風祭文庫・モラン変身の館






「サバンナへ」
(真子の場合)


作・風祭玲


Vol.637







ゴワァァァァァ!!! あたしを乗せたクルマは一直線にサバンナを突き進んでいく。 澄み切った青い空。 そして、その頂点には光り輝く太陽がある。 子供の頃、あたしは日の光が好きだった。 障子戸の隙間から差し込む日の光の帯をジッと見つめていたコトを思い出す。 でも、いまはその日の光があたしの運命を変えてしまった。 ガッ ズシン! クルマが大きく揺れ、 「くっ」 「なろっ」 あたしの隣でハンドルを握る紀之が食いしばる。 悪路と言う言葉がピッタリと当てはまる道。 こんなにデコゴコの道なんて日本じゃまず目にすることはない。 ズシン! またクルマが大きく揺れた。 バサッ その振動に合わせてあたしの髪が小さく音を立てる。 と同時に土の臭いが鼻につく。 暑いなぁ… エアコンの利きが悪くなってきたのか、 車内の温度が上がり始めた。 別に普通のジープでも良かったのに… そう思いながらあたしは紀之を見ると、 ジワッ 車内の温度がさらに上がり、 あたしの肌に汗の玉が流れ落ち始めた。 すると、クルマの少し速度が落ち、 カチカチ 紀之の手が盛んにエアコンのスイッチを弄り始めた。 「道理で熱いと思ったら  ちっエアコン壊れてやがる。  まったく…  ミ●ビシだと言うから  高いレンタル代を払ったのに…」 しかめっ面をしながら文句を言い始めた。 ”あっひょっとして臭ってきたのかな” あたしは自分の身体からわき出る臭いに気づくと、 「仕方がないわ、  ここはアフリカ・サバンナよ、    日本みたいに整備が行き届いているクルマなんて  あるわけないでしょう」 と言う。 「そんなこと言っても…」 紀之が口をとがらせながら言い返してくると、 あたしは窓のハンドルをまわし窓をあけた。 バッ! その途端、サバンナの風があたしの頬をかすめ始める。 「ねぇ、  紀之さんも窓を開けたら?  外の風、気持ちいいわよ」 風を感じながら紀之に窓あけを勧めると、 「……」 紀之はそれに従い窓を開ける。 すると、風が車内を吹き抜け、 同時に巻き上がった砂も飛び込んできた。 「いてぇーな」 紀之は文句を言い出すと、 「だったら、  スピード落とせばいいでしょう」 とあたしは言う。 ザザザザザ… クルマは地平線がくっきりと見えるサバンナの中を突き進んでいく、 窓から見えるのは所々から生える灌木とブッシュ、 そして、遙か遠くに青くかすむ山々のみ。 「それにしても、  こうなんにも目印がないとなぁ…  大丈夫かなぁ」 暴れるハンドルを握りしめながら紀之が呟くと、 「大丈夫、  ちゃんと向かっているわよ」 とあたしは返事をする。 そう、確かにあたし達はあるところへと向かっていた。 紀之の目では見つけられないけど、 でも、あたしの目にはハッキリとそこが見えている。 マサイ達との集合場所… 「まぁ、真子がそう言うなら…」 あたしの言葉に紀之はそう言うと、 「うふっ  ありがとう…」 とあたしはお礼を言う。 クルマのスピードが落ちてきた。 その時、 「畜生!  えぇいっ」 突然、何かを振り払うように紀之はアクセルを踏むと、 ゴワァァァァ!! クルマは狂ったように走り始めた。 あたしと紀之が結婚式を挙げたのは先週のこと、 そして、二人で選んだ新婚旅行の行き先は 一度行ってみたかったサバンナだった。 でも、この選択があたしの運命を変える第一歩だった。 紀之と共に幸せの絶頂にいたあたしをマサイの呪いが襲いかかったのだ。 成人の儀式でライオンに戦いを挑み、 命を落したというマサイの呪い… それをあたしは受けてしまった。 原因は些細なことだった。 慣れないサバンナの強烈な日差しの下、 紀之と共にマサイ村を訪れたあたしは立ちくらみを起こし 地面に突き刺さっていた槍を引き抜いてしまったのだ。 最初は何が起きたのか判らない。 それを見たマサイ村の人たちが驚き、 そしてあたしの周りに集まってくる。 あたしは声を上げて先を行っていた紀之を呼んだ。 しかし、駆けつけてきた紀之も呪いを止めることは出来なかった。 あたしの白い肌は見る見る黒く染まり、 手足が伸び、 そして、背も高くなっていく、 身体の変化に追いつけず着ていたシャツやズボンがが引き裂けてしまうと、 あたしは悲鳴を上げながらマサイ達の前でその黒い身体を晒してしまった。 さらにショックだったのは、 あたしのお股に黒いオチンチンまでもが生えてしまったこと。 紀之さんのとは比較にならないくらい大きくて太いオチンチン。 それがあたしのお股から伸びていく。 それだけではなかった。 オチンチンの先からはオシッコが吹き出し、 さらに男性なら必ず出すアレも出てしまったのである。 そう、オチンチンの後ろには いつの間にか皺だらけのあの”袋”も下がっていた。 オチンチンと”玉”が入っている袋、 それらを得るのと同時にあたしは女としての能力を失っていた。 もぅあたしは女ではない。 盛り上がる胸板を晒し 朱染めの衣・シュカを身に纏うサバンナの戦士 そうモランになってしまったのだ… ふと気がつけばクルマは停車していた。 「紀之さん?」 あたしは隣の紀之に声を掛けるが、 返事が返ってこない。 「どうしたの?  紀之さん?」 不安な気持ちを抑えながら再度声を掛けると、 「え?  あぁ、ちょっと考え事をしていた」 紀之はそう返事をしながら振り向きあたしを見た。 「あの…  クルマ、止まってますよ」 そんな紀之にあたしは指摘すると、 「え?」 慌てて表面を見直す。 「あっイケねっ」 それに気づいた紀之が慌ててクルマを出そうとしたとき、 あたしはある決心と共にドアノブに手を掛け、 チャッ 窮屈な車内から表へと降りた。 「あっおいっ  真子っ」 あたしの行動に紀之が慌てながら声を掛けると、 「うん、  ありがとう、  ここで良いわ」 とあたしは槍を手に取り紀之の横に回るとそう告げる。 「良いって言っても、  こんな何もないところで良いのか?」 あたしの言葉に紀之が聞き返すと、 「うん、  マサイ達はすぐ近くに着ているわ、  大丈夫、    ここからはあたし1人で行けるから」 そうあたしは返事をした。 すると、 チャッ 紀之は運転席から降りあたしの前に立った。 「紀之さん…」 「ごめん、何も出来なくて」 突然の紀之の行動に驚くあたしに向かって頭を下げると、 「いいのよ、  あれは事故…なんだから…」 とあたしは言う。 「でも…」 「うふっ  それよりも夕べは凄かったわね、  紀之さんたら…  ひょっとしてホモの毛ある?」 気まずい雰囲気を消し飛ばすようにあたしは昨夜のコトを指摘すると、 「そっそんなコト、ないよ」 と紀之は返事をするが、 でも、あたしのオチンチンをしゃぶり、 あたしが噴き上げたモランの精液を飲み干したことを思い出すと、 ひょっとして…とあたしの心に暗い影が広がりはじめた。 ”違う…  紀之さんはホモなんかじゃない” あたしは自分にそう言い聞かせ、 そして、そんな邪念を振り払いながら、 「いいのよっ  あたし嬉しかったんだから…  てっきり、嫌われたかと思っていた。    だって、そうだもんね。    マサイ族になってしまった新妻なんて誰も寄りたがらないよね、    でも、紀之さんは何も変わらなかった。    それだけで十分…」 と言うと、 前に立つ紀之をゆっくりと抱きしめた。 先週までは、 いえ、つい昨日の朝まではあたしの顔よりも上にあった紀之の顔が いまではあたしの胸元にある。 あたし…本当にマサイになってしまったんだ… そう思いながらあたしは抱きしめながら、 「じゃぁ行ってくるね、  こんな身体じゃ日本には帰れないしね」 と囁くと 「真子…」 紀之はあたしの名前を呼ぶ。 「紀之さん…」 あたし達はしばらく見つめた後、 静かに唇を合わせた。 ンモー… 遠くから牛の鳴き声が響き渡る。 あたしを迎えに来たのか牛を引き連れたマサイ達がゆっくりとやってきた。 「じゃぁね」 「あぁ…」 あたしたちは引き裂かれるようにして別れると、 「………」 紀之はあたしに向かって声を掛けるが、 しかし、風に邪魔され良くは聞き取れなかった。 「え?  いまなんて言ったの?」 あたしは声を大にして尋ねるが、 「………」 ただ風の音が聞こえるだけだった。 「心配?  あはは、大丈夫だって、  これでもあたしれっきとした”モラン”なんだから、    サバンナなんてへっちゃらよ。  だから心配してくれなくても大丈夫よ」 小さくなっていく紀之にあたしはそう叫ぶと、 「あたしもこの身体にされたときはイヤだったわ、  でも、  マサイに…モランとなったいま、  あたしはマサイであることを誇りに思っているの。  安心して、  モランとなってもあなたことは決して忘れないから、  うん、じゃっ、  みんなが待っているから行ってくるね。  うふっ  逞しくなって帰ってくるからね」 と言い残しあたしは紀之さんに背を向けると走り始めた。 おわり