風祭文庫・モランの館






「勇者として」

作・風祭玲

Vol.022





「有坂さん、じゃぁお先に失礼します」

「おぅ!!」

私はそう返事をすると振り返らずに右手を挙げて挨拶をした。

さっきまで大勢いた人影もついには私一人になって、

狭く感じていたレッスン室が広く感じられた。

カラカラ…

締め切っていた窓を開けると家々の灯りが消えた街中の様子が見えてくる。

ほぉ〜っ

私は開けた窓にもたれかかりながら、

吐く息が白くなって夜空の彼方へと消えていくのを眺めていた。

そして、丸い銀貨のような月を見ながら、

「陽子…お前は一体何処に行ったんだ…」

と呟いた。

有坂陽子…私の所属するこのバレエ団のプリマバレリーナ兼

私の人生のパートナーだった女性…

その彼女がこのレッスン室から突然姿を消して

すでに数ヶ月が過ぎようとしていた。


彼女の失踪当時、

私や団員達は彼女の手がかりを求めて方々を駆け回ったものの、

この稽古場のシャワールームに向かっていったはずの彼女は

まるで蒸発したかのごとく姿を消し、

それ以降手がかりは全く掴めぬままだった。

『…陽子さんどうしていますかね…』

ついさっきそう呟いていたスタッフの言葉が

私の頭から離れずにずっとエンドレスで回っていた。

「…陽子…お前はいま何処でこの月を見ていんだ…」

と思いながら月を眺めていると、

不意に

ふぉ〜っ

っと湿った蒸し暑い風がレッスン室を吹き抜けていった。

「冬なのに夏のような風?…

 !!?」

そのとき私はレッスン室の影に一人の人影が立っていることに気づいた。

「誰だ?」

と不審者かと思って人影に声をかけると、

しばらくして

「誠司さん?」

と言う男とも女とも取れる声色の返事が返ってきた。

「ん?」

予想外の返事に私が躊躇していると、

「誠司さん…なの…?」

と再び人影が尋ねてきた。

私はとっさに

「よ…陽子か?」

と聞き返すと、

「誠司さんなのね」

と三度尋ねてきた。

「陽子っ!!」

ザッ

私はすかさず声のする場所へ向かおうとすると、

「ダメっ来ないで!!」

と人影は私の行動を制止させた。

「よっ陽子だろう…

 いったい今まで何処に行っていたんだ」

そう言いながら近寄ろうとすると、

「お願い、こっちには来ないで」

と人影は私に言う、

「しかし、これでは話が出来ない、

 どうかお願いだから私の前に出てくてくれないか」

私がそう言うと、

しばらく間をおいて、

「誠司さん…あたしの姿を見ても驚きませんか?」

と尋ねてきた。

「姿って…陽子…何があったんだ」

意味が分からず聞き返すと、

「お願い…あたしの姿を見ても驚かないって約束して…」

と人影は私に言う。

「約束って言っても…」

私が答えるのに躊躇っていると、

「お願いだから約束して…」

と声は私に決断を求めてきた。

「判った、約束するから、出てきてくれ」

考えた末に私がそう叫ぶと、

「…わかったわ…」

そう言いながら陰から一人の人間が姿を現した。

最初は影でよく分からなかったが、

ヒタヒタ…

その人物が影から蛍光灯の明かりの下に出てきたとき、

「なっ!!」

そして、私は驚いた。

私に近づいてくる人物の様相は

全身を黒く光る皮膚に覆われ、

分厚く盛り上がった胸板、

無駄なく筋肉が張りつめている四肢を持つ筋肉質の男で、

身につけているのは、

股間にヌッと角のようが生えたようにそびえ立つ一本のペニスケースと、

鼻を突き通した一対の獣の骨…

そう、まさにジャングルで生きる裸族の勇者だった。


「おっお前は…」

私は驚きを隠しきれない様子で言うと、

男は顔を私の視線から逸らし呟くように、

「こんな姿になっちゃったけど、

 あたしです、陽子です。
 
 誠司さん…」

と呟いた。



「お前は本当によっ陽子…なのか…」

あまりにもかけ離れたその姿に私は驚きながら訊ねると、

「はい」

男はそうひとこと言うと頷いた。

「いっ一体何があったんだ…

 なんで、お前は男になっているんだ?」

混乱しながら私は男に訊ねると。

彼はそっと股間に手を持っていくと

グィ

っと自分の陰嚢を広げてステップを踏み始めた。

「……なっなんだ…それは…」

その意味が分からずに私が訊ねると、

「…これはモニの挨拶なんです…

 ねぇ…誠司さん、あたし、逞しくなったでしょう」

ステップを踏みながら男は私に訊ねる。

「なっ何を言っているんだ、陽子…」

「もう陽子って言わないで、

 あたしにはユガオママラって名前があるのよ…」

そう言うと陽子はその場に座り込むと泣き始めた。

「え?………」

私はどうしていいのか判らず泣き咽ぶ彼を介抱しようとすると、

「…駄目です

 あたし…もぅ長いことお風呂に入っていないし、

 それに、誠司さんのが服が汚れますから…」

っと言って拒否をすると、再び立ち上がった。

そして、彼はレッスンバーに掛けたままの一対のトゥシューズを見つけると

「……あたしのトゥシューズ…」

男はそう呟きながら手に取ると

ギュッ

っと抱きしめた。

「あぁ、君が居なくなったときのままの状態にしておいたよ」

私は彼にそう言うと、

「でも…もぅコレを履くことは出来ない…」

そう言いながら彼はトゥシューズを履こうとしたが、

彼の足先は大きく広がっていてトゥシューズの中に入れることは不可能だった。

「なぁ…陽子…

 いったい何で君は男に…
 
 しかも裸族の男になってしまったんだ?」

私はそう訊ねると、

「誠司さん…公演は?」

「え?」

「今日は何時なのかは判らないけど、

 公演…どうでした?」
 
と間近に迫った公演の事を彼は聞いてきた。

「あっ、あぁ…

(やっぱりこの男は陽子なんだ…)

 公演は明後日からだったけど…」

私がそう返事をすると、

「そうですか

 じゃぁいまは追い込みなんですね…」
 
と答えた。そして、

「ねぇ……誠司さん…

 あたしが居なくなった日の事を覚えています?」

と私に聞いてきた。
 
「忘れるわけはないだろう…」

「じゃぁ、裸族の木彫りの人形の事は?」

そう陽子に尋ねられて

「裸族の人形?」

私は指摘された裸族の人形というモノを必死なって思い出そうとした。

「…ほら…今度の公演の小道具で使うとか言って取り寄せた…」

私の様子を見た陽子の言葉にそのときの情景を思い出してみると、

確かに雰囲気があった一体の木彫りの人形を取り寄せたことを思い出した。

しかも、その人形は陽子の失踪と前後して紛失していたのだった。

「あっ!!」

それを思い出した私が声を上げると、陽子は

「…あの晩、レッスンが終わったあたしは

 いつものようにシャワーを浴びようとこのレッスン室から出ていくと、
 
 その人形が他の小道具と共にそこの廊下に置いてあったんです。

 最初見たときからその人形には薄気味悪さを感じていたので、
 
 あたしはその人形を避けながら丁度横を過ぎたとき、

 突然その人形があたしの元に倒れてくるとまっぷたつに割れてしまったんです」

とそのときの様子を話し始めた。
 
「割れた?」

「えぇ…あたしはそのとき咄嗟に”やっちゃった!!”

 と思って慌ててその人形に手を触れようとしたとき、

 ”私を目覚めさせてくれたのはお前か…”

 と言う声と共に、裸族の男が姿を現したんです」

「裸族の男?」

「えぇ…

 男はあたしを見るなり、

 ”さぁ私を目覚めさせた勇者よ

  私と共にモニの森に来るのだ”

 と言うと、
 
 突然、人形から発した光に包まれて…

 どうなったのかはわかりません。

 でも、気がつくと私は何処だか判らないジャングルの中に…」

「ジャングル?」

「はい…

 しかも、あたしの目の前で裸の男達が殺し合いをしている真っ最中でした」

「殺し合い…って」

「あたしは怖くて立ちすくんでいると、

 あの裸族の男の声があたしに、
 
 ”さぁ勇者よ槍を持て…弓を引け…”
 
 って言ったんです。
 
 するとあたしの身体が変わり始めたんです」

「変わり始めたって…」

「えぇ、その…

 オチンチンが生えてきたんです。

 あたしのココに…」

陽子はそういうと自分の股間を指さした。

「生えてきたオチンチンは見る見る大きくなって、
 
 しかもそれだけではないんです、
 
 あたしの体が大きくそして体中の筋肉が張り出してしまって…
 
 ついにはレオタードを引き裂いてしまい、
 
 でも、そうしているウチに

 男達の一人があたしを見つけると襲いかかってきて…

 それ以降あたしは何をしたのか判りません…
 
 気づいたら、あたしは槍を握りしめて息絶えた男達の中にいました」

「お前がやったのか…」

「判らない…」

私の質問に陽子は首を横に振った。

「そしたら…

 ”よくやった、それでこそお前はモニの勇者だ!!”
 
 って裸族の男の声が聞こえてきたんです。
 
 そしたら、あたしの周りに生き残った男達が集まってくると、

 口々にあたしを誉めた称え始めて…
 
 そしてそのまま、あたしは裸族達の村に連れて行かれたの…

 そこであたしは彼らを助けた勇者として称えられたんだけど、
 
 でも、こんな体になってしまった上に
 
 帰る術がわからないって事を伝えると、
 
 一人のお爺さんが
 
 ”じゃぁ、私の所に来なさい”

 ってお爺さんの小屋にあたしは連れて行かれたわ、

 そして、あたしが小屋に入ると、
 
 お爺さんは一つの筒をあたしに手渡したの、

 それがこのコテカ…

 あたしが躊躇していたら、お爺さんが怒鳴りだしたので、

 ここの村から追い出されたらあたし行くところがないし、

 仕方なくそのコテカをあたしのオチンチンに被せたの。

 するとお爺さんは急に穏やかな顔になって、

 あたしの後ろ身回り込むとコテカにつけてあった紐を

 腰に廻して落ちないようにしてくれたの。

 あたしがコテカをつけると、

 お爺さんは別のコテカを身につけて囲炉裏の片方に座って

 囲炉裏から一つの芋を取り出してあたしにくれたの。

 何も食べてなかったので、

 あたしはその場に座るとそれを貪るように食べたわ。

 あたしが食べ終わると、お爺さんは色々なことを話しかけてきたわ、

 お爺さんの名前はゴボマということや、

 あたしがゴボマの死んだ息子さんに似ていること、など…

 そして、最後にこれからどうするのかって聞いてきたわ。

 あたしは、”あなたのいるこの日本に帰りたい。”って言ったけど

 それを聞いたゴボマは、

『それは森の精霊様じゃないと無理だ』

 と言ったわ、

”どうすれば、その精霊様に会えるの?”

 と聞くと

『精霊様に会えるのはこの村の者じゃないとダメだ、

 そうだ、お前、わたしの息子にならないか』

って言ってきたの

あたしは迷ったわ…

だって、ゴボマの息子になってしまったら、

あたしはこの裸族の一員になってしまうでしょう?

「そうだな…」

でも、森の精霊様に会うためには裸族にならないとダメだし…

それで、しばらく考えた後にあたしはゴボマの息子になることを決心したの。

「おっお前…」

だって…、一日でも早くあなたに会いたかったんですもの…

そしたらゴボマは喜んであたしに陽子の死んだ息子の名前である

「ユガオママラ」

って名付けてくれてわ、

そしてあたしが身につけているコテカは、

そのユガオママラがかつて身につけていたものだとも教えてくれたの。

翌日、ゴボマはあたしを長に紹介するから来いといって、

あたしを小屋の外に連れ出して長の小屋へと向かったわ、

そして『長に私の息子が帰ってきた』って言ったの。

長は、最初は驚いていたけどあたしの姿をしばらく見ると、

『我々の新しい仲間だ、みんなに紹介しよう』と言って、

集落の広場にゴボマとあたしを連れていくと、

集落の人を集めて

『我々に新しい仲間が出来た、ゴボマの息子ユガオママラだ』

と言ってあたしを大勢の前に出したの…

あたし戸惑ちゃった、

だって着ている物と言ったらこのコテカのみの殆ど裸でしょう、

だから、コテカだけの姿で大勢の人前に出たときは

顔から火が出るくらいに恥ずかしかったわ…

その時からあたしは、ゴボマの息子として陽子と一緒に狩りに連れ出されたりして

陽子からいろんなことを教えて貰ったの。

そのころからかなぁ…、

『あたしは、もぅ裸族になってしまったんだ』

って思うようになったのは…


けど、

しばらくして、ゴボマがあたしに、

『ユガオママラ、森の精霊様がお前に会ってくれるそうだ、どうする』

って聞いてきたの

あたしは、一目でもいいからあなたに会いたいって思っていたから

ゴボマに”精霊様に会わせてくれ”と頼むと

ゴボマはあたしを村から連れ出すと、

ジャングルの奥深く入っていったの。

やっとたどり着いたところには、

大きな泉があって、

「へぇ、こんなところもあるんだ…」

としばらく眺めていると、

『日が沈み、月が空を支配するようになったとき、精霊様が現れる。

 そうしたら、精霊様に悩みを相談するとよい』

と言うと、ゴボマはいなくなってしまった。

あたしは、岩に腰掛けて時間がくるのを待ったわ、

空が暗くなって、月が昇ってきたとき、泉の水が急に輝くと、

あたしの前に、光で出来た小人が姿を現したの。

そして『わたしに話があるそうだけど、なんだ?』と訪ねたわ。

あたしは『どうしても会いたい人がいる』と言うと、

『判った、明日の日が昇るまでの間、そなたの望みかなえよう』

と言うと、小人の光は大きくなってあたしを覆ってきて、

そして、気がついたらココにいたのよ、

でも、あの時と違って私の身体は裸族・ユガオママラのまま…

…………………

陽子は自分の身に起きたことを一通り話すと、

「ハァハァ…」

肩を動かしながら妙に荒い息を始めだした。

「どうしたんだ?」

ただならぬ陽子の気配に私が訊ねると、

「あぁ…なんで…

 やっと誠司さんに会えたのにこんな気持ちになるなんて…」

と言いながら自分の右手を股間へと動かしていった。

「おっおいっ、

 なにをする気だ」

陽子の行動に私は戸惑うと、

「誠司さん…

 あたし…モニの人たちから男の諫め方を教えてもらったんです。

 こういう風に胸の奥がムラムラしてきたとき、
 
 オチンチンをこうやって弄ると楽になるって」
 
陽子はそういいながらコテカを外すと、

その中で堅く勃起していたペニスを扱き始めた。

シュッシュッ!

「あぁ…誠司さんに見られているのに、

 あたし…こんなことを…」

私に見られていることに興奮しているのだろうか、

陽子は盛んに腕を動かしながら男のオナニーをし続けていた。

そして、

「あぁ…出る出る出る!!

 出るぅ!!」

と叫ぶと、

腰を激しく振り、

ピュッ!!

っとペニスの先から精液を吹き上げた。

「あぁ…あたしはなんてことを」

射精をして力が抜けたのか陽子は床の上にペタンと座り込むと、

床の上に転々と付着した精液を眺めていた。

「大丈夫だ、気にするな」

私は彼女の肩を叩くと、

「さっきの話しだと、夜が明ければお別れなんだろう?」

と訊ねると、

コクン、

陽子は素直に頷いた、

「そうか…」

私はそう言いながらそっと彼女を抱き寄せた…



翌早朝、レッスン室に陽子と共に泊まった私は

寝不足気味の顔で陽子の見送りをしていた。

あれから二人は一睡もせずに過ごした。

「もうすぐ夜明けか…」

私が徐々に青色に染まっていく空を見上げながら言うと、

「じゃぁ、お別れだね」

「でも、また会えるんだろう?」

「判らない…でも『森の精霊』頼めばひょっとして…」

と言いかけたところで、陽子の姿は自分のトゥシューズを握りしめながら

私の前から陽炎のように消えていった。

「ひょっとしたらか…じゃぁ期待できるかもな」



おわり