風祭文庫・尼僧変身の館






「観音堂の尼僧」

作・風祭玲

Vol.152




「ねぇ…ちょっとヤバクない?」

「大丈夫大丈夫っ

 この先に面白い物を見つけたんだ」

「だからと言って授業をフケるのはちょっと…」

山道を学生服とセーラー服姿の少年と少女が歩いてゆく、

「こんないい天気の日に学校で燻っているのは体に良くないぜ」

少年がそう言うと

「だからといって山でハイキングする気はないわよ」

少女はふくれながらプイと横を向いてしまった。

「よしっ見えた、あれだ」

「え?」

少年がそう言って指さした先に小さなお堂が見えてきた。

「和宏…これ…お寺じゃないの?」

建物を見ながら少女が訊ねると、

「さぁ?」

和宏は肩を窄めながら返事をした。

人が来なくなって大分時間が経っているためか、

建物はかなり傷み、

また中も荒れ放題になっていた。

「へぇ…学校の近くにこんなのがあっただなんて…」

少女が感心しながら呟くと、

「まぁな、こんなオプションがなければ

 誰がこんな山の上の学校に通うのかよ」
 
和宏がそう言うと、近くにあった小石をけ飛ばした。

「でも…なんだか、お化けが出てきそう…」

少女がやや怯えながら言うと、

「なんだ、智恵…怖いのか?」

と彼は智恵の顔をのぞき込んだ。

「そっそんなわけはないでしょう」

今の気持ちをズバリ指摘されて智恵は思わず虚勢を張ったが、

しかし、彼女の胸中は今すぐにでもここから離れたかった。

「よぉし、じゃぁ中に入ってみよう」

「え?……」

和宏はそう言うと智恵の手を引きながらお堂へと近づいていく。



「観音堂…?」

智恵は落ちかけている正面の額を読み上げると

「そう言えば用務員のおじさんが言ってたっけ

 ”昔、学校の近くに観音様を祀ったお堂があって、

  尼さんがそのお守りをしていたって…”」

と呟くと

「へぇ…尼さんか…

 うへへへ…

 一度会いたかったなぁ…」

それを聞いた和宏は笑みを浮かべた。

「ちょっと…その笑い声はなによ」

「さぁね…」

などと言いながら和宏は半開きになっていた戸を開けると、

そのまま観音堂の中へと入っていった。

ミシ…

カビとホコリの臭いが鼻を突く、

「うわぁぁぁ…

 まるで廃墟ね…」

左右を見ながら智恵が声を上げると、

突然、

和宏が彼女の耳の横で、

「ワッ」

と声を上げた。

「キャァァァァァァァァ〜っ」

智恵の悲鳴が部屋中にこだまする。

「…なんだ、智恵っ、やっぱり怖いんじゃないかよ」

耳に指をつっこみながら和宏が文句を言うと、

「あっあったり前でしょう…

 あんな脅かしかたされれば誰だって驚くわよっ」
 
と智恵が抗議したとき、

キラッ

智恵はかつて仏像が安置されていたであろう台座の上に、

1つの数珠が置かれていることに気づいた

「あれ…数珠?」

彼女がそう言いながら指さすと、

「どれ?」

和宏は台座に近づくと

チャッ

数珠を拾い上げた。

「ふん、随分と古い物のようだな…」

数珠を見ながら和宏がそう言いながら

チャチャっと2回数珠を振ったととたん、


パキン!!


お堂の中に生木を割る音が鳴り響いた。

「え?」

「なに?」

突然のことに辺りを2人が辺りを見回すと、

そして何気なく和宏を見た智恵が声を上げた。

「かっ和宏っ!!

 数珠数珠!!」

「え?なに?

 うっうわっ」

和宏が手にしていた数珠から

まるで蒸気のような煙が立ち上ると

見る見るそれは人の姿へと変化し、

やがて一人の人が姿を現した。



「あっ尼さん…」

その人物の容姿をみて和宏が呟いた。

『はぁぁぁぁ…』

数珠から出てきた尼僧は大きく深呼吸すると、

『わらわは貞心…

 わらわを起こしてくれたのはそなたか…』

と尼・貞心は腰を抜かし唖然としている和宏に尋ねた。

「あっあっあっ…」

和宏は声にならない声を上げる。

『…そなたに礼を言うぞ、

 ところでわらわが眠りについてどれくらい経った?』
 
「…はぁ…?」

『この荒れ様子…

 どうやら相当長く寝ていたようじゃのぅ…

 やはり、お守りをする者がおらんとこうなってしまうのか』

貞心尼は荒れ果てた室内を眺めそう言うと、

ジロッ!!

和宏の方を見るなり、

『おまえ…

 尼となってこの堂を守ってくれないかのう』

と指を指すと和宏の方へと近づき始めた。

「智恵っ、逃げるんだ」

和宏はそう叫ぶと同じように腰を抜かしていた

智恵の手を握り外へと走り出した。

『…うふ…逃がさないえ…』

それを見た貞心尼はそう言う放つと、

パッ

っと和宏達の目の前に姿を現した。

「わっ!」

「きゃっ!!」

2人は悲鳴を上げる。

『うふふふ…

 逃がさないえ』

なおもそう言って迫る貞心尼に、

「とっ智恵だけは助けてやってくれっ」

智恵をかばいながら和宏が懇願した。

『ふむ…

 端より女には手を出さぬ…
 
 わらわが欲しいのは男っ
 
 そなたの魂じゃ』
 
というと、和宏に近づくと両手を彼の頬に添えた。

ゾクッ

言いようのない冷たさが和宏の頬に染み渡る。

「なかなか良い顔をしておる。

 そなたならさぞ美しい尼になるであろう』
 
と貞心尼は呟くとそっと和宏の口に口づけをした。

「フグ…」

和宏の目が大きく見開く、

ズズズズズズ…

貞心尼は唇を重ねながら和宏の体の中から何かを吸い取り始めた。

「うううううう…」

うめき声を上げる和宏…

すると彼の手が徐々に細く小さくなりだした。

しかもそれは手だけではなく、

体全体がしぼむように徐々に小さくなっていく、

「やっやめてぇ…」

智恵は声を出すことは出来るが体を動かすことは出来なかった。

『ふふふふ…

 男が尼になるときに出すこの精気…
 
 美味よのぅ…』

ベロリと舌を口の周りに這わせながら貞心尼はそう呟くと、

再び和宏の魂を吸い取りはじめた。

ズルズルズル…

和宏の手足が学生服の中に吸い込まれ、顔も沈んでいく

それに合わせるようにして着ている服に大量のシワが出来てゆく…

『ふぅ…

 うまかったぞ…
 
 そなたの魂…
 
 では代わりにそなたに尼の魂をくれてやろう』

口づけをやめた貞心尼は、

服の中に埋もれている和宏を見つめながら

そう呟くと再び口づけをした。
 
グググググ

程なくして袖から再び手足が姿を現す。

しかし、出てきたそれは男のものではなく

細くて白い女性の手足だった。

さらに胸には2つのふくらみが現れ

ついには和宏の顔も出てきたが

しかし彼の頭は髪がない坊主頭で

顔立ちも女性の柔らかい顔つきになっていた。

「そんな…和宏が…女の子に…」

和宏のそのような姿を見た智恵が口走った。

『おほほほほ…

 美しいぞそなた…
 
 私が見込んだことはある。
 
 さて、その衣も尼にふさわしい物にしなくてはな』

と言ったとたん、

和宏が着ていた制服は瞬く間に黒衣に黄袈裟を重ねた尼僧の衣と化し、

青い剃りが光る坊主頭には白い尼僧頭巾がかぶせられる。

『どうじゃ、娘っ。

 なかなか美しい尼であろう』

その声が響く中、

すっかり尼僧の姿になってしまった和宏は両手で顔を隠すと

「いやぁ〜みないでぇ〜」

と叫び声をあげて見せる。

だが、

キッ

智恵は貞心尼を睨み付けると

「こらぁっ!!

 このお化け尼っ!!

 和宏になって事をしてくれるのっ!!
 
 早く元に戻しなさいよっ」
 
そう怒鳴りながら足下に転がり落ちている木ぎれなどを

次々と貞心尼に向けて放り投げ始めた。

『なっなにをするっ』

貞心尼は腕でかばうがそのうち

ザンっ!!

一つの木ぎれが貞心尼の顔に当たり傷を作った。

「へぇ…お化けでもケガをするんだ」

智恵は関心したように言うが、

貞心尼は

『おのれっ、小娘っ、

 良くもわらわの顔に傷を付けたなっ』

そう言いながら智恵を睨み付けると

「それ以上ケガを多くしたくなかったら

 さっさと和宏を元に戻しなさいよっ」

と智恵はなおも気丈に叫んだ、

『小娘っ、お前は女ゆえ見逃してやろう思っていたが

 気が変わった…

 よかろう…

 わらわに盾突くとどうなるか身をもって知るがいい』
 
と貞心尼が声を上げると、

「智恵っ逃げてぇ…」

尼にされた和宏が叫ぶが、

ブワッ

彼の声よりも、貞心尼より発せられた風が一足早く智恵を飲み込んでいた。

「きゃぁぁぁぁ…」

智恵の悲鳴が上がる。

しかし…

「ん?、あれ?」

智恵は尼にはならなかった。

「そうか…あたし女だから尼にはなれないのねっ」

安心したように彼女が言うと、

『おほほほ…そうかえ?』

「なによっ」

「とっ、智恵っ、あっ脚が」

智恵を見ていた和宏が声を上げた。

「?」

和宏に言われて下を向いた彼女の顔から血の気が引いてゆく

パキパキパキ…

「え?、うそっ

 なにこれ…」

そう智恵の脚は足先から木彫へと変化し始めていたのだった。

「ちょっと、あたしに何をしたのっ」

智恵がそう訊ねると、

『うふふふふ…』

貞心尼は薄笑いを浮かべながらじっと智恵を見る。

「貞心尼さま、何をなされたのですか」

スグに和宏が貞心尼に訊ねると、

貞心尼はお堂の中をくるりと眺め、

『私が眠っている間にこの観音堂は荒れ放題…

 さらにあろう事か本尊様までもが持ち出されてしまった。

 だから…その娘にはココの本尊様になって貰おうのぅ…』

そう智恵を見つめながら貞心尼はそう言うと、
 
「うっ、うそ…

 じゃぁなに、あたしに仏像になれって言うの」

智恵は思わず怒鳴った。

『おほほほ…

 女の分際でその勝ち気さ…
 
 誉めてやるわ…』

獲物を見据える大蛇のような目つきで貞心尼は智恵をみると、

「やっやめて…」
 
パキパキ…

怯える智恵の腰から下は腰飾りと天衣をまとった木彫へと変化し

追って黄金に輝く金箔も施されていた。


「和宏っ助けてぇ…」

智恵が泣き叫びながら尼僧姿の和宏に助けをこうと、

「おっお願いです貞心尼さま、
 
 智恵を許してあげてください」
 
和宏はそう言いながら貞心尼にすがったが、

『ふんっ』

貞心尼がその一言と共に

ボッ!!

貞心尼より発した強烈な波動が和宏をお堂の端へと吹き飛ばした。

『尼になったばかりの者が、

 わらわに物言いをするでない
 
 少なくても20年修行してからにしな』
 
ジロリと貞心尼は和宏を睨み付けそう言うと、

『ほら見てごらん…

 まもなく美しい観音像が出来るわ』
 
そう言いながら貞心尼が指さした先には

腰を軽くひねり、

右手は「与願」印を作り

左手には蕾が一輪だけ開いた蓮花を持った。

文字通り仏像になりつつある智恵の姿があった。

「とっ智恵!!!」

それを見た和宏が叫ぶと、

「いっいやぁぁぁ…

 仏像になんかなりたくないよぉ」
 
首だけになった智恵はなおも泣き叫び続ける。

しかし…

ピキピキピキ…

髪が結い上げられると、

その上に化仏が姿を現した。

「いやぁぁぁ……」

その言葉を残して、

智恵はふくよかな表情をした黄金に輝く観音像になってしまった。

「そんな…智恵っ!!」

和宏は観音像になった智恵に抱きつくと、

ユサユサ

と揺さぶった。

『…和宏ぉ…身体が動かないよぉ…』

弱々しく智恵の声が観音像の中から響くと、

『うふふふふ…

 これでそなたはこの御仏を粗末に出来なくなったな』

貞心尼は和宏から観音像になってしまった智恵を奪うと、

ゴトリ…

空になっていた台座の上へと安置した。

『そなたにはわらわの名・貞心とこの数珠を授けよう…

 貞心…この観音堂が昔の佇まいを取り戻せるように
 
 しっかりと守るのですよ
 
 ふふふふふ…』

と言うと貞心尼は自分が出てきた数珠を尼・貞心となった和宏に手渡した。

「そんなぁ…」

 てっ貞心様っ、
 
 どうすれば智恵を元に戻していただけるのですか?」

和宏はそう貞心尼に訊ねると、
 
『さぁ…

 それはそなたが心から尼となり修行に励めば

 いつの日か…」

貞心尼はそう告げると

スゥ〜っ

っと和宏が手にしている数珠の中へと消えていった。

「修行に励めって…そんな貞心様…」

黄金に輝く観音像の袂で

手にした数珠を眺めながら一人の尼僧が呆然と呟いていた。



おわり