風祭文庫・尼僧変身の館






「睡蓮の寺」

作・風祭玲

Vol.284




プワァン!!

ゴワンゴワン

ゴワンゴワン

ゴワン!!

ホームのベンチに座り込んでいる俺の目の前を

ステンレスの車体を輝かせながら長編成の電車が通過していく、

「はぁ…終わりだ…」

俺は幾度も呟きながらしっかりと握りしめた自分の手を眺めていた。

カサッ

電車が巻き起こした風に煽られて一枚の新聞紙が俺の脚に引っかかる。

「○×銀行破綻!!」

でかでかと踊る文字が俺の視界に入ってくると、

「はぁ…顧客になんて説明していいか」

俺は大きくため息を付くと、

フラリと立ち上がった。

『…どうしてくれるのよ』

『…損害はないんだなっ』

『…預けたお金は全額返ってくるんですよね』

血相を変えて迫って来る顧客の顔が脳裏に浮かぶ…

『まもなく、3番、線を、列車が、通過します…』

自動放送の機械的な声がホームに響くと、

キラッ

線路の向こう側から電車の灯りが見えてきた。

俺はその灯りをじっと見入る。

ゴォォォォォ!!

見る見る迫ってくる電車に俺の脚が一歩前に動いた。

パァァァァァン!!

俺に気が付いたのか電車のタイフォンがけたたましく鳴り響く、

「あっ」

ハッとした俺の目の前を轟音と共に電車が通過していった。



「何を考えてたんだ俺は…」

そう思いながら俺はクルリと向きを変えると、

「帰ろう…」

とひとこと呟くと、

血相を変えてホームを掛けて抜けていく駅員をよそに

跨線橋の階段を登り始めた。

「もぅ、いいや、どうせクビだし、

 顧客がどうなろうとも俺の知った話じゃない」

半ばヤケになりながら階段を登っていると、

サァ…

まるで俺を包み込むかのように霧が流れてきた。

そして、登り切ると、

「あれ?」

さっき降りてくるときはL字型になっていたはずの跨線橋が、

いつの間にかT字になっていて北側にポッカリと口が開いていた。

「?、北口なんて…あったっけ?」

俺は不思議に思いながらも何となく左側に足を向けた。

そして、階段を降りていくと、

フワッ

霧の中に浮かぶように咲いている睡蓮の花が目に入ってきた。

「へぇ…駅の北側にこんな所があっただなんて…」

睡蓮の花に驚きながら俺はしばらくの間、

控えめなれど、でも、しっかりと咲き誇っている睡蓮の花を眺めていた。

「はぁ…

 顧客を飛び回っていたときは全然気が付かなかったけど、

 でも、こうして花を見ているのもいいものだなぁ」

などと思っていると、

サクッ

小さな足音共に

「どなた?」

と言う声が俺の後ろから掛けられた。

「え?」

声に驚いた俺は思わず振り返ると、

白い尼僧頭巾を被り、

黒い袈裟をまとう、

そう俗に言う尼さんが霧の中から姿を現した。

「わっ(尼さんか…)」

俺は突然の尼さんの登場に驚くと一歩身を引く。

「どうなさったのです?」

年は20代半ばだろうか?

頭巾から覗く淡いピンク色をした頬と、

ほんのりと赤味がさした唇に俺はある種の興奮を覚えた。

「あっいえ、

 その…

 そうだ、駅から…」

高鳴る胸に俺は混乱しながら駅に戻ろうと振り返ると、

「あっ、階段が…」

そう、さっき俺が降りてきた跨線橋の階段はいつの間にか消え失せていた。

「そんな…なんで…」

俺は階段のあった方に向かって走ると左右を幾度も見たけど、

しかし、階段どころか駅すらも消え失せていた。

「そんな…ばかな…」

呆然とする俺に、

「迷われたのですね、

 折角、いらしたのですから、

 如何です?、私の寺で休みませんか?」

と尼さんは俺に告げると背中を見せ、霧の中に消えていった。

「あっ、待って…」

その時俺は何故か吸い寄せられるように尼さんのあとを追っていった。

尼さんのあとを歩くこと小一時間、

永遠に続くのだろうか?

と思えていた睡蓮の沼がようやく終わりを告げると、

目の前に一軒の寺が姿を現した。

「お寺か」

俺はまるで時代劇に出てくるような寺の佇まいに、

一瞬、気が引けたが、

「さぁ、どうぞ…」

っと招く尼さんに

「はぁ…」

申し訳なさそうにしながら俺は境内へと入っていった。



さわっ…

外から入ってきた霧がゆっくりと棚引くお寺の縁側に俺は腰掛けると、

「白湯ですが…」

そう言いながら尼さんは

囲炉裏で沸かしたお湯を湯飲みに注ぎ込んで差し出した。

「どうも、すみません…」

俺は丁寧に返事をすると湯飲みに口を付けた。

「………」

一切音が消えた時間がゆっくりと流れる。

「あの…」

「あっ」

俺が尼さんに話しかけようとすると、

尼さんも俺に話しかけた口を慌てて噤んだ。

「あっ」

「え?」

「どうぞ…」

タイミングの悪さに俺は恥ずかしさを感じていると、

クスっ

尼さんは小さく笑い、

「……睡蓮って不思議ですよね…」

と話しかけてきた。

「はぁ?」

「だって、泥だらけの沼の中から

 あんなに綺麗な花が咲くなんて…」

尼僧はそう言いながら遠くに見える睡蓮を見つめていると、

「そうですねぇ…

 なんか心が洗われる気持ちです。

 ほら、俺なんて結構心が荒んでいたから、

 なおさらですよ」

と嘲笑しながら湯飲みに口を付けた。

そして、

「ところで、このお寺には尼さんしか居ないのですか?」

そう俺が尋ねると、

「はぁ?」

「あっ、いえ、

 変なことを聞いてしまってすみません。

 べっ別に深い意味はありません、

 聞き流してください。

 ただ、あなたのような美しい人が、

 このような所に一人で居るのはどうかな…

 なんて思った訳でして…」

尼さんの反応に俺はしどろもどろになりながらそう言うと、

クスッ

尼さんは小さく笑い、

「えぇ…そうですね…

 わたしも迷い導かれて、

 尼になり

 もぅ…どれくらいが経ちましたか」

尼さんはそう言いながら霧で曇る空を眺めた。

「はぁ…」

俺も釣られて空を眺めると、

スクッ

尼さんはおもむろに立ち上がると俺の隣に腰を下ろした。

フワッ

何とも言えない花の香りが俺の嗅覚を麻痺させる。

すると、尼さんはそっと俺の肩に手を振れ、

「人生に魔がさしたとき、

 この寺に呼ばれるのですよ。」

と囁いた。

「人生に魔が差したときって?

 それに呼ばれてどうなるんです?」

俺は尼さんに聞き返すと、

「うふ…

 それは人それぞれ…

 このまま堕ちる者

 戻る者…

 そして修行をする者…

 それぞれです」

と言いながら尼さんは俺の上着を脱がせた。

「わたしは…修行をする者でした。

 もぅここで長いこと尼として修行をしています。」

尼さんはそう言いながらもネクタイを解くと、

Yシャツの中にその白い手を入れてきた。

「あっ何をするのです?」

くすぐったいとも痛いとも取れる気持ちの良さに俺は頬を赤くすると、

「ふふ…

 どうやらあなたは修行をする者のようですね」

と尼さんは俺の乳首を弄びながらそう告げた。

「修行?」

「そうですよ、

 だってほら、

 もぅこんなにオッパイが膨らんで居るんですから」

尼さんはそう言いながら

グッ

っと両手で俺の胸を持ち上げると、

プルン!!

見事に膨らんだ乳房を俺に見せた。

「そんな…なんでオッパイが…」

Yシャツを下から押し上げ、

クッキリと乳首の陰影が浮かび上がる自分の乳房に俺は驚くと、

「そう、あなたは女…」

尼さんはそう告げながら、

いつの間にか緩くなったズボンに手を滑らすと、

ズボンの下のトランクスの中に手を入れた。

ヒヤッ

冷たい手が俺の股間をまさぐる。

その途端、

ツンッ

尼さんの手が俺の股間のあるところつつくと、

「あ…んっ」

ビクン!!

俺の身体をまるで電気ショックのような快感が走っていった。

「感じているのね、

 そう、女は乳首とそこが感じるの

 コレで判ったでしょう、
 
 あなたは女だって…」

諭すように尼さんは俺に告げる。

「そんな…あっ!!」

尼さんの囁きに俺は思わず言い返そうとすると、

俺の声はいつの間にか鈴の音のような女の声色に変わっていた。

「さぁ…

 この睡蓮に導かれた者は皆、尼となって修行をするのです。

 あなたが尼になって、この寺をあなたに譲れば

 あたしの修行は終わりです」

尼さんは俺にそう告げると、

俺を脇で抱えながらゆっくりと立ち上がった。

トタッ

トタッ

見事に膨らんだ胸を揺らせながら、

俺は尼さんに抱えられ本堂に連れて行かれた。

キラッ!!

本堂には金色に輝く観音菩薩の像がじっと俺を見つめていた。

「これがご本尊の観音様よ

 あなたはこれから観音様に見守られながら修行をするのよ」

と尼さんは俺に告げる。

コトっ!!

本尊の前に座らされた俺の目の前に睡蓮の花が浮かぶ水桶と、

よく研がれた小刀が置かれた。

「さぁ、御仏に仕える前に

 その頭を綺麗に剃髪してあげましょう」

そう尼さんは俺に言うと、

「ちょちょっと、

 あのぅ、あたし…いや、俺は尼さんにならなくてはならないんだ?」

身体どころか心も女性化していく自分に困惑しながら、

俺は尼さんにそう尋ねると、

尼さんは優しく微笑みながら、

「その水桶の中をよく見なさい」

と俺に告げた。

「?」

その言葉に従って俺は水桶を見つめると、

やがて、

ボゥ

っとその水面にある風景が浮かび上がってきた。

「これは…」

それを見て俺は思わず驚いた。

駅を半分通り過ぎて停車する電車、

そして、ホームの上に倒れている人物は俺がよく知っているヤツだった。

「あっあたしじゃない!!」

それを見た俺は目を丸くする。

「そう、あなたはあの駅で電車に飛び込もうとして接触したのよ、

 そして、最後の一瞬の躊躇いがあなたをココに呼んだの」

尼さんは冷たく俺にそう言うと、

「じゃぁここは死後の世界なの?」

俺は思わず尼さんに尋ねた。

「うぅん」

尼さんは顔を静かに横に揺り、

「ここは、三途の川のずっと手前…」

と告げる。

「そんな、じゃぁあたしは死んでいるの?

 それとも生きているの?」

俺は尼さんに食ってかかると、

「さぁ、それもこれもあなた次第ね、

 あなたは迷ってココに導かれたのよ、

 だから、生きるか死ぬかそれを考えながら修行に励みなさい」

尼さんはそう言いながら俺の頭に小刀を当て、

そして、俺の頭から綺麗に髪を剃っていくと、

「さぁ、これを付けなさい」

そういいながら青い剃り跡を見せる頭に白い頭巾が被され、

さらに黒衣と黄袈裟を身に付けさせられると

俺は尼になってしまった。

「まぁ…綺麗な尼さん…

 きっとあなたは尼になるべきだったのかも知れませんね。」

と尼さんは俺に言い

チュッ

俺の唇に軽くキスをすると寺から姿を消えてしまった。

そして、消える直前、

『…現世であいましょうね…』

と言う言葉が俺の脳裏に響いていた。

「あっ」

その言葉に俺の乳首はいつの間にか固くなり、

「…現世で…」

と呟いていた。

それから尼となった俺はその日から修行の毎日が始まった。

どれくらい修行をしたのか覚えていない、

ただ、一人の若者が睡蓮の向こうに姿を現したとき、

俺は修行が終わった事を悟った。



ふと気が付くと俺は病室でジッと天井を眺めていた。

「あっ目を覚まされました」

それを見て看護婦が慌てて病室の外に飛び出していく、

「生き返ったのか俺は…」

そう思いながら俺は外を眺めていたが、

しかし、その後

俺はとんでもない事実を主治医から告げられた。

「おっおっ女にですか?」

呆気にとられながら俺が問いただすと、

首を捻りながら主治医は手術をしてから以降、

俺の身体が急速に女性化し、

そして、肉体的には完全な女性に性転換してしまったことを俺に告げた。

「そんな…」

呆然とする俺の胸元では見事に膨らんだ乳房が揺れていた。

退院後…

俺は少し迷ったがでも尼寺の門を叩くと出家して尼になった。

何でかは判らない…

あの修行を通して尼としての生活が俺に合っていると感じたのかも知れない。

剃髪し黒袈裟を羽織った俺は睡蓮の花が咲く池の畔で花を見つめていると、

すっ

一人の尼僧が私の横に立った。

「綺麗ですね…この花」

そう話しかけてきたその声に俺ははっとすると、

「あら…また逢いましたね」

あの尼さんがにっこりと微笑んでいた。



おわり