風祭文庫・モラン変身の館






「夢の世界」
(光枝の場合)


作・風祭玲

Vol.864





チー…

チー…

チー…

生い茂る草むらの中より虫の乾いた泣き声が響くとある夏の夕方。

「あちぃ…」

白い夏セーラーを汗に濡らしながら引田光枝はバス停から続く道を歩いていた。

日中、この夏一番と言われる猛暑をもたらしていた日差しは既に西の山の中へと没し、

光枝が歩く道には夜風となる風が吹き始めて来たが、

だが、

ムワッ!

日中の暑さが厳しければ厳しいほど夕方以降の気温もまた高めとなり、

吹き寄せる風もまた日中の猛暑を思い起こすのに十分すぎる暑さを持っていた。

「はぁ…

 まったく…

 何が悲しくて補習なんて…」

後ろにくくった髪までも汗に濡らし、

空ろな視線で前を見ながら光枝は愚痴を漏らしはじめる。



事の起こりは期末テストの返却の日。

「これから名前を呼ぶ者は夏休み中に補習授業があるから覚悟しておけ」

教壇に立つ担任はテストの結果を見て喜ぶ者、

落ち込む者が入り混じるクラスに向かってそう声をあげると、

科目別の補習者の名前を読み上げ始めた。

そして、その中に光枝の名前があったのである。



「ただいまぁ…」

光枝の力の無い声が薄暗い自宅の玄関に響き渡るが、

しかし、その声に返事をする者はなく、

光枝の声だけが空しく響き渡っていく。

「はぁ…」

反応が無いことに光枝はため息を付くと、

放り投げるようにして靴を脱ぎ捨て、

そのままキッチンへと向かって行った。

そして手にしていたカバンを放り投げると、

グビッ!

冷蔵庫の中から取り出した牛乳500mlパックを一気に飲み干したのであった。

「はぁ…

 あぁ生き返る…」

空になってしまったパックをゴミ箱に放り込み、

光枝は着ていたセーラーの上着とスカートを脱ぎ捨てると、

下着姿のままダイニングの椅子に腰掛ける。

そして、

「はぁ…」

大きくため息を付きながら椅子に身体を預け、

テーブルの向こう側の壁に掛けられている予定表を眺めながら、

「お父さんやお母さん、弓子たちと一緒に北海道に行きたかったなぁ…」

とぼやき始めたのであった。



「じゃぁ、みっちゃん。

 お留守番をよろしくね」

「一人だからって怠けてないで、

 ちゃんと、補習授業は受けるんだぞ」

「おねえちゃん、

 おばあちゃんにはちゃんと言っておくから」

その言葉を残して光枝の両親と妹が母親の実家のある北海道に向かったのはいまから三日前のことであり、

旅行の期間に当てはまるかのように補習を受ける羽目になってしまった光枝は

自動的に留守番となってしまったのであった。

「あーぁ、

 なんか、何もしたくないなぁ…」

灯りもつけず、

夜の闇が覆ってくるダイニングの中でテーブルに伏せながら光枝はそうぼやくと、

「大体、一階の女子高生がアフリカの地理を知ってなんになるって言うのよ、

 まったく無意味だし。はっきり言って時間の無駄だと思うんだけど」

と愚痴をこぼす。

そして、小一時間近くそのままの格好で居たが、

しかし、

ツツー…

牛乳を飲んだことによって水分量が増えた光枝の身体は多量の汗を吹き出しはじめ、

昼間の空気を抱き続けるダイニングキッチンは光枝にとってサウナへと変わり始めていた。

「暑ちぃ!!!!」

流れ落ちる汗を拭いながら光枝は声をあげると、

パンッ!

気合を入れるかのように両膝を叩き、

「とにかくプリントをしなきゃぁ」

と放り投げていた制服とカバンを手に取り自室へと向かって行った。



「えーと、なになに?、

 アフリカ大陸東側を南北に貫くナントカは人類発祥と深いつながりがあり?

 ってナントカってなんだっけ?

 まぁいいや、次っ、

 アフリカ大陸で唯一欧州列強による植民地支配を受けなかった国は?

 そんなの知らないわよっ

 現在、スーダン南部ダルフール地方ではイスラム系民兵組織による

 地元住民への重大な人権侵害があり…欧米各国並びに国連は…

 あーだめだ、こういう問題って聞いただけで頭が痛くなる。

 アフリカ中央部のサバンナには数多くの野生動物が生息し、

 各国政府は自然保護区を設け、動植物の保護に務めています。

 サバンナに生息する主な動物の名前を上げよ。

 あっこれは簡単そうね、

 えっとぉ、ライオンでしょう、アフリカゾウに…」

夜、

相変わらず冷め切ってない夜風が吹き込む自室の中で光枝は机に向かい、

補習の宿題として渡されたプリントに答えを書き込んでいく、

そして、答えの大半を空白のままにして、

「はぁ。もーだめ!」

の声と共に光枝は座っていた椅子から転げ落ちるようにして床の上に寝転がってしまった。

「暑じぃ…」

自分に向けて風を送っていた扇風機を脚で小突いて自分の方に向かせると、

「あぁ…

 そういえばまだ夕ご飯食べてなかったな…

 セブンで何か買ってこようかぁ、

 それにシャワーも浴びてないし、

 はぁ、ダメ…

 何もやる気は起きないよぉ」

ぐったりと寝転びながら光枝は額に汗だくの腕を乗せる。

と、そのとき、

フワァァァ…

そんな光枝を宥めるかのように彼女の頬を風が吹き付けると、

ハラリ…

机の上に置かれていたプリント用紙の一枚が風に飛ばされ、

ぺタリ

と光枝の顔に張り付いてしまった。

「なによっ

 もぅ!」

張り付くプリンを鬱陶しく思いながら光枝はそれを引き剥がすと、

「ふーん、

 アフリカの奥地には太古のままの生活で生きる部族が居ます、

 部族によっては服を着るようになりましたが、

 でも、裸体にビーズの飾りをつけただけののままの姿で生活をする人々も居ます。

 さて…」

とプリントに書かれている内容を読み、

「あはっ、裸でなんて…

 そんなすっぽんぽんでどうやって生活をする気?

 はぁ

 でも、なんか憧れちゃうなぁ…

 こんな補習に追われないで悠々自適に生きていけるだなんて、

 羨ましい」

突っ込みを入れながらも光枝はそう漏らし始め、

そして、

「夢でいいから、

 なれるものならなりたいな…」

と呟いたのであった。

すると、

サァ…

そんな彼女の言葉に答えるかのように風が吹き抜け、

グゥ…

時を同じくして光枝のお腹から空腹を訴える音が響き渡ると、

「あぁ

 なんか食べなきゃ…

 でも、食欲無いんだよね」

おなかを押さえながら光枝は起き上がり、

再びキッチンへと向かっていく。

そして、

「これで済ませるか」

と言葉と共に冷蔵庫から買いだめていた500ml入りの牛乳パックを取り出した。

「全くお母さんたら、

 安かったからってこんなに牛乳を買い込まなくても良いのに

 うちは牛乳屋かっていうの!」

そんな文句を言いながらも光枝は牛乳に口をつけると、

またしてもパックごとのみ干してしまい、

「はぁ、この味ってなんか牛乳とは違うんだけど、

 でも、なんか癖になるのよね」

と言いながらシゲシゲとパックを見つめ、

そのままパックをゴミ箱に放り込むと、

”アフリカ原住民の低脂肪体質を徹底的に科学しました。”

と言う文字がパックに躍っていたのであった。

しかし、

「さて、続きをしようか」

そんな記述には気に留めずに自室へと向かっていった。



サラサラ…

サラサラサラ…

深夜、明かりが消えた光枝の部屋に細かな砂と土が入り込んでくる。

サラサラ…

サラサラサラ…

窓から入ってくる砂や土は窓際のベッドの上で寝ている光枝の体の上を乗り越え、

床に積もると風の流れにそって文様を描いていく、

そして、

バサッ!

光枝の部屋の中で何かが変わったのであった。



翌朝。

「なっなにこれぇ!」

目を覚ました光枝は部屋の中を埋め尽くす砂に驚くと、

「なっ何がおきたの?

 え?

 え?」

思わず頭を抱えてしまった。

そして、

「とっ、とにかく学校に…」

そう思いながら腰を上げたとき、

「うそっ、

 あたし、裸…」

その時になって光枝は自分が全裸になっていることに気づいたのであった。

「ちょちょっとぉ

 どうして

 どうして?」

全く理解不能な事態に陥りながらも光枝は壁にかけてあるセーラー服を見ると、

そこには昨日まで着ていたセーラー服の姿は無く、

代わりに深い青い色をした大粒のビーズと白や赤のビーズを繋ぎ合わせて作った紐を

積み重ねて作った飾りのようなものがあるだけだった。

「制服が…ない!」

それを見た光枝はショックを受けると、

「ないっ

 ないないないっ

 制服が…

 そんな…」

姿を消した制服を探しまくるが、

いくら探しても砂だらけの部屋のどこにも制服の姿は無かった。

しかも、制服だけではなく光枝の私服も下着すらもタンスやクロゼットの中から着え、

光枝の身体に着せる物はどこにも無かったのであった。

「どうしよう…

 着るものが無い…」

ペタリとベッドの上に光枝が座り込んでしまうと、

パタッ

ベッドの上に仰向けになって倒れ込む、

そして、

「困ったな…学校どうしよう」

と呟いていると、

グラァ…

急な眩暈と激しい頭痛を感じ、

「あっ

 頭が…痛い」

光枝は呟きながら気を失ってしまったのであった。



サラサラサラ…

光枝が気を失ってから砂や土は吹き込むことを再開し、

さらに赤茶けた土が混じり始めると、

徐々に彼女の部屋の壁を土壁へと変えていく、

そして、

バサァ…

砂と土まみれになっていた机が土人形の如く崩れ落ちてしまうと、

部屋の中にあったものは次々と崩れ落ち、

光枝の部屋は土壁に囲まれた土間のような姿へと変わり、

家具に代わって素焼きの丸壷がいくつも姿を見せてきた。

「ハァハァ

 ハァハァ…」

一方でベッドの上で気を失っている光枝の口から苦しそうな息遣いがもれてくると、

ミシッ

ミシッ

ミシミシッ

彼女の体から特に関節の辺りから不気味な音が響き始め、

ググッ

ググググッ

光枝の体が縦に引き伸ばされるように伸び始めた。

「くはぁ

 はっ

 はっ

 はっ

 苦しい…

 誰かぁ

 体中が痛い…」

声を濁らせ、

細く長く伸びていく手を持ち上げて光枝は訴えるが、

しかし、その声を聞きつける者は誰も無く、

サラサラサラ…

光枝は砂と土にまみれながら姿を変えていく。

あまりに日に焼けてなく白い色を見せていた肌は一瞬蒼く染まったのち、

急速に黒味がかり墨のような黒い色へとなり、

さらに手入れが行き届いていた髪が抜け落ち、

細かく縮れた新しい髪が頭を覆うと、

鼻は低くつぶれ、

唇は厚くなっていく。

そして、眼窩と頬骨が突き出してくると、

光枝の顔から以前の面影が全て消え去ってしまった。

変化は体全体にも同時進行で起きていて、

小さな乳房があった胸は肩幅が広がっていくのにあわせて横に広がる厚い胸板が盛り上がり、

それに続くお腹には腹筋の溝が刻まれていく。

そして、まだ異性を知らない股間から、

ムリムリムリ!!!!

肉の棒が突き出し伸びていくと、

穴は閉じ、

代わりに精を作り出す器官を治めた袋が股間を下がっていく。

「うぅ

 はっはっ

 はっはっ」

厚いくちびるが開き、

そして、野太い声が光枝の口から漏れ響き始めると、

グググッ

突然、出来たばかりの肉棒が力を得たように勢い良く伸び始め、

プリッ!

その先端が剥けてしまうと、

中からツルリとした頭を表に飛び出させた。



シュッシュッ

シュッシュッ
 
「うぅ

 うぅぅぅ…」

黒い肌に覆われた手で光枝は肉棒を握りしめるとそれを扱き始め、

次第に手の動きを早めていくと、

「あぁぁ…

 うぅぅ…

 あぁぁ…

 はっはっはっ」

身体を丸めながらも光枝は扱き続け、

そしてついに、

「うっあぁぁぁぁぁ!!

 出るぅぅぅ!!」

その声と共に

シュシュシュシュッ!!!

光枝の股間から弾けるようにして白い精が吹き上がったのであった。



「はっはっはっ…」

初めての射精を経験してしまった光枝はしばらくの間その余韻を味わうが、

ハッ!

と目をけると、

黒い身体を起こし、

「ここは…」

と周囲を見渡した、

そして、

「あたし…

 あれ?

 あたしってなんだっけ?

 あたし、ヌンガ?

 ヌンガがあたし?」

と頭を抱えながら呟くと、

「あっ」

何かに気づいたのか慌てて自分の首周りにビーズ紐を重ねた飾りをつけると、

付着した精液が垂れる腰には腰飾りのトンボ球の紐を付け、

慌てて表へと飛び出していった。



ンモー

ンモー

「遅いぞ、ヌンガ、

 寝坊か」

表に飛び出した途端、

ヌンガの目の前に十数頭もの牛と、

ヌンガと同じ裸体にビーズとトンボ球の飾りをつけた裸族の男達がニヤニヤ笑いながら迎えた。

「ごめん、

 寝坊していた」

男達に向かってヌンガはそう詫びると、

「牛飼いがこなくては我々も畑にはいけない。

 さっさと牛を連れて行くんだ、ヌンガ」

と男達はヌンガに命じると、

「はい…」

ヌンガはそう返事をし、

手にしていた牛追いの棒を振り上げると、

「なんか変な夢を見ていたみたいだ。

 僕がどこかの女の子になっていたような…」

とつぶやき、

「さぁ、行け!」

そう声を上げながら牛を追い立て始めたのであった。



おわり