風祭文庫・モラン変身の館






「モランの魂」
第3話:秘術


作・風祭玲

Vol.546





「…さん…

 正之さん…」

「時恵っどこだ!!」

「ごめんなさい。

 正之さん。
 
 あたし…
 
 あたし…
 
 マサイに…
 
 モランになります…」

「待て!

 どこだ、
 
 どこにいる、時恵。
 
 待ってろ、
 
 いま僕が助けに行くから、
 
 どこだ」

「ごめんなさい…」

「時恵ぇぇぇぇっ!!」

一寸先も見えない闇の中、

響き渡る時恵の声の方向へと僕は全力で走り続け、

ついに力尽きてしまうと、

ただ時恵の名前を叫んでいた。

そして、

「はっ!」

閉じていた目を開けるとそこには白い天井が目に入る。

「え?

 どこだ…ここは?」

ベッドに寝かされているらしく、

横になっていた僕は首を横に振ると、

『あら、気がついたようね』

黒い修道服を着た黒人女性・シスターが僕を見ながら声をあげる。

『え?

 あっ
 
 どっどうも…』

シスターに向かって会釈をしながら僕は起き上がろうとすると、

『あっだめよ、

 脱水症状が酷かったんだから、
 
 しばらく寝ていなさい』

と言い、

『安心して、

 ここは教会だから…』

と後に続けた。

『教会?』

『えぇそうよ、

 サバンナで倒れていたあなたをマサイの人たちが運んできてくれたの、

 感謝をしなくてはね』

首に下がるロザリオに手を当てながらシスターはそう告げると

神に感謝するかのように祈りをささげる。

『そっそうだ、

 あの、
 
 時恵は…
 
 僕の妻が…』

時恵のことをシスターに尋ねると、

『さぁ?

 ここに運ばれてきたのはあなた一人よ』

とシスターは返事をする。

『そっそうですか?』

シスターのその言葉に僕は肩を落としながら、

『あの、僕を運んできてくれたマサイの人たちって?』

この教会へ僕を運んでくれたマサイのことを尋ねた。

すると、

『えぇ…

 モランよ…
 
 8人程度で行動を共にしているマサイの勇者…
 
 ふふっ
 
 何十キロもあなたを担いできても、
 
 疲れ一つ見せていなかったわ』

とシスターは僕をここに運んできてくれたマサイについて説明をしてくれた。

『それだ、

 しっシスターっ
 
 そのマサイはどこに行きましたか?
 
 彼らに時恵は連れ去られたんですよっ』

僕は大声を上げてシスターに迫ると、

『え?

 え?
 
 えぇ?』

シスターはキョトンとしてただ僕を見つめる。

『あっ

 で、僕がここに運び込まれたのはいつの事ですか?』

そんなシスターの姿に僕は慌てて距離を空けると、

『はぁ…

 みっ三日前かしら…
 
 三日前の夕方にモラン達がけが人を見つけた。
 
 って言ってあなたをここに運んできたわ』

『そのとき、他に誰かいる様子はありませんでしたか?』

『そ、そうねぇ

 そういえば、あなたをこの教会に運び込んだひと以外に
 
 数人が外に居たかしら…』

『その中に…

 あの、日本人の女性はいませんでしたか?』

『さぁ、暗くなってきていたし…

 あたしの目にはマサイたちが着ている服の色しか判らなかったわ』

僕の質問にシスターはそう答えると、

「くそっ、

 あの時、時恵はマサイたちのシュカを巻いていたからなぁ…」

と僕は歯軋りをする。

そして、

「こうしていられないっ」

連れ去られた時恵を探しに行こうと僕は立ち上がると、

『お待ちなさい』

シスターが呼び止めた。

『なんですか?』

『あなた、何をしようというの?』

『時恵を妻を捜しに行きます』

シスターの質問に僕はそう返事をすると、

『どうやって?』

とシスターは聞き返す。

『どうやってって…』

『この教会にはあなたの足となるものは何もありませんよ、

 それに、歩いて探すとしても、

 この広いサバンナを歩いて探せるわけでもないでしょう』

『あっ』

シスターの指摘はまさに的確な指摘だった。

彼女のその言葉に僕は立ち尽くすと、

『街へ行く車なら、しばらくすると来ます。

 その車に乗って街へお行きなさい、
 
 そこで、捜索の手続きを取られると良いですよ』

僕に向かってシスターはそう告げ、

『あっ

 そういえば、これはあなたのものですか?』

と訊ねながら僕にネコを模したアクセサリーを手渡した。

「これは…

 時恵のだ…」

ネコ好きの時恵に僕が買ってあげたアクセサリーを僕は握り締めると、

『ありがとう、シスター、

 元気が出ましたよ』

と笑顔で返事をした。

こうして僕は教会に食料や薬品を運んできた車に同乗し、

そして、サバンナに程近い街へと戻って行った。

しかし…



領事館で滞在日数を伸ばす事が出来た僕は改めて準備を整えると、

時恵の姿を求めてサバンナに舞い戻って来た。

そして、それから1週間かけてマサイの村をしらみつぶしに僕は訪れ、

時恵と時恵を連れ去ったモラン達のことを訊きまくったが、

しかし、目撃者や話しを聞いたことがある。といった人たちは出てこなかった。

「はぁ…

 くっそぉ、一体どこに…」

焦りを感じながら僕は地団太を踏んでいると、

『そこのお若いの…』

といきなり声を掛けられた。

『はい?』

その言葉に僕は振り返ると、

ニヤッ…

僕のすぐ後ろで杖を突くマサイの老人が笑みを浮かべ、

『ふふっ

 お前さん、
 
 人を探しているのかい?』

と皺だらけの黒い身体に申し訳程度のシュカを身体に巻き直しながら訊ねる。

「(うわっ

  なんかヤバそうな奴に絡まれたな…)」

老人を見ながら僕はそう思っていると、

『まっまぁね、

 でも、この村には居ないみたいだ』

と返事をして、老人の前から立ち去ろうとすると、

『ふふっ

 モランを探しているようだが、
 
 モランは簡単には村には立ち寄らないぞ』

僕の後ろから声をあげた。

「え?」

その言葉に僕は振り返ると、

『ふふっ

 わたしはこれでも呪術師でのっ
 
 なぁに、
 
 コレさえ頂ければお前さんが探すモランを祈祷で
 
 ここに呼び寄せる事が出来るが』

と暗に金品を要求してきた。

「………」

僕はその老呪術師を疑いの目で見るものの、

「こう、何も手がかりが無いのなら仕方が無い…

 一度だまされてみるか」

そう決断をすると、

『で、幾ら要るんだ?』

と金額を訊ねる。

『ふふっ

 東洋人は物分りがよくて好きだぞ、
 
 まぁこのお金を20枚ほどもらおうか』

老呪術師はそう言いながら、

懐よりしわくちゃになった10$紙幣を取り出して僕に見せる

「うわっ

 200$かよっ
 
 思いっきり吹っかけやがって」

老呪術師が見せる紙幣を見ながら僕はそう呟くと、

『何か言ったか?』

老呪術師は耳に手を当て聞き返してきた。

『(ちっ

  仕方が無いか…)

 でも、20枚は多すぎる。

 本当に来るのかもわからないんだ。
 
 1枚で十分だ!』

そんな老呪術師に向かって僕が叫ぶと、

ムッ…

老呪術師は少し不機嫌な顔をした後、

『18枚!!』

と僕に言うと、

『2枚だ』

『15枚!』

『3枚だ!』

『14枚!』

と言う按配で僕と老呪術師は値段交渉が始めだす。

そして、

『じゃっじゃぁ、

 前金で4枚、
 
 成功したら6枚でどうじゃ』

ついに折れた老呪術師が提案してくると、

「この辺が頃合か…」

そう判断した僕は

『よーしっ

 それでいいだろう』

と老呪術師に言い、

『じゃぁ、これで呼んでもらおうか、

 出来なかったら残りはナシだ』

と言って10$紙幣を4枚、老呪術師に手渡した。

『まったく、

 東洋人は疑り深い…』

老呪術師は文句を言いながら10$札を手に取ると、

『ついて来い』

と言って歩き始める。

そして村の外れにある崩れかかった小屋の前までつれてこられると、

老呪術師は小屋の中より牛皮の敷物を持ち出し、

そして、

パンッ

敷物を叩きながら広げると、

『よーし、じゃぁ、

 始めるとするか、
 
 で、誰を呼んでほしいのだ?』

と僕に尋ねた。

『え?』

老呪術師の言葉に僕はキョトンとすると、

『ほらっ

 モランの名前だよ、
 
 モランの…』

そんな僕にじれったそうに言う。

『あっ』

老呪術師の言葉に僕は時恵を連れ去ったモラン達の名前を

しっかり聞いてないことに気がつくと、

『やれやれ…』

老呪術師は呆れた表情で僕を見て、

『じゃぁ、

 持ち物か何かは無いのか?』

と聞き返してきた。

『あっ

 それなら…』

老呪術師の言葉に僕はポケットに仕舞っておいていた

ネコのアクセサリーを取り出すと、

『このアクセサリーを持っている人物と行動を共にしている』

と告げ、老呪術師に手渡した。

『ふーん…』

アクセサリーを珍しそうに見つめた後、

『まぁ、コレを持っている人物の傍にいるなら、

 わしの問いかけには答えるだろう』

と言いながら、

『ムンッ…

 ●●●●…』

気合を入れ、なにやら呪文を唱え始めた。



「はぁ…

 こんなもので時恵が見つかれば偵察衛星なんて要らないよな…」

マサイ村から見えるサバンナを見渡しながら僕はそう呟き、

その場に腰を下ろした。

そして、待つこと小一時間、

『ふぅ…』

呪文を唱え終わった老呪術師が立ち上がると、

『どうだった?』

僕は結果を尋ねる。

すると、

『うんっ

 お前さんたちとは違ってマサイは自分の足が頼りだからな、
 
 呼んですぐには来ないぞ、
 
 何事もポレポレだ』
 
老呪術師はそう返事をし、

ゴロン…と横になった。

「ふぅ…」

そんな老呪術師を見下ろしながら僕は大きく息を吐くと、

再びサバンナを見つめる。



西に傾いていた陽がさらに傾き、

やがて地平線に掛かろうとしたとき、

『この村の呪術師はここにいるか?』

村の中に若い男の声が響いた。

ピクッ!

その声に老呪術師は起き上がると、

『ほれっ

 残りの6枚』

と言いながら老呪術師は僕に手を差し出す。

『ちょっと待ってろ、

 あのときの奴か確認してくる』

手を差し出す老呪術師に僕はそう言って村に戻ると、

『あぁこらっ!

 逃げるな!』

そんな僕を追って老呪術師もついてきた。



『ここの呪術師に呼ばれてやってきた、

 どこにいる!』

マサイの言葉で再び男の声が響き渡るのを聞きながら、

僕はマサイの人たちが集まる村の広場へと飛び出すと、

そこには漆黒の肌に朱染めのシュカ、

そして、赤茶の髪を結い上げた若いモランが真新しい槍を片手に立っていた。

「誰だ?」

物の影より無駄なく筋肉が張り詰めたモランを見ながら

あの時、時恵を連れ去ったモラン達の中にその顔が無い事に首をひねっていると、

『おいっ

 言うとおりに呼んだんじゃ、
 
 さっさと金を!!』

首を捻る僕に老呪術師は怒鳴る。

『ちょっと待て、

 あのモランは僕が呼んでくれと頼んだ奴じゃないぞ』

そんな老呪術師の首元を掴みながら僕は言い返すと、

『何を言うかっ

 お前さんがよこしたアクセサリーの持ち主を呼んだんじゃっ
 
 文句はあるまいっ』

老呪術師はそう言い返し、

『ほれ!』

僕の顔を広場にいるモランへ向けさせた。

「あ?

 あのネコの持ち主って…
 
 まさか、あのモランが時恵だというのか?」

あまりにものの突拍子の無い展開に僕は驚くと、

『………居ないのか…

 呼んでおきながら姿を現さないとは…』

呼んでも返事の無い事にモランは不機嫌そうな顔をすると、

クルリ…

体の向きを変えるや村から出て行き始めだした。

『ほれっ

 何をしておる。
 
 折角呼んだのに行ってしまうではないか』

村を去るモランの後姿を指差して老呪術師が叫ぶと、

『でっでも…』

僕にはあのモランが時恵である事が容易には信じられなかった。

『あぁもぅ

 じれったのぅ
 
 ほれっ』

そんな僕の態度に痺れを切らした老呪術師が思いっきり蹴飛ばすと、

「うわっ!!」

尻を蹴飛ばされた僕は叫び声をあげながら、

前に居るマサイの人たちを押しのけ、

広場の真ん中へと飛び出してしまった。

『?』

僕があげた声にモランは足を止めると、

振り返って僕を見る。

そして、その途端、

ハッ!!

モランは驚いた顔をすると、

「まっ正之さんっ」

と日本語で声をあげ、

その口を黒い肌の両手で覆った。

「とっ時恵なのか?

 君は…
 
 本当に時恵なのか」

立ちすくむモランに向かって僕は尋ね返すと、

「こっこないで!!」

モランは叫び声をあげると、

タタタッ!!

逃げるように走り出してしまった。

「あっ待て!!」

逃げ出したモランを追って僕も追いかけようとすると、

『コラコラコラ!!

 逃げるな!!』

僕の足に老呪術師が抱きつき、

「うわっ」

そのまま押し倒されてしまった。

『離せっ

 なにをするんだよっ

 時恵が行ってしまうだろう』

足にしがみつく老呪術師に向かって僕は怒鳴ると、

『金を払え!!!』

すごい形相で老呪術師は叫ぶ、

『ったくもぅ

 ほらっ!!』

その老呪術師に向かって僕は60$を叩きつけると、

『ふぅ…』

老呪術師は大きく息をつき、

『お前さん、

 あのモランを走って追いかける気か?
 
 無駄な事を…』

と紙幣を数えながら忠告をした。

『悪いかよ』

『全力で走るモランに足で追いつけるとでも思うのか?』

『やってみないとわからないだろう』

『ほほっ

 お前さんのような東洋人が追いかけられるほど、
 
 モランはあまくはないぞ』

むくれる僕に老呪術師はそう言うと、

『あの、マサイ…

 いや、あのモランは僕の妻だ』

と僕は感情をぶつけながら老呪術師に怒鳴った。

『ほぅ?』

僕の言葉に老呪術師は好奇心の目をすると、

『なるほど…

 確かにあのモランはモランとして成長したのではなく、
 
 作られたモランだったが、
 
 うむ、そういうわけか』

と呟きながら村から去っていく時恵の後姿を見る。

すると、

ササッ

米粒大になった時恵にシュカ姿のモラン達が駆け寄ると、

たちまち、その周囲を囲んでしまった。

『あいつら…』

『ほほっ

 やっぱりのっ
 
 村の外で見張っておったか』

集団となって移動を始めたモラン達を遠めに見ながら老呪術師は呟くと、

『知っていたのか?』

と僕は聞き返した。

『わしには何でも見えるぞ』

『なぁ、

 さっき、時恵を作られたモランって言っていたよな』

『ん?

 そう言ったかなのぅ?』

『説明してくれ、

 作られたモランって一体なんだ?
 
 時恵の変身と関係あるのか?』

老呪術師が呟いた事への質問を僕がすると、

『さて、ここでは人が多すぎる』

老呪術師はそう言いながら腰を上げると、

自分の小屋へと戻っていく、

そして、小屋の前で後からついてくる僕に向かって、

『本来、モランとはマサイとして生を受けた男子が

 長い時間かけて鍛えられ、
 
 そして成長してモランとなるのだ』

と老呪術師は話し始めた。

そして、

『だが、しかし、

 何か理由…
 
 そう、たとえば一族に重大な危機が迫っているときなど、
 
 そんなとき、
 
 選ばれた人物に対してある秘術を施し、
 
 強いモランを誕生させることもある』

と僕を指さしてそう告げる。

『え?

 それって…
 
 じゃぁ…』

『あぁ…

 あのモランからプンプンと漂ってくる秘術の香り…
 
 間違いなくあのモランは秘術を掛けられ誕生させられたモランであろう』

老呪術師は満足そうに頷くと、

幾度も首を縦に振った。

『そういえば…

 あの時、モラン達は術がどうのこうのって言っていたっけ…
 
 確か…
 
 ナクチャがどうしたとか…』

老呪術師の言葉に僕は時恵を指差し、

そう談義をしていたモランを思い出すと、

『ほぅ…

 やはりナクチャの秘術を使ったのか、
 
 はははっ
 
 いまどきナクチャを掛けられるとは大したものじゃな』

それを聞いた老呪術師は笑い始める。

『笑い事じゃないぞ!

 その術で時恵はあんな姿にされたんだ。

 なぁ、爺さんっ
 
 あんた、呪術師なら解き方が判るんだろう』

そう言いながら僕は老呪術師に迫まると、

『ふんっ

 解けない事も無いが、
 
 ただ、さっき見ただけでも、
 
 ナクチャのほかに4つほどの秘術が複合して掛けられているようじゃな、
 
 どれも不完全ではあるが、
 
 でもなかなかの腕のようじゃな、
 
 秘術を施したそのモラン達はな…』

『頼む、爺さんっ

 どうすれば時恵を…
 
 妻を元に戻す事が出来るんだ?』

拝むようにして僕は尋ねると、

『ふんっ

 マサイの秘術は長い年月を経て完成した術じゃ、

 一度掛けられたものを解くなど簡単に出来るものではない』

僕の手を振り解き老呪術師はそう断言すると、

『そんなぁ…』

その言葉に僕はガックリと両手を地面につけうなだれる。

すると、

『まぁ秘術が完璧なら…確かにそうじゃが、
 
 さっき言ったように、
 
 あちこち穴だらけの不完全な秘術のようだし、
 
 攻め方次第でどうにでも出来る』

うなだれる僕の肩に腰掛けながら、

老呪術師はアドバイスをした。

『え?』

その言葉に僕は顔を上げると、

『ふふっ

 これを30枚くれればお前さんの力になってやろう』

老呪術師はまた10$紙幣を僕に見せながら囁いた。



ザザザザザ…

広大なサバンナを1台の四駆が駆け抜けていく、

『爺さんよっ

 こっちでいいのか』

ハンドルを握る僕は隣に座る老呪術師に向かって声をあげると、

『おぉ…

 こっちで大丈夫だ』

と老呪術師はご機嫌そうに返事をした。

『そうか…』

老呪術師の返事に僕はハンドルを握る手に力を入れると、

『こっちに…

 こっちに時恵は居るんだな…』

呟きながらアクセルを踏み込み、

『待ってろ、時恵、

 僕がお前を元の姿に戻してやるからな』

と決意を新たにした。

すると、

『あぁ、

 あのモランか、
 
 あのモランならこっちには居ないぞ』

僕の言葉を聞いた老呪術師はあっさりと返事をした。

「ぬわにぃ!!!」

ギャギャギャギャキキッ!!

その言葉と同時に僕が運転する四駆が赤茶けた砂埃を上げながら急停車すると、

『おいっ

 それはどういうことだ?
 
 時恵はこっちに居るんじゃないのか!!』

と僕は進行方向を指差し助手席に座る老呪術師に向かって怒鳴り声を上げる。

『はぁ…』

僕の怒鳴り声に老呪術師はため息を吐き、

『…まったく、

 この先に居るのはもぅ一人の呪術者じゃ、
 
 そいつなら、
 
 あのモランに掛けられた秘術を解くのに都合のいい術を心得ているからな』

と四駆を走らせた理由を告げた。

『…そーなら、

 そーと言ってくれれば…』

老呪術師の言葉に僕は再びアクセルを踏むとサバンナを走り始めた。



『おぉぃ

 生きておるか』

老呪術師の指示通りに走り、

到着したのは老呪術師の居た村から100キロ近く離れた別の村だった。

そして、その村でも老呪術師と同じように

村から離れたところに建つ小屋に向かって声をかけると、

『ん?

 なんじゃっ
 
 クムカンか、どうした?』

の声と共に

カツン!

のそっ

杖を突き身体を重そうに引きずるマサイの老婆が姿を見せた。

「うわっ

 こいつもまた、すごいのが…」

老婆を見つつ僕は驚くと、

『ふんっ

 なんじゃっ
 
 そんなに婆が珍しいか』

と老婆は言いながら僕を睨みつける。

『え?

 いっいえっ』

老婆の言葉を聞いた僕は臆してしまうと、

『クムカンっ

 この東洋人はなんだ?』

と老婆は老呪術師に尋ねる。

『クムカンって?』

老婆の言葉に僕は老呪術氏に尋ねると、

『わしの名前じゃっ』

と老呪術師・クムカンは僕に向かって怒鳴る。

『へぇ、

 あんた、クムカンって言うんだ』

『悪いか』

『いや』

『さて、ツツエっ

 ナクチャの秘術が使われたぞ』

僕との話が終わったクムカンは老婆・ツツエに向かって

マサイの秘術が使われた事を言うと、

『ナクチャの秘術…

 ほぅ、
 
 いまどきそんな大仕掛けの秘術を使う奴が居たのか』

クムカンの言葉にツツエは感心した表情をした後、

笑い始めた。

『ちょっとぉ

 その秘術で時恵はマサイにされたんだ!!』

ツツエの笑い声にムッときた僕は声をあげると、

『ふんっ、

 何を大声上げるかと思えば…
 
 まったく、良いか、
 
 ナクチャの秘術とは、
 
 秘術でモランを作り上げるそう言う術だ。
 
 お前はそんな事を言いに来たのか』

と一喝する。

『そんな事は知っているっ』

ツツエのその声に頭にきた僕が掴みかかろうとすると、

ガシッ!

突き出されたクムカンの手が僕を邪魔し、

『でだ、

 そのことでお前さんの力を借りたとな』

と続けた。

『私の力?』

『あぁ、そうじゃ、

 ナクチャの秘術でモランになった者を誘惑するトートの秘術…』

キラリと目を輝かせながらクムカンは尋ねると、

『ほぅ…

 で、器は誰にするのだ?
 
 まさか、クムカン、お前か?
 
 くくっ
 
 お前にそんな趣味があったとは意外じゃのぅ』

『ふんっ

 誰が器になるかっ
 
 器なら、
 
 ほれ、格好のものがここに居るぞ』

訝しがるツツエにクムカンはそう言い、

そして、僕の尻を叩いた。

『え?

 あっあのぅ…
 
 トートの秘術とは一体…』

クムカンの口から出た言葉に僕は聞き返すと、

『なぁに、

 ナクチャの秘術で姿を変えられた者を元の姿に戻す秘術じゃ、
 
 どうする?
 
 受けてみるか?』

クムカンはトートの秘術の説明と受ける決意があるかどうかを尋ねると、

『うっ

 時恵が元の時恵になると言うのなら、
 
 どんな秘術でも受けますよっ』

僕は秘術を受ける決心をクムカンに言う。

『ほほっ

 そうでなくては!!』

僕の決心を聞いたクムカンは笑いながら声をあげると、

『まったく…

 クムカンっ
 
 幾らもらった?
 
 お前さんがそれだけ熱心に動くところ、
 
 相当もらったであろう?』

そんなクムカンに向かってツツエは尋ねると、

『いっ…』

クムカンはギクッ!と顔を引きつらせる。

『僕はもぅ出しませんからね』

それを見た僕が即座に釘を刺すと、

『ふふふっ

 まっ

 半分は頂こうかのぅ』

後ろ手に組みながらツツエは小屋の中に入っていた。

そして、程なくすると、

『ツツエ…

 私に用か?』

の言葉と共に朱染めのシュカで身体をすっぽり覆い、

首には原色が美しい円盤状のアクセサリーを着け、

髪をすべて剃りあげた一人の女性が村よりやって来ると、

僕達の前に姿を見せる。

歳は20歳位だろうか、

目鼻立ちの整った女性に僕は目が釘付けになると、

女性はニコリと笑う。

『あっどうも…』

そんな女性に僕は頭を下げると、

『どれ、はじめるとするか』

再び小屋の中から出てきたツツエは女性に向かってそう言いながら

小屋の前に牛皮の敷物を引くと、

その上に祭器を並べるた後、腰を下ろす。

すると、

パサッ

それを合図に女性は身にまとっていたシュカを脱ぎ捨て、

美しく整った裸体を僕達に晒す。

「え?」

胸の膨らみから、股間の性器まで漆黒の肌を露出させて、

文字通り一糸まとわぬ姿になった女性に僕は身体を硬直させていると、

『おいっ

 お前は一歩も動くなよ』

ツツエは僕を指差して警告をする。

そして、

ザッ!!

『・・・・・・・・・』

ツツエは呪文を唱え始めると、

『うっ

 くっ
 
 あぁん』

次第にツツエの前に立つ女性は喘ぎ声を上げ始め、

その場に腰を落としてしまった。

「いっ一体何が…」

響き渡るツツエの呪文に僕は唖然とすると、

女性は自分の股間に手を潜り込ませ、

クチュッ

クチュッ

っと卑猥な音を上げ始める。

すると、

『・・・・・・・』

ツツエの呪文を唱える声が一際高くなり、

『あぁんっ

 くはっ
 
 あっあぁぁ!!』

女性の喘ぎ声も大きくなった。

それが延々と続き、

『はっ!!

 ・・・・・!!』

ツツエが気合を入れる声をあげたとき、

『あぁぁぁぁぁ!!』

女性も叫び声のような喘ぎ声をあげ、

その場にぐったりと項垂れてしまった。

『おっおいっ!』

ピクリとも動かなくなってしまったマサイの女性に僕が近づこうとすると、

『待て!!!』

ツツエはそんな僕を呼びとめ、

代わりに器を持って女性の傍によると、

そっと器を女性の股間へと差し出した。

すると、

トプッ!!

女性の秘所より夥しい液体が吹き上げ、

見る見る器を満たしていく。

『なっなんだ…』

ツツエが差し出した器を満たす液体に僕は驚いていると、

『さぁて

 取れたぞ、
 
 ふふふっ』

嬉しそうにツツエは言いながら液体の表面に指をつけ、

その味を確かめると、

『はぁ…

 若返りそうな味じゃ』

と感想を呟き、

そして、僕の方を見ると
 
『さて、お前…

 コレをすべて飲み干すのだ』

と器を差出し僕に命じた。
 
『えぇ!!!』

ツツエの言葉に僕は驚きの声をあげると、

『何をしておる、

 ナクチャの秘術を掛けられた者を救うのだろう?
 
 そして、このトートの秘術を受ける覚悟があるのだろう?』

とツツエは問いただした。

『うっ』

ツツエの指摘に僕は返事に詰まると、

差し出した器を手に取る。

そして、その器を満たしている液体を見つめながら、

「でも、これって、

 あの女の人の」

といまだ倒れたままのマサイの女性に視線を送った。

するとそのとき、

僕の脳裏にモラン達のペニスをしゃぶり、

彼らが出す精液を飲まされている時恵の姿が鮮明に映し出された。

「時恵…」

何も出来ずに時恵の姿を見ていた自分を思い出すと、

「…判ったよ」

と決心し、

クッ!

器に口をつけ、

ゴクリ…

一気に液体を飲み干した。

『ぷはぁ…』

甘いような、酸っぱいような、
 
不思議な味がする液体を僕は飲み込むと、

程なくして、

ムズッ…

ムズッ

ムズムズ!!

体中がかき回される。

そんな不快感が僕の中を駆け巡り、

それと同時に熱っぽくなり始めた。



ハァハァ

ハァハァ

全身から汗を噴出しながら僕の息が荒くなってくると、

『さぁて、

 コレからが苦しくなるぞっ
 
 気張れよ』

とクムカンは僕に言う。

『え?

 なんだって?』

クムカンのその言葉に僕が聞き返したとき、

ドクンっ!!

身体の中を強烈な衝撃が襲った。

『うがぁ!!』

殴られたよりも強烈な衝撃に僕は声をあげると、

その場に蹲るが、

しかし、

ドクン!!

ドクン!!

衝撃は何度も僕を襲い、

そして、何度目かにきた強烈な一発を喰らうと

「時恵!!!」

僕は時恵の名前を呼びながら失神してしまった。



つづく