風祭文庫・海女の館






「身代わり」



作・風祭玲


Vol.419





キャォ

キャォ

カモメの声が響き渡るその島に加藤達志が上陸したのは暑かった夏も終わりに近づき、

秋の気配が微かに漂い始めた頃だった。

「へぇぇぇ…

 ここが三好さんの島ですか」

フェリーのタラップを降り、

物珍しげに達志が島の様子を眺めていると、

「やれやれ

 そんなにり物珍しげに見回しているようでは

 どっちが田舎者なんだか…」

と彼の行動をたしなめる声が響く。

「別にいいじゃないかよ、

 はじめて来たトコなんだし、
 
 あっちこっち見ちゃいけない。とでもいうのかよ」

その声にジロッとタラップの上を見上げながら達志が言い返すと、

「まったく…」

その先には呆れたポーズをする三浦浩太が立っていた。

「けっ

 格好つけやがって…
 
 いまどき流行んねーつーの」
 
トレードマークの白いジャケットを軽く着流し、

櫛で髪の毛を整えている浩太を横目で見ながら達志がボソッ呟くと、

「いま、

 何か言ったか?」

「え?」

さっきまでタラップの上に居たはずの浩太が達志の傍に立ち、

鋭い視線で達志を見ていた。

「いいえ!

 別に!!(いつの間に?)」

浩太の素早い動きに達志は驚きながらそう返事をすると、

「はぁ、やっと着いたね」

と言う声と共に三好慶子が両手で大型のカバンを持ちながらタラップを降りてくる。

「あぁ、三好さん、

 お荷物、持ちますよ」

その様子に達志が持ち前の素早さで慶子に近づき手を差し伸べると、

「あぁ、この程度は重いって程じゃないですよ」

慶子は達志の好意にそう返事をし、

ヒョイ

っとカバンを担ぎ上げた。



「………」

「どうしたの?」

「いえ…別に…」

重そうなカバンを軽々と担ぎ上げた恵子の姿に

達志と浩太は冷や汗を浮かべながら返事をする。

「なぁ…三好さんって意外と力持ちなんだな」

「なんだ知らないのか?

 彼女の実家はこの島の漁師ってことだそうだ、

 なんでも小さい頃から手伝いをさせられていたとか」

「へぇ…それでか」

カバンを担ぎ上げスタスタと歩いていく慶子を見ながら

達志と浩太はそんな話をしていると、

「あら、慶ちゃんじゃない」

と言う声と共に、

白装束姿の年配の女性が慶子に声を掛けてきた。

「誰だろう?」

「さぁ…」

女性の姿を見ながら達志たちが首を捻ると、

「おばちゃん!!」

女性を見た途端、慶子はそう声を上げ、走り寄っていく。

「知り合いみたいだな」

「そうだな…」

「まぁ、さして大きくもない島だし」

「顔見知りに出会う確率もそれなりに高いか」

「うむ」

楽しそうに会話を弾ませる慶子を眺めながら二人はそんな話をしていると、

「で、あの格好はなんだ?」

と達志は女性が着ている白装束を指差した。

その途端、

「なんだ、お前、知らないのか、

 あれはな海女が着る磯着という奴だよ」

と浩太は達志に言う。

「あま?

 あまってお寺にいる女の坊さんのことか?」
 
「お前…

 俺を馬鹿にするのならこの場で殴るぞ…

 海女っていうのはなぁ
 
 海に潜って漁をする女性のことだ!!」

今にも殴りかかりたい衝動を抑えるように拳を握り締めながら浩太が説明すると、

「なるほど、そういうことか

 そういえば、三好さん、
 
 母親が海女をしているって言っていたっけな、
 
 いやぁ、それを聞いたとき
 
 俺、てっきり三好さんが将来坊主になるのかって心配したんだよなぁ」

浩太の説明を聞いた達志は笑いながらそう返事する。

「ったくぅ、天然野郎が…

 まったく、なんで三好さんはこんな奴を誘ったのだか」

浩太にとっては慶子が自分の里帰りに達志を同行させた理由がわからなかった。



事の起こりは夏休み前、

「え?、

 お盆明けに?」

大学のサークルで慶子が達志に声をかけてきたのがそもそもの発端だった。

「えぇ…

 あのぅ…
 
 予定が入っているのなら無理にとは言いませんが…」

ちょっとはにかみながら慶子はそう達志に話を持ちかけてくると、

「いっ行きますっ

 慶子さん
 
 いや、三好さんのお誘いを断れるわけが無いじゃないですか」

慶子の手を握り締め、達志がそういいきると、

スッ

そんな二人を引き裂くかのように手が差し伸べられ、

「僕も同行してよろしいですかな?」

キラリを歯を輝かせながら

達志と同じように慶子に好意を寄せている浩太が割り込んできた。

「え?」

浩太の申し出に慶子は一瞬返答に困った表情をすると、

「こらっ!

 三好さんは”俺”に声をかけてきたんだぞ
 
 お前がしゃしゃり出てくるもんじゃないだろうが」

達治は”俺”と言う単語を思いっきり力を込め

浩太の胸倉をつかみあげながら言うと、

「喧嘩はやめてください」

険悪になった雰囲気に慶子は割り込み、

「えぇ…

 三浦さんもご招待します」

と慶子は告げた。



「ったく…

 コイツさえ居なければ
 
 俺は慶子さんと二人っきりで愛を育めたのに…」

そのことを思い出しながら達志は苦々しく浩太を見ていると、

「え?」

磯着姿の女性と話をしていた慶子の表情が急に変わると、

「…いいから行って来な」

女性は驚く慶子を促すように彼女の肩を叩いた。

「なっ何かな?」

「さぁ?

 ただ、お前と漫才をしている場合じゃなさそうだな」

慶子の様子に急変を感じ取った達志と浩太は慌てて掛け寄ると、

「これをお願い」

慶子は担いでいた荷物を達志に預け、

駆け出して行ってしまった。

「あっ待ってください」

走り去っていく慶子を浩太が追いかけようとすると、

「待てぃ」

達志の怒鳴り声が響くのと同時に、

ズシンッ!!

浩太の頭上から慶子のカバンが降ってきた。

「なにをする!」

「抜け駆けは許さないぞ!」

「そんなことを言っている場合か」

「なんだとぉ」

「見ろ!!

 見失ってしまったではないか!」

「あっ」

二人が怒鳴りあっている間に慶子の姿は消えてしまっていた。

そのとき、

「あんたら、慶ちゃんの知り合いかね」

と声と共にあの磯着姿の女性が二人の前に立つと声を掛けてきた。

「えぇ、そうですが」

「あのぅ、三好さんはどこへ行ったのですか?」

女性に一縷の望みを託して慶子の行き先を尋ねると、

「あぁ、

 慶ちゃんの実家だよ
 
 お婆さんの具合が昨日から悪くなってな」
 
「そっそれは一大事じゃないですか」

「で、三好さんの家というのは?」

「あぁ、ほらっ、

 あそこに見える赤い屋根瓦の家がそうじゃよ」

といまいる港から少し離れた高台にある家を指差し説明をした。

「あそこか…」

「ありがとうございます」

慶子の行き先を確認した二人は目的地をそこに定めると、

「こらっ、

 お前、片方持て」

「なんだと!」

「言いつけるぞ」

「わかったよ」

と怒鳴りながら走り去っていった。

「まぁ、

 慶ちゃんも元気な男んこを連れてきたものだな。

 ふふ…こんどの海女は元気が取り柄かもな」

そう呟きながら女性は去っていく二人を見つめていた。



「はぁ…

 やっと着いたぁ」

汗だくになりながら達志と浩太が慶子の実家の前に立つと、

「あたしが、行ってくる!!」

「あっ待ちなさい!!」

と引き止める声を振り切るようにして、

あの女性と同じ白い磯着を見につけた慶子が家を飛び出してきた。

「あっ、三好さんっ」

「どうなさったんです?

 そんな格好をして」

慶子の姿に達志と浩太は話しかけると、

「え?」

二人の声に慶子はハッとし、

そして見つめると、

「お願いがあります!!」

と言いながら二人の手を握り締めた。



「そりゃぁまぁ…」

「泳ぎは得意ではあるが…」

それから小一時間後…

磯着を身に着けた二人は玉砂利のような石で埋め尽くされている浜に立っていた。

「それにしても

 なんで…

 ここまできて海女の体験をしないとならないんだ?」

「ふっ、

 イヤなら降りればいい」

「なんだと?」

「イヤなんだろう?」

「誰が降りるか」

海を目の前にして二人が仲たがいを始めだすと、

「あのぅ

 やっぱりあたしが…」

その様子を見かねた慶子が声を掛けた。

すると、

「いえっ、

 その心配には及びません!!」

二人はハモリながらきっぱりと言い切ると、

「じゃぁ、三好さんはそこでお待ちください。

 すぐに採ってきますから」

「そうです、

 病に伏したお婆さんのために、
 
 三好さんが命を掛けて取ってこようとした
 
 万病に効くという珊瑚色のアワビ…
 
 この三浦浩太が採ってまいります」

手を上げて先に海へ向かっていった達志に対して、

浩太は慶子の手を握り締めてそう告げると、

「あぁ!!

 テメエ!!
 
 気安く三好さんの手を握るんじゃない!!」

その様子に達志が声を上げるが

しかし、

「いざっ」

浩太はそんな達志を相手にせずに磯メガネをつけ海の中に入ると、

「あんにゃろぉ!!」

達志もすぐに後を追って海に入って行く。



「行ったか…」

浜に一人残った慶子に女性の声が掛けられると、

「えぇ…」

慶子は海を見つめながらそう返事をする。

すると、

カッ!

磯着を身に着けた女性が岩の陰から杖を突きながら姿を見せると、

「ふぅ、

 あの者が今度の海女となる者達か」

と波間に消えた二人をじっと見据えていた。



ゴボゴボ…

上から照らす日の光が深い闇に吸い込まれていく…

そんな海の中を磯着を身にまとった達志と浩太は闇に向かって一直線に降下していっていた。

「深いが…

 でも、透明度は高いか」

海中の奥底まで視界が開けていることに浩太は関心していると、

「お先にぃ…」

その間に追い抜いていった達志を見るなり、

「ふっ、目障りな奴め」

と呟くと、

グッ

前を泳いでいる達志を追い抜き掛かった。

その一方で、

「げっ、

 浩太め」

自分を追い抜いてきた浩太の姿に達志は頭に血が上ると、

「んなろ」

追い抜きに掛かる浩太から逃げるようにさらに潜るスピードを上げた。

こうして追いかけっこを興じながら二人が海底深くに達したとき、

ブワッ!!

突然、潮の流れが変わると、

『何しにここまできた』

という女性を思わせる声が響くと、

ボゥ…

二人の目の前に身の丈が10m近い光る女性が姿を見せた。

「なにっ

 話に聞いていた海の神か?」

女性を見た浩太はこれが潜る前に慶子から聞かされていた海神であることに驚く一方で、

「おいっ、

 珊瑚色のアワビというのはどれだ!
 
 お前、知っているんだろう」

達志は目の前に立つのが海神であることにも構わずそう怒鳴ると、

『ほぅ、

 アワビとな
 
 そうか、
 
 良かろう、くれてやろう
 
 生きの良いアワビをな』

光る目で海神は二人を見つめながらそう告げ、

腕を一振りすると、

ドバッ

「うわぁぁぁぁ!!」

突然押し寄せてきた潮の流れに二人とも押し流されてしまった。



ザザーン…

ピクッ!!

「ん?

 ここは」

響き渡る波音によって浩太が気がつくと、

彼は波打ち際で倒れていて、

その傍には達志が同じように倒れていた。

「一体何が…」

なぜ自分がこんなところにいるのか浩太は記憶をたどっていくと、

「あっそうだ!!

 三好さんに頼まれたアワビ!!」

と浩太は慶子に約束をしていたアワビのことを思い出すなり立ち上がった。

とそのとき、

ペタ

一度離れた濡れた磯着が自分の肌に再度張り付くと、

ビクッ!!

「あんっ」

浩太の体に言い様もない快感が走り、

その快感に浩太は思わず喘ぎ声を上げてしまった。

「なんだ…

 かっ体が変だ…

 これだけことなのに感じちゃう…」

まるで漣のごとくゾクゾク走る快感に浩太は悶えながら腰を落とすと、

ムニムニ…

自分の胸が何か張ってくるような感じがした途端、

ムクムクムク!!

いきなり膨らみはじめだした。

「わっ

 わっ
 
 なんだこれは!!」

瞬く間に浩太の胸はプルンと膨れ、

濡れた磯着にくっきりと乳房のシルエットが盛り上がってくる中

「うわぁぁぁぁ!!」

プルプルと膨らんだ胸を揺らしながら浩太が悲鳴を上げると、

「やかましい!!」

達志の怒鳴り声が響き、

ガンッ!!

飛んできた磯桶が浩太の頭に命中する。

「何をするっ」

頭を抑えながら浩太が怒鳴ると、

「えぇぃ、

 異常事態なら俺もそうだ!」

そう怒鳴りながら立ち上がった達志は内股になり、

円く大きなヒップとくびれたウェスト、

そして、見事に膨らんだバストと磯着越しにムチッとした女性の肉体美を見せていた。

「おっお前…

 女に…」

「知るかよ、

 気づいたらこんな体になっていたんだ
 
 第一、そう言うお前も女になっているじゃないか」

「なんだとぉ?」

達志に指摘されて浩太は改めて自分の体を見ると、

さっきよりもさらに体の女性化が進み、

達志と同じような肉体美を晒していた。

そして、

「うっ」

眼下に見える女性化した自分の姿をマジマジと見ていると、

「あら、ここにいたの?

 なかなか戻ってこないから探したわよ」

と言う声と共に慶子が姿を見せた。

「わっ

 三好さん!!」

こっこれにはワケが!!」

膨らんだ胸を隠しながら二人は取り乱すと、

「ふふっ

 そんなに慌てなくても良いわ」

慶子はそう言い聞かせながら、

達志に近寄ると、

その股間に手を滑り込ませ、

スッ

っと股間を撫でながら

「ふふ、きれいなアワビね」

と囁いた。

「え?」

慶子のその言葉に二人は驚くと、

今度は浩太の股間に慶子は手を入れ、

「三浦君も…

 ちゃんとアワビがついているわよ」

と笑みを浮かべながら告げた。

「え?」

「なっない!!」

「うわっ俺も無い!!」

慶子の言葉に達志と啓太は慌てて股間に手を入れたが、

しかし、海に潜る前まであった男のシンボルは消え失せ、

代わりに女の証である縦溝が股間に刻まれていたのであった。

「なんで…」

股間を押さえながら二人が呆然としていると、

「海神にアワビをもらったようじゃな」

と言う声と共に磯着姿の年配の老婆が姿を見せた。

「だれ?」

始めてみる顔に達志と啓太は顔を合わせると、

「紹介するわ、

 あたしのおばあちゃんよ」

と慶子はこの老婆が祖母であることを告げる。

「え?」

「おばあちゃん?」

「だって…」

「病気で?」

「え?」

床に伏せっていると聞かされていた祖母の姿に二人は混乱すると、

「ごめんね」

と慶子が二人に頭を下げた。

「は?」

「一体これって?」

突然の慶子の謝罪に二人はさらに混乱する。

すると、

「あたしね、

 学校を卒業をしたら、
 
 島に戻って海女をしなければならなかったの、
 
 でも、
 
 本土に行ったらまたこの島に戻って海女として生きていくのってなんかイヤになって、
 
 そしたら、この島の海神の言い伝えを思い出して、
 
 あなた達を誘ったのよ
 
 ふふ…
 
 どう?
 
 海女になった気分は…
 
 男と違って新鮮でしょう、

 そう、海神からアワビを貰ったあなた達は、
 
 もぅこの海から離れられないの。

 じゃぁ、帰りの船が出るから後はよろしくね

 おばあちゃん、
 
 あの二人をあたしと思って鍛えてあげて、
 
 たまには帰ってくるからね。

 心配しないでね」
 
慶子は一方的にそう言うと、

カバンを肩にかけ、

にこやかに手を振りながら去っていった。

「あっちょっと!!」

達志と啓太は去っていく慶子を追いかけようと、

グィ!!

二人の襟首が捕まえられ、

「どこへ行く?

 お前達は今日から海女じゃ

 さて、どこから叩き込んでやろうかのぅ」

と慶子の祖母は日焼けでクシャクシャになった顔をさらにつぶした。

「そんなぁ!!」


この島に新たな海女が生まれた瞬間であった。



おわり