風祭文庫・モラン変身の館






「霧の向こうには」
(前編)


作・風祭玲

Vol.674





「晶ぁ!

 そんなところで何をやってんのっ!」

黄昏時の通学路に小早川美加の怒鳴り声が響き渡った。

「あぁ、

 美加ぁ

 面白いよコレ」

その声に美加と幼なじみの鈴木晶は

ゴミの集積場に山と積まれている木彫りの人形を指さす。

すると、

「いい加減にしなさいよっ」

なかなか動こうとしない晶に美加は痺れを切らし、

ヅカヅカヅカ

と制服を翻して晶の元へと向かうと、

人形を持つ晶の手を引いた。

「美加ぁ」

自分の手をねじり上げる美加に晶は文句を言おうとすると、

「いい加減、

 あたしを怒らせる気?

 何ならここであたしの練習台になってみる?」

と凄みを利かせる。

「そんな…」

美加の剣幕に晶は押されながら渋々持っていた人形を

置いてあった所に戻そうとすると

パッ!

いきなり美加はそれを取り上げ、

ポーン!

と空に向かって放り投げ、

丁度自分の目の前に人形が落ちていたとき、

ハッ!

気合の声と共に溜めていた突きを木彫りの人形に向けて放った。

すると、

パシッ!

乾いた音を上げて人形は砕け散ってしまうと、

バラバラ

と美加や晶の足下へと散っていく。



「あぁっ

 いけないんだ

 ダメだよ、勝手に壊しては」

それを見た晶が美加に注意をすると、

「何を言っているの、

 どうせ捨てるモノじゃない。

 それとも、晶もこうなりたいの?」

空手の有段者である美加は自信たっぷりに晶に向かって言う。

「そっそれは…」

美加とは違い、

運動が全く苦手な晶は思わず口ごもってしまうと、

「行くわよ、

 もぅ、いつまでもモサモサしないでよ」

と言うなり美加はクルリと背を向けた。



先を行く美加を追うようにして晶がついていくと、

「ねぇ晶も空手やったら?

 あたしが教えてあげるからさぁ、
 
 面白いよ」

と美加は後ろの晶に勧めるが、

「えぇ?

 僕はいいよ」

美加のその誘いに晶はそう言い返すのと同時に、

「(だって、

  そんなコトしたら、

  それこそ美加の練習台にされるじゃないか)」

と心の中で呟くが、

それを美加に悟られないように、

「ねぇ、

 さっきのあの人形さ、

 恐らく、アフリカかどこかのだよ、

 だって、とても躍動感あったし、

 あの勇者の人形もまるで生きているみたいだし」

と話を人形へ振った。

だが、

「へぇ、そうなの?」

晶の話に美加は乗ることはなく、

それどころか、

「なによっ

 なんだかんだ言っても

 強くなりたいんじゃない」

とまた空手の勧誘へと話戻し始めた。

「うー」

流れが一向に変わらないことに晶は唇をかみしめていると、

サワ…

「あれ?

 霧が…」

突然美加と晶の行く手を遮る様に霧が立ちこめてきた。

「変ねぇ…

 霧だなんて…」

これまで霧に遭遇したことがなかった美加と晶は顔を見合わせるが、

その間にも霧は2人の周囲を取り巻き始め、

急速に視界を奪っていった。

「晶っ!」

「え?」

「走るわよ」

気合いを入れ身構えた美加がそう言うなり、

グッ!

晶の腕を握りしめると、

「だぁぁぁ!!」

かけ声と共に一気にダッシュする。

だが、

ブワッ!

美加が霧の中へ飛び込むと同時に、

その視界は一気に奪われ、

2人は真っ白な世界をただひたすら走り続けた。

ハァハァ

ハァハァ

「なんで、

 なんで、霧から抜けないの?」

5分近く走り続けても抜けない霧の中に美加は困惑してくる、

そして、

ガッ!

その美加の脚が何かに引っかかってしまうと、

「キャッ!」

「うわっ」

2人は同時に倒れてしまった。



サワァ…

「うーいたたた…」

相変わらず立ちこめる濃霧の中、

美加は起きあがると、

「晶、大丈夫?」

と引っ張ってきた晶に声を掛ける。

「僕は大丈夫だけど、

 うわっ、
 
 制服が泥だらけだ…」

その声に晶は無事であることを言うが、

だが、転んだ弾みで着ている制服が泥だらけになっていることを指摘すると、

「え?

 泥?」

その言葉に美香も自分が着ている制服を見た。

すると、

「やだぁ、

 あたしも泥だらけ…
 
 なんで?
 
 だって、道は舗装されているはず…」

と美加は自分の下を見るが、

「うそ、

 なにこれ」

美加と晶の下の地面はいつの間にか赤茶色の地面になっていて、

手で掬ってみると、

湿り気を帯びた泥がその手にこびりついてきた。



「一体どうなっているの?

 ここは何処?」

相変わらず一銭先が見えない霧の中、

美加と晶は座り込んでいた。

すると、

「美加」

晶が声を掛け、

「なんか暑くない?」

と言いつつ、晶は制服の上着を脱ぎ、

シャツの袖を捲り始める。

「そう言えば…」

晶の言葉に美香も暑さを感じ、

タラ…

額から流れ落ちる汗を拭う。



そう言うことをしていると、

ザザッ

ザザッ

美加達の周囲で何かが動く音が木霊し、

タタタタタッ

数人の足音が迫ってきた。

「晶っ」

それを聞いた美加は晶に声を掛け、

素早く立ち上がった。

「だれ?」

不意打ちに備えて空手の構えをしながら美加は声を上げるが、

「・・・・・・・・」

その周囲から聞こえてくる言葉らしき音の意味が全く判らなかった。

「何を言っているの?

 言いたいことがあったら

 はっきり言いなさいよっ」

ググッ

常に周囲の気配を察しながら、

美加は拳に力を込める。

すると、

「・・・・」

「・・・・」

周囲から漏れ聞こえてくる声も集合と分散を繰り返し、

美加達の周囲を取り囲んでいった。

「美加ぁ」

「しっ、

 誰かは知らないけど、

 あたし達の周りを取り囲んだわ」

常に周囲の気配を察しながら美加は晶に言うと、

「美加ぁ

 ケンカでもしたの?」

と晶は美加に尋ねる。

「失礼ねっ

 どこかの空手バカじゃあるまいし、

 ケンカなんてしていませんよ、
 
 あぁ、それにしても髪が邪魔ね、
 
 晶っ
 
 悪いけど制服のポケットからゴムバンドを出して、

 あたしの髪を括って」

と美加は背筋まで伸ばしている自分の髪を

鬱陶しそうに指で括りながら晶に命令をする。

「えぇ!」

美加からの命令に晶は驚くと、

「早くして、

 連中、どんどん間合いを詰めてきているわ」

と美加は声を上げた、

「わっ判った!」

その声に晶は慌てて美加の制服のポケットからゴムバンドを取り出し、

そして、腕の構えを崩さない美加の髪をポニーテールに縛り上げ始める。

すると、

『うおぉっ!』

霧の奥から何かの叫び声が響き、

シャッ!

立ちこめる霧を引き裂いて黒い影が美加に迫った。

「ちぃぃ」

バシッ!

持ち前の運動神経で美加はそれを除けるが、

「うわぁぁ」

その美加の髪を縛っていた晶が動きに遅れ、

「ひゃぁぁぁ」

晶の直ぐ上を影が取りすぎていった。

「何やっているの」

そんな晶に美加は声を張り上げると、

「そんなこと言っても、

 なかなか縛れなくて…」

と晶はゴムバンドを手に絡めながら言い訳をする。

「あぁっ

 どんくさっ
 
 グズ!
 
 もぅいいわっ
 
 離れて!!」

そんな晶を美加は押し倒しすと、

フワッ!

霧の向こうに数人の人影が現れ、

『おぉっ!』

雄叫びを上げるなり、

シャッ

シャッ

またしても影が美加を襲ってきた。

だが、

「ハッ!」

「ハッ!」

身軽になった美加はその攻撃をやり過ごすと、

三度襲ってきた影に向かって手刀で応戦を始めだした。

「ハッ!」

バシッ

「シッ」

バァン!

全身を駆使し、

美加は近づく人影と、

その人影が繰り出す武器と思える正体不明の影と戦い続ける。

「くそっ

 全然埒があかない…」

道場で散々やってきたの10人組み手とは勝手が違い、

悪い足場と、引きを持つ相手に美加は苦戦する。

そして、

「でぇぇいっ

 こうなったら!」

覚悟を決めた美加は自分の真正面に来た人影に向かって突進すると、

「でやぁぁ!!」

大きく脚を振り上げ、

影の首筋に一撃を加えようとした。

だが、

ビシッ!

美加の脚は相手の首筋ではなく、

肘に当たてしまうと

手応えのないまま押し戻されてしまった。

「え?

 腕に当たった?」

そのことに美加は驚き、

そして、迫る影を見上げると、

その時になって、

影の身長が普段道場で稽古をしている相手とくらべると、

桁違いに大きいことに気づいた。

「うわっ

 デカッ!」

それを見た美加は慌てて後ろに下がり、

改めて構え直すと、

フワッ…

あれだけ立ちこめていた霧が風と共に動き始め、

次第に視界が開けていく。

「やったぁ」

それを見た美加は有利になってきたと思いながら笑みを浮かべるが、

だが、

「え?

 うそっ
 
 なにこれ?」

自分の目の前に立つ相手の正体が見えて来るなり、

驚き、立ちすくんでしまった。

「みっ美加ぁ…」

「うそでしょう?

 あたし、こんなヤツと戦っていたの?」

すり寄ってくる晶を庇いながら

美加は自分たちを取り囲む者達の姿を改めてみると、

ゆうに2mは越しているであろう身長。

無駄なく鍛え上げられた全身の筋肉。

そして、その身体を覆う黒光りした肌と、

碧い玉で出来た飾り紐を胸と腰に下げだけで、

衣服と呼べるものを身つけていない出で立ちに美加は恐れおののく、

「なによっ

 どっ土人?

 そんな…

 やだぁ、
 
 オチンチン丸出しじゃない…」

剥き出しのままの男性器・ペニスを美加に見せつけるようにして、

裸体の男達は美加に迫ってくる。

「やめてよ…

 こないでよ、

 けっ警察を呼ぶわよ、

 この痴漢!」

構えを崩さずに美加は迫ってくる男達に言うが、

「みっ美加、

 見て」

と背後にいる晶が周囲を指さし声を張り上げた。

「え?」

晶のその声に美加はその指さした方向を見ると、

「うそっ

 どっどこなの?
 
 ここ?」

驚く美加が見たのは巨大な弧を描く地平線であり、

美加達は広大な草原地帯の真ん中に立っていたのであった。

「うわぁぁぁ…

 まるでサバンナみたいだ」

草原の中に転々と点在する灌木を見ながら晶は感心した調子で言うと、

「ばかっ

 そんなことに感心してないでよ」

晶に向かって美加は文句を言い、

「ちっこうなったら…」

と呟くと共に渾身の力を込め、

正面に居る裸体の男に向かって飛びかかった。

「でやっ!」

「はっ!」

「ハッ!」

「だぁぁぁぁ!」

手を足をフルに使った激しい連続攻撃で美加は裸体の男を圧倒し、

さらに美加の攻撃に相手が怯むと、

「晶っ!」

と晶を呼ぶ。

だが、

「みっ美加ぁ!」

その晶は美加が圧倒した男とは違う男に束縛されていて、

美加に向かってただ手を伸ばしているだけであった。

「このっ

 ウスノロ!!!」

そんな晶に美加は頭を抱えて怒鳴り飛ばすが、

だが、美加1人でここから逃げ出す訳にもいかず、

また、5・6人は居る男達全員を倒すことも不可能な状態であった。



『・・・・・!』

『・・・・・!』

『・・・・・!』

『・・・・・!』

『・・・・・!』

裸の男達に拉致されてからしばらく経って、

美加と晶は男達が住んでいると思われる集落へと連行された。

「みっ美加ぁ!」

「しっ、

 情けない声を出すんじゃないわよ。

 大体こうなったのって、
 
 晶っあなたの責任よ」

後ろ手に腕を縛られ、

この村の中の広場に美加と晶は座らされると、

怯える晶に向かって美加は強い調子で非難する。

「だってぇぇ」

美加の非難に晶は言い訳をしようとすると、

「(ムッ)

 なによ、文句があるの?
 
 晶っ
 
 あなたは男でしょう?
 
 何で戦わないの?
 
 何であたしを守ろうとしないの」

そんな晶にカッとなった美加はそうまくし立てはじめた。

「だってぇ、

 ケンカをしてはいけないって、
 
 先生や、

 ママが…」

「かぁぁぁぁ…

 なになになにっ

 晶は先生やママがケンカをしちゃダメって言われたら

 ハイって言うのことを聞くの?」
 
「だってぇ、

 言うことを聞かない子は悪い子じゃない。
 
 悪い子は警察に連れて行かれてお巡りさんに怒られるんだよ、
 
 それって、怖いことじゃない」
 
「晶…

 あんた、高校生でしょう。

 なに幼稚園のガキが言うようなことを言うのよ、

 少しは怒りなさいよ。
 
 少しは戦いなさいよ。
 
 女のあたしがこんなに戦っているのに、
 
 それを指咥えてみてて良いと思っているの?」

「だぁって、人をケガさせたら、

 刑務所に…」

「晶のバカっ

 こんなところで刑務所もへったくれもないでしょう、
 
 あたし達は命の危険にさらされているのよ、

 場合によってはあの男達を殺してでも逃げないとならないのよ」

「そんなぁ…

 そんなことをしたら、先生やママになって言えば良いんだよ」

「先生やママはこんな所には来ないわよ!!!

 来れるものなら今すぐ来て欲しいわよっ」



『・・・・・』

この集落に住んで居るであろう裸体の男達が驚きながら見る中、

美加は晶に向かって怒鳴り続けていた。

すると、

ザッ!

村の奥から毛皮を纏った老人が姿を見せ、

そして、美加達とは対面の位置にあぐらを掻き座った。

皺の刻まれた彫りの深い顔の中で、

ジッと美加を見据えるひときわ鋭く光る老人の眼光に

美加は野獣に見つめられる不安を感じ取ると、

「なっなによっ」

と言い返すが、

『・・・・・・』

老人はなにも言わず美加を見つめた。

そして、その視線を晶に向けると、

スッ!

徐に手を上げ、

『・・・・・・』

美加達の後ろに控えている裸体の男に向かって何か指示を出す。

すると、

急に美加の視界に男の黒い手が姿を見せると、

グッ!

ビリィィィィ!!

その手に持たれていたナイフが美加の制服を引き裂き始めた。

「ひぃ

 やっやめて!!」

無惨に引き裂かれていく制服に美加は悲鳴を上げるが、

「うわぁぁぁぁ!!」

真横から晶の悲鳴を追って響くと、

ビリビリビリ!

晶もまた美加と同じようにシャツが切り裂かれていった。



「くぅぅっ」

「うぅっ」

程なくして美加と晶は下着まではぎ取られれてしまうと、

文字通り全裸の状態にされて老人の前に座らされた。

『・・・・・・』

裸にされた2人を老人は興味津々に見つめると、

「そんなに女の裸が珍しいか!」

顔を赤く染めながらも美加は老人に向かって怒鳴る。

すると、

『ふっ』

老人の口が一瞬ゆるみ、

再び手を上げると、

コト…

美加の前には青い顔料が溶かし込まれた液体が入った器が、

そして、晶の前には赤い顔料が溶かし込まれた液体が入った器が置かれる。

「なっなに」

目の前に置かれた器に視線を落としながら美加が尋ねると、

スーっ!

老人の手が静かに下ろされる。

すると、

別の裸体の男達が美加と晶の前に立ち、

2人の前に置かれた器の中へと手を入れると、

美加と晶にそれぞれ塗り始めだした。

「やだっ

 触らないで!!」

「うわっ

 くすぐったい!!」

ベチョベチョと液体が塗られていく感覚に、

美加と晶は身体を捩り、精一杯の抵抗をしながら悲鳴を上げる。

だが、男達は容赦なく液体を塗り続け、

ついには美加は真っ青な姿に、

晶は真っ赤な姿にされてしまった。

「うへぇ

 変な臭い…」

「うぅ…

 なんか脂臭い…」

身体に塗られた液体から漂ってくる臭いに、

美加と晶は顔を背けていると、

パラララ…

そんな2人に黄色い粉が振りかけられる。

「うっぷっ」

無造作に振りかけられる粉を

美加は顔を振って払おうとすると、

コト…

今度はまだら模様の果実がのせられた器が前に置かれた。

「なに?

 何の実?」

コレまで見たことがない毒々しさを漂わせる果実に美加は警戒をすると、

ハラリ…

美加達を束縛していた縄が解かれた。

「え?」

いきなり自由になったことに美加は驚くと、

「うあぁ、

 お腹が空いていたんだ」

と晶はその果実を手に取り、食べようとする。

その時、

「だめっ

 食べちゃぁ」

即座に美加が声を上げると、

「え?」

晶は果実を手に持ったまま固まってしまった。

そんな晶を横目に

ジロッ

美加は前に座る老人にを見据えると、

「これ、

 あなたが食べてみて」

と言いながら器ごと老人に向かって突き出す。



『・・・・!』

『・・・・・!』

美加のその行為に裸の男達は一斉に驚き、

そして、美加を取り押さえようと飛びかかってきた。

だが、

「でやぁ!!」

美加は持ち前の素早さで男達の手をかいくぐり、

さらに、

「ハッ!」

「ハッ!」

拳と手刀を駆使して男達を叩きのめしてしまうと、

「晶っ」

唖然としている晶の手を引くと、

囚われていた集落から脱走した。

だが、

『・・・・・っ!』

『・・・・・っ!』

男達の怒鳴り声が響き渡ると、

ドタドタドタ!

逃げる美加達の後を武器を手にした裸の男達が追いかけて来た。

「みっ美加ぁ」

身体を真っ赤に染めて晶が声を上げると、

「いまは逃げるのよ」

同じように真っ青な身体の美加は晶にいいきかせ、

ひたすらサバンナの中を駆けて行った。



つづく