「何をするっ 夜莉子!!」 それを見た蒼一郎が声を上げながら後を追うと 恒彦もその後に続いた。 すると、 ゴロゴロゴロ… 雷鳴を轟かせていた黒雲は見る見る小さくなっていくと瞬く間に消滅していった。 「なに? まさか…気を逸らすための…」 それを見た蒼一郎はそう呟くと、 “海凪の剣”を持ち走っていく夜莉子を追いかけて行く、 そして、程なくして、 ザンっ 目の前の視界が大きく開けると、 蒼一郎達は森から抜け岬へと続く草原へと躍り出た。 「夜莉子ぉ!!! 止まれ! 夜莉子っ!!」 岬の突端に向かって走る夜莉子に向かって蒼一郎がそう叫ぶと、 ズザザザ… 急に夜莉子は立ち止まると、 クルリと向きを変え蒼一郎を見据えた。 「夜莉子… お前…操られているのか」 輝きのない夜莉子の目に気づいた蒼一郎がそう呟くと 「夜莉子… その剣をこっちに渡すんだ」 と話しかけるようにしてゆっくりと夜莉子に近づいていった。 しかし、 チャッ 夜莉子の手が動くと“海凪の剣”へと伸びていく、 「…女なら命を取る…」 その様子を見た蒼一郎の頭の中に恒彦が言っていた言葉が響き渡った。 「夜莉子… バカなマネはよせっ さぁ早くそれをこっちに渡すんだ」 手を差し伸べながら蒼一郎が迫ると、 「いやぁぁぁぁぁ!! 来ないでぇ!!」 突然、夜莉子が悲鳴を上げると、 両手で頭を押さえるとその場に蹲ってしまった。 とその時、 「巫女神さん!!」 そう叫びながら後を追ってきた恒彦が森の中から姿を見せた。 「島渡さんっ そこから動かないで!!」 恒彦の姿を見た蒼一郎がそう叫ぶと、 「え?」 恒彦の足がその場でピタリと止まった。 ひゅぉぉぉぉっ 海から吹き付けて来る風の匂いが突如変わると、 「!!」 何かの気配に気づいた蒼一郎はすかさず懐から破魔符を取り出すと、 「そこっ!!」 と叫びながら、 恒彦の右側に立っている大木めがけて破魔符を投げつけた。 シュッ!! 蒼一郎の手を放れた破魔符は まるで投げられたナイフのように空を切りその大木に命中すると、 ボワッ!! と周囲に火焔を吐いた。 すると、 「うわっ」 と言う悲鳴と共に大木の裏から白い尼僧頭巾を被った尼僧が飛び出すと、 「あちちちち」 と叫びながら慌てて衣に付いた火を消し始めた。 「あんたが黒幕だったか、 静海尼さんっ 昨日会ったとき、奇妙なくらいに清浄な気配を漂わせていたので、 いくら尼さんでもちょっと変だと思っていたんだけどな」 静海尼を指さしながら蒼一郎が声を上げると、 「ふふふふふ…」 衣の火を消し終わった静海尼は不敵な笑い声をあげはじめた。 「そんな…静海尼さま…まさか、あなた…」 静海尼の姿に恒彦が驚くと、 「ふははははははは…!! そうよ、すべては俺が仕組んだ事よ」 静海尼は男言葉でそう言うと尼僧頭巾に手を掛けるとバッと引き剥がした。 青い剃りを見せている坊主頭が蒼一郎の目に入る。 「10年前…俺が流しの拝み屋をしていたとき、 封印した妖怪からここの“海凪の剣”の話を聞いたのさ、 海神の秘剣・“海凪の剣”。 それを手に入れれば俺の様な奴でも、 巫女神っ お前たちのような力が得られるってな。 そして俺はこの海寧寺に赴き、 その“海凪の剣”を頂こうとした。 しかし、見ての通りお堂に張られた結界は強力で 俺ですら簡単には破ることが出来なかった。 その攻略方法を考えていたときに海返しの式が始まったんだ。 あの強固な結界の中から出てきた“海凪の剣”を見て俺はチャンスと思ったぜ、 そして儀式が終わり、 あのお堂へと戻って行く“海凪の剣”を頂こうと、 俺は自分の式神を使って油断していたお前から“海凪の剣”を奪う事には成功したが、 しかし、その剣を一目拝もうと思って鞘から出した途端、 あの雷竜が俺の前に姿を現すと俺に襲いかかってきたのさ」 恒彦を指さしながら静海尼がそう言うと、 「じゃぁ、わたしが見たのは…」 とそれを聞いていた恒彦が呟く。 「あははは… そう、”海凪の剣”を守る雷竜を俺は呼び起こしてしまったのさ、 そして、 雷竜に襲われた俺は…」 そう言いながら静海尼は自分の胸元に手を掛け、 グイッ っと黒衣と白衣を押し広げた。 すると、 プルンっ 見事な2つの膨らみが姿を現した。 「見ろよ、この胸を… 俺の身体は女になってしまったのさ、 雷竜は呼び起こした者が男なら玉をとり、女なら命を取る。 その話を聞いたのは俺は女になってしばらくした後のことだった。 しかもバカなことに、 女の身体になってしまった俺は気が動転すると、 “海凪の剣”をそのままに逃げ出していたなんてな、 バカの言い見本だぜ。 まぁ女になってしまったときは俺は命があっただけでも…と思ってもみたが、 しかし、雷竜は俺から拝み屋としての力も奪っていた。 そう、ただの女になってしまったんだよ俺は… 悔しかったよ、 “海凪の剣”を手に入れられないどころか、 女にされた上に拝み屋としての力を失ったんだからな。 そして俺は流浪の末、 ある尼寺に拾われそこで尼として修行をすることになったのだが、 しかし、そこの宝物に手を付けたのが運の尽き、 尼寺を破門された俺の足は自然とこの海寧寺へと向かわせたのさ、 そして、来てみて驚いたよ、 あのときこの寺を守っていた住職はとっくに死に、 手入れが行き届かなくなった境内にはペンペン草が生え始めていたんだからな、 しかも、その様子に驚いていた俺に、 そこのおっさんはこの寺の坊主になってくれないか、 と頼んでくる始末だったんだからな、 いやぁ、世の中変わるもんだと驚いたよ」 「そうか… 私はとんでもない奴に…」 静海尼の話に恒彦は悔しがる。 「そう、そこで、俺は考えたよ、 今度、俺が“海凪の剣”に手を出せばこの命が危ない… それなら、他の奴に手を下せた後、 ゆっくりと“海凪の剣”を手に入れるってな ほらっこのように」 と言うと蒼一郎を指さした。 「なっ」 静海尼の指摘に蒼一郎が振り返ると、 チャキッ 立ち上がった夜莉子が“海凪の剣”の柄を握りしめていた。 「やめろ!! 夜莉子!!」 それを見た蒼一郎が飛び出すと、 「さぁ、抜け!!」 静海尼はそう叫んだ!! 「いやぁぁぁぁぁ!!」 その言葉に応えるように夜莉子はそう叫びながら一気に“海凪の剣”を引き抜くと、 パァァァァァン!! 蒼一郎の手が夜莉子の頬を思いっきり叩いた。 「(はっ)え?、蒼兄ちゃん? あっあたし…なにを…」 叩かれたショックで目の色が元に戻った夜莉子が呆然とすると、 「お前は操られていたんだ!!」 と蒼一郎が怒鳴った。 「操られていた? え? えぇ?」 状況が飲み込めない夜莉子は混する。 「ちっ 一歩遅かったか…」 引き抜かれた“海凪の剣”を横目で見ながら蒼一郎がそう言うと、 ドクン!! 何かの鼓動が周囲に響き渡った。 「え? なに?」 響き渡った鼓動に夜莉子が動揺すると、 スッ 蒼一郎は夜莉子を制するように腕を差し出すと、 「落ち着けっ 心を乱すなっ」 と注意をした。 「でっでも… あっあたし…」 夜莉子はようやく自分が操られていた事に気づくと、 ドクン!! 再び鼓動が起きた。 「蒼兄ちゃん!!」 夜莉子は泣きそうな顔で訴えるが、 「黙って!!」 蒼一郎はそう言うだけだった。 すると、 ギィィィィン!!! 夜莉子が握っていた“海凪の剣”が悲鳴を上げるような音を響かせると、 ズバァァァァ!!! キェェェェェ〜っ 剣からオーラが吹き出すとその中から雷竜が姿を見せた。 「きゃぁぁぁぁぁ!!」 その姿に夜莉子が悲鳴を上げると、 「はーははははは… その雷竜の目を覚まさせた女は命を喰らわれるのさ」 静海尼は笑い声をあげながらそう叫んだ。 「くそっ」 蒼一郎は臍をかみながら目の前に姿を現した雷竜を睨み付ける。 そして、 「そうだ!!」 蒼一郎があることに気がつくと、 「夜莉子っ、こっちに来るんだ!!」 と叫びながら夜莉子の腕を掴み上げると、 一目散に海寧寺の方へと走り始めた。 「ははははは!! どこにいくんだい?」 そんな蒼一郎の姿を見ながら静海尼が声を上げると、 「このゲス野郎!!」 そう叫びながら恒彦が突撃してくるなり、 油断している静海尼に怒濤のタックルを喰らわせた。 ウゲッ!! たちまち静海尼の身体は大空を舞い、 そして地面に叩きつけられた。 「ふんっ、 俺はなぁ…合気道の他にアメフト部にも入っていたんだよ」 白目を剥いてのびている静海尼を見下ろしながら 恒彦はパンパンと服に付いた埃を払うと、 「こんな奴に踊らされたと思うと反吐が出る!!」 と言いながら蹴りを加えた。 ハァハァ ヒィヒィ 海寧寺へと続く山道を蒼一郎と“海凪の剣”を抱えたままの夜莉子が駆け上がっていくと、 「(はぁはぁ)蒼兄ちゃんゴメン」 走りながら夜莉子が謝った。 「何も言うなっ 黙って走れ!!」 それを聞いた蒼一郎はすかさずそう言うと、 「でも」 「いいから…」 なおも謝ろうとする夜莉子を蒼一郎は黙らせる。 すると、程なくして二人の前に海寧寺の山門が姿を見せてきた。 「よしっ、まだ間に合うな」 後ろを振り返った蒼一郎は自分たちと雷竜との距離を測りながらそう言うと、 「夜莉子っ、 お前はこの中に入っていろ!!」 と言いながら夜莉子を境内の中に押し込むと、 懐から畳まれた扇を取りだした。 「蒼兄ちゃんっ、 それは…」 扇を見た夜莉子が驚くと、 「万が一の事を考えて持ってきた”封印の扇”だ。 これにあの竜を封印する」 蒼一郎はそう夜莉子に説明をすると、 「待って!!! そんなことをしたら…」 夜莉子が叫んだ。 「あいつを封印しなければ、 あの雷竜はお前の命を喰らうっ 今回の事態はあの尼をクサイを思っていながら、 みすみす夜莉子を手先にしてしまった俺のミスだ、 だから何があっても俺は夜莉子を守り抜く!」 蒼一郎がそう叫ぶと、 「でっでも…」 「夜莉子っ お前はここから出るな、いいな!!」 夜莉子に向かって蒼一郎はそう言って、 シュッ 懐より結界符を取り出し山門に向かって投げつけた。 パァァァッ!! 山門に張り付いた結界符はたちまち海寧寺の周囲に堅牢な結界を張る。 「よしっ」 それを見た蒼一郎は満足そうに頷くと、 『蒼兄ちゃん!! やめて!!』 結界の向こうから夜莉子の叫び声が上がるが、 しかし、蒼一郎は夜莉子に背を向けると、 ゴワァァァァァァッ 間近に迫って来た雷竜を見据えた。 「ふんっ、 夜莉子の命を取ろう寸法かも知れないがそうはさせないぜ」 目の前で蜷局を巻き睨み付ける雷竜を見据えながらそう言うと、 『我は雷竜なり、守護神なり… 禁を犯した者に罰を… 人間よ、そこを開けろ、 開けるのだ』 と唸るような声で蒼一郎に告げる。 「イヤだと言ったら」 雷竜の言葉に蒼一郎がそう返事をすると、 『愚かなり…』 雷竜はそう返事をする。 「あぁ…愚かで結構、 この俺がここでお前を封印するからなっ」 と叫びながら蒼一郎が封印の扇を差し出すと、 『ほぅ 私を封印するつもりか、 良いのか? その扇で私を封印すれば、 お前にすべてが掛かるぞ』 「百も承知さ、 さぁ、大人しく封印されろ!!」 バッ!! 雷竜の言葉に蒼一郎はそう言いながら封印の扇を大きく広げ構えた。 その途端、 カッ!! 封印の扇が翠色に光ると、 ゴワッ!! 扇の中から猛烈な風がわき起こると、 目の前の雷竜を絡め取るように捕らえると飲み込み始めた。 ゴワァァァァァァァ!!!! 悲鳴を上げるように雷竜が声を上げ藻掻くが、 しかし、雷竜の各所に絡みついた風は グイグイ と雷竜を扇の中へと引っ張っていく。 「くっ すげー… 俺の身体から力が吸い取られていく…」 扇を必死で支えている蒼一郎は見る見る失われていく力に困惑していた。 「何とか持ってくれ!! クゥゥゥゥゥ…」 必死で体制を維持する蒼一郎の身体が徐々に変化しはじめだした。 「蒼兄ちゃん! かっ身体が…」 その様子を山門の向こうで見ていた夜莉子は 次第に縮んでいく蒼一郎の姿を驚きながら見ていた。 そして、 「止めて、蒼兄ちゃん!! その扇から手を放して!!」 と声を上げるが、 蒼一郎にはその声は届くことはなかった。 シュゥゥゥゥゥ… 着ていた服が徐々にだぶつき始めると、 目の前に翳していた扇が次第に大きくなっていく、 「なんだ… 俺の身体が縮んでいるのか?」 変化していく周囲の景色に蒼一郎は困惑するが、 既に扇に半分飲み込まれている雷竜を見据えると、 「エェェェェィ!!」 と気合いを入れ直した。 ドムッ それに合わせるようにして風の勢いが更に増した。 グォォォォォォォォォォッ!!! 雷竜は悲鳴をあげ、最後の抵抗を見せるが、 しかし、ゆっくりゆっくりとその身体は扇の中へと引きずり込まれていく。 「くぅぅぅぅぅ…」 蒼一郎の身体がある程度まで縮んでくると、 今度は両胸の乳首あたりが痛がゆくなり始めた。 その一方で、股間からは男のシンボルの感触が徐々に消えていく、 「あぁ…女に…なっていくのか俺は…」 小さく、そして少女のような形に変化していく手を見ながら蒼一郎はそう呟いていると、 『ふふ… 自分の人生を捨ててまであの少女を守ろうというのか?』 突然、雷竜が蒼一郎に話しかけてきた。 「あったり前だろう? あいつは俺の妹と同じだからな」 『ほぅ…』 「お前には判るまい…」 『ふんっ まぁいぃ… お前のバカさ加減に免じてしばらくの間、 お前につき合ってやろう、 勘違いするなよ、 あくまで突き合うだけだ、 俺がお前に愛想を尽かしたとき、 お前の命を貰うからな』 と言う雷竜の言葉が蒼一郎の耳に響いたのと同時に、 シュルンっ 扇に殆ど飲み込まれていた雷竜の姿が蒼一郎の前から消えると、 ブワッ!!! あれだけ吹き荒れた風もピタリと止んでしまった。 「ゴメン、夜莉子 ファンタジーランド行けそうにもないや…」 フォォォォン… 雷竜の姿が浮き出してきた扇を眺めながら蒼一郎がそう呟くと、 フワッ… まるでフェードアウトしていくかのように気を失うとその場に倒れてしまった。 「蒼兄ちゃん!!」 意識が消えていく蒼一郎の耳に夜莉子の悲鳴が鳴り響いていた。 『…よ…』 『誰だ?俺を呼ぶのは…』 『人間よ… 私はお前達から海神と呼ばれている者だ…』 『へぇ… 大ボス直々のご登場か? 俺は死んだのか?』 『いやっ死んではいない』 『そうか、 で、何のようだ?』 『お前は私の雷竜を封印したそうだな』 『あぁ…その文句を言いに来たのか、 言っていくが慰謝料は払わないぞ』 『ふふ… なかなかの者だな』 『なんだよっ』 『いやっ、あの雷竜を封印するとはどんな奴かと思ってな、 さすがにあの雷竜がつき合ってみる。 と言っただけのことはあるか』 『はぁ?』 『いや…まぁ雷竜に喰われないように頑張ることだな』 『なんだよ… 言うことはそれだけか? おいっ こらっ……』 「ん?」 再び蒼一郎が目を覚ますと、彼は病室の中に寝かされていた。 「どこだここは? 病院か?」 そう思いながら蒼一郎が起きあがると、 ズンッ!! 猛烈な虚脱感が彼の身体を襲った。 「うぉぉぉっ かっ身体が重い…」 まるで全身に鉛がついているかのような感覚に蒼一郎が戸惑うと、 「目が覚めましたか?」 と言う言葉と共に和服姿の巫女神茉莉子が彼の前に立った。 「あっ、おばさん」 茉莉子の姿に蒼一郎が驚いて声を上げると、 彼の口から出てきた声は甲高い少女の声だった。 「え?」 その声に蒼一郎が驚くと慌てて自分の腕を見てみると、 「うそ…」 彼の視界に飛び込んだのは色白のか細い腕と手だった。 「…そうか、あの時…」 その時、蒼一郎は封印の扇を使った事を思い出すと、 ふと、病室のガラスに映し出されている自分の姿が目に入ってきた。 ガラスには髪の長い10才前後の少女が不安げに見つめている姿が映っていた。 「………」 その様子を蒼一郎が驚きながら眺めていると、 「夜莉子のミスの為にこんな事になってしまい申し訳ありません」 茉莉子がそう謝りながら蒼一郎に頭を下げた。 「え? いっいえ…そんな… 私もいけないんです。 裏で動いていた静海尼の事にもっと早く気づけば、 こんな事には」 「いえっ 相手に良いように操られてしまった夜莉子の修行不足です」 蒼一郎の言葉に茉莉子はキッパリと言い切ると、 「そんな…それでは夜莉ちゃんが可哀想です。」 と蒼一郎が言うと、 「ところで、夜莉ちゃんは?」 夜莉子の安否を茉莉子に尋ねた。 すると、 「夜莉子は本人の希望で再修行に出しました。 恐らく、今回のこと夜莉子自身が一番良く判っていると思いますので…」 と茉莉子は返事をすると外の景色を眺める。 「そっか…」 茉莉子の言葉に蒼一郎がそう言いながら、 「あのぅ… “海凪の剣”は…」 とその後の顛末を尋ねると、 「えぇ… ちゃんと海寧寺のお堂に戻されました。 そして、その夜、 島渡君の夢枕に海神が立ち、 今回のことは一切不問にする。 と告げたそうです」 と蒼一郎が倒れた後のことを説明した。 「そうですか…」 茉莉子の説明に蒼一郎はそう呟くと、 「あのぅ おばさん… 私ってどういう風に見えますか?」 と蒼一郎は茉莉子に尋ねた。 「え?」 「どう見ても小学生の女の子ですよね… 夜莉ちゃんの妹と言ってもおかしくはないですよね」 「蒼一郎さん……あなた…」 蒼一郎の言葉に茉莉子はあることに気づくと彼を見つめた。 「おばさん、 私を夜莉ちゃんの妹にしていただけませんか? このまま、私が夜莉ちゃんの前から姿を消せば、 恐らく彼女、一生自分を責めると思います。 それより、僕が夜莉ちゃんの目の前に常にいれば 今回のことを糧にしてくれると思うのですが…」 そう蒼一郎が訴えると、 「それで、蒼一郎さんはよろしいのですか?」 茉莉子は尋ねた。 コクリ… 茉莉子の言葉に蒼一郎は大きく頷いた。 「ただいまぁ…」 夜莉子が巫女神家に戻ってきたのは正月も間近い年の瀬のことだった。 「あれ?」 玄関に入ってきた夜莉子は見かけない靴があることに気づくと、 「お母さん…お客さん?」 と聞きながら部屋に入ってきた。 その途端、 「お帰りなさい、お姉ちゃん!!」 と言う声と共に一人の少女が飛び出してくると夜莉子に抱きついてきた。 「え? お姉ちゃん? だっだれ?あなた?」 突然の出来事に夜莉子が驚くと、 「なに? 忘れちゃったの? 妹の沙夜子よ…」 と少女は自分を指さしながらそう言うが、 「沙夜子? 何を言っているの? 大体、あたしには妹なんていないわよ!!」 困惑しながら夜莉子が少女を引き剥がすと、 「冷たいな…夜莉子は…」 突然、少女は腕を組みながら男言葉を喋った。 「へ?」 少女の豹変に夜莉子は驚くと、 「俺だよ、蒼一郎だよ!! まぁもっとも、いまは沙夜子という名前だけどな」 少女は笑みを浮かべながらそう言った。 「えぇ!! 蒼兄ちゃんなの?」 夜莉子は少女を指さしながら声を上げると、 「あぁ、そうだ、 この間の一件で夜莉子はふだんの生活から鍛えていかないととんでもないことになる。 と言うことが良く判った。 よってこれからは妹としてお前が一人前になるまでレクチャーしてやろうって、 おばさんと話したんだよ」 と蒼一郎こと沙夜子は夜莉子に告げた。 「なっなっなんですってぇ!!」 その言葉に夜莉子は怒鳴ると、 「よかったじゃない… 夜莉ちゃん前々から妹が欲しいって言っていたでしょう?」 食事の準備をしていた姉の摩耶がそう言う、 「お姉ちゃん、それとこれは…」 「まぁよろしくね、夜・莉・子お姉ちゃん」 困惑しながらそう言い掛けた夜莉子に沙夜子はそう言うと、 ポンと彼女の方を叩いて部屋から駆け出していった。 「なっなによっ あたし、散々悩んでいたのに… こんな事なら… …蒼兄ちゃんのバカァ!!!」 唖然としていた夜莉子は思いっきり叫び声をあげた。 「ふぅ… あれから3年が過ぎたんだ…」 自分の部屋でファンタジーランドの券を眺めながら沙夜子がそう呟いていると、 ドタドタドタ!! 足音が沙夜子の部屋に迫ってくると、 「沙夜ちゃん、ファンタジーランドの入場券を貰ったんだって?」 と言う声と共に息を切らせながら夜莉子が駆け込んできた。 「うっう・ん」 夜莉子の勢いに圧倒されながら沙夜子はそう返事をすると、 「で、何枚券を貰ったの?」 と言いながら夜莉子が迫る。 「にっ2枚よ」 夜莉子の勢い圧されるようにして券を2枚見せながら沙夜子は答えた。 「ちっ2枚か…」 舌打ちながらやや残念そうな顔を夜莉子がすると、 「ねぇ…あたしと夜莉ちゃんとで行かない?」 そんな夜莉子に沙夜子がそう提案した。 「えぇ!! なんで、沙夜ちゃんと行かなければいけないのよ」 沙夜子の提案に口を尖らせながら夜莉子が文句を言うと、 「まっ前に約束をしたでしょう? クリスマスにファンタジーランドに行くって…」 顔を赤らめながら沙夜子がそう返事をした。 その途端、 ハッ 夜莉子はあることに気がつくと沙夜子の顔を見つめた。 夜莉子の視線に沙夜子は居ても立っても居られなくなると、 「とっとにかく、明日、行くからね」 そう言いながら夜莉子を部屋から押し出すと、 バタン!! とドアを閉めた。 「ふぅ…」 閉めたドアにもたれ掛かるようにして沙夜子は大きく息を吐くと、 「さーて、例の計画を始めますか」 と小さく笑みを浮かべながら本棚を見る。 するとそこには人の形をした紙人形が一枚置かれていた。 「もぅ…沙夜ちゃん、遅い!!」 翌クリスマスイブの日… カップル達でごった返すファンタジーランドの入り口で 夜莉子は文句を言いながら立っていた。 「全く…ちょっと電話をしてくる。 って行ったまんまもぅ20分を過ぎているわよ、 第一なんで、携帯電話を忘れてくるのかしら」 そうブツブツと文句を言っていると、 そんな彼女の横目に腕を組んだカップルが通り過ぎていく、 「はぁ… あたしも…」 それを見ながら夜莉子がふと呟くと、 「ねぇねぇ、彼女…一人?」 そう言いながら年は夜莉子と同じくらいの少年グループが言い寄ってきた。 「人を待って居るんです」 夜莉子はグループを一瞥しながらそう言うと、 「またまたぁ… ひょっとして彼氏にすっぽかされたの? ねぇそんな冷たい彼氏より俺達と遊ばない?」 グループはそう言いながら夜莉子に付きまとい始めた。 「もぅ… あなた達とはつき合うつもりはサラサラありません」 グループの言動に苛立ちを覚えた夜莉子はそう言い切ると、 「冷たいなぁ…彼女… そんなんじゃもてないよ」 とグループの一人がそう言いながら夜莉子の手を握りしめた。 その途端、 「離しなさい!!」 カッとなった夜莉子が怒鳴り声をあげながら、 思いっきり腕を引くと、 「痛てぇ!!」 その少年は声を上げた。 そして、 「なんだぁ、 人が親切にしてあげればつけあがりやがって」 と夜莉子に因縁を付け始めた。 「あたしの手を勝手に握ったあなたが悪いいんです」 因縁を付けてきた少年に向かって夜莉子がそう言い返すと、 「へぇ…なかなか勝ち気な子だな…」 「こういうのって、2・3発ぶちのめせば素直になるんじゃないか?」 「いいねぇ、それ」 グループはそう言いながら夜莉子に迫ってきた。 「なっなによ…」 迫ってくるグループに夜莉子が恐怖を感じたとき、 グッ!! 一人少年の腕が突然握りしめられた。 「何をしやがる!!」 いきり立つ少年がそう怒鳴ると、 「俺の彼女に何の用だ?」 と言う声と共に蒼一郎が姿を現した。 「そんな…どうして?…」 蒼一郎の姿に夜莉子が驚くと、 「ちっ おいっ行こうぜ…」 夜莉子を取り囲んでいた少年達は舌打ちをしながら去っていた。 「いやぁ、遅れてゴメン、 さっ行こうか…」 蒼一郎はそう言って手を差し出すと、 「沙夜…」 夜莉子は呆気に取られながら、 沙夜子の名前を言おうとすると、 「しっ、その名前を呼ぶと魔法が切れる」 蒼一郎は片目を瞑りながら口先に人差し指を立てた。 「いっ一体、これってどういうこと?…」 なおも納得がいかない夜莉子が理由を尋ねると、 「魔法使いのおばさんからのクリスマスプレゼント」 と蒼一郎はひとこと言うと涼しい顔をした。 そして、 「ほらっ、 冬は日が落ちるのが早いんだから、 さっさとしようぜ」 「あっ」 夜莉子の手を掴むなり蒼一郎が遊園地のゲートへと走っていった。 冬の日は短く、瞬く間に空が茜色に染まると、 「はぁ…遊んだ遊んだ…」 そう言いながら夜莉子と蒼一郎は園内のベンチに腰掛けていた。 「もぅ日が暮れるね…」 「そうだなぁ…」 「日が暮れちゃったら蒼兄ちゃんの魔法は切れるの?」 「そうだなぁ…日が暮れたら即アウトでは無いがもぅ長くは持たないな…」 空を見げながら蒼一郎がそう呟くと、 「そうなんだ… どういうコトをしたのかは聞かないけど、ありがとう」 夜莉子は両手をギュッと握りしめると足下の地面を見つめながらそう言った。 そして、その様子を眺めた蒼一郎は 「さて…冷えてきたな… 何か暖かい物を買ってくるけど、 何がいい?」 と尋ねながら立ち上がると、 「あっ待って…」 そう言いながら夜莉子も立ち上がった。 「ん?」 「あたしもつき合う」 夜莉子はそう言うと蒼一郎と腕を組むと歩き始めた。 やがて二人は土産物を売っているモールに行くと、 「ねぇ…プリクラ撮ろう!!」 と撮影機を指さしながら夜莉子が声を上げた。 「うっうん…」 夜莉子に引っ張られるようにして蒼一郎が撮影機に立つと、 「おいおい… じゃぁ行くぞ」 戸惑いながら蒼一郎がコインを入れた途端、 「えいっ」 総一郎に夜莉子が抱きついた。 「うわっ」 夜莉子の行動に総一郎が驚いた途端、撮影機が作動した。 「まったく… 何を考えて居るんだか…」 出てきたプリクラを眺めながら蒼一郎が苦笑いをしていると、 ゴッ!! 突如、一陣の風がモールを吹き抜けていった。 「!!!」 「これは…」 「あぁ悪霊の塊だな…」 風が吹き抜けていった方向を睨みながら蒼一郎と夜莉子がそう言うと、 反射的に走り出していた。 ゴォォォォ!! キャァァァァ!! うわっなんだ? 旋風は通行人達を押し退けるようにして突き進んでいく、 「ちっ」 その様子を見て蒼一郎が舌を打ちながら雷竜扇に手を伸ばそうとすると、 「蒼兄ちゃんは何も手を出さないで!」 夜莉子はそう叫ぶと、旋風が舞う広場へと向かっていった。 そして、 ポケットから破魔符を取り出すと、 「ここは生者の集うところ 死した者の魂よ、 このまま黄泉の国へ帰るのなら許すが、 しかし、帰らぬのなら封印する!!」 と叫ぶと、 ウォォォォォン… 旋風は泣き叫ぶような声を上げながら夜莉子に向かってきた。 「危ない!!」 それを見た蒼一郎は思わず声を上げるが、 夜莉子は動じることはなく旋風を見据えると、 「封印!!」 と叫びながら破魔符を旋風めがけて投げつけた。 その途端、 キーン!! 破魔符は旋風の正面に立ちはだかると、 ドンッ!! 瞬く間に旋風を飲み込んでしまった。 パチパチパチ!! 夜の闇包まれていく広場に蒼一郎の拍手が響き渡る。 「へへ…」 得意そうに夜莉子がすると、 「まぁ合格ってトコかな」 と蒼一郎が評価すると、 「まぁって何よ」 その評価に夜莉子が不満そうな顔をした。 「いいじゃないか…」 そんな夜莉子の肩を蒼一郎が叩いていると、 パァァ!!! 突然周囲が明るくなると夜空に大輪の花火が花を開いた。 ドーン… 一瞬の遅れを持って音が響き渡る。 「綺麗…」 「ほぅこれは…」 咲き乱れる花火を二人並んで見ていると、 ツンツン と夜莉子の指が蒼一郎の脇腹をつついた。 「ん?」 それに気づいた蒼一郎が夜莉子の方を見ると、 「ん…」 夜莉子が唇を差し出していた。 「…………?」 なかなか蒼一郎からの唇が来ないことに夜莉子が目を開けると、 「あはははは…ゴメン…魔法切れちゃった!!」 と詫びながら片手に一枚の紙人形を持って笑っている沙夜子の姿がそこにあった。 カァァァァァァァ… それを見た途端、 夜莉子は顔を真っ赤にすると、 「沙夜のバカァァァァァ!!」 と言う叫び声と同時に、 パァァァァァァン!!! 強烈な平手打ちが沙夜子の頬に炸裂した。 ガラッ 「ただいまぁ…」 「お帰りなさい、どうだったファンタジーランドは」 巫女神家に帰ってきた夜莉子達に摩耶が出迎えると、 「もぅ最悪!!」 と言いながら夜莉子は足音荒く自分の部屋に行くと、 「あはははは」 頬に掌の形を作りながら苦笑いする沙夜子が後から入って来る。 「?」 そんな二人の姿に摩耶は首を捻ると、 「ちょっとした手違いがありまして…」 沙夜子はそう説明をするとオズオズと自分の部屋に向かっていった。 「もぅ…大恥をかいたじゃない」 文句を言いながら自分のベッドに腰掛けた夜莉子は 蒼一郎と写したプリクラに視線を落とすと、 少し表情を戻して、 「……クリスマスプレゼントありがとう、蒼兄ちゃん…」 と囁きながら軽くキスをした。 一方、その隣の部屋では 沙夜子に戻った蒼一郎が 「はぁ、もぅ少し姿を維持できたらなぁ…」 と痛む頬をさすりながら夜空を眺めていた。 おわり