風祭文庫・モラン変身の館






「サバンナ・ワールド」


作・風祭玲

Vol.119





「はぁ、全部玉砕か…」

あたしは机の上に積み上げた”不採用”の通知を見ながらぼやいていた。

使い古された表現ながら、

長引く不況は大学の卒業を目前としたあたしに暗い影を落としていた。

あたし…東山小百合・21才、就職活動の真っ最中なんだけど、

戦果見ての通りのこの有様…

「はぁぁ、

 TVじゃ景気がちょっこっと良くなった。

 なぁんて言うけど、

  一介の女子学生にとっては
 
  ちっっっっとも恩恵にあずかれないよ…

 あ〜ぁ、なんだか生きていくのがイヤになっちゃったなぁ」

などと呟きながらゴロンと横になっていると、

コンコン!!

ドアが叩かれた。

「開いてるよ…」

あたしが返事をすると、

チャッ

ドアが開き、

「よっ、小百合っ、戦況はどう?」

と言いながら、一人の男が入ってきた。

松沼真一、コレも使い古された表現だが、

あたしが幼稚園の頃から、なぜかこの大学まで常につかず離れず、

一緒にくっついてきた幼なじみである。

「ふん、見ての通り、また玉砕よ」

そう言いながら山と積まれた不採用通知を指さすと、

「ははぁ、こりゃ見事な戦果で…」

奴は盛んに関心する。

「人のことより、自分の方はどうなのよっ」

ちょっとムッとして言い返すと。

真一は”Vサイン”を出し、

「はい、おかげさまを持ちまして、第六製薬への就職が無事決まりました」

っと余裕の発表をした。

「………」

あたしは真一をじっと見つめると、

「ねぇ…それ…あたしと替わって…」

そう言いながらにじり寄る。

「あたしのすべてをあげるからさぁ…

  替わって、お願いっ」

と言うと、

「イヤダっ」

真一はあっさりと拒否した。

「けちぃ」

「あははは…

  あぁ、悪い悪い……

  じゃ罪滅ぼしに表へ出ないか?

  バイト代入ったし景気付けに何か奢ってやるよ…」

「いいの?」

「あぁ、構わないよ…」

「ふぅぅん、じゃっ、ちょっと待ってて」

そう言いながら真一を外に出すと、

あたしは速攻で着替えたあと、

「お待たせぇ…」

っと言ってドアを開けた。

「ほぉ」

真一が何やら感心したような面もちでシゲシゲとあたしを眺めた。

その態度が妙にムッと来たあたしは、

「なによ」

と文句を言うと、

「どういう風の吹き回しだ?」

と真一は顎に手をかけながらそう聞いてきた。

「え?」

彼の指摘にあたしが聞き返すと、

「お前がスカートを履なんて…」

と言ってあたしの下の方を指さして言った。

「悪かったわねっ」

スパン!!

その言葉が出る前にあたしは思いっきり真一のアタマを殴っていた。

「痛ってぇ…」

頭を押さえている真一に、

「で、なに奢ってくれるの」

と訊ねると、

「それはだ…………」





「…………と言うわけで、これから買ってくるからそこで待ってて」

そう言いながら真一はあたしに席取りをさせると、

階下のハンバーガー屋のカウンターへと降りて行った。

「ふ〜〜ん、なるほど…そう言う事かい。

 まっ、初めから期待はしてなかったけどね」

そう呟きながらあたしは頬杖をついて外を眺める。

「はぁ…真一は気楽でいいねぇ…

  学業もほどほど…、

  就職活動もほどほどで、

  ポンポンと駒を進めるんだから…

  それに引き換えあたしときたら…

  はぁ、男になりたい」

などと思っていると、

『男になりたいですか?』

突然声が聞こえた。

「え?」

振り向くと、

いつの間にか白い髭を生やした一人の老人があたしの横に立っていた。

「あのぅ…どなた…?」

あたしが訊ねると、

「お嬢さん、わたしに付いてきなさい」

そう言うなり老人は階下へと向かう階段を下りていく。

「え?」

ふと気がつけば何時の間にか店内はあたし一人で

それ以外の客の姿はいなくなっていた。

「ちょっと、待って…」

思わず立ち上がると、

ブン…

と言う音共に景色が突然変わると、

あたしは一軒の画廊の前に立っていることに気づいた。

「画廊?…いつの間に?」

不思議に思いながらも

あたしはまるで何かに引かれるようにして画廊の中に入っていった。

中に入ると見かけ以上に奥行きは深く、

それよりも驚いたのはどういう仕掛けなのか、

まるで宇宙空間に足を踏み入れたような錯覚に陥ってしまった。

「スゴイ…どういう仕掛けなの?」

あたしは感心しながら歩いていくと、

やがて両側に様々な絵が現れた。

主婦の絵

OLの絵

別の所には

レーサーの絵

バレリーナの絵

お姫さまの絵

どれもこれまで見たことが無い絵がずっと続いていた。

「あれ?、どれも作者名が書いてのね…

 それに…
 
 なんか、このモデルの人あたしに似ている…」

そう思いながらも歩いていくと、一枚の絵のところで足が止まった。

それは、まさに襲い掛かろうとするライオンに向かって、

手にした槍で応戦しようとしているマサイ族の勇者の様子が描かれていた。

あたしは思わずそれに目を奪われた。

そう、まるで、この絵の構図が今のあたしの状態にそっくりだからだ。



「いらっしゃいませ、気に入った絵はありましたでしょうか」

絵に見とれていると、不意に声をかけられた。

「え?」

するとさっきの老人が傍に立っていてあたしに話し掛けていた。

「あっ、あのぅ…」

「いえいえ、いいんですよ…

  絵と言うのはこうしてじっくりと見ることに価値が在るんですから」

老人はにっこりと微笑むと、あたしと一緒にマサイの絵を眺めた。

しばらくして

「お嬢さん、この絵が気に入りましたか?」

と尋ねてきた。

「百獣の王・ライオンにたった一本の槍で立ち向かう…マサイの勇者…

  いやぁ、励まされるようなそんな絵ですなぁ」

そう老人が言うと、

「あたしも…いまそんな気分なんです。」

とポツリと呟いた。

「学校さえ出れ何とかなる…と思ってきたんだけど、

  でも就職でこうまで苦労するなんて…

  はぁ、あたしもこのマサイの勇者のようになれたら…」

と呟くと、

「ほほぅ…あなたの希望はこのマサイの勇者ですか…」

老人は絵を見ながらそう言うと、

「え?」

「ここにある絵は人生に行き先に戸惑ったときに現れる絵…

  もしも、あなたがその方向へと行きたいのなら、行かせてあげますよ」

老人はそう言うと

ピシッ

指を鳴らすと。

ふわぁぁぁぁぁ〜っ

壁に掛けてあったマサイの絵が私の目の前にひとりでに降りてくると、

徐々に私に迫ってきた。

「えっ、なに?」

「はいっ、マサイの勇者へ一名様ご案内〜ぃ」

キャァァァァァァ〜っ

見る見る私の身体は絵の中へと吸い込まれていった。



「…や、小百合っ」

真一の声がしてきたのではっと目を開けると

私はいつの間にかテーブル席で臥せっていた。

「まったく、こんなところで寝ている奴がいるか」

見上げると、

2人分のセットをトレーに乗せた真一が呆れた顔をして私を見ていた。

「え?、あれ?、あたし…」

思わずキョロキョロしていると

「なに寝ぼけているんだ」

「え?、確か…画廊に…」

「画廊?…何処に…」

真一も店の中を見渡したが、

「お前…夢でも見たんじゃないのか?」

と言いながら席に着いた。

ハンバーガーを食べながら、

「ねぇ、あたし変な夢見ちゃった」

「あん?」

「夢の中で、変な画廊に入って…

  その中で見つけたマサイの絵を見てたら

  そこの主人が現れて、マサイの勇者になれって…」

そうおどけながら言うと、

「ふぅぅぅん

 じゃ、ココ行ってみるか?」
 
真一は一枚の紙をあたしの前に差し出した。

「なにこれ?」

「なんか人材募集の公告だったから持ってきた」

それを取って見てみると

”猫柳サバンナ・ワールド”と言う

アミューズメント施設の

正社員募集の広告だった。

「ふ〜〜ん

  来年の春に開園なの…」

しばらくそれを眺めていると、

募集要項にはあたしが引っかかる制限はなかった。

「まぁいいわ、一応貰って置くわ」

とあたしが言うと

「”サバンナ・ワールド”って言うんだから、

 なんか、マサイ族とかそう言うのが出てきそうじゃん」

「なによ、じゃぁあたしにマサイ族になれってぇーの」

思わず真一に食ってかかると、

「それも面白いかもよ

 うん、槍を持って駆け回るお前って言うのも」

「あんた…もぅ一発殴られたい?」



部屋に戻ったあと、

再度広告を眺めていると

「とりあえずココ、受けてみようか…」

早速、広告に記された電話番号に電話を掛けてみた。

受付の女性の丁寧な応対の後、

回線は人事部に回された。

電話口に出てきた採用担当者と話をしてみると、

意外とアッサリと面接を受けることになった。



翌日、

あたしは履歴書等を持ってサバンナ・ワールド本社へと向かっていた。

「はぁぁぁ…

 さすが日本を代表する猫柳グループの会社ね…」
 
臨海副都心にそびえる超高層ビル群の中にそのビルはあった。

担当者から会社の説明を一通り受けたあと、

「さて、それでは、入社試験を兼ねた適正テストをさせていただきます。

 いえ、あなたが我が社に必要な人材なのかどうかのテストですので
 
 あんまり力らないで受けて下さい」

そう言って担当者がもってきたマークシートに、

あたしは次々と印を付けていった。

「では、結果は後日…」

担当者はにこやかにあたしと別れた。



ビルから出たあたしは会社案内のパンフレットを片手に

「綺麗なオフィスだったわね…

 ココに行ければいいなぁ」
 
あたしはそう思いながら再び高層ビルを眺める。

そして、それから1週間後、

あたしの元に採用通知が届いたのであった。

「へへん、どうだ!!」

真一にあたしは採用通知を見せびらかしていた。

「すげぇーーな

 猫柳のグループ会社じゃないか…」
 
真一は目を丸くして驚いてた。

「言っとくけど替わっては上げないよ」

あたしが言うと

「ばーか、お前じゃあるまいし」

「なによ」

「とにかく、これで晴れて社会人になれるわけだから、

 そうだ、お赤飯炊かなくっちゃな」

と真顔で言ってきた。

「アホかお前は!!」

スパン!!

響きのいい音が部屋中に響き渡る。



それから数日後、

あたしの元にサバンナ・ワールドから1つの小包が届いた。

「なにかしら…」

開けてみると中には首飾りが入っていた。

同封されていた紙を読むと、

研修が始めるまでコレをつけていて欲しいとのことだった。

「ふ〜〜ん

 まっ、くれると言うのならもらっときましょうか」

あたしは大して気にとめずにそれを身に付けた。



ところが、その首飾りをしてからあたしの身体に異変が起こり始めた。

最初に起きた異変は視力が見る見る良くなり、

スグにメガネがいらなくなった。

そして次は、

筋力の増加…

さらに

急激な身長の伸びを経験するに至って、

あたしは自分の身体に起きている現象に恐れおののき始めた。

「一体、どうしちゃんだろう…

 なんだか、あたし…
 
 べつのモノになっていくような感じがする」

言いようもない恐怖がジワリジワリと締め上げてきた。

すでにそのときのあたしは

150cm半ばだった身長がすでに180cmを越えていた。

「真一…助けて…」

しかし、真一に助けを呼ぶにも、

彼にこの姿を見せるわけにはいかなかった。

やがて、肌が黒ずみだしたのを見て

自分が何になろうとしているのか悟り始めた。

「マサイへ…」



それから1週間後…

あたしは、黒檀色の肌にたくましく盛り上がった筋肉…

そして、股間に聳え立つペニスを持ったマサイ族の勇者になっていた。

ハァハァハァ…

「なっ、なんで…こんな姿に…」

女の子の衣服が着られなくなった頃から身体に巻き付いている、

朱染めのシュカ越しに股間のいきり立つペニスをさすりながらあたしは鏡をみると、

そこには、精悍な顔付きをしたマサイの男の顔が映し出されていた。

そして、

キラリ…

胸元にあの首飾りが光った。

ハァ…

「駄目っ、またイクぅ………」

シュ…

ペニスから白濁した精液が吹き出した。

もぅ何回噴いただろうか、

いくら抜いてもすぐに次が溜まる。

「…あぁ…狩りに出たい

 …こんな所でこういう事をしているのはイヤ…」

黒光りした自分の肌を見ながらあたしはそう呟いていていると、

トントン

突然部屋のドアがたたかれた。

「誰かが来た!!」

あたしは慌てて自分の身を隠そうとしたが、

しかし、その前に

カチャ

っとドアが開くと

誰かが入ってきた。

「イヤ…あたしの姿を見ないで」

そう叫ぼうとしたとき

「お久しぶりです。」

その人物はあたしに挨拶をした。

「え?」

よく見ると、

人物はあのサバンナ・ワールドの担当者だった。

「あなたは…」

あたしが声を出すと、

「いやぁ、東山さん、見事マサイの勇者になられたようですね」

「え?

「それって…どういう事ですか?」

あたしが訊ねると、

「はい、その首飾り・マシパイには

 マサイの呪術者が丹念に呪いを込めたモノでして
 
 体質と呪いがかみ合うと、
 
 それを身につけた方をマサイの勇者へと変身させてしまうんです。」

「なんですって」

「しかし、なかなか適合する人が出てこなくて困っていたところに

 あなたが面接に訪れくれました。

 しかも、適性試験ではかなりの高得点
 
 それなら、と思いあなたにマシパイを送って見たのですが…
 
 いやぁ…見事マサイ族の勇者になってくれました」

担当者はそういうとあたしの手を握りしめた。

「そっ、そんなぁ…」

「では、あなたにはこれからサバンナへ研修に行ってもらいます。

  そこで、体だけではなく心の奥までマサイ族の勇者になってもらいます。

  なんて言っても、うちのウリはすべてがホンモノ…

  動物たちがホンモノなら、共にいるマサイ族もホンモノでなければね」

「えぇ………っ」



そして、翌年の春

猫柳・サバンナ・ワールドは開園した。

そしてそこの呼び物は、

サバンナからやってきたマサイの勇者による狩りのショーだった。

巧みに隠されたガラスに詰め掛けた大勢の観客の前で

あたしはシュカのみの半裸の体を翻し

その長身と鍛えた筋肉を駆使して

次々と獲物をしとめていった。

「おぉ…」

パチパチパチ

かすかに拍手の音が聞こえる。

すべてが終わった後、あたしはふと上を見上げると、

「あの、おじいさんが言っていた事って、

 このことだったの…」
 
 
 
おわり