風祭文庫・モラン変身の館






「美沙の悩み」


作・風祭玲


Vol.665






ガサッ

ガサガサッ

ジャングルの中をあたしはかれこれ2日は歩いていた。

村からどれくらい離れたのであろうか、

2日も歩けば相当離れているに違いないと思うけど、

でも、前を歩くデガーメはあるところではまっすぐ歩き、

またあるところではジグザグに歩いているので、

ひょっとしたらあまり離れていないところを

あたしは歩いているのかも知れない。

そう思うと、気が抜けるような、

そして、妙な安心感があたしの頭の中を支配する。

とその時、

「ゴボマ!!」

とデガーメは声を上げた。

「はっはいっ」

その声にあたしはデガーメの元に駆け寄っていくと、

ガッガッガッ

デガーメは持っていた石の斧で横に生えている木を削り始めた。

あっきっとアレがいるんだ…

彼の行動をそう理解したあたしは頭から下げている網の袋を下ろし、

そして、その中からさらに小さな網袋を取り出した。

モゾッ

モゾモゾ…

不気味に動く網袋に臆することなくあたしはその袋の口を広げると、

ウジャッ!

その中には金色をしたカブトムシの幼虫を思わせる無数の虫がごめいていた。

ウネウネ

ウネウネ

つい一月前のあたしが見たら恐らく悲鳴を上げて逃げ出してしまう光景だが、

しかし、いまのあたしは驚くことはない。

「ゴボマ!!」

気を削っていたデガーメが再び声を上げると、

ヌッ!

何かを握りしめている毛むくじゃらの彼の手が突き出され、

あたしの前でゆっくりと開くと、

ボトボトボト…

網の中の虫と同じ虫がこぼれ落ちてきた。

どの虫もツヤツヤに輝き、

まるまる太っている。

「うわぁぁ、

 この虫、太っているね」

虫を網の中に入れながらあたしはそう言うと、

「この木は良い木だ」

とデガーメは返事をすると、再び歩き始めた。

「もっと取らないのですか?」

去っていくデガーメにあたしは尋ねると、

「よい木はそのままにしておく」

デガーメはそう返事をした。

「そうか…」

それを聞いたあたしは納得をすると、

虫を入れた網袋の口を閉じ、

頭に掛けている網の中にしまうと、

「あっ待って!」

と声を上げ、デガーメを追いかけ始めた。



ザッ

ザッ

ザッ

あたしとデガーメはなおもジャングルの中を移動してゆく、

そして、時々デガーメは立ち止まり、

後からついてくるあたしにアレコレ教えてくれる。

毒蛇の見つけかた。

食べられる虫と食べられない虫の見分け方。

矢の狙い方など、デガーメはあたしに熱心に教えてくれた。

まるで、父親が息子に自分の知識を伝えるかのように…

そう、デガーメはいまのあたしの父親であった。

そして、あたしはデガーメの息子・ゴボマ…

無論、あたしは生まれたときからデガーメの息子なんかではなかった。

桑山美沙と言う日本人の女の子、

それも、花も恥じらう17歳の女子高校生だった。

でも、いまは違う。

いまのあたしはこのジャングルで裸の姿で暮らすダニ族と言う部族の勇者の1人。

そう、土人になってしまったのだ。

さらに、勇者と言うからにはあたしは女の子ではない。

胸にあったオッパイの代わりに筋肉が逞しく盛り上がり、

お腹には6つの瘤。

また、腕には力瘤も盛り上がっている。

そして、

なによりもあたしのお股には男の子のオチンチンがついている。

ううん、生やされたと言っていいかも知れない。

あの日、ダニ族の勇者・デガーメの息子となった日、

デガーメの手であたしのお股にオチンチンが生やされた。

想像すらしたことがなかった男の子のオチンチン。

お股からニュッと伸びるオチンチンは

あたしにダニ族の勇者になってしまったことを無言で告げてくれた。

そしてさらにそのオチンチンを飲み込みスッと胸元まで伸びる一本の棒…

コテカと呼ばれるヒョウタンを引き延ばして作られたオチンチンを隠す棒が

いまのあたしの服である。

コテカを付けたあたしにデガーメはゴボマという名前を付けてくれた。

ダニ族の勇者・ゴボマ…

そう、あたしは勇者なんだ。

もぅ美沙という女の子じゃないんだ。

そう思うとなぜか涙がこぼれてくる。

なんでだろう?

どうしてだろう?

美沙としてセーラー服を着て学校に行っていたときのことが懐かしく感じられる。

でも、セーラー服は2度と着ることは出来ない身体になってしまったのだ。

いまのあたしが着ることが許される服はこのコテカのみ。

逞しく筋肉が盛り上がる裸体を晒し、

そして、お股から伸びる一本のコテカ…

それがいまのあたしであり、

それがダニ族勇者・ゴボマとなったあたしの姿。



夜…

薄暗い洞窟の中であたしはデガーメと身を寄せ合うようにして寝ていた。

身体を覆う布団もなく、

冷たい土の上でコテカを抱くようにして身を縮こまらせてあたしは横になっている。

外から忍び寄ってくる冷気があたしの体温を奪っていく。

寒い…

凍え死んでしまいそうな寒さ。

そんなあたしを守るようにあたしの背中にはびっしりと毛が生え始めていた。

身体を守るための毛…

まるで獣みたいだ。

ジャリ…

肩まで覆い始めている毛を指先で感じながらあたしは寝入る。



夢の中であたしは学校に来ていた。

懐かしい学校…

みんな制服を着て、

そして楽しそうにおしゃべりをしている。

でも、あたしは彼女たちの中には加われなかった。

夢の中でもあたしはコテカ姿の勇者だった。

あたしは大声で雄叫びを上げる。

…ダニ族となったあたし…

…裸にコテカだけの姿で生きていくことになったあたし…

…これが…

…これが…

…いまのあたしのすべてなの、

…でも、お願い、

…ダニ族となったあたしをそんな目で見ないで…

…お願いだから…

…そんな目であたしを見ないで…

…お願い…



目を開けると、外は明るくなっていた。

「行くぞ」

デガーメの声が響く。

「はいっ」

その声にあたしは起きあがると、

壁に掛けてあった弓と矢を背負った。

あたしはゴボマ。

ダニ族の勇者・ゴボマ。



おわり