風祭文庫・海女の館






「洞窟の奥」



作・風祭玲


Vol.386





「なぁ」

「ん?」

「…写真の場所はここで間違いないみたいだな」

「そう…だな」

「で?」

「なんだよ」

「どこに居るんだよ、この写真の海女と言うのは」

「………」

「まっお前の気持ちも判らないではないがなっ」

そう言いながら健二は助手席に座る雄一の肩をたたくと、

「そんな…そんな…そんなバカなぁ!!!」

突然、雄一は叫び声をあげ、

傾き始めた陽に向かって走り出して行った。



それは昨日のことだった。

「へぇ…

 うら若い海女の居る島かぁ」

昼休み、ふと本屋に立ち寄った雄一が

表紙の売り文句につられて山積みにされていた写真週刊誌を手に取ると、

食い入るように記事を読み始めた。

ところが、

その数分後…

「ちぃ!!

 馬鹿野郎!!

 こんな白黒写真じゃぁ全然、萌えないだろうが!!」

怒鳴って雑誌を叩きつけるように山に戻すと、

携帯を取り出し親友である健二を呼び出した。

「なんだよぉ、いきなり呼び出して」

程なくして健二が不機嫌そうな顔をしながら姿を見せると、

「なぁ

 お前、この島、知っているか?」

と雄一はその写真週刊誌を健二に突きつける。

「ん?」

胸元に突きつけられた週刊誌の記事に健二が目を落とすなり、

「まったく、相変わらずお前はスケベだな」

と呆れた表情をしながら再び雄一を見た。

ところが、

「俺のことはどうでもいい、

 それより、この島、お前知っているか?」

健二の冷やかしに雄一は耳も貸さずに聞き返すと、

「うんまぁなぁ…」

健二はそう答えながら再度記事を眺めた。

その途端。

「よし決まりだ、

 今すぐ俺をここへ連れて行け」

雄一は健二にそう指図をすると、

その写真週刊誌を健二に押し付け彼の車へと乗り込んでしまった。

そして、その翌日には二人はこの島に来ていたのであった。



「はぁ、付き合う俺も俺だけどなぁ」

ハンドルにもたれかかるようにして健二は岩場に下りていった雄一の後姿を眺めると、

「大体、いまどき好き好んで海女になる女性なんて居ないつーの

 第一この島に海女なんて居るのかよ、

 あの記事、どう見てもなんかのヤラセにしか見えないけどな

 (それにしても、この写真ずいぶん昔のに見えるなぁ…)」

そう呟きながら醒めた視線で、

週刊誌を片手に浜辺に居る漁師達に記事のことを聞きまわる雄一を見つめていた。

「で、収穫はあったのか?」

西日が入る喫茶店で健二が雄一に収穫を尋ねると、

「………」

彼からの返事は返ってこなかった。

「まぁそういうことだ、

 俺、用事があるからよ、

 明日の一番のフェリーで帰るからな」

と言って健二は腰を上げた。

そして、駐車してあるクルマのところに着いたとき、

「お前さん達かい?

 海女のことで聞きまわっている本土の者とは」

と言う声と共に一人の老婆が声を掛けてきた。

「ん?」

老婆の声に雄一と健二が振り返ると、

「ついておいで」

老婆は一言そう言い、

クルリと背を向け歩き始めた。

「あっ、

 なぁ、婆さん、

 ほっ本当に海女さんに会わせてくれるのか?」

去っていく老婆の言葉に目を輝かせながら雄一が尋ねると、

「そうよのぅ

 二人…か」

振り返るようにして老婆は雄一たちをジロリと見てそう呟く。

「おっおいっ

 聞いたか今の?」

雄一が小躍りして喜ぶと、

「あのなぁ…

 お前…たった二人だぞ

 それに、本当にこの写真の海女さんとは限らないと思うし」

と雄一は呆れたような声を上げた。

しかし、

「構うものか

 なぁ、本当に会えるんだろうなぁ」

としつこく尋ねながら雄一は老婆にまとわりついていた。



老婆の後ろについていくこと小一時間が過ぎた頃、

二人は海岸傍にある洞窟の前へと連れてこられた。

「洞窟?」

怪訝そうに口をあけている洞窟を見上げる健二に対して、

雄一は洞窟内へと入っていく老婆の後ろをホイホイとついて行く。

「あっおいっ」

洞窟内へ入っていった雄一を追いかけて健二が入ると、

「なぁ、怪しいとは思わないか?」

と雄一に話しかけた。

「何が?」

「なにがって、お前、洞窟だぞ、

 こんなところに海女が居るとは思えないぞ」

とヒソヒソ声で健二が指摘すると、

「なにをしておる、この奥じゃ」

健二の声が聞こえたのか老婆はそう声を上げた。

すると、

「だってさ」

と老婆の言葉に雄一が相槌を打つと再び歩き始めるが、

しかし、

「……」

健二は疑惑の目で老婆を見つめていた。



洞窟内はどういう仕掛けかはわからないが、

隅のほうから何らかの明かりがともされ、

薄暗いものの、完全な闇ではなかった。

そして、その中を雄一と健二は先を進む老婆を追って進んで行く。

「一体どこまで続くんだろう」

まるで、何かの臓物の中を歩いているような錯覚に陥ってきた健二がそう思ったとき、

洞窟の天井が徐々に高くなっていくと

程なくして健二たちは地下の広間のような場所へとたどり着いた。

そして目の前に姿を見せた青く輝く水をたたえる池を見ながら、

「洞窟の奥に池?」

と健二は呟く、

その途端、

「なんだよ、婆さん、

 若い海女なんて居ないじゃないかよ!!」

ガランとした空間を見渡しながら雄一が文句を言うと、

「俺達をだましたのか?」

と凄んだ。

「(はぁ)だから言っただろう」

ことの結末に健二はため息をつきながらそう言うと、

「なんじゃっ

 若い海女ならそこにおるじゃろうが」

老婆は臆することなく池の方を指差すと、

「あん?

 どこに?」

雄一は老婆に尋ねながら池へと近づき、

そして、身を乗り出すように見渡した。

しかし、いくら探せど雄一が想像している海女の姿は無かった。

「おぃっ、

 どこにも居ないじゃないかよ」

目を皿のようにして見渡しながら雄一が声を上げると、

「お主らの目は節穴か?

 ほれ、そこに居るだろうが、

 ほれっ」

そう言いながら老婆は雄一の後ろへと近づき、

それに釣られるように健二も身を乗り出した。

そのとき、

「ほれっ!」

と言う老婆の声と共に

ドン!!

っと健二と雄一の背中が思いっきり突き飛ばされると、

「うわぁぁぁぁ!!」

身を乗り出して探していただけに

背中を押された健二たちはたちまちバランスを崩すと、

そのまま、

ドボン!!

っと水柱を2本立ち上げて池の中に落ちてしまった。

「(ぷはぁ)こら、クソばばぁ!!」

「(うぇっしょっぱい)なにをしやがる!!」

池の水面に浮き出た雄一と健二が老婆に向かって怒鳴り声を上げると、

「はぁ?

 何かいったかのぅ」

老婆は涼しい顔をしながら聞き返した。

「てめぇ!!

 何で突き落とした!」

「なんじゃ?、海女に会いたいんじゃろう?」

「なんだとぉ?

 それとこれと、どういう関係があるんだ?」

怒り心頭の雄一に向かってとぼけたような返事をして返す老婆に彼はブチ切れ掛かると、

岸に這い上がろうとするが、

しかし、池の深さと、

周囲に張り出した岸の構造とで二人はなかなか這い上がることが出来なかった。

「くっそう」

幾度も這い上がろうとするが、

その度に突き落とされるようにして雄一は池の中に落てしまう。

そして、岸を見上げながら臍をかんだとき

「ゆっ雄一!!」

彼の横に浮き上がっていた健二が雄一に声を掛けた。

「ん?

 どうした?」

何か戸惑うようなその声に雄一が聞き返すと、

「なっなんか…

 かっ身体が変なんだ」

両手で胸を隠し、そして深刻な顔をしながら健二がそう訴える。

「変?」

健二のその言葉を雄一が聞き返すと、

「お前…その顔…」

そのときになって雄一は健二の顔が一回り小さく、

そして、細面になってきていることに気づいた。

「かっ顔がどうかしているのか?」

雄一の指摘に健二が慌てて自分の顔に手を当てると、

プルン!!

と水面下に見えていた健二の胸がまるで女の乳房のように2つの盛り上がりを見せ、

着ていたシャツにくっきりとした突起を見せていた。

「けっ健二、

 お前…それは」

まるで信じられないものを見たような声を上げながら雄一が健二の胸を指摘すると、

「うわっ、

 なんだこれは!!」

まるで女性のような悲鳴を上げて健二は自分の膨らんだ胸に驚く、

「おっお前…

 女になって…」

見る見る女性化していく健二の姿を雄一が指摘すると、

「そっそういうお前だって…」

健二も雄一の変化を指摘した。

「え?

 うわぁぁぁ!!

 なんだこれは!!」

健二に指摘された雄一が悲鳴を上げると、

「ほっほっほ

 どうじゃ?

 女子になっていく気分は?」

と手近な岩に腰掛けた老婆が話しかけてきた。

「気分はって、

 どういうことよ、これは!!」

老婆の言葉に女言葉で言い返した健二はもはや誰が見ても女性にか見えなかった。

「ほっほっほ

 何を言うか、

 お前さんたちは海女に会いたかったのじゃろう?

 ほれっ

 ここに磯着がある。

 そんな中に居ないで着替えたらどうじゃ?」

老婆はそう言うと、

スッ

っと折りたたまれた白の磯着を雄一たちに見えた。

「なっ

 磯着って…

 あたしに海女になれというの?」

「あのね、別にあたし達がなりたかったわけじゃないわよ」

そう言い返しながら

雄一たちがやっとの思いで岸に這い上がると、

「うわっ」

たちまち二人の身体はバランスを崩すと、

その場に座り込んでしまった。

「ほっほ

 この池から這い上がることが出来たか、

 もぅお前達は立派な海女じゃ」

老婆は余裕で二人にそう告げ、

「そうそう、

 その池に自分の映し出してよく見てみるんじゃな」

そういい残すと、座り込んでいる二人を残して洞窟から出て行ってしまった。

「あっちょっと…」

出て行く老婆に向かって雄一は声を上げるが、

しかし、もはや追いかけていく体力は残っては居なかった。

「畜生…」

女性の声を上げながら雄一がバタンと仰向けに寝転がると、

「これが、わたし?」

健二が池の水面を見つめながらそう呟き、

「あたし…本当に女になっちゃったんだ」

噛み殺すようにそう続けると、

「なによっ」

そんな健二に文句を言いながら雄一が起き上がると

池に自分の姿を映し出した。

その途端。

「!!」

池に映った自分の姿に雄一は驚くと、

じっとその水面を眺める。


やがて二人はお互いに見つめ会うと、

コクリ

と頷き、

そして、おもむろに濡れた衣服を脱ぎ捨てると、

老婆が残した磯着に袖を通した。



「ほっほっほ

 あの二人、やっと海女になりおったか」

洞窟の前で老婆はそう呟くと、

夜が明け始めた空を眺める。

そして、

「さてと、

 新米の海女達を鍛えるとするか」

老婆はそう言うと、徐に磯眼鏡を取り出した。



おわり