風祭文庫・尼僧変身の館






「格安物件」

作・風祭玲

Vol.173




「えぇっ!!!」

駅前の不動産屋に俺の声が響いた。

「いやぁ、一歩遅かったね、兄ちゃんっ

 その物件はつい今し方契約されちゃったんだよ」

不動産屋の親父はにこやかに笑みを浮かべながら俺にそう告げた。

「はぁ……なんてこった…」

今の会社の就職して5年が過ぎ、

この春にはその会社の寮から出なければならない規則の関係上、

俺は昨年末から引っ越し先を捜していた。

しかし、なかなか希望にあう物件には出会えず、

ジリジリと時だけが過ぎて行ってた。

そんなとき、

ふと前を通り過ぎた不動産屋の張り紙に俺の目は釘付けになった。

「こっコレは…」

その内容を見た俺は早速駆け込んでみたモノの

しかし、残念ながらそれをタッチの差で逃してしまった。

「仕方が無いなぁ…」

ガックリとうなだれる俺の姿を見たオヤジがふと…

「別の物件で…月2万の所があるんだが…」

と口にした。

「え?」

俺は地獄で仏に出会った様な思いで

「そっそれって何処ですかっ!!」

とオヤジに詰め寄った。

「いっいや…そことは駅の反対側なんだが…

 同じような条件にプラス、ケーブルテレビが付いている物件があってな…」
 
仰け反るようにして不動産屋のオヤジは説明したが…

しかし、俺は

「そっ、その家賃2万円と言うのは本当ですかっ!!」

と部屋代の方を気にしていた。

「…あっ、あぁそっそうだ…

 …済まぬが…その首を絞めるのは止めてくれないか」

あっ

気づけば俺は興奮のあまり机の上に乗ると

オヤジの襟元を掴み挙げていた。



それから数十分後、

俺は不動産屋のオヤジと共にその物件の前に立っていた。

『エクセレント尼寺』

と言う看板文字が外壁に掛かった、

やや新しさが消えかかっていたマンションには既に住人が居たが、

もっとも好条件そうな角部屋には入居者募集と言う張り紙が張られ、

人のその気配は全く無かった。

「えくせれんとあまでら?」

俺はマンションの名前を読み上げると、

「随分と珍しい名前ですね…」

と不動産屋のオヤジを見る。

「なんでも、その昔ココに尼寺が在ったそうだ」
 
とオヤジは言うとタバコに火をつける。

「あのぅ…ひょとしてお化けがでるとか?」

探りを入れるようにして俺が訊ねると、

「で、どうする?、兄ちゃん、

 ココで決めるか?」
 
逆にオヤジが催促してきた。

「最低限、部屋の下見ぐらいはさせてくださいよ」

と言うと俺は部屋へ案内された。

カチン…

オートロックの鍵が開くと、

サァァァァ

陽光に包まれた部屋が俺を迎えた。

「はぁぁぁぁぁぁぁ〜っ」

陰気な部屋を想像していただけに俺は呆気にとられた。

「どうした、兄ちゃん」

オヤジが俺に訊ねる。

「こっこの部屋が本当に月2万円なんですか?」

部屋の中に入りバスやトイレの位置を確認しつつ聞き返すと、

「あぁ、そうだよ…」

不動産屋のオヤジは玄関の外でタバコをふかしながら答えた。

「…これじゃぁお化けは出てこないか…」

俺はそう確信すると契約書に判を押した。



そして引っ越しの日、

職場の友人や後輩達に引っ越しを手伝って貰って俺はココにやってきた。

「先輩…本当にココって月2万円なんですか?」

信じられないようにして訊ねる後輩に、

「おう、そうだ、羨ましいだろう」

と俺は得意になって言う、

「しかし、安すぎないか?」

友人が怪訝そうな顔をしていうと、

「こんなに明るい部屋にお化けなんか居る分けないだろう」

と俺は言うと、

友人は壁などを軽く叩き始め、

「まぁ確かに死体は塗り込められていないようだな」

と納得した面もちで言ったが、

「で、あのシミはなんだ?」

と窓辺に面した横の壁に出来ているシミを指さして言った。

「あん?」

そこに近寄ると、確かに薄茶をした楕円が二つ、

壁のクロスに浮き出ていた。

「で、コレがなんだって?」

俺が呆れた口調で言うと、

「いや、そこに幽霊が出るんじゃないかってな」

と言う友人に、

「あのなぁ…お前…TVの見過ぎだぞ…」

と俺は一言言った。



ようやく目処が立った頃にはすっかり日が暮れ、

「んじゃお疲れ様でした」

「来週で良いから奢ってくれよ…」

そう言い残して友人は後輩達は帰っていった。

昼間の疲れもあって俺はシャワーを浴びると、

そのまま一直線に寝てしまった。

そしてその夜俺は夢を見た。

ギャァギャァ…

っと鳥が鳴く山道をひたすら歩いていた俺は、

ふと一軒の寺を見つけると何故かそこに歩み寄っていた。

「お寺?」

そう思いながら中に入ると、

白い尼僧頭巾をまとった一人の尼僧が、

よく手入れされた庭にたたずんでいた。

「あっあのぅ…」

俺は意味もなく彼女の声をかけると、

彼女はクルリと振り向き、

「お待ちしていました…

 あなたが来るのを…」

と静かにそして笑みを浮かべながらそっと俺の手を取ると、

「さぁ…どうぞこちらへ…」

と手を引いて俺を寺の中へと案内しはじめた。

「はっはぁ…」

訳が分からず尼僧の後をついていくと、

やがて仏像が安置されている本堂へと連れて行かれた。

「あっ、あのぅ…」

と俺が前を歩く尼僧に尋ねたとき、

「はい?」

尼僧はゆっくりと振り向きそして俺の目を見た。

ハッ!!

そのとたん俺は目が覚めた、

チュン・チュン・チチ…

「あっあれ?」

射し込む朝日が壁のシミを照らし出していた。



「はぁ?、尼さんが出てくる夢を見たぁ」

昼休み社員食堂でA定食を食べながら友人に今朝見た夢の話をすると、

「なんだ、てっきり金縛りにでもあったと言うかと思ったが、

 尼さんの夢なんて…
 
 お前…そんなに溜まっているのか?」

と友人は定食のエビフライを食べながら言うと、

「そりゃぁまぁ

 溜まっていると言えば溜まっているが…」

思わず俺は答える。

「そりゃいかんなぁ〜っ、

 溜まったモノは抜かなきゃなっ」

「…………なんでそっちの方に話が行くんだ?」

俺はそう言うと奴をジッと眺めると、

「よしっ、それじゃぁ俺が良い物を貸してやろう」

「は?」

その日の夕方、

俺は友人から紙袋いっぱいに詰め込んだエロ本を押しつけられ帰宅した。

ガチャッ!!

ドアを開けたとたん

部屋の中に満ちていた何かが

シュン!!

っと消え去った。

「なっなんだ?」

一瞬俺は自分の目を疑ったが、

そのあと部屋をくまなく調べても何も異変は無かった。

「何だったんだ…あれは?」

首を捻っていると、

ふと、壁のシミが目に入ってきた。

するとシミが昨日より大きくなっているように感じられた。

「あれ気のせいかな?…

 シミが大きくなっているような…」
 
俺はシミに近寄るとそっと触ってみた。

しかし、血が出るわけでもなく乾いた感触が指先に伝わる。



そしてその夜、俺の夢に再びあの尼僧が出てきた。

「また…逢えましたね…」

寺の庭で尼僧は俺にそう言うと、

「さっ、早く寺へ…」

尼僧は昨日と違って俺の手を取ると寺へと急がせる。

そして、本堂の中に俺を座らせると、

「あなたに再び会えて嬉しいです…

 さっゆっくりして下さい」
 
と言うと俺にピタリと寄り添った。

彼女から漂う抹香の香りが俺の鼻をくすぐる。

「あっあのぅ…」

「上和尼…と呼んでください」

と尼僧は返事をした。

「上和尼さん…俺を待っていたって…

 どういうことですか?」
 
俺はそう訊ねると、

「あたし…待っていたんです…

 あたしと共にこの寺で修行をしてくれる方を…」

と囁くと、
 
「え?…でも俺は男ですよ…尼寺には…」

俺は上和尼を見ながらそう答えた。

すると、上和尼は

「大丈夫ですよ…ホラ…」

と言って彼女がさすっていた俺の手を見せた。

「なっ…」

そう、俺の手はまるで女の様に細く白く変わっていた。

「そんな…」

自分の手を見ながら驚いていると、

「ねっ、あなたは尼になれるのですよ」

そう俺の胸を触りながら優しく囁く、

とそのとき急に俺の意識が起き始めた。

「あっ待って…まだ行かないで…」

上和尼の声が俺の頭に響く…

そして、その声が頭に響いたままの状態で俺は目が覚めた。

「………はぁ…夢か…」

俺は天井を見つめながらそう言うと

ふと自分の手を見て絶句した。

「まっまさか…」

俺の手は夢の中と同じく白くて細い女性の手に変化していた。

「…そっそんなぁ」

手の変化に驚いていると、

「はっ、まさか…」

上和尼が俺の胸を触っていたことを思い出すなり、

俺は慌てて胸に自分の手を持っていった。

フニャッ!!

2つの柔らかい胸の膨らみと共に

ビク

と電気が走ったような快感が流れた。

急いでシャツをまくり上げると、

膨らみは小さいものの、イチゴ色の乳首が勃った乳房が目に入る。

「おっぱいが…俺の胸に…」

サァァァァ

俺は頭の血が下がっていくのを直に感じた。



その日、俺は職場には体の具合が悪い言って休みを取った。

「なんで…」

膨らんだ胸と、白くて細い手を呆然としながら眺めていると

グゥゥゥゥ〜っ

と腹の虫がなった。

時計を見るとすでにとっくに昼を廻っていたので、

とにかく何か食べるものを買ってこようと、

やや大きめのシャツを被り、手には手袋をはめて俺は部屋を出た。

すると

「アンタ…その部屋に引っ越してきた人かい?」

と隣の部屋から出てきた中年女性が俺に尋ねてきた、

「はっはい…」

俺がそう答えると、

「だったら、今のウチに引っ越しな…

 悪いことは言わないからさ…」
 
と彼女は小声で言う、

「何故です?」

聞き返すと彼女はチラッと周囲を気にすると、

「大きな声では言えないんだけどね、

 あの部屋に入った人はみんな居なくなってしまうんだよ」
 
と言った。

「居なくなる?」

「あぁそうさ、最初はみんな良い部屋を安く借りられた。

 とか言って喜んで居るんだけどね、
 
 そのうち様子がおかしくなって
 
 まるで尼さんの様な姿になったと思ったらフッと居なくなるのさ」

と説明した。

「そっそうですか…」

俺がそう返事をすると、

「あぁ…、噂では昔ココに尼寺があってな…

 そのときの尼さんの呪いがあんたの住んでいる部屋に掛かっている。
 
 とも言われて居るんだよ。
 
 悪いことは言わないよ、
 
 今日にもここを引き払った方がいいよ、
 
 尼さんにされたくなければね」
 
と言うと女性は自分の部屋に入っていった。


パタン…

俺は自分の部屋に戻ると、手袋を取りじっと手を眺めた。

白い、まるで女性のような手が俺の視界に入ってくる。

「まさか…呪いだなんて…」

信じられないような思いで手を見つめながら

部屋の奥に入って行くと思わず息を飲み込んだ、

壁のシミがゆっくりと大きくなって行くと、

やがてそれは人の形となり、

そして、シミに中から一人の女性が姿を現した。

抹香の香りが部屋中に満ちてくる。

「そんな…なんで…」

俺は指を指しながら驚いていると、

ニコ…

と笑いながら夢の中で逢っていた上和尼が俺の前に現れた。

ガタン!!

俺は急いで外に出ようとすると、

『待って……』

フワッ

抹香の香りがきつくなると上和尼の声が俺の頭に響いてきた。

「なまだぶ、なまだぶ」

俺は背を向けたまま威信不乱にお経を唱え始めると、

『お願い…あたしの前から消えないで…』

いつの間にか俺の真後ろにやってきた上和尼が

俺の背中に縋るようにして囁いた。

サァァァァァ…

それを聞いた俺の頭から一気に血が下がり始める。

「おっお願いだ、成仏してくれ…」

俺はお経を唱えながら言うと、

『さぁ、みんなが待っているわ…』

「え?」

彼女の言葉に恐る恐る振り返ると、

『なぁぁぁぁむ……』

窓の外に浮き上がった十数名の尼僧達が俺を

見るなり一斉にお経を唱え始めた。

「こっこれは…」

『さぁ、あなたも早く得度して、あたしと一緒に修行をしましょう』

と言う上和尼の声がすると、

フワッ

俺の目の前に上和尼が姿を現した。

「うわっ…」

俺が驚くと、

『そんなに驚かないの…美しい顔が台無しですよ』

上和尼はそう言うと手を差し出して両手で俺の頬から鼻へと軽く撫でた。

ググググ…

顔の肉がそれに逢わせて動く…

『うん、美しくなりましたよ
 
 でも、ちょっと、背が高いですね…

 えいっ』
 
そう呟きながら彼女が俺の肩に手を置いて掛け声をかけると、

ガクン…

俺の背が突然低くなると、視線がちょうど上和尼とピタリと合った。

ズル…

体も小さくなったためか着ていた服がズル落ち始る。

『怖がらないで…大丈夫…

 あなたを美しい尼にしてあげるから』
 
そう言いながら上和尼は俺の胸を軽く触れた。

プルン…

すでに膨らみがあった俺の胸はさらに大きく膨れ、

緩くなったシャツの下で揺れ始める。

「あわわわわわ…」

俺は自分の身に起きていることに驚いていると

さらに上和尼は意のままに身体を弄っていく。

細くなっていく腕、

括れていく腰、

ムッチリと張り出すヒップ、

俺の身体は上和尼の手によって女へと作り替えられていく、

「ふぅ…」

上和尼が俺を満足そうに眺めると、

「もぅその服も要りませんね」

と言うと、俺が着ていたシャツとズボンは、

見る見る抹香の香りがする黒衣と黄袈裟へと変わっていく。

「そんな…」

ヨロ…

俺は力が抜け上和尼に寄りかかると

「うふ…」

彼女は笑みを浮かべると俺の股間にそっと手を入れた。

「なっ何を」

上和尼の行為に俺は驚くと、

彼女は俺の股間で何かをギュッと握りしめると、

それを思いっきり引っ張った。

ブツン!!

一瞬そんな音がしたように感じた。

すると上和尼は股間に入れた手に僕の目の前に移動させると、

「コレはもぅあなたには必要ないものですね」

そう言いながら手にしたそれを俺に見せた。

「!!」

それはさっきまで俺の股間にあった俺のペニスだった。

シュワァァァァァ〜っ

上和尼の掌の上で俺のペニスまるで蒸発するように消えていくと、

「さぁ…あなたはもぅ立派な尼よ…

 いまきれいに剃髪してあげるわ…

 そこにお座りなさい…」

と指示をすると

ペタン!!

俺はその場に尻餅をつくようにして座り込んだ、

「そんな…俺が女に…」

そう思いながら股間に手を持っていくと、

確かに股間には何もなく、

代わりに女性器の感触が指を伝わってくる。

すると、いつの間にか剃刀を持った上和尼の手が

俺の髪の生え際を優しく覆った。

ゾリ…ゾリ…ゾリ…

彼女の手によって俺の髪は剃られていく、

それに併せて、青い剃りが俺の頭を覆っていく、

やがて全ての毛が剃り落とされ、

形の良い坊主頭が姿を現すと、

「さぁコレを…」

と言う上和尼の言葉と共に

ファサ…

俺の頭に白の尼僧頭巾が被せられた。

「美しいですよ…」

上和尼は俺を見ながらそう呟くと、

「あっあなたは今から尼僧・妙渾…妙渾尼です。

 私と共に修行をしましょう…」
 
上和尼は俺にそう言うと黄色の袈裟を掛け、

「さぁ、あたしの寺に行きましょう…

 今日からあなたはそこで修行するんですよ」

と言うと、尼となった俺の手を取り、

ガラス窓の向こうに広がる寺へと案内して言った。


「ふぅ…今回は早かったんだねぇ…」

隣の中年女性は俺の部屋を覗きながら言うと

静かに両手を合わせた。



おわり