風祭文庫・モラン変身の館






「茜の大地」


作・風祭玲


Vol.694






照りつけていた太陽が西に傾き、

当たりには急速に夕方の気配が漂い始めだしていた。

日中、村で飼っているウシの世話をしてきたあたしは

声を張り上げ、手にしていた棒を振り回しながら、

ウシを放牧地から村の囲いの中へと導き始めた。

ンモー

モー

あたしの声に従いウシたちは一斉に啼き声を上げ、

そして、最初の一頭が動き始めると

ノロノロと他のウシもそれについて移動し始める。

総勢50頭はいるだろうか、

頭の左右から大きく湾曲する独特の角を持つウシは、

村に向かって荒れ野を歩いてく、

ンモー

ンモー

啼き声をあげるウシたちから少し離れたところであたしは着いていくが、

しかし、あたしの目は決して止まっては居なかった。

常に左右に気を配り、

そして、ウシを狙う獣が居ないかを見張っている。

結構、骨の折れる仕事だけど、

でも、まだ狩りが思うように出来ないあたしに与えられた仕事だけに、

手を抜くわけにはいかない。

だって、このウシ一頭一頭が大事な村の財産なのだから…

それを思うとあたしの手の力が入る。



歩くウシたちが落としていく落とし物が

点々と石ころだらけの道に落ちていく。

以前はこれらを一つ一つを避けて歩いたけど、

でも、いまはすっかり気にはならなくなっていた。

ベチャッ!

「あっ」

つい、あたしの脚がその落とし物を踏みつけるが、

それを嫌がることはなくあたしは黙々と歩いてゆく。

すでに肌を晒すあたしの身体のあちらこちらには、

その落とし物がこびりつき、

強烈な匂いを放っている。

文字通りあたしの身体はウシのフンだらけだ。

でも、だからといって、

水に飛び込み身体を洗うことはしない。

なぜなら、ここでは水は貴重品。

とても身体を洗うマネなんか出来るわけはない。

村人も皆、汚れるに任せているし、

それを気にする者なんかはここにはいない。

そして、何よりもいまのあたしは裸だった。

ウシのフンはあたしの肌に直接着いているのである。

乾けば叩いて落とせるのである。

ザリッ

ザリッ

脚から砂を踏みしめる音が響き始めた。

どうやらさっき踏んだフンは道の砂とまみれ、

脚から取れてしまったようだ。

ザザッ

ザザザッ

村に向かって降りていく坂道にさしかかると、

ブラン…

ブラン…

身体の動きに合わせてオチンチンが揺れ始めた。

黒くて長いあたしのオチンチン…

あたしのお股にこのオチンチンが生えたとき、

あたしはあたしではなくなってしまった。

茜という女の子は居なくなり、

代わりにオチンチンを露わにしたディンガ族の男にあたしはなっていたのだ。

ディンガ族…

アフリカの荒れ野で生きる裸の男達にあたしは変身した。

そして過酷な環境の中で生きるため手は長く、

また脚も長くなった。

もしこの場で腰を下ろし、膝を寄せると

その膝が顔に当たってしまうのだ。

そんな姿にあたしはなっていた。

そして、何よりも、

衣服と呼べるものは何も着てはない文字通りの全裸…

いえ、全くの裸というわけはない。

胸元、

両手首、

両足首、

そして腰に青く輝くトンボ玉で出来た飾り紐を付け、

胸元の飾り紐に大きめの円形の飾りを付けていた。

でも、たったそれだけである。

それらがあたしがいま身につけているもの全て、

手にしている使い込まれた牛追いの棒とともに、

あたしはそれだけしか持っていなかった…

無論、ここで暮らすには…

牛追いの生活をして暮らすには十分である。

それがディンガ族となってしまったあたしに持つことが許されたモノであった。



日はさらに傾き、

当たりにはすっかり夕暮れの装いとなる。

そして、丁度その頃、

あたしは村へと戻り、

ウシの群れを村の中の設けられた囲いへと誘導してゆく、

ンモー

モー

ウシたちが上げる啼き声が村に響き渡り、

それらウシたちをあたしは一頭一頭、

柵へと入れてゆく、

…一匹

 二匹
 
 三匹

ウシが柵の中に入る毎にあたしはウシの頭数を数えてゆく、

けど、10頭を超えたところで、あたしの数はまた1に戻る。

ディンガとして暮らすようになってから、

あたしの算術の力は急速に失い、

いまでは10までしか数えられなくなってしまっていた。

これも、変身のせいとあたしは考えているけど、

でも、判る。自分の頭が変わってきていることに…

茜として学んだことを忘れ、

そして、ディンガとしてここで生きるための術を学習しているのだ。

急激な外見の変身の後、

今度はゆっくりとあたしはディンガへと変身していっているのである。

そして、全てがディンガになったとき…

あたしは…どうなるのだろうか…

そう考えながら最後の一頭を柵に押し込むと、

あたしは周囲に獣除けの仕掛けを施した。



「よう、ご苦労さん」

狩りを終え村に戻ってきた仲間があたしに声を掛かり、

黒い肌を持つ男達があたしの横を通り過ぎていく。

「ふぅ…」

その声に押されるようにしてあたしの口から息が漏れると、

そうだ…

昼間ある物を干してあった所へと向かいはじめた。

村の至る所に灰の山がある。

その山を除けながらあたしは進んでいく。

そして、薄暗くなりはじめた頃、

あたしはその場所に立っていた。

不規則に丸められた異様な物体…

そう、ウシ達のフンを丸め、

ここで乾かしていたである。

乾いたフンは火のつきが良く、

夜の寒さからこの裸の身を守るのである。

あたしは手でそれらのフンを集め、

そして、今夜自分が寝る灰の山に持って行く、


「ふぅ…」

「ふぅ…」

「ふぅ…」

息を吹きかける度に灰の山から煙が上がり、

そして、その煙は次第に力強さを増してきた。

あと少し…

もちょっと…

あたしは灰まみれになりながら息を吹きかける。

火種を貰い受け、

あたしは持ってきたフンに火を付けていた。

ジワジワジワ…

乾いたフンにやっと火がつき、

ポッ!

小さな炎が燃え上がる。

…やっと火が熾った…

その火を見ながら一安心。

これで、今夜は大丈夫…

安堵しながらあたしは灰の山に身体を預ける。

グゥゥ…

お腹が空いた…

ディンガになって食事は1日1食となっていた。

嘗ては朝昼晩いつも3食食べていたのに、

いまは1食で間に合っている。

分けて貰った牛の乳を固めたモノを口に運ぶ。

味は酸っぱく美味しいとは言い切れない。

でも、これがここでの唯一の食事…

あたしはそれを食べながら空を眺めた。

そして、徐に手をのばすと、

”はぁ”

”あたしがディンガになってどれくらい経ったかな…

 すっかり変わっちゃったのかなぁ”

と呟きながらその手を眺める。

真っ黒な肌に覆われたディンガの手…

その手が自分の手であることにあたしは違和感を感じなくなっていた。

”最初はイヤだったこのディンガの体も慣れちゃったし

 頭も大分バカになっちゃった。

 あたしどんどんとディンガになっていくような気がする。

 これから先、どうなるの…

 このままディンガとして生きていくことになるのかなぁ”

そう呟きながらも、あたしの手はいつの間にか

お股で剥き出しになっているオチンチンを弄り始めていた。

男のオナニー…

それを知ったあたしはもはや昔の姿には戻れない。

そう思うと、

ムクッ

ムクムクムク!

黒いオチンチンが頭を擡げあげ、

見る見る固くなってきた。

ギュッ!

「くはぁ」

そのオチンチンを諫めるようにあたしは握りしめると、

シュッ

シュッ

っと扱き始めた。

「くはぁ

 あっ
 
 あっ
 
 あっ」

長く伸びるオチンチンを扱きながらあたしは快感に身を委ねる。

シュッシュッ

シュッシュッ

「あっあっあっ

 あっあぁぁ!!」

夜空に向かってディンガの男の喘ぎ声が響き渡り、

そして、その直後、

ビュッ!

一筋の白い線が放たれた。

あたしはディンガ…

この大地で生きるディンガ族の男…



おわり