風祭文庫・尼僧変身の館






「尼僧学校」

作・風祭玲

Vol.256




「高幡っ、

 貴様何度”事”を起こせば気が済むんだ!!」

蛍光灯の明かりが灯る職員室内に生活指導の木下の怒鳴り声が鳴り響いた。

「けっうぜぇんだよ」

そんな彼の眼下には椅子にもたれ掛かるように浅く腰掛け、

左足を右足の上に組んだふてぶてしい姿の高幡武士の姿があった。

「木下先生、

 そんなに怒鳴ると返って逆効果ですよ」

彼の担任である麻野が恐る恐る声をかけると、

「麻野先生、甘やかしてはだめです。

 こういう輩には厳しく接しなくてはいけません」

木下が麻野にそう告げていると、

「けっ

 要するに俺が気に入らないだけなんだろう木下先生よう、

 だったら、笹塚や上島みたいに俺を退学にでもしろってんだ、

 もう、こんなところでの寮生活にはウンザリしているんだ!!」

机を叩きながら武士が声を上げると、

「まぁまぁ、

 こんな夜更けに何事です?」

と言う声とともに

スッ

っとドアが開くと、

白の尼僧頭巾を頭から被り、

黒袈裟をまとった一人の尼僧が姿を現した。

「あっこれは樹庵さま…」

尼僧の姿を見て木下が頭を下げると、

それにつられる様にして麻野も頭を下げた。

「なっなんだよ、尼さん」

樹庵の姿を見て武士が口ごたえすると、

「………」

樹庵は何も言わずじっと武士を見つめた。

「なっなんだよぅ」

樹庵が放つ氷のような気配に徐々に武士は追い詰められて行く、

「こらっ、高幡っ

 この学園の理事長である樹庵さまだぞ、ちゃんと挨拶をしないか」

木下のその声に武士は我に返ったが、

しかし、

ドッ!!

武士の背中には滝のような汗が流れ下っていた。

フッ

武士のホッとした様な表情を見て樹庵は軽く笑うと、

「まぁまぁ…

 木下先生、そんなに声を荒げますと

 どのような子もみな心を閉じてしまいますよ」

樹庵は手を合わせながら木下に諭した。

「はっはぁ…」

木下はやや不満そうな表情しながら頷くと、

「さて、高幡君でしたっけ…」

樹庵は武士にそう話しかけながら椅子に腰掛けた。

「なんだよ」

武士は樹庵を警戒しながら返事をすると、

「さっきあなたが言った言葉の中で一つだけ間違いがありますよ」

と樹庵は優しく告げた。

「間違い?」

「えぇ…そうですよ、

 この学校は創立以来、一人も退学者は出していません」

樹庵は武士にそう告げると再び微笑んだ、

「退学者がいない?

 そんなバカな!!、

 だって、現に笹塚達はクラスから居なくなったじゃないか!!」

食って掛かるようにして武士が樹庵に迫ると、

「笹塚?…

 あぁ、あの体格の良かった元気な子のこと?」

思い出すような素振りをしながら樹庵がそう言った。

「なっ、お前、笹塚の事を知っているのか?」

それを聞いた武士が思わず樹庵に迫ると、

「コラッ、言葉を慎しまんか」

すかさず木下が注意をした。

しかし、

「けっ、それがどーした、

 別に理事長だからといって俺がびびる筋合いはねぇよ

 それより、お前、笹塚や上島の事知っているんだな、

 あいつはいまどこに居るんだ?

 退学者が居ないということはこの学校にまだ居るのか?」

と武士は樹庵に矢継ぎ早の質問をする。

すると、

「えぇ…そうですよ、

 あなたがいま名前を上げた方たちは

 あなたが居るクラスとは別のクラスで

 毎日、勉学にお努めに励んでいますよ」

微笑みながら樹庵はそう返事をした。

「なっ…」

樹庵からの思いがけない返事に武士は言葉が一瞬詰まると、

「それなら、俺をそこのクラスに入れてくれっ

 笹塚とは中学からのダチだんだよ、

 俺一人こんなトコに居てもつまらねぇんだ

 なっ頼むよっ」

武士は樹庵を拝むようにして懇願した。

「ふふっ、

 若いってホントいいですね」

樹庵は呟くと笑みを浮かべながら武士を眺めた。

(なっなんだよ、気味が悪いやつだなぁ)

樹庵のその透き通るような笑みに武士はある種の不安を抱いたが、

しかし、親友の消息を知る樹庵にすがるしかなかった。

「そう……あなたなら、きっとお努めを果たして立派な尼になれますよ…」

武士を舐めるように眺めながら樹庵が呟くと、

「では木下先生…

 本人からの申し出でもありますし、

 この子、私の方で預かってもよろしいでしょうか?」

と樹庵は相変わらず苦虫を噛み潰したような表情をしている木下に尋ねた。

「はっはぁ…まぁ…樹庵さまがそう仰られるのなら…」

樹庵からの申し出に木下は渋々気味に答えると、

ニコッ

樹庵が微笑んだ。

そして、

「さぁ、いらっしゃい…

 あなたをお友達のところへ連れて行って上げます」

と高幡に手を差し伸べてそう告げると、

「おっおうっ」

武士はおどおどと立ち上がり、

職員室を出て行く樹庵の後ろについていった。

そして、

職員室から出て行く直前、

「麻野先生よっ、世話になったな」

と一言告げると、廊下の闇の中へと消えていった。

「あっあのぅ、木下先生…」

武士を見送った麻野は恐る恐る木下に声をかけると、

「はぁ…終わった終わった」

木下は凝った肩をほぐす様に首を回しながら、

武士のクラスの出席簿を開くと

ペタン

と朱印で”転校”の印を押した。



ヒタヒタ…

パタ…パタ…

夜の校舎内に樹庵と武士の足音が響き渡る。

「よう、どこまで行くんだよ」

職員室を出てから長いこと歩かされていることに

痺れを切らし始めた武士が前を行く樹庵に尋ねたが、

「………」

樹庵は何も答えずに歩き続けた。

「ったくぅ、シカトかよ」

ふて腐れ気味に樹庵の後ろについていく武士であったが、

しかし、

(…この学校って…こんなに広かったっけ?)

といつまでも続く廊下に不気味さを感じ始めた。

やがて、前方に非常口の緑の灯りを掲げながら両開きのドアが姿を現した。

(はぁ…ココから外に出るのか)

扉の登場に学校の端に来ていることを武士が悟ると、

ちらりと樹庵が武士の方を見るなり、

「よろしいですか?

 ココから先に行きますと、

 修行が終わるまで戻れませんよ」

と武士に告げた。

「修行?戻れない?

 はんっ、こんな窮屈な学校には戻る気なんてサラサラねぇよ

 さっ早く笹塚たちのところに連れて行ってくれ」

武士は一瞬樹庵の言葉に首を傾げたが

けど、すぐにいつもの強気が出てくると

まるで急かすようにして樹庵に答えた。

「判りました…

 では…」

武士の答えを聞いた樹庵がキィっとドアを開けた途端、

ゴッ!!

外の闇がまるで津波のように武士に襲いかかってきた。

「うわぁぁぁぁ!!」

津波と化した闇はあっという間に武士の身体を飲み込み押し流していく、



「うわぁぁぁぁ!!………」

「いつまでも何をしているのです」

「え?」

樹庵の言葉に武士が気がつくと

彼は壮麗な山門のちょうど真ん中に立っていた。

「ここは…」

唐突な環境の変化に思わず武士がキョロキョロしていると、

ザッザッザッ

樹庵は武士を残して先へといってしまった。

「あっこらっ俺を置いていくな」

先へと進んでいく樹庵に武士が声を上げて追いかけていく、

そして、武士が樹庵に追いつこうとしたとき、

樹庵が突然立ち止まるといきなり、

パァァン!!

武士の頬が平手打ちされると、

「なんです、その言葉遣いは…

 ここは私の寺です。

 この中では私はあなたの師匠であることを忘れないでください。

 いいですか、

 今度そのような言葉遣いをしたら許しませんよっ」

と告げた。

「なっ、なんだ…あっ…」

樹庵の言葉に武士が突っかかろうとしたが、

しかし、

樹庵の身体から漏れ出てくる氷のような気配に武士の心が萎縮してしまうと、

「………」

渋々樹庵の後ろを歩き始めた。



やがて、二人の前に大きな寺の本堂が月を背にして姿を現した。

「お寺か…」

武士はただ呆気に取られる。

「さぁ、早く入りなさい、

 ここがあなたが修行をする所ですよ」

戸を開けた樹庵が武士にそう言うと、

先に中へと入っていった。

「あっ待って…」

武士もすぐに後を追いかけていく、

「あっあのぅ…樹庵さん…?」

本堂の中に入った武士が樹庵に声をかけると、

「いいですか?

 ここでは私はあなたの師匠、

 あなたは私の弟子です。

 ですから私のことは庵主さまと呼びなさい。」

と樹庵は武士に告げた。

「いや、あっ庵主さまっ

 ここってお寺ですよね…

 おっ俺は笹塚達が居るところに連れて行ってくれって…」

と恐る恐る武士が樹庵に訊ねると、

「蓮華…いえ、笹塚さんたちはここに居ます。

 それともぅ一つ注意します。

 ここでは俺という言葉は厳禁です。

 自分を指す言葉は”わたし”と言いなさい」

樹庵は武士の質問に答えながら言葉遣いを注意した。

「…わたし…だなんて、なんか女みたいだな」

樹庵の注意に不服そうに言うと、

「何か言いましたか?」

樹庵は睨み付けるように武士を見た。

「いっいえ」

その眼光に武士は萎縮するとそれ以上は言葉にはしなかった。

やがて、

スッ…

樹庵は襖を開くと、武士をある一室へと入れた。

フワッ

部屋に漂っていた香の香りが武士の身体を包み込む。

「うわっ線香の匂いだ…」

武士は嫌な顔をしながらその場に胡坐をかいて座ると、

「なんですっ、その座り方は…」

すかさず樹庵が武士に注意した。

「あっ」

樹庵の指摘に武士は渋々正座すると、

「ここでは礼儀作法は厳しいですよ」

樹庵はそう武士に言うと、

「だれか…

 蓮華と葵華をここに来るように、

 それと、今宵得度の儀式をいたしますので

 皆のものを本堂に集めなさい」

と声を上げた。

そして、その声が終わるや否や、

「はいっ」

と女性の声が武士が入ってきた襖とは反対側の襖から響くと、

スッスッス…

っと音を立てて何者かが立ち去っていった。

そして程なくして、

「蓮華・葵華参りました…」

と言う二人の女性の声がすると、

スッ

っと襖が開かれた。

「え?」

そこには白の尼僧頭巾に包まれた頭を深々と下げた二人の尼僧の姿があった。

「顔を上げなさい」

樹庵の言葉に、

「はいっ」

尼僧たちは顔を上げると武士を見つめる。

「…あれ?

 どこかであったような…」

武士は二人の尼僧の顔に心当たりがあるように思え首を捻った。

すると、向かって右側の尼僧・如海が微笑みながら、

「高幡さん、お久しぶりです」

と声をかけた。

「え?、お久しぶりって…

 俺…じゃなかった、わたしと会ったことがありました?」

如海の言葉に納得がいかないような顔で武士が訊ねると、

「わたしですよ、

 あなたとは友人の笹塚ですよ」

と如海は武士に言う、

「笹塚?

 ?…わたしに笹塚なんて知り合い居ましたっけ?」

なおも納得がいかない表情を武士がすると、

「ほほほ…

 何を寝ぼけているのです?

 高幡さん、
 
 さっきあなたが会いたいとわたしに言った者たちですよ」

と樹庵が武士に言った。

その言葉を聞いた武士は

「え?

 まさか、笹塚っお前なのか?

 でも、なんで尼さんになっているんだよ、

 それにその声や顔はまるで女じゃないかよ」

と指差しながら叫んだ。

すると、如海は、

「はい、そうです、わたしです。

 あなたの友人だった笹塚です。

 でも、この樹庵さまのお導きで汚らしい男根を切り落とし、

 こうして比丘尼・如海になることが出来ました。」

と真顔で言うと静かに手を合わせた。

「おっおいっ…

 マジかよ」

そう呟きながら武士は如海や樹庵から距離をとろうとしたが、

しかし、まるで身体が石になったかのように動かなくなっていた。

「なっ、身体が…」

そのことに武士が気がつくと、

「ふふふ…

 身体が動かないでしょう?

 そう、この部屋に満ちている香はねぇ…

 初めて嗅いだものの身体を麻痺させる効能があるのですよ」

と樹庵は囁きながら武士に迫ってきた。

「たっ助けてくれぇ」

突然降りかかった恐怖に武士が怯えると、

いつの間にか如海が武士のすぐ脇に来ると

そっと彼のに手を置きながら

「大丈夫…安心して、

 わたしもそうだったの…

 でもね、すべてを樹庵さまに託せば何も怖くないわ、

 高幡さんも尼になればすべてがわかるわ」

と囁いた。

「いやだ、尼なんかにはなりたくない!!

 俺を返してくれ!!」

武士は唯一動かすことが出来る口から大声を上げると、

一人の尼僧が来るなり、

「樹庵さま、得度の準備が整いました」

と樹庵に告げた。

「ほほほ…

 では本堂に参いりましょうか、

 きっと、如海以上に美しい尼になることでしょう」

知らせを聞いた樹庵はそう武士に言うと腰を上げた。

そして、武士も如海と葵華に抱えられるようにして本堂へと連れて行かれた。

「いやだ、離せ!!」

「コラッ!!」

武士は必死の抵抗を試みるが

しかし、香によって指一本動かせられない彼はほぼ無抵抗で本堂へと運ばれていった。



ナーァムゥ

体育館ほどもあるような本堂には

黒袈裟に白い尼僧頭巾姿の尼僧たちがびっしりと詰め掛けていて、

一斉に経を読み上げて武士を向かい入れた。

「うわっ、何だよう…

 この尼さんたちは…」

薄暗い灯りに浮かび上がる尼僧頭巾に包まれた頭の数を見て

武士がか細い声を上げると、

「ほほほ…

 ここにいる者たちは皆、

 学校から炙れはみ出した者たち…

 それをわたしがこうして尼にしてあげたのだ、

 そう、ここは尼達の学校…」

と樹庵は武士に告げた。

「そんな…

 いっいやだぁ!!

 お願いだから俺を尼にしないでくれぇ!!

 悪かった、

 まじめに授業を受けるからチンコを切らないでくれ!!」

武士は懇願するように叫んだが、

「ほほほ…

 いまさら改心してももぅ遅い…

 この尼寺に踏み入れた者は皆尼になる宿命、
 
 さぁ、武士よ、
 
 お前の男根を御本尊様に捧げて尼になるがよい」

勝ち誇ったように樹庵が武士に告げると、

武士は本尊の正面に置かれた太い丸太を縦に割って作られた台の上に運ばれた。

ナァームゥ…

尼僧たちが奏でる読経が大きく本堂内に響き渡る。

「やめろぉ!!」

声のみの抵抗を続ける武士から如海と葵華の手によって制服が脱がされると、

あっと言う間に全裸にされてしまった。

そして、すっかり萎えている武士のペニスの先を

如海の細く白い手が摘むなりギュッと引き伸ばすと、

「さぁ…樹庵さま」

っと催促をした。

「笹塚、止めてくれ、

 お願いだ、

 俺とお前との仲だろうが、

 こんな馬鹿げたことは止めようぜ、なぁ」

と武士が如海に話しかけると、

「だ・め・よ、

 武士はわたしを同じように
 
 このオチンチンを捧げるのよ」

と優しく告げた。

「そんなぁ…」

絶望感に打ちひしがれた武士が

蝋燭の明かりに照らし出されている仏像を改めて眺めると、

「げっ!!」

目を丸くして驚いた。

そう、仏像の前には切り取られミイラ化したペニスが山のように積まれていたのだった。

「ううぅ…」

それを目にした武士は思わず泣き出してしまった。

「なにがそんなに悲しいのか?

 お前は今宵

 その汚らわしい体より生まれ変わり

 汚れなき尼として修行をするのだ」

控えていた尼僧より細長く鋭利な包丁を受け取った樹庵は

そう言いながら武士に迫ってきた。

「うぅっ…イヤだ

 イヤだ
 
 イヤだ」
 
武士は目を瞑ると呪文のようにその言葉を繰り返す。

しかし、樹庵はそんな武士を無視して、

手にした包丁を引き伸ばされた武士のペニスにそっとあてがった。

チリ…

ペニスの根元に横一直線のヒヤリとした感触が走る。

「イヤだ…イヤだ」

武士は必死になってその言葉を唱えていると、

ナァームゥ

読経の声が一段と高くなったとき、

スゥゥゥ…

樹庵の手が静かに動いた。

そして、それに少し遅れて

ポト…

武士のペニスは静かに身体から離れて行った。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

間髪を置かずに武士の絶叫が本堂内に響き渡ったが、

しかし、その声を聞いて駆けつけるもの者は誰一人として居なかった。



それから半年が過ぎた…

「藤華や、藤華や」

境内に樹庵の声が響き渡ると、

「はいっ、樹庵さま、

 藤華はここにおります」

っと言う声と共に黒衣と黄袈裟をまとい、

白い尼僧頭巾を被った尼僧が姿を現した。

「藤華…すっかり馴染みましたね」

「はいっ、

 樹庵さまのお導きで尼となり、

 心静かに修行に励んでおります」

藤華は樹庵にそう告げると頭を下げた。

「おぉそうですか」

すっかり尼僧としての立ち振る舞いが板についてきた、

藤華こと武士の姿を樹庵は目を細めて眺めていると、

「樹庵さま、藤華ですが、

 実は最近、乳が膨らんできたのですよ、

 それに身体の線もすっかり細くなってしまって、

 羨ましいくらいです」

と如海が割り込んで言うと、

「こらぁ、如海っ

 なんて事を言うんです」

藤華は顔を真っ赤にして連華に向かって声を上げると、

「藤華っ、何ですその声は」

樹庵はすかさず注意をした。

「はっ、申し訳ありません」

樹庵の注意に藤華はすぐに頭を下げると、

その間にその場から逃げていった如海の後をすかさず追いかけていった。

「さて、

 そろそろ、次の者を迎えに行きましょうか、

 悩みを抱えている者はまだまだ居ますから…」

樹庵は藤華の後姿を眺めながらそう呟いた。



おわり