風祭文庫・モラン変身の館






「再会の日」


作・風祭玲


Vol.696






サクッ

サクッ

あたしの脚の動きと共に草を踏みつける音が当たりに響く、

サクッ

サクッ

「ふぅ…」

ふと立ち止まると、

あたしは額に浮かぶ汗を拭った。

ここはサバンナ…

地平線の向こうまで大地が続く。

「急がなきゃ」

立ち止まったあたしは手にしていた槍を持ち替え先を急ぐ。

遠くから数頭のキリンがジッとこちらを見ている。

”大丈夫、

 そっちには行かないから”

以前だったらまず見つけることは出来ないだろう

キリンに向かってあたしはそう呟くと歩きはじめる。

サクッ

サクッ

いつ草陰からシンバが飛び出してくるかも知れない。

風の動き、匂い、鳥や虫の鳴き声などに注意してあたしは歩く。

”今のところ大丈夫ね”

お尻を向けているハイエナの姿にあたしは小さく安堵する。

どれもこれもみなこのサバンナで身につけた知恵、

この過酷なサバンナで生きてゆくために

あたしは様々な知恵を身につけていったのであった。

そして、

”誰も…

 ついてきていないね…”

あたしは動物たちよりも一番厄介なものがついてきていないのを幾度も確認した。

マサイ…

このサバンナで生きる野生の男達…

これからあることをしようとするあたしにとって一番厄介なものであり、

そして…あたしの仲間でもあった。

”確か村から2・3人ついてきていたと思ったけど…

 諦めて帰ったかな?”

幾度も男達の気配を探り、

そして、その気配がないことに確認したあたしはやや足取りを軽くして歩き始めた。

ギラッ!

真上から照りつける太陽の元、あたしは歩く。

わき出す汗は流れることなく蒸発し、

塩と脂だけが肌に残る。

少し喉が渇いてきた。

グビッ…

持ってきたキブユに口をつけ喉を潤す。

中身は牛の鮮血とミルクを混ぜた特製のマサイミルク。

これを一口飲むだけで水分と塩と栄養をとることが出来、

これ一本で5日はサバンナを歩くことが出来る。

飲み終わった後、

ギュッ

あたしは露出していた肩に朱染めの布・シュカを掛けた。



気温が大分上がり陽炎が揺らめき立つ、

土を練り込め結い上げた髪も熱を帯び始めてきた。

かつてストレートだったあたしの髪の毛は

いまではすっかり縮れてしまったけど、

でも、長さは背中まで伸び、

その先はひとまとめに括られている。

パサッ…

パサッ…

髪にこもる熱を発散させようと背中に手を伸ばし、

髪の毛を軽く叩きはじめる。

すると、わき上がる埃と共に

熱された脂とアンモニアが混ざったような匂いがわき上がってきた。

もぅどれくらい髪を洗っていないだろうか…

この姿になってあたしは髪を洗っては居ない。

昔なら不潔と思っていたが、

でも、このサバンナでは髪を洗うことはあまり意味をなしてはいないのも事実だ。

強烈な日差しと熱が髪を洗うことよりも、

土を練り込み身体を防護することを優先するからだ。

あたしの髪は牛の尿などで朱色に染まり、

さらに、土と練り込めながら10本程度ずつによりわけると、

簾のようにして背中に垂らしている。

こうすることで首筋を強い日差しから守っていた。

無論それだけではない。

あたしの肌もまた墨のように黒くなり、

あたしはサバンナの住民となってしまっていた。

そう、マサイに…



ブワッ!

サバンナを一陣の風が舞い踊る。

「うっ」

強く吹き付ける突風にあたしが身構えたとき、

シュォォォォ…

スグ真横を風の渦が通り過ぎた。

竜巻…

日差しが一番きつくなる今頃によく起こる風の悪戯…

「ふぅ…」

突風は程なくして収まり、

あたしから離れながら風の渦は背を伸ばしていく、

いまあの渦に巻き込まれたらまさに一大事だった。

「ふぅ…」

竜巻を眺めながらあたしは一息をついていると、

どこか股間が涼しい…

そして、何気なく下を向いたとき、

「あっ」

あたしが身に纏っていたシュカが大きくめくれ上がり、

股の間から真っ直ぐ伸びる黒い肉棒…

そう、オチンチンが顔を覗かせていたのであった。

「やだ…」

あたしは慌ててシュカを直し、

オチンチンをその下に隠す。

あたしの股に生えているオチンチン…

あたしをマサイにした元凶。

でも、いまではこのオチンチンが愛おく感じることもある。

なぜだろう…

あたしから夫、そして娘を引き離した憎きモノなのに…

けど、何時の間にか大事なモノになっていた。

ギュッ

朱染めの布越しにあたしはオチンチンを握りしめる。

もし、これがなかったら…

あたしは1人の主婦としての人生を過ごしていただろう。

けど、これを得た故にあたしはマサイに

そしてモランになった。

胸から乳房が消え、

体中に筋肉が張り、

そして、黒い肌を晒す野生の男…

その男になることをあたしは受け入れた。

娘を守るために…

ムクッ

それを思っていると急にオチンチンが固くなり始めた。

「だめっ

 ここでは…
 
 まだだめ!!」

あたしは中腰になるとオチンチンを押さえ込んだ。

ウシの警護などでモラン達と共にあるのなら、

ここでヌクことも出来るけど、

でも、いまはダメ…

さらに硬さを増すオチンチンに困惑しながら、

しばらくの間、あたしは立ち止まる。



結局、オチンチンはそのまま萎えてしまうと、

あたしは歩き始めた。

急ごう…

一刻も早く…

歩きながらもあたしは道を急ぐ。

やがて、行く手に枝を大きく張った一本の木が見え、

その先に光り輝くモノが見えた。

”あぁ、来てくれている…”

”忘れられていないんだ。”

それを見たときあたしの心は嬉しさでいっぱいになり、

いつの間にか駆け足になっていた。

ザッザッザッ

大きく背を伸ばす草をよけるのも惜しい。

あたしは構わずに草の中を通り過ぎ、

そして躍り出た。



「よう…」

前に止まるクルマから懐かしい声と共に、

男性の腕が上がる。

あたしは吸い寄せられるように近づいていくと、

「久しぶりね、あなた」

そう声を掛け、

「もぅあたしのことなんて忘れてしまったかと思ったわ」

と続ける。

「何を言っているんだよ」

あたしが掛けた声にクルマの中から笑みがこぼれ落ちると、

「うふっ

 判っているわよ、

 あなたもあたしに会いたかったの…
 
 だから、掛けて来ちゃった」

あたしは自分の胸に手を当てそう言い、

「ねぇ、真由美は元気にしている?」

と娘のことを尋ねた。

「あぁ、

 元気だよ」

その返事が返ってくるのと同時に、

「ほれ」

と1枚の写真が手渡される。

制服姿の1人の少女が筒を持ちながら校門でたたずむ構図…

「卒業式?」

「あぁ…」

「そう良かった…卒業したの」

別れたときのことを思い出しながらあたしはジッと写真を見つめていると、

「実は…

 そろそろ頃合いだともうのだが…」

と言う声が響いた。

「え?

 それって、

 真由美にあたしのことを話すの?」

「うんまぁ…」

「まだダメよ、

 せめて真由美が高校を卒業するまでは待って、

 母親がマサイの戦士になってなんてこと知ったら、

 あの子、混乱するから」

「そっそうか?

 でも、薄々気づいて居るみたいだけど…」

「それでも、だめ、

 こんな姿、真由美には見せられないし、
 
 それに、
 
 もし呪いが真由美にも掛かったらどうするの?
 
 真由美もマサイにしたいの?
 
 あの子をこんな姿にしたいの?」

あたしのことを娘に話そうという提案にあたしは強く反対した。

「わっ判った…

 じゃぁ、しばらく様子を見ることにしよう」

「ありがとう…

 ねぇっ

 久しぶりに会ったんだから、

 たっぷりとサービスしてあげるわ

 それとも、マサイ戦士のサービスって迷惑?」

クルマに向かってそう告げたあたしの股間では、

ムリッ

いつの間にかオチンチンがすっかり固くなり、

鎌首を擡げていたのであった。



うふっ

大丈夫よ、

今夜はたっぷりと野生の味を味あわせてあ・げ・る…



おわり