、

あたしは何も言わずに微笑んで見せ、

そしてガンバルの意味をこめて拳に力を入れてみせる。

するとそれを見たパパは大きく肯き、

改めて勝山さん、柴田さん、正井さんに向かうと

「娘をお願いします」

言いながら頭を下げたのであった。

「ふぅ〜っ」

その途端、大きなため息の音が部屋中に響き渡り、

皆が一斉に力をこめていた肩を降ろすと、

「では形式的ではありますが承諾書にサインをお願いします」

と勝山さんはカバンの中から承諾書を取り出しパパの前に置いてみせる。

そして、パパがそれにサインを見届けた後、

「ではこちらの準備が出来次第、

 通知が参ります。

 そうしましたら速やかに通知書に指定された医療施設までお越しください。

 そちらでは、医療アドバイザーである柴田が待機しておりますので、

 では」

と言い残して勝山さんとアドバイザーの柴田さん、正井さんはともに席を立ち、

あたしたちに一礼をして見せた後、

3人とも進路指導室から出ていったのであった。

そして3人が出ていった後、

入れ替わるようにしてママが戻ってくると

「結局、サインをしたわけね」

と諦めた顔をしながらパパを見下ろしてみせる。

「パパを悪く言わないで」

そんなママに向かってあたしは言うと、

「判っているわよ、

 選ばれてしまった以上、

 どうすることも出来ないことぐらい」

ため息をつきながらママはそう言い、

あたしの横に腰を降ろすなりそっと頭をなでてくれる。

そしてその日から通知書が来るまでの間、

あたしは普通の女の子としての数少ない時を過ごすことになったが、

しかし、同時にある人のことが気になるようになっていた。

それは、工藤慶介のことだった。

幼馴染みでもある彼とは高校もクラスも一緒であり

互いに秘密を持たずに話し合うことが出来る少ない友人でもあった。

そして、このことを彼に秘密にしておくのはあたしの胸が痛むけど、

でもどうやって切りだそうかと思いながら

あたしは悪戯に時を重ねていたのであった、



あたしの元に通知書が届いたのは、

秋が終わり街中にクリスマスソングが流れる12月の中頃だった。

「とうとう来たか」

まるで昔の戦争で徴兵のために届けられた赤紙を見るような気分で

あたしは通知書を見ていると、

「ついに来たわね」

とママは話しかけてきた。

「うん」

その言葉にあたしはうなづくと、

「ところで、慶介君にはちゃんとお話をしたの?」

とママは尋ねる。

フルフル

その言葉にあたしは首を横に振って答えると、

「恋人ってわけじゃないけど、

 でも慶介くんとは長い付き合いなんだから、

 ちゃんとあなたの口から事情をお話しなさい。

 行ってしまってからでは必ず後悔するから、

 行く前にちゃんとあなたの口から言うのよ、

 クリスマスが終わるまで待ってもらうようにって

 パパがお願いするそうだから」

とママはあたしの肩に手を置き諭すように話した。

「あっありがとう、

 ママ…」

ママのその言葉に励まされてあたしは笑って見せるものの、

でも、学校で慶介の顔を見とどうしてもこのことが言えなくなり、

そして迎えたクリスマスイブ。

「慶介…

 ちょっといぃ?」

放課後、帰宅する彼を待ち伏せしていたあたしは呼び止めたのであった。



「え?

 知っていた?」

夕暮れの公園にあたしの驚く声が響くと、

「あぁ…

 僕だけではなくクラスの皆も知っているよ。

 もっとも、ちゃんとした裏が取れている訳では無かったので、

 最初伝え聞いたときは信じられなかった。

 でも、いま千香からちゃんと話してもらったので、

 やっと信じることが出来るよ」

と慶介はあたしを見ながら言う。

「みんなも知っていたんだ…」

それを聞いたあたしはアスメック族になることが知られてしまっている恥ずかしさと

誰からも声をかけられなかったことへの悔しさを覚えると、

「言っておくけど、

 クラスの皆は千香に余計な負担をかけたくない。

 と言う思いで口をつぐみ、普通に接してきたんだ。

 そこを逆恨みするなよ」

あたしの心境を悟ってか慶介はそう注意をする。

「………」

彼のその言葉にあたしは黙ってしまうと、

「そうか、

 その姿の千香を見るのはこれが最後なんだな」

と慶介は涙ぐみながら呟く。

もぅあたしは何も言えなかった。

そして、

ダッ!

まるで慶介から逃げるようにして飛び出してしまうと、

「待て!」

と慶介は呼び止めるが、

すぐに

「いいなっ

 例えどんな姿になっても千香は千香だ。

 土人になってもちゃんと戻って来いよ」

とあたしの背後から叫び声が響き、

あたしはその言葉に送られるようにして公園をあとにしていたのであった。



翌日、クリスマスの日は2学期の終業式だった。

しかし、慶介はあたしのことは誰にも話さなかったらしく、

クラスのみんなは何事も無くあたしと接し、

式の後、休み明けの再会を約束して別れていく、

そしてあたしは担任の大山先生の所に挨拶に行くと、

「3学期は出席できないだろうが、

 卒業は出来るようにしてある。

 頑張ってな」

とあたしを励まし肩をたたいて見せた。

そして、そのときになって、

この学校からあたしの他に【選ばれし者】がいることを知ったのであった。

他にもあたしと同じ人がいる。

それを思ったときあたしの気持ちがみるみる軽くなると、

どこか希望を感じるようになってきた。

そして、足取り軽くあたしは帰宅すると、

「大丈夫よ、

 あたし…もぅ子供じゃないんだから…

 一人で行けるって…

 じゃっ、行って来るね」

とパパやママの付き添いの申し出を断り、

あたしは一人で指定された医療施設に向かっていったのであった。



医療施設では改造手術を前にして不安に陥らないようにと、

花などが飾られた落ちついた雰囲気の個室が割り当てられ、

あたしは自分の部屋よりも恵まれてる環境に一人驚いてみせる。

そして、あの日あたしの前に説明をした医療アドバイザーの柴田さんが入ってくると、

あたしに向かって改めて手術の方法を説明をはじめたのであった。

そして、その場で性転換と肉体改造を行うため約一ヶ月掛かる長帳場の手術についてあたしは不安を訴えると、

「手術後毎に小刻みに自分の変化を確認できる方法のほか、

 意識を一端消して昏睡状態にし一気に変化させていく方法があります。

 前者の場合、自分の体が変化していくことに恐怖を感じてしまうケースがありますが、

 後者の場合、いきなり変化が終わっているのでショックを受ける場合があります。

 要は心がけ次第ですが」

と柴田さんは説明し、

どの方法をするのか選択するように言う。

その質問にあたしはしばし考えた後、

後のケースを選択したいと申し出た。

そう、変わるなら後ろ髪引かれるようなことなく一気に変わりたかった。

目が覚めた時、あたしはあたしで無くなっている方が楽だと

そのときのあたしは考えお願いをした。

こうして、あたしの手術は検査などの関係から大晦日に行われることになり、

その当日、あたしは手術台の上で麻酔をかけられ意識を失っていく。

次ぎ目覚めたとき、あたしはあたしで無くなっていることを思いつつ…



つづく