風祭文庫・尼僧変身の館






「魅惑の尼寺」



原作・よしおか(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-011





遍招宗蓮華寺(へんしょうしゅう れんげじ)は、

名前はレンゲと言う名だが、一般には境内に咲き誇るアジサイで有名だった。

僕は彼女である桜木麗香とともにこの寺に訪れたのは、

そのアジサイが咲き誇る6月のある雨の日だった。

その日は平日で、

雨の中のアジサイが見たいと言う彼女の希望からこんな日になってしまった。

平日に来られたのは、時間が自由になる大学生ならではの事だった。

これが、理系だったらこうは行かないだろうが、

割と時間のある文系だったせいと、

運良く休講が重なったせいもあった。

麗香は古風な女性だった。

彼女の容貌は、

彫りが深く…、

背も高く…、

出るとこは出…、

そして、引き締まるとこは引き締まったボディは、

一見彼女を派手な勝気な今時の女性のように見せていたが、

実は、物静かな大人しいやさしい女性だった。

そんな彼女のギャップも含めて僕は彼女に惹かれていった。

あまり自分の意見を言わず従うタイプの彼女だが、

こと花に関してだけは誰がなんと言おうと自分の意見を押し通すところがあった。

そのためにこの雨の中、僕たちはアジサイを見るためにこの尼寺に来たのだが、

やはり平日とはいえ、

この雨の中、アジサイを愛でるなんて酔狂なことをするのは僕たち、

いや、彼女だけのようだった。

なぜなら、僕たち以外にはだれもこの寺の庭にはいなかった。

彼女は気に入った花を見ていたら、

何時間もその場に動かなくなってしまうところがあった。

6月の雨は、気温があまりあがらず、外の冷たい雨の中にいるには辛い時期だった。

「麗香、身体が冷えてこないか。何処かで休もうよ。」

「え、ううん。」

まだ未練がありそうな麗香だったが、やはり彼女も身体が冷えてきたのだろう。

僕のことばに素直に従った。

さて、どうしようかと思っていたとき、

本堂の方から一人の尼さんが、こちらに歩いてきていた。

蛇の目傘をさして、こちらに歩いてくる尼さんの姿は妙に美しいものがあった。

「こんな中、長い間花をご覧になっていたらお身体が冷えてしまったでしょう。

 どうぞ、あちらでお温まりください。」

彼女はそう言うと、僕たちを寺の中に案内始めた。

なんと言うところかは知らないが、

尼さんが生活をしているらしい部屋へと案内された。

その間、何人かの尼さんとすれ違ったが、皆若く綺麗な人たちだった。

そして、案内してくれている尼さんもまだ、30代のようだった。

尼さんというとかなりの年配の人を想像していて僕が意外な気がした。

案内された部屋は4畳半ぐらいの広さで、

きちんと整理されていた。

座布団を2枚出すと

「どうぞ」

といわれるままに、僕と彼女は座った。

彼女は、そのまま正座した。

あぐらをかきかけた僕は慌てて正座したが、

尼さんの

「お楽に…」

と言うことばで、また、足を崩した。

「安物のお茶ですがどうぞ。あたたまりますよ。」

すすめられるままに、僕と麗香はお茶に口を付けた。

尼さんは”安いお茶”と言っていたけど、

すっかり体が冷えていた僕たちには優しい香りのするおいしいお茶に感じられた。

いつもはコーヒーしか飲まない僕にとって、

このお茶はある意味新しい味を僕に教えてくれたと思う。

結構若いのに物知りの尼さんで、僕と麗香はこの尼さんとの会話を楽しんだ。

どれくらい経ったのだろう。身体が妙に熱くなってきて、身体中が痒くなってきた。

そして、麗香もそうなのか、彼女の白い肌は桜色になっていた。

「そろそろ効いて来た様ね。」

尼さんは、静かにそう呟いた。

――効いてきた?。いったい何のことだ。この尼さん、何を企んでいるのか。

「僕たちに何を飲ませたのか。」

僕が尼さんに尋ねると、

「お〜ほほほほ。

 なぁに、あなたの欲望を満たしてあげようと思ってね。」

と尼さんは衣で口を隠して僕に告げる。

「なんのことだ。」

その言葉の意味を聞き返すと、

「この寺の名前をご存知?」

ニヤッ…尼さんの目が笑いながらそう僕に聞くと、

「…遍招宗蓮華寺。」

と僕は呟いた。

「そうそれは、俗世の人がつけた名前ですわ。

 本当は、変性宗変化寺。

 女になりたい男が、なりたい女と一緒に来る寺なのよ。

 女になるためにね」

と答えた。

「そんなばかな。なにを根拠にそんなことを言うのだ。」

――そんな馬鹿な…

と思いながらも僕がくってかかろうとしたとき、

「それは、あなた方がこの寺を訪れたことよ。

 この寺は、そんなカップル以外は入れないのよ。
 
 だから、誰もいなかったでしょう。あなたがた以外は・・・」

と尼さんが僕に言った途端、

「うっう…」

その声を残して

ドサッ!!

麗香がその場に突っ伏すようにして倒れた。

「れっ麗香っ!!」

僕は声を上げて彼女を抱き起こすと

シュゥゥゥゥゥ…

麗華の口や鼻から白い煙のようなものが立ち上り始めていた。

「しっかりしろっ」

僕はそう言いながら彼女の体を揺すったが

しかし、

ジワッ…

自分の体を襲い始めていたあまりの身体中の痒さと、

火照りで僕は気を失ってしまった。


どれくらい経ったのだろう。

ふと目を覚ますと、

あの尼さんとほかに数人の尼さんが、僕の周りにいた。

「気がついたみたいね。さあ、これを身につけなさい。」

尼さんは、そう言うと僕に何か服のようなものを投げてよこした。

それは、肌色をしたゴムスーツのようなもので、

服に細長い袋状のものついていたので、

それを手繰ってみるとその先は5つの細い袋につながりそこには爪がついていた。

「これは?」

僕は、そう思いながら立ち上がるとそれを広げてみた。

それは、人型をした皮だったが。頭の部分には、髪の毛はなかった。

そして、その人型の顔は、麗香の面影を残していた。

「どう、あなたの彼女の皮は…、

 彼女は綺麗な皮を残してくれたわ。」

――これが麗香の皮?じゃあ、彼女は…そんな!!

僕は言い知れない怒りを覚えて、この尼さんに殴りかかろうとした。

だが、まわりの尼さんが、僕を取り押さえた。

その姿からは想像もできないくらい強い力で・・・

「ふふふ、まだ気がついていないようね。あなたの手を御覧なさい。」

「え?」

言われるままに手を見ると、そこには皮はなく、

赤茶けた筋肉や血管や神経があらわになっていた。

手ばかりではなく、腕や足。いや、体全体から皮膚が消えていた。

「やっと気づいたようね。

 どうするのかしら?

 彼女の皮を着る?

 それとも今の姿のままにこれから先、生きていく?」

僕は、決断を迫られた。

そのとき、自分も気づかなかった心の底の思いが浮かび上がってきた。

その声を聞きながらも僕は決断した。決して後悔しない決断を・・・

翌朝、蓮花寺に新しい尼僧が誕生した。

その尼僧の名は「紫陽尼」。

華麗な美しさを持つ、だが物静かな尼僧だ。

そして、この世を去った恋人の供養をしているそうだ。



おわり




この作品はよしおかさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。