風祭文庫・海女の館






「アワビ」



作・風祭玲


Vol.453





「はぁ…全然っ釣れないじゃないかよ」

「おっかしいなぁ…」

「ったくぅ

 ココまで来させておいて

 ボウズじゃ洒落にならないぞ」

ザバァァァ…

そのとき、俺は真昼の陽が照りつける岩場で友人の野村周平は釣竿を垂れていた。

「それにしても一匹も掛からないだなんて…」

ピクリとも動かない浮きを眺めながら周平はぼやくと、

「朝の4時からここに居てかれこれ8時間…

 はぁ…

 騙されたのかな俺達…」

岩場にもたれ掛るように身体を預けている俺も呟いた。

「どうする?」

撤収のタイミングを見計らうように周平が俺に聞いてくるが、

「どうするってもなぁ…

 このままで帰れるかよ」

いまだ一匹も成果が上がっていない空のクーラーボックスを足で小突いた。

空にはまるで俺達をあざ笑うかのようにカモメが舞い、

雲ひとつない青空が俺達を照らしだす。

「ここまでの交通費や宿泊費、

 その他諸々の出費をしたんだ。

 少なくてもそれに見合うだけの成果がないと帰れるわけないだろう?」

好天の海を見つめながら俺はそう言うと、

「まさか、こんなことになるだなんてなぁ…」

竿を大きく振り周平はそう返事をする。



夕刊紙に載っていた記事を頼りにこの島に来て、もう3日が過ぎていた…

しかし、その成果と言うと…まさに目を覆わんばかりの惨状

この島に来るときに周囲に大口を叩いてきただけにこのまま帰るわけにはいかなかった。

「ふぅ…」

もぅ何百回目となるため息が俺の口から漏れると、

「まいったなぁ…」

と言う声とともにその時のシーンが何度も俺の脳裏でリプレイされはじめる。

思い出したくもない、忌まわしい記憶と化しつつあるそのシーンを思い出していると

ピクッ!!

俺の竿から伸びていた浮きに反応が出ると、

グィッ!!

っと力強く引き込まれた。



「おっおいっ」

「かかった?」

待ちに待った光景に俺と周平は浮き足立つと、

ジャァァァァ!!!

大慌てでリールを巻き戻し始めた。

グッググググググググ!!!

リールを巻いていくにつれ、

その動きは重くなっていき、

「くっこれは…」

「おっ大物か!!」

その反応に俺達はある意味”助かった”と思っていた。

ギリギリギリ…

グググググググッ!!

俺の竿は大きく撓り、

その先は海面を幾度も突付き始める。

「うわぁぁぁ!!

 なんてヤツだ!!!」

コレまでに感じたことの無い引きに俺は

フンッ!!

っと全身の力を込めて竿を引いた途端。



ゴボッ!!

俺達の目の前の海面になにやら白いものが浮かび上がってくると、

プハァ!!

水中眼鏡をつけた人間が顔を挙げるなり、

「ちょっとぉ!!

 なに、人の仕事の邪魔をするのよ!!!」

と俺達に向かって怒鳴り声を上げた。

「え?」

「あ…海女さん?」

その人の声が女の声であることに俺と周平は驚きながら顔を見合わせていると、

「あのねぇ!!

 ここはあたし達の漁場なんだから、

 海釣りは禁止になっているはずよ、

 もぅ

 さっさと片付け立ち去りなさい」

波間に浮かび上がった海女は俺達に向かってそう怒鳴ると、

即刻立ち去るように腕で指示を出す。

「んだよっ」

海女までの距離が若干あるために、

その海女の詳しい表情は見て取れなかったが、

しかし、声色からそれなりの年であることを察した俺達は顔を見合わせると、

「仕方が無い

 行くか」

と話し合った後、片づけをはじめだした。

そのとき、

「なぁ…」

周平が俺に声をかけてきた。

「なんだよ?」

「海女さんで思い出しけど、

 この近くに海女さんたちが隠す漁場があるそうだぞ」

「なに?」

「あぁ、

 港で聞いたんだけどな、

 なんでも、サザエやアワビがうじゃうじゃといるそうだ」

「へぇぇ…」

「なぁ、ちょっと行ってみないか」

「あん?

 サザエやアワビを採ってもなぁ」

「けどよぉ、

 魚一匹いないよりかはマシじゃないか?」

「うっ」

まさしく周平の言うとおりだった。

このまま成果が無いまま帰るか、

それとも、ウニやアワビを採って帰るか、

まさに2つに1つの選択を迫られていたのであった。

すると、そんな俺達の様子を見た海女は

「あなた達、本土の人でしょう、

 ここは禁忌の場所でもあるからすぐに立ち去りなさい。

 いいわねっ」

と警告をした。

「はぁ?

 なんだよ、全部お前達のものだって言うのかよ

 なんかムカつくな」

海女の警告に俺はそう文句を言うと、

「そうじゃない

 いまは大目に見てあげるから、

 とにかく無事にこの島から立ち去りたければ、

 立ち去るのよ、いいわね」

と海女は意味深なことを言うと、

ヒュッ!!

っと磯笛を吹くと波間に消えていった。

「なんだ?」

「さぁ?」

海女の警告の意味が判らなかった俺と周平は子を見合わせると首をかしげた。



「で、

 その磯ってどこだ?」

荷物の片づけを終えた俺は周平に尋ねると、

「行って見るのか?」

と周平は俺に聞き返す。

「あぁ

 このままで帰られるか」

「よしっ

 そうと決まればこっちだ」

俺のその一言で俺は周平の案内で海女達が隠しているという岩場へと向かっていった。



ガサガサガサ

「おっおぉ!!」

身の丈ほどの草を掻き分けて約1時間近く、

ようやく視界の聞くところに出た俺達の前に姿を見せたのは、

以下にも水深が深そうな入り江をU字型に取り囲む磯だった。

「はぁぁぁ、すごいなぁ」

ほとんど人の手が入っていない磯の様子に俺は驚いていると、

「おいっ

 すごいぞ!!

 アワビでいっぱいだぞここ!!」

周平の声が響き渡った。

「なに?」

その声に俺は周平の傍に行くと、

彼が指差す海中にはびっしりとアワビの姿があり、

その楕円形の貝殻をこっちに向けていた。

「よっよしっ」

そのアワビの様子に俺はポケットの中から仕舞っておいてあったナイフを取り出すと、

テコの要領でアワビを引き剥がし始めた。

「おっ

 おいっ」

それを見た周平が驚くと、

「いまさら驚くことも無かろう

 構うもんか、

 こんなに居るんだぜ、

 10個ぐらい大丈夫だって」

俺はそう答えながら

「ほれっ

 ほれっ」

っと磯から引き剥がしたアワビを周平に向けて放り投げた。

それから30分近くが過ぎ

ジュッー…

磯より少し離れた草むらより香ばしい香りが立ち上ると、

俺の前に貝殻を皿にし身を切りそろえられたアワビが焼きあがっていた。

とりあえず持ち帰り分を確保した俺は味見と称してアワビを焼いていたのであった。

「うまそー」

香ばしい臭いを嗅ぎながらに俺は箸を取ると、

「だいじょうぶなかぁ…」

不安顔の周平は躊躇するように箸を取る。

「大丈夫だって」

そんな周平に俺はそう言うと、

ハフハフ

コリコリ

と焼き上がったアワビを食べ始めた。

すると、それを見た周平も覚悟を決めるとアワビを食べ始める。

「んーうまい」

新鮮なアワビの味覚に舌鼓を打ち、

たちどころに俺達は取ってきた10個のアワビを平らげてしまった。

「ふぅ、食った食った」

「はぁ、やっぱ新鮮なアワビは旨いよなぁ」

アワビの殻を眺めながらそう言い合っていると、

「ん?

 野村…お前声が変だぞ」

と周平の声がまるで女が喋っているような声に聞こえてきた。

「そういう、橋本だって、

 女みたいな声を出すんじゃないよ」

俺の指摘に周平はそう返してくると、

ムズッ!!

急に俺の胸がムズ痒くなってきた。

「あれ?

 虫にでも刺されたかな?」

ムズムズと痒みを発する自分の胸に俺は何気なく手で触ると、

ズクン!!

「あんっ」

まるで腫れた出来物も触ってしまったかのような痛みが全身を突きぬけ、

俺は喘ぐような声を思わず上げてしまった。

「なんだよ、気持ち悪いなぁ」

そんな俺の姿に周平は笑うが、

しかし、彼の胸には

ムリムリと左右2つの膨らみが現れ、

ゆっくりと膨らみを増していた。

「なっ?

 なっ」

俺はそのこと指摘する以前に、

自分の胸が膨らんできていることに気がつくと、

思わず、痛む胸を押さえるが、

しかし、膨らんでいく俺の胸は押さえる手を押しのけ、

立派な谷間を俺の胸に作って行く。

「なっなっなんだよ

 これは…」

シャツのボタンがはちきれそうになっている

胸をプルンを震わせ俺が悲鳴をあげると、

「おっ俺もだ!!」

周平も見事に膨らんだ胸を揺らせて悲鳴をあげた。



すると、

「あなた達…そこで何をしているの!!」

驚いたような女性の声が響くと、

さっき俺達に警告をしたあの海女が磯より俺達を見ていた。

「うわっヤバ!!」

海女の姿に俺達は慌てふためいて逃げ出そうとすると、

「ここのアワビを食べてしまったのね」

と海女は落ち着いた口調で告げた。

「え?」

妙に落ち着いたその言葉に俺は振り返ると、

「やっぱり」

白い磯着から水を滴らせる海女は俺の見事に膨らんだ胸を見て頷いた。

「なっ

 なぁ、

 これって…」

確信を持ったその海女の表情に縋るようにして俺は胸のことを尋ねると、

「まぁ食べてしまったのでは仕方が無い」

海女はそう返事をすると視線を横に落とした。

「こっこのことと関係があるのか?」

海女の仕草を見ながら俺が聞き返すと、

「ここの磯に居るアワビは食べた者の股に口をあけるアワビなのよ」

「股に口をあける?」

「昔、ここで殺された女郎達の祟りとも言われていて、

 女がアワビを食しても何も起こらないが、

 男が食すると女になってしまうのよ、

 あなた達様にね

 だから禁忌の場所としていたのに…」

「えぇ?」

「そのズボンを脱いで確かめてみたら?

 見事なアワビが口をあけていると思うわよ」

まるで笑い事の様に海女はそう言うと、

ガチャガチャ!!

俺達は海女が居るにも関わらずズボンを脱いで自分の股間を確かめた。

すると、

クチュッ!!

俺の股間には男のシンボルが消えうせ、

代わりにさっき食べたアワビを思い起こさせる…女のアワビ…が口が開いていた。

「そっそんな…」

縦に入った筋から覗く赤みを帯びたビラビラに俺は全身の力が抜けていくを感じて

その場にへたり込むと、

「うふふふ…

 久方ぶりね、

 ここのアワビを食べて女になった人って…

 さて、この島の掟でアワビを食べて女になった男は海女にならなければならないのよ、

 さぁ、

 あなた達はあたし達海女の仲間…

 ビシビシと鍛えるからね」

俺達に向かって海女はそう告げると、

ニッコリと笑みを浮かべた。



おわり