風祭文庫・モランの館






「人形」


作・風祭玲

Vol.072





「あなた、夕飯できましたよ」

有子の声がキッチンよりした。

「あぁ」

僕はそう返事をすると

読んでいた夕刊を片付けると

立ち上がってテーブルの席に着く、

テーブルの上にはすでに夕飯の支度が整っていた。

今日のおかずは魚の塩焼きであるが、

しかし、それは僕一人1人分しか置いてなかく、

テーブルの反対側の彼女の席には黄色味を帯びた半固形状のものが乗っているだった。

「さぁ、頂きましょう」

席に着いた有子が言うと、

僕も

「頂きます」

と言って夕食を食べ始める。

しばらく食事をしていると、

「ごめんね、

 あたし、このようなものしか食べることができなくて…」

彼女が言なげに言う、

「仕方がないよ、とにかく早く元の姿に戻る方法を探さなくてはな」

と僕が言うと、

「戻れる方法なんてあるの?

 もし、一生このままの姿だったらあたし…」

彼女はふっと目をそらした。

「戻れる!、絶対戻れるさ…」

と言いながら僕はサイドボードを眺めた。

その上に精巧に掘られた木彫りの女性の彫刻が置いてあった。

そして、その隣には数ヶ月前の旅先で撮った1枚の写真が飾ってあり、

写真には僕と木彫りの女性と瓜二つの女性の姿が写っていた。

「あっ、冷や奴食べる?、今作るね」

と言って彼女が席と立つ。

そして台所で用意をしている有子の後ろ姿を僕は眺める。

彼女の姿は、服と呼べる物は腰に回したトンボ球をつなぎ合わせて作った数本の飾り紐のみの裸体で、

漆黒色の肌が鈍い光を放っている。

そして、広い肩幅、盛り上がった筋肉、引き締まった臀部と

彼女の身体には女性の身体的特徴はなかった。

「はぃ、どうぞ」

と言って彼女が振り向く

太い腕、大きく発達した胸板と腹筋が盛り上がった腹部、

そして陰部には太くて逞しい男性のペニスが下がっていた。

また顔も精悍な顔つきと赤茶色に染まった短く縮れた頭髪…



そぅ、僕の目の前いる人物はまさに

アフリカで裸の生活をしている裸族の勇者だった。

しかし、彼は数週間前までは可愛らしい女性で、

そして僕の自慢の妻だった。

そんな彼女が裸族になってしまったのは

そうあれは秋祭りの日の夜のことだった…



その日は近くの神社で秋の大祭が開かれ、

仕事を早めに切り上げた僕達は参道を歩いていた。

参道の両側には様々な屋台が建ち並び白熱灯の光が彩りを添えていた。

別に何を買うわけでもなくぶらりぶらりと歩いていると、

ふと、屋台の外れに一枚の布で身体を覆った一人の男が

広げたゴザに様々な品物を並べて座っていた。


僕はなにやらイヤな予感がしたので

足早に男の前を通り過ぎようとしたら

「ねぇ、コレちょっと見ていこうよ…」

これまでおとなしくついてきた有子が僕のシャツの端をつかんで立ち止まった。

「えっ?」

イヤな顔をして僕が振り向くと、

すでに彼女は品物を熱心に見入っていた。

「イラッシャイ」

男はどうやら外国人のようで、僕を見るとニヤッと笑った。

ゾクッ

言いようもしない悪寒が背筋を走った。

しかし、有子はそんな僕の事なんか構わず、

一つ一つ品物を手にとって眺めていた。

「オジョウサン、ヤスクスルヨ」

男は有子に声をかける。

「あら、お嬢さんだなんて…

 お兄さん、日本語上手なのね」

男にほめられたのが嬉しかったのか、

有子は嬉しそうに答える。

「おいっ、いつまで眺めているんだ、行くぞ」

一刻も早くここから立ち去りたかった僕は彼女をせかしたが、

彼女は動こうとはしなかった。

そのうち、彼女の目は男の目の前に並べてある木彫りの彫り物に向いた。

「ねぇ、これすごぃ」

有子は彫り物の緻密さに目を見張った。

彫り物は、アフリカの部族の姿を模しているものだが、

その彫り物達はまるで生きているかのごとく生々しく躍動的だった。

有子はその内の一体を手に取ると、

「お兄さん、コレもらうわ」

と言ってお札を出した。

「アリガトウ、オジョウサン」

と男は言うと、

「デモ、ソレハ、オカネハイラナイ、モッテイッテイイヨ」

と意外な返事をした。

「なに?」

僕が驚くと

「えっ、只なの?」

有子が驚きの声を上げると

男は頷いた。

「じゃぁ貰っていくね」

有子はそう言うとその彫り物を持っていた袋に入れると

「ありがとね」

そう言って歩き始めた。

去り際

「ソノカワリ、オジョウサンノタマシイ、イタダクヨ」

男はそう呟いたような気がした。



「おい、いいのか?

 そんなもん貰って…」

僕が怪訝そうに言うと、

「いいじゃない、丁度、飾り物が欲しかったんだもん」

有子は彫り物をヒシッと抱きしめながら叫んだ、

「だったら、もっといいのがあるだろうが」

呆れながら僕が反論すると、

「いいのっ」

有子はそう言うとプイっと横を向いてしまった。

昔から彼女はこうと決めたら引かない性格だった。

結局、男から貰った彫り物はその日の夜リビングに飾られた。

「うん、まぁまぁじゃないの」

飾った彫り物を眺めながら満足げに有子は頷いたが、

しかし、僕はその彫り物にある種の陰な気配を感じていた。



「ねぇ…」

「なっなんだよ」

その夜、床についた僕に有子の方から誘ってきた。

「……あのね…何か寝付けないの」

有子はそう囁くとサワッ後ろから僕の背中にしがみついてきた。

「おいおい、どうしたんだ?

 いつもとは違うじゃないか」

そう、有子は少しでも気分が乗らないと僕の求めには応じず、

彼女を抱くことはあまり多い方ではなかった。

「…なんだか、体が火照っちゃってるのよ」

有子はそう言い終わる前に僕の股間に手を這わせた。

「ったくぅ」

その時僕はまた有子の気まぐれと思い、

向きを変えるとギュッと抱きしめた。

「あん…」

甘い声を有子は上げる。



ギシギシギシ

ベッドが軋む音が部屋に響くと、

「あんあんあん…」

挿入された有子は喘ぎ声を上げながら僕の背中に爪を立てていた。

「…こっこらっ、そんなに爪を立てるな」

あまりにもの痛みに僕がそう叫ぶが、

しかし、有子には聞こえていないようだった。

その時、

ムリッ!!

有子のクリトリスが突如大きく膨らみ始めた。

「?」

ちょうど、寝る前にクリトリスは勃起するのかどうかで、

僕と有子が言い合っていたので最初にその変化に気づいたときは、

「有子め…クリを勃起させることが出来るじゃないか?」

程度にしか思っていなかったが、

しかし、

ムリムリ…

ムリムリ…

有子のクリトリスは膨らんでいくのを止めることはなかった。

「アンアン!!」

しかし、肝心の有子は挿入されている快感に酔いしれて、

自分の変化にはまるで気づく様子はなく、

それどころがグイグイと膣は僕のペニスを締め上げていく、

そうしている間にも膨らんでいく有子のクリトリスは

すでに親指大の大きさに成長したが、

しかし、止まることなく更に成長を続けた。

「おっおいっ、有子…お前…」

ムリムリ!!

と成長していく有子のクリトリスに僕は驚きながら有子に声を掛けると

「…あなた…凄い…あたし…いっちゃいそう」

と言いながらトロンとした目つきで有子は天井を見上げていた。

そしてその時、まるで彼女の身体を弄ぶかのように

煙のようなモノはまとわりついていた。

「それどころじゃない、有子、お前…それは…」

煙の存在に気づいた僕は慌てた口調で言うと、

「あぁん…なに?」

有子は悶えながら聞き返してきた。

そのとき、

ジワッ

彼女の肌の色が徐々に濃くなり始めていることに気づいた。

月明かりに照らし出される有子の肌は見る見る色が濃くなっていくと、

漆黒色へと変わっていった。

ムワッ

きつい体臭が漂ってくる。

「有子…お前…」

僕はそれ以上声は出なかった。

瞬く間に有子は漆黒色の肌に覆い尽くされると、

モリッ!!

今度は有子の両肩が大きく盛り上がった。

「なっ」

モリッ

モリッ

モリッ

驚く僕の前で有子の体中から筋肉が蠢くように盛り上がり、

見る見るへその周囲がデコボコになると、

ボリュームのある乳房は萎むように萎縮していき、

代わりに厚い胸板がムクムクと張り出していった。

グギギ…

続いて体中から骨が軋む音が響くと、

有子の骨格も少しづつ変化し始めた。

身長が伸び、さらに腕や脚が細く長く伸びていく、

また顔も女性から精悍なマスクへと変化していった。

「あぁ…

 あぁ…

 だめぇ…」

これだけの変身をしていても何の痛みを感じないのか有子はただ悶えていた。

そして、変化する骨格と盛り上げる筋肉、さらに成長を続けるクリトリスのために、

有子の姿は確実に女性から男性の姿へと変わっていった。

「そんな…有子…」

僕は男性へと変身していく彼女の姿を呆然と眺めていたが、

ムギュッ

男性化に合わせるようにして僕のペニスを飲み込んでいた有子の膣が

萎縮をし始めるとペニスを体外へと押し出していった。

「あぅぅぅぅ…

 いっちゃう!!」

まるで天に向かって突き出した肉の槍のような姿になった有子のクリトリスは

ビンビンに勃起すると、

プチュッ!!

と言う音共に先端の皮が捲れ、

ニュッ!!

っと赤紫色の亀頭が顔を出した。

「あぁぁ!!」

絶頂に達したのか有子は声を張り上げて気を失った。

と同時に彼女の身体にまとわりついていた煙も散ってしまった。



「なんで…」

黒い肌に覆われた逞しい男の肉体と化した有子を眺めながら僕は呆然としていた。

そのとき、

コト!!

と言う音と共に飾られていた彫刻が床上に落ちた。

「なにっ!!」

そしてそれを見たとき僕は愕然とした。

窓から差し込む月の光を受けているその彫刻は、

逞しい男の姿ではなく、柔らかい女性の曲線を描いていた。



僕はスグにそれを拾い上げて見てみると、

彫刻は変身前の有子と瓜二つの姿をしていた。

「これは…どういうことだ?」

女の姿をした彫刻と男の身体になってしまった有子を見比べる。

そして、そのときハッとあることに気づいた。

”ソノカワリ、オジョウサンノタマシイ、イタダクヨ”

僕の脳裏にあの男が呟いた言葉が響いた。

「まさか、あいつが言っていたことってこの事なのか…」

その日以来、僕はその男の姿を探した。

しかし、どこを探しても男の姿を再び見つけることは出来なかった。


有子は今も裸族の姿でいる…

別に服を着ないわけではない、

いくら着せてもすぐに裸の姿になってしまうのだ、

そして、最近では彼女の心も徐々に裸族へと変わり始めた。

おそらく今の姿に合わせて彼女の魂が、

徐々に裸族の勇者の魂に置き換わっているためだろうと思う。


「あなた…

 あたし…あたしでなくなって行くみたいで怖い…」

有子はそう僕に訴えるが、

僕にはどうすることは出来なかった。

ただ、彼女の心が裸族になっていくのを見守ることが精一杯のことだった。

もしも、彼女が身も心も裸族になってしまったとき、

僕は彼女をアフリカに送ってあげようと考えている。

妻のためにも…



おわり