風祭文庫・海女の館






「芳美と義男」



作・風祭玲


Vol.418





タッタッタッタッ!!

初秋の光を乱反射させる海原を切り裂くようにして一隻の船が進んでいく、

「よーし、着いたぞ…」

昨今の漁船では必需品となっているGPSなどの機器は使わずに

内倉島の形で判断した義之はそう叫ぶと船のエンジンを切る。

その途端、

タプン…

タプン…

動力が切られ、推力を失った船はたちまち海の動きに合わせて

前後左右そして上下へとその船体を弄ばれはじめた。

サァァァァ…

そんな自然任せの船の上をやや冷たさを帯びた海風が吹き抜けていくと、

「うん、

 ぴったしね」

船の舳先で磯着を羽織り腰を屈めていた芳美は大きく頷きながら、

立ち上がると操舵室に居る義男のそばに寄りポンと肩をたたいた。

「ふぅ」

その途端、

義男は大きく息を吐きながら肩の力を落とすと、

「ほらほらっ

 肩の力を抜くのはまだ早いわよ、
 
 仕事はこれから」

そんな義男に芳美はクスリと小さく笑いながら、

ヨイショ

羽織っていた磯着を脱ぎ始めた。

スルリ…

芳美の体を覆っていた白い磯着が剥けるように脱ぎ捨てられると、

日に焼け褐色色に染まった芳美の豊満な肉体と、

その肉体を引き締めるかのように

股間に締められた六尺褌の朱が鮮やかに生える。

プルン!!

形のよい左右の乳房を震わせながら芳美は手際よく漁に使う3種の磯ミノを六尺の横廻しに挿み、

手ぬぐいを頭に巻くと磯メガネを額にあげた状態でつける。

「ふぅ」

一連の準備を終えた芳美は一息入れると、

「ねぇ

 ”新婚旅行も行かないで出漁するだなんて…”

 明美たちが呆れていたわよ」

と義男に向かって言った。

すると、

「おぃおぃ、

 俺達にはそんな余裕は無いって」

日に焼けた顔で笑顔を作り義男はそう返事をする。



あの別れの日から10年が過ぎていた。

この10年の間に芳美はあの日の決意どおり島一番の海女となるが、

しかし、その一方で義男は島を追われるように本土に渡るものの、

彼の父親は年を越すことなく他界してしまい、

残された彼は生活のために海を忘れることにした。

けど、義男は決して海を忘れることは出来なかった。

15年間、親しんだ内倉島の海の記憶は義男の心に深く刻み込まれ、

”いつの日かあの海に帰る…”

という思いが彼の心の奥底で静かに燃え盛っていた。

そして、そんな心の火を一気に燃え上がらせたのは

通勤電車の中で読んだある週刊誌の記事だった。

「海女の島…」

中吊りの広告に誘われるように義男は週刊誌に目を通すと、

その記事の中に掲載された一枚の写真に目が釘付けになった。

そう、そこには磯着は羽織っているものの、

股間に締められた赤褌を磯着越しに浮かび上がらせ

恥ずかしそうに笑みを浮かべている芳美の写真があった。

「芳美…」

”島一番の美人海女…”

そう紹介されている芳美の紹介を義男は食い入るように読み込んだ。

そして、幾度も幾度も読み返しているうちに、

トクン…

義男の胸に熱い思いがこみ上げてきた。

「芳美が俺を待っている…」

芳美が浮かべている笑みがひょっとして自分に向けられているのでは?

記事にある芳美のインタビューから義男はそう思うと、

生活のためとはいえ陸でこうして生きている自分がもどかしく感じるようになった。

そして、

「島に…帰ろう」

彼の心の奥底から浮き上がってきたその言葉が義男を突き動かした。

また、おりしも義男が勤めていた勤め先が企業合併によって、

希望退職者を募っていたのもこの決断を後押しする材料のひとつでもあった。

早速、義男は辞表を提出すると、

身辺整理もほどほどに内倉島へと向かっていった。



しかし、義男には越さなければならない壁がいくつも存在していた。

けど、彼は持ち前の粘りと、

子供の頃懇意にしてくれていた島の人たちの力添えもあって、

義男は晴れて内倉島に足を踏み入れることができた。

そして、島に戻った義男が芳美の前に姿を見せたのは、

春も近い小雪が舞う日のことだった。

「芳美!!

 お客さんだよ!!」

漁を終え、浜に戻った芳美に海女仲間が声をかけてきた。

「客?」

小雪が舞う日にも関わらず、

芳美はこの島の海女の衣装である朱色の六尺褌に磯ミノを刺しただけの姿で、

腰を上げると遠くに視線を向ける。

するとそこには片手を挙げて挨拶をする義男の姿があった。

「誰?」

最初、芳美は挨拶をする人物が誰なのか判らず、

週刊誌の記事を読んで冷やかしに来た不埒者かと思ったが、

しかし、その人物がゆっくり歩いてくると、

「よっ義男?」

芳美はいま自分に近づいて来ている人物が義男であることに気づくと、

タッ!

彼女は何も構わず駆け寄り、

「お帰り!!

 義男!!」

と叫びながら抱きついた。

「待たせてごめん」

潮の香りを放つ褌ひとつの芳美を抱きしめながら義男は耳元でささやくと、

「もぅ…人を散々待たせて、

 これまで、どこで何をしていたの?」

「ごめん…」

そういいながら二人はしばらくの間抱きしめ逢っていた。



「じゃぁ行ってくるね」

漁の準備を終えた芳美のその一言で

ハッ

義男は思い出から我に返ると、

「うん、

 気をつけて」

そう言いながら彼女の頬に軽くキスをする。

「うんっ」

誰の目も無いにも関わらず、

芳美は頬を赤らめると、

船から垂らした梯子を伝い海の中に身を浮かべた。

そして、

サッ

波間から顔を出しながら芳美は船上の義男に手を振ると、

自分の顔の凹凸にピタリと合うように加工してある磯メガネを顔に降ろし、

ヒュッ!!

磯笛を一回あげると、

スルリ…

海生哺乳類が潜るときの様な仕草で褐色の肌が勢い良く海の中へと滑り込んでいった。

そして、彼女の体が海の中に滑り込む瞬間、

朱色の褌が鮮やかに海面に映える。



海人が潜った後、義男は暇ではない

「よしっ」

芳美の姿が消えたことを義男は確認をすると、

櫂に手を置き、風と潮の流れを全身で読み取りながらたくみに船を操り始めた。

海は動く…

一見止まってはいる様に見えるが、

義男の乗っている漁船と海に潜った芳美は潮の流れにしたがって流されていく、

この内倉島がある辺りの海域は南から上がってくる海流と

北から流れてくる海流が複雑に絡み合いもみ合う潮の交差点であり、

日本有数の漁場でもあった。

しかし、潮の交差点である故に潮の流れは複雑で、

事前に綿密な打ち合わせをして潜るポイントと出てくるポイントは決めてはいるのだが、

しかし、海は人間の考えている通りに潮が流れているとは限らない。

風の流れ、月の位置などで潮のぶつかる位置と流れ強弱は常に変化し、

同じことは2度と起こらないのがこの海の常であった。

そのため、芳美が海の中での作業に集中できるように、

海上の義男は自分の力をフルに使って、

海中の芳美の位置を探り、

芳美から付かず離れず船を移動させていく、

しかし、これも芳美との猛特訓の成果だった。



「違う違う!!」

「ほらっ何をしているの」

「もぅ、島を出てからすっかり感覚が錆付いちゃった?」

義男は島に戻ってきたものの、

しかし、長い陸での暮らしがこの内倉島で生まれ育ってきた義男の感覚を鈍らせていた。

そして、彼が船人として生きていく決意を知った芳美は漁を終えると

付きっ切りで義男に船人としての特訓に手を貸した。

海女としてのキャリアを積んできていた芳美の特訓は手厳しく、

毎日のように義男は芳美に怒鳴られ、小突かれた。

無論、芳美は義男を小突くのは本意ではなかったが、

しかし、一度漁に出れば真剣勝負。

少しの油断が命に関わることは痛いくらい身に染みており、

それが義男に厳しい態度となって現れてしまっていた。

この特訓の間にはいろんなことが起き、

そして、その中には義男と芳美が関係を結んだことも含まれていた。



桜が舞い、春霞が漂う夜、

義男が抱いた芳美はいつもの気丈な態度と打って変わって、

しおらしく女性的であった。

「いいの?」

「うん…」

芳美は小さく頷き身を義男に任せる。

そして、

「じゃぁ行くよ」

「来て…」

褐色の肌を晒しながら芳美は義男を受け入れると、

やっと二人はひとつになることができた。

「うっ」

「くっ」

体の中で蠢く義男を感じながら芳美は身をくねらす。

そして、その一方で義男はこれまで自分が秘めてきた思いをぶつける様に、

芳美の体を突いて突いて付き捲る。



ジュポッ!!

船の脇の海面に芳美の頭が浮かび上がると、

ヒュッ!!

息を整えるかのように鳴る磯笛が響き渡った。

「あっ」

その音に義男は海面に浮かぶ芳美に視線を向けると、

ザバッ

芳美は腰につけていた網籠から採ってきたサザエやアワビと言った海の幸を

船の横に下げている別の網籠へと移し換え再び海に潜っていった。

そして、それから数回芳美は海と船の間を往復すると、

船横の網籠には芳美が採ってきた成果でパンパンに膨らんでしまっていた。

「はい、ご苦労さん」

頃合を見計らい浮上してきた芳美に義男は労いの声を上げると、

海中で息を整えた芳美は磯メガネを頭に引き上げ、

カタン!!

船から垂らしてあるはしごを登り海からあがってきた。

「ふぅ…」

10回近い往復ですっかりスタミナを使い果たした芳美は船にあがった途端腰を落とすと

「はいっ」

バサッ

そんな芳美の上に義男は磯着をかぶせる。

すると、

「あん、少しこのままでいさせて」

「風邪を引くぞ!」

「いいの!!」

被せられた磯着を剥ぎとりながら芳美はそう返事をすると、

そのまま船の上に大の字になって寝てしまった。

すると、日差しが芳美の体を照らし、

濡れた体が股間に締められた赤褌と共にキラキラと輝かせる。

「まったく」

そんな芳美の姿に義男は苦笑いをするが、

しかし、彼にとってこうしている芳美の姿はイヤではなかった。

「大漁だったわ」

寝ながら芳美はそうつぶやくと、

「あぁ、そうだな…

 さて、日が傾かないうちに戻るとするか」

芳美の成果を船に引き上げ義男は船のエンジンを始動させると、

グンッ!!

海という名の手に弄ばれていた船はその手から飛び出し、

白い筋を引きながら内倉島へと進み始めた。



「いやぁ、大漁だねぇ」

市場に到着した義男たちに

待ち構えていた仲買人たちが次々と声を掛けてくる、

「はいっ」

そんな声に芳美は義男の腕に抱きつきながら嬉しそうに返事をすると、

「お願いしまーす」

義男は水揚げしてきた貝類を市場の担当者に引き渡した。

芳美が採ってきたものは市場でも好評だった。

無論、週刊誌に”美人海女”と紹介されたせいもあるかもしれないが、

しかし、芳美はほかの海女達には潜れないような海域でも難なく潜ることができ、

それが芳美の評判を押し上げていた。

「ひょっとして…

 芳美って本当は人魚かなにかでは…」

時々義男はそんなことを思うが、

しかし、すぐにその考えを否定すると小さく笑う。

「どうしたの?」

「いやっ」

「変なのっ

 ニヤニヤ笑って」

「いいじゃないかよ」

義男の笑みに気づいた芳美はそれを指摘するが、

けど、義男はいつもと同じようにワケをはぐらかせていた。



「じゃぁ、後はお願いします」

計量が終わった頃を見計らって義男と芳美は市場を後にすると、

「さぁて、急がなくっちゃな!!」

「うん」

二人は仲良く市場を後にすると

共に暮らす新居へと向かっていった。

二人の住まいは市場からさほど遠くない一軒家だった。

無論、新築などというものではなく、

かつて義男一家が住んでいた空き家を手入れしたものだった。

「ただいま」

帰ってくるなり、芳美は頭に巻いていた手ぬぐいを取ると、

海水で湿った赤褌姿のまま洗濯を始めだした。

「おいっ、

 着替えてからにしろよ」

そんな芳美の姿に義男は苦笑しながらそう言うが、

「いいのよ、

 冬ならともかく、

 暖かいときはこの格好の方がはかどるのよ」

義男の声に芳美はそう返事をすると、

褌姿であることなど気にせずにテキパキを家事をこなしていく、

「やれやれ…」

六尺褌一つで家の中を飛び回る芳美の姿に義男は呆れて見せるが、

しかし、島を離れていた義男と違って、

ずっと海女をしてきた芳美にとってこの程度のことは”恥ずかしい”と言う範疇ではなかった。

フンフン…

六尺褌姿のまま台所に立つ芳美は自分が採ってきた貝と市場で手に入れた魚を使って夕食を作る。

そして、その間義男は明日の準備を整え、

戻ってきたときには食卓にはすっかり準備が整っていた。

「いっただきまーす」

二人で水入らずの夕食…

「…なぁ…」

「なに?」

「新婚旅行だけどさぁ…

 落ち着いたらやっぱ行こうか」

「え?
 
 あたしはいいよ、

 無理をしないで、

 あの船を手に入れるだけでも借金をしたんでしょう?

 まずはその借金を返さないとね」

御飯を口に運びながら芳美はそう答えると、

「すまん」

義男は素直に頭を下げた。

「いいって

 いいって

 あたしにももっと蓄えがあれば、

 これくらいの借金払っちゃうんだけどね…

 あぁもぅ!!

 辛気臭のはイヤよ、

 折角の新婚気分が台無しじゃない、

 あたしだって褌一つで頑張っているんだから、

 そのうち良くなるって!

 ねっ」

そんな空気を吹き飛ばすかのように芳美は気合を入れると、

「海女って食べても食べてもお腹が空くのよね」

と言いながら御飯を口に運ぶ。

すると、

「そうだよな…

 頑張ればなんとかなるよな」

芳美に励まされたのか義男はそうつぶやくと、

芳美に負けじと夕食を食べ始めた。



「おーぃ、芳美っ

 風呂が沸いたぞぉ!!」

食事後、湯加減を見た義男が声を上げると、

「ちょっと、待ってて

 あと少しで洗物が終わるから

 義男さんが先に入って!!」

台所から芳美が声を上げた。

「なんだよ、

 洗い物なら俺がやっておくよ、

 芳美には明日も頑張ってもらわないとな」

そう言いながらキッチンで洗い物をしている芳美から皿を取り上げると、

「うん…じゃぁ

 その言葉に甘えるね」

芳美はそう返事をして、

トタタ…

っと風呂場に向かっていった。

そして、

脱衣所に入った芳美は

今日一日、自分の秘所をしっかりとガードをしていた六尺褌を外し始める。

帰ってきたときには湿っていた六尺褌であったが、

しかし、芳美の体温でその湿り気も飛び、

半乾きの状態になっていた。

シュルリ…

締められていた六尺褌がそっと外れていくと、

日に焼け褐色色に染まった股間に白く浮かび上がるT字の筋が姿を見せる。

「………」

六尺褌による締め付け感から開放された芳美は開放感を感じながら、

芳美は褌を持ち替えると

「今日一日ありがとう」

とつぶやき、芳美は褌に軽く感謝のキスをし、

ジャバッ!!

お湯は入った桶の中でジャブジャブと洗い始めた。



「入るぞー」

洗い物が終わったのか脱衣所から義男の声が響くと、

「あっはーぃ」

芳美は丁度褌を洗い終えたところだった。

「なんだ、まだ入っていなかったのか」

湯船に浸かっていなった芳美の姿に義男は驚くと、

「うん、これを洗っていたから」

芳美は絞った六尺褌を見せた。

「そうか」

「えへっ、

 これだけはあたしの手で洗わないとね」

そう言いながら幾分色落ちとよれてきた褌を脱衣所に持っていくとドアを閉める。

「そうだよなぁ…

 芳美にもいい服を買ってあげないとなぁ…」

そんな芳美に義男はポツリとつぶやくと、

「いいのっ

 あたしは海女なんだからそんなことに気を使わないで
 
 いまは余計なものにお金は使いたくないの」

と芳美は言うものの、

「でもなぁ…」

都会暮らしを経験してきた義男にとって、

自分の妻となった女性にそういう格好をさせておくことに罪悪感を感じていた。

「ねぇ」

突然芳美が声をかけると

「なっなに?」

「うふっ」

驚く義男に首に芳美は自分の手をかけると、

「大好き!!」

と囁きながら自分の唇を義男の唇に重ね合わせてきた。

「芳美…」

「あなた…」

二人の夜は始まったばかりだった。



翌朝、

ようやく日が昇った頃、

「うーん!!」

義男の隣で目覚めた芳美は大きく背を伸ばし、

そして起き上がると、

夜干してあった六尺褌を手に取り、

シュルリ!!

手際よくそれを腰に締めて行った。

「よしっ」

ビシッ!

っと六尺褌が締められたことを確認すると、

ガラッ!

閉めてあった雨戸を開き、

パンパン!!

朝日に向かって拍手を打つ、

そして、そのまま六尺褌姿で朝食準備を始めると、

ヌッ!!

油断をしている芳美の六尺褌にミツの部分に一本の手が伸び、

ギュッ!!

っと握り締めると、

グィッ

勢いよく引き上げられた。

「ひゃうん!!」

いきなり股間が締め付けられるように引き上げられてしまったために、

芳美は思わず悲鳴を上げると、

「おはよう」

そんな芳美の耳元で義男の声が響き渡った。

「もぅ!!

 義男さん」

そんな義男に芳美は抗議の視線を送ると、

「こらっ、褌がユルユルだぞ」

義男は六尺褌をねじ上げながらそう注意をした。

すると、

芳美は動かしていた手を休め、

赤らんだ顔をしながら、

「ねぇ…

 今ので体が火照ってきちゃった。

 朝ごはん、ちょっと遅れるけどいい?」

と尋ねながら義男の首に自分の手を廻す。

「え?」

芳美の言葉に義男が驚くと、

「うふっ

 火をつけたのは義男さんよ、
 
 ふふ…
 
 褌海女を甘く見ないでね」

上気した笑みを浮かべながら芳美は義男にそっとキスをした。



おわり