風祭文庫・海女変身の館






「海女になること」



作・風祭玲


Vol.489





それはとある日の放課後のことだった。

野球部のマネージャを務めるあたし・津端歌乃は監督に呼び出されると

ある重大なことを告げられたのであった。

「うそでしょう?」

驚くあたしの口から出たそのその言葉に監督は静に首を横に振ってみせると、

「本人に確かめてきます」

の声を残して大急ぎで部室へと向かっていたのであった。

そして、

「ねぇ!

 佐々基君、こっちにいる?」

ノックもせずに部室のドアを開けて問いただすと、

「きゃっ!」

「チカン!!」

ユニフォームへ着替え中だった部員達がいきなり悲鳴を上げると、

乙女の視線でこっちを見つめてみせたのであった。

「なぁに

 女の子みたいな悲鳴を上げているのよ、

 それよりも佐々基君いる?」

覚めた視線で真っ黒に日焼けした部員達を見つめつつあたしは聞き返すと、

「佐々基?」

「さぁ、今日も見てないなぁ」

「呼び出しでも食らったの?」

と部員達は互いに顔を見せ合い、

次々と佐々基憲次がこの場に居ないことを口にした。

「居ないならいいわ」

その返事を聞いたあたしは言葉短く言い残し、

踵を返して立ち去ろうとしたとき、

「ちょっと待った」

と呼び止める声が響く。

「え?

 なに?」

その声に足を止めたあたしは振り返ると、

「月曜日から佐々基は練習に出ていないんだけど、

 奴に何かあったのか?」

とキャプテンである九条君が表に出てくるなり小声で尋ねてきた。

「何かって…

 佐々基君、監督に退部届けを出したらしいのよ。

 届けは今のところ監督が預っていることになっているし、

 辞める、辞めないは彼の自由だけど…

 でも、あたしは理由が聞きたいの。

 それになんの相談も無くいきなりだなんて…」

九条君に向かってあたしは胸のうちを打ち明けてみせる。

「判った…

 俺も手伝いたいけど、

 俺達が動くと騒ぎが大きくなる。

 悪いけどマネージャ一人で動いてくれないか」

あたしの話を聞いた九条君は大きく頷いて見せると、

「ありがとう」

そう返事をしてあたしは部室を後にした。

「もぅ、佐々基君ったらどこに行っちゃったのよ、

 本気で退部をする気なの?」

彼の姿を求めて校内を走り回りながら、

あたしは佐々基君が野球部に来たときのことを思い出していた。



1年ほど前に東北の小さな島から転校してきた彼はスグに野球部に入ると、

メキメキと上達し、

気がつけばレギュラーの座をしっかりと掴んでいたのであった。

島では生徒の数が少なくて、

思う存分に野球が出来なかった。と言っていた彼の顔を思い出しつつ、

あたしは探し回るが、

だけど、どこにも佐々基君の姿は見つからなかった。

「もぅ、

 どこに行っちゃったのよっ、

 退部届けを出してからそんなに時間は経ってないのに、

 見つからないなんて、

 そんなことある?」

額の汗をぬぐいながら、あたしは一人文句を言っていると、

「ん?」

校庭の隅にあるこの地方では珍しい楠の木陰で、

見覚えのある後姿が佇んでいることに気づいた。

「あっ!

 あそこに居た」

学校の生徒達の憩いの場になっている楠の木陰に立つ学生ズボンとYシャツ、

そして丸刈りの頭を見つけたあたしは

「佐々基君っ!」

と声を張り上げてみせる。

すると、

「え?」

あたしの声に驚いたのか、

日焼けした顔がこっちを振り返るのを見た途端、

「こらぁ!

 佐々基ぉ!

 お前の罪を数えろぉぉぉっ!!」

スリッパ片手にあたしは全速力で突進するや、

「野球部を辞めるってどういうことぉ?」

持っていたスリッパを放り出し、

鷲掴みにした肩を揺さぶり問い尋ねた。



「そっ、

 それは…」

あたしの怒涛の質問に彼は困惑して見せるが、

「(あれ?

  佐々基の声、なんかおかしい…)」

彼が発したその声が妙に高くなっていることに気づくと、

「佐々基?

 あんた、風邪を引いている?

 声おかしいよ」

と小首をひねって見せる。

すると、

「あっ」

佐々基はあわてて口を塞いで見せ、

「べっ別になんともないよ」

と返事をして見せるが、

「え?」

今度は彼の喉元が妙にツルンとしていること気づくと、

「あの、佐々基君だよね」

と念を押したのであった。



「どうしたの?

 なんかいつもと雰囲気違うよ、

 まるで…オカマみたい…」

がっちりとした体格の佐々基の姿が脳裏にあるあたしは、

どことなく女性的な雰囲気を醸し出している彼の姿に違和感を感じ、

そのことを口にすると、

「そう…」

佐々基は反論するどころか

ギュっ

っと手を廻して両肩を掴むと体を振るわせ始める。

「なっなによっ、

 言いたいことがあったら言いなさいよ、

 これじゃぁまるであたしが佐々基を虐めているみたいじゃないか」

そんな佐々基に向かってあたしは困惑してみせると、

「ごめんっ」

彼は突然そう言い残してあたしの前から去ろうとする。

「え?

 あっ、

 ちょっとぉ

 待ちなさいって!」

まるで逃げ出すかのように歩き出した佐々基を追いかけて

あたしは声を出して彼が着ているYシャツを掴もうとしたその時、

コツッ!

「あっ」

あたしは何かに蹴躓いてしまうとYシャツの背中を掴むや、

一気に体重をかけてしまった。

すると、

ビッビッビッビッ!

引っ張られたYシャツのボタンが弾け飛んでしまうと、

ハラリ

と脱げ落ちてしまったのである。

「あっごっごめん!!」

それを見たあたしは大慌てで謝るが、

それよりも何よりも佐々基のYシャツの下を見た途端、

「うそっ」

思わずあたしの声が詰まった。



「見ないで…」

あたしに向かって弱弱しく言う佐々基の胸にはさらしが巻かれ、

なによりも彼の胸には豊満と思える乳房がさらしに押しつぶされていたのであった。

「佐々基…

 なにそれ?」

唖然としながらあたしは佐々基の胸を指差してみると、

「うっ」

佐々基は声を詰まらせ、

そして、あたしを見ると、

「おっ俺…」

と呟くものの、

スグに黙ってしまうと、

「いま見たことは忘れて!」

そう言いながらYシャツをあたしの手から奪い取りなり、

ダッシュで逃げ出してしまった。

「え?

 なに?

 おっぱい?

 佐々基におっぱい?

 なんで?」

一人残されたあたしは頭の中が混乱するが、

「はっ

 そんなことよりも、

 何でそうなったのか事情を聞かないと」

と聞きたいことは横に置いてスグに彼を追いかけ始める。

そして、

「離せぇぇ」

「別に取って食いはしないわよっ、

 それよりもその体のこと、

 ちゃんと説明してよ」

学校から続く坂道の途中で佐々基を捕まえることができたあたしは、

必死にしがみついていたのであった。



「はぁ?

 海女さんに…

 なる?」

駅の近くの喫茶店で佐々基から事情を聞いたあたしは思わず聞き返すと、

コクリ…

あたしの前で丸刈りの頭が縦に動いて見せた。

「あのねっ、

 どこから海女さんが出てくるのよ。

 ちょっと唐突過ぎない?

 もし胸のそれを見てそう思ったのなら、

 ちょっと考えすぎだと思うし、

 第一、海女さんに失礼でしょう」

湯気が立つコーヒーカップに口をつけながらあたしはそう指摘すると、

「でも…」

と佐々基は言い返してみせる。

「TVか何かで見たことはあったけど、

 ホルモンのバランスが崩れると、

 男性でもおっぱいが出てくるって言うわよねぇ…

 佐々基、

 あんた、変な薬に手を出したんじゃないでしょうね。

 なんか筋力を増強するとか、

 そんな効果を謳う薬ほど危ないのよ」

佐々基に向かってあたしは問い尋ねると、

「…おっぱいだけじゃないんだ…」

と彼は小声で呟いた。

「はぁ?」

それを聞いたあたしは思わず聞き返すと、

佐々基は自分の股間に手を当て、

「こっここも…

 その、

 女の子になっているんだ」

と恥ずかしげに言う。

「へ?

 じゃぁなに?

 佐々基は女に性転換してしまったとでも言うの?」

彼に向かってあたしは言い返すと、

コクリ…

と頷いてみせる。

「またまた、

 ご冗談を…

 そんな、

 そんな、簡単に性転換だなんて…

 マジでなったらニューハーフ達の立場はどうなるのよ」

震える手であたしはコーヒーカップを取ると、

「婆ちゃんが夢枕に立ったんだ…」

と佐々基は呟く。

「婆ちゃんって、

 佐々基が出てきた島に残っているお婆さん?」

あたしは佐々基一家が東京に出て来た後も島に残っている祖母のことを指摘すると、

「うん…

 婆ちゃんは…

 島で海女をしていたんだ。

 で、島では代々海女は引き継がれて来たんだけど、

 でも、先代から次代へと海女が引き継がれる時、

 選ばれた者の夢枕に先代が立つんだ」

と佐々基は言う。

「なんか、変な風習ね…」

それを聞いたあたしはそう呟くと、

「うん、そう思う…

 で、婆ちゃんが夢枕に立ったときから、

 体がどんどんと変わり始めて、

 おっぱいはこんなに膨れちゃったし、

 立ってオシッコをすることも出来なくなっちゃった。

 もぅ…誰が見ても女でしょう」

と佐々基はYシャツの下でさらしが巻かれている胸に手を当てながら訴えた。

「まっまぁ…

 確かに言われてみれば、

 体のラインは女の子のような形になっているわね」

そう言いつつも改めてあたしは佐々基を見ると、

確かに彼の体のラインは男性と言うより女性のラインに近く、

着ているものを脱いだらプロポーションが良さそうにも感じられた。



しばしの間、

あたしと佐々基との会話が途切れてしまうと、

いきなり佐々基は立ち上がり、

「津端さんに見てもらいたいものがあるんだ。

 悪いけど付き合って」

と言うなりさっさと喫茶店から出て行ったしまったのであった。

「ちょっと待ってよ(勘定は割り勘だからね、あとで請求するわよ)」

成り行き上支払いをする羽目になったあたしは

文句を言いながら佐々基を追いかけていくと

彼は住宅地の中に建つ一軒の家へと入っていく。

「今日は家族は居ないんだ」

そういって佐々基はあたしを招き入れると、

「ちょっとそれって、

 それにあたしはまだ部活の途中なんですけど」

あたしは文句を言いつつも、

興味津々で上がりこみ、

そのまま佐々基の部屋へと通されていく。

「ちょっと待ってて、

 支度してくるから」

彼の部屋に入ったあたしに佐々基はそう告げると、

隣の部屋へと姿を消し、

部屋の中にはあたし一人が残されてしまった。

「へぇ…

 やっぱり男の人の部屋ってこうなんだなぁ…」

雑誌類が無造作に積み上げられた部屋を見ながら、

あたしはそう思っていると、

「お待たせ」

の声と共に佐々基君が戻ってきた。

「ううん、

 準備って何を…」

振り向き様にあたしはそう言いかけるが、

スグにその声が止まってしまうと、

あたしは視野の真ん中に立つ者の姿を只見つめていたのであった。

「驚いた?」

呆然としているあたしに向かって話しかけてくると、

コクリコクリ

あたしはしっかりと二回頷いてみせる。

無理も無い。

あたしの前に立つ人物の姿はほぼ全裸であり、

見覚えのある顔の上には水中メガネが掛けられ、

胸にはピンク色に染まる乳首を乗せた豊満な乳房がプルンと揺れ、

引き締まり括れたウェスト、

張り出したヒップには褌が締められていて、

さらに金鏝が挟み込まれていた。

「これが島の海女の格好、

 島に戻ったらこの格好で海女になるんだよ」

と腰を下ろしながら佐々基君は言う。

「…………」

顔は日に焼けた球児だけど、

しかし、首から下の見事な女体美を見せ付けられたあたしは言葉を失っていると、

「そうだ、

 ここを見て」

そう言いながら佐々基君は腰に締めている褌を引き上げて見せ、

そして、その真ん中に刻まれた溝を強調させながら、

「言ったとおりオチンチン無いでしょう。

 女の子なんだ…」

とあたしに言う。

「…で、

 あたしにそれを見せるためにここにつれてきたの?」

そのときになってようやく声が出てくると、

「違う…」

海女姿の佐々基君はきっぱりと否定し、

そして、頬を赤らめながらあたしを見ると、

「とは言っても、

 この格好を津端さんに見て貰いたかったのも確かにある。

 だって、褌海女の姿なんて

 津端さんに見せるのは初めてだし、

 それに、憧れの津端さんに見せ貰ってとってもうれしい。

 あっ、なんか女言葉になっているね。

 この格好を見てもらって心が女の子になっちゃったかな?」

と佐々基君は女の子のような言葉で話し始める。

「なによ…

 ちょっと、そんな言葉で喋らないでよ、

 気持ち悪いから」

しなを作りながらあたしを見つめる佐々基君に向かってそういうと、

「それで満足なら、

 あたし…帰るわよ、

 一応、部活の最中なんだから」

と言って腰を上げようとすると、

「待って、

 とっても大事なお願いがあるの」

と佐々基君はあたしに言う。

「なっなによっ」

訴えるような視線であたしを見つめてみせる佐々基君を見ながらあたしは聞き返すと、

「津端さんは憧れだったの、

 津端さんと付き合えたら良いなぁ。

 と思っていたけど、

 この体じゃぁお付き合いすることも出来ないわ、

 だから、お願い。

 津端さんの手で気持ちよくしてほしいの」

そう言いながら佐々基君はベッドの下から箱を一つ取り出して見せると、

そのふたを開けてみせる。

すると、その中に入っていたのは長さ20pもある男性器の形をした張子であった。

「ひっ!

 そっそんなものを買っていたの!」

男子の部屋には似つかわしくない張子を見るなりあたしは飛び上がって見せると、

「この体になってから

 どういうわけかコレが無性に欲しくなってしまって、

 思い切って買ってみたの。

 津端さんもこんなの使っているんでしょう?」

と佐々基君は拾い上げた張子を撫でながら尋ねるが、

「あっあたしはその様なものは使っていません」

顔を真赤にしてあたしは言い切って見せる。

「そうなの…

 とっても気持ち良いのに…

 コレを使うようになってからおっぱいがさらに膨らんできたし、

 お股なんてほら、もぅビショビショ」

あたしに向かって佐々基君はそう呟くと、

股を開き、

シミが広がっている褌を見せ付けた。

「やめて、

 そんなの見せないで!」

野球のユニフォームを着て白球を追っている彼の姿が目に浮かぶあたしは

思わず声を上げ目を逸らせると、

「だから、お願い。

 君の手で気持ちよくさせて、

 そして、心の底から海女にしてくれ」

と張子をあたしの手に握らせながら懇願してきた。

「佐々基君…」

彼のその表情を見たあたしは急に嫌悪感が消えていくと、

「いいわ、

 そこまで言うのなら、

 あたしが佐々基君を海女にしてあげるわ」

と言いながらあたしは手にした張子を股間へと持っていったのであった。



「佐々基の奴、

 退部どころか、

 急に転校だなんて…」

その数日後、

佐々基君は転校し島へと帰っていった。

そして、彼が消えた野球部の部室では、

九条君がふとそうつぶやいてい見せると、

「そうですね、

 佐々基君が消えた分、

 スグに代わりを見つけないと、

 今度の大会戦えませんよ」

とあたしは指摘する。

「そうだなぁ、

 しかし痛いなぁ…

 なぁ、マネージャは佐々基の転校の理由って知っているのか?

 追いかけていたろう?」

頭の後ろに手を組みながら九条君は尋ねてくると、

「まぁ、色々あるみたいですよ」

とあたしは答えながら、

部員が隠してあるエロ本の一ページに目を留めていた。

「…ふぅぅん、

 両刀の張子ってあるのか、

 よぉし、

 コレを買って佐々基君の島に行ってみようかなぁ…」

島の磯で張子で繋がる自分と佐々基君の姿を想像しながらあたしはそう呟いていた。



おわり