風祭文庫・巫女の館






「雪女・サト」



作・風祭玲


Vol.264





ザッ

ザッ

ザッ

鬱蒼とした木立の中を縫うようにして細長く続く山道を

登山装備に身を固めた男たちが一列縦隊となって歩いていく。

”○大山岳部”

と書かれたザックを背中に背負って無言で歩き続ける彼らの姿は、

どこか凛とした印象を与えていた。

やがて、西に傾いた陽が山の稜線に触れ始めた頃、

隊列の二番手でコンパスと地図を眺めていた副部長が、

「部長っ

 間もなく、今日の…」

と先頭を歩く部長に声をかけた途端、

ゲシッ!!

一撃の鉄拳と共に、

「隊長と呼べ、隊長と!!」

と言う怒鳴り声が鳴り響いた。

「もっ申し訳ありませんっ」

殴られた副部長は直ちに謝ったが、

しかし、

ペキッ!!

殴られた拍子に副部長の足が

小さな地蔵を踏みつぶしてしまった事に気づく者は誰も居なかった。

それから程なくして、

山岳部一行は今日の幕営場所として予定していた場所に到着すると

スグに幕営作業に入った。

「おらっ、ノンビリしていると、

 スグに暗くなるぞぉ」

幕営作業をする部員達を眺めながら部長が声を張り上げていると、

突然、

ンギャァギャァ!!

バサバサバサ!!

とまるで何かから逃れるようにして森の中から一斉に鳥が飛び立つと、

ヒュォォォ〜っ

冷気を伴った一陣の風が部員達の間を吹き抜けていった。

「なんだ?」

刺すような冷たさの風に全員が身震いしていると、

チラリ

チラリ

と小雪が舞い始める。

「雪?」

手を差し出して部員の一人が空を見上げながら呟いた途端、

ブォォォォっ

舞っていた雪は猛烈な吹雪となって彼らを襲いはじめた。

「ぶっ部長!!吹雪ですっ!!」

天候の急変に副部長は狼狽えながら部長に詰め寄ると、

「(ゲシッ)えぇぃ、うろたえるなっ」

部長は問答無用で副部長を殴ったが、

「しっしかし」

殴られてもなおも迫ってくる副部長の表情には冷静さが消え失せていた。

「いいかっ、落ち着けっ!!

 突然の雪なんぞに狼狽えるなっ

 冬山と思えば怖くなんか無いっ」

副部長の両頬にビンタを喰らわせながら部長はそう怒鳴ると、

「でっでも、今は夏ではないのですか?」

「馬鹿者っ!!」

ゲシッ!!

なおも食い下がる副部長に再度部長の鉄拳が炸裂した。

「副部長のお前が狼狽えてどうする?

 他の隊員の志気が下がるではないかっ、

 山の天気は非常に変わり易いと言うことは、

 お前もイヤと言うほど知っているだろう。

 たとえ真夏であっても、

 このように突如猛吹雪が吹きけてくるとも限らない。

 だから、何時如何なる時でも沈着冷静そして柔軟に対処する。

 普段からそういう心の備えが出来ていることが、

 隊長としての資質と言う物だ」

と部長が雄叫びを上げると。

「部長!!、

 私が間違っていました!!」

副部長は男泣きに泣きながら部長の足元にすがりついた。

そして、すかさず

他の部員達にもここに来るように合図を送ると、

「おっおぅ」

その様子を唖然と見ていた部員達も次々とすがりつく。

「くぅぅぅぅぅ」

涙をハラハラと流しながら部長が感涙に浸ると、

「さぁ、みんな、歌おうではないかっ

 歌でこの吹雪を押し返すのだ!!

 さぁ!!」

と叫んだ途端、

フフフフ…

女性の妖しげな笑い声が辺りにこだました。

「?」

全員の視線が一斉に周囲に散らばる。

しかし、

フフフフ…

ホホホホ…

声は山岳部の周囲をまるで回るようにして徐々に近づいてくる。

「ぶっ部長?」

足元にすがっていた副部長が恐る恐る視線を上げていくと、

「!!!」

仁王立ちの部長の顔には表情がなかった。

「?」

それを見た副部長の視線が恐る恐る部長が見ている方へと移動させていくと、

ピタッ!!

彼の目の動きも止まってしまった。

フフフフフフ…

ヒュォォォォォ〜っ

吹雪の吹きつけてくるその風上には、

まるで浮かび上がるように

透き通るようなアイスブルーの髪をたなびかせ、

某K姉妹も真っ青なナイスバディを露にした全裸の女性が立っていた。

「…………」

部長は口をパクパクさせながら、

しばらくの間、女性を指差していると、

唐突に、

「おかぁさぁ〜〜ん!!」

と叫びながら副部長達を蹴散らし、

女性に向かって猛然とダッシュして行った。

その瞬間、

ピクッ!!

女性の目尻がかすかに動くと、

スコン!!

部長の顔の横を白い物体がまるで舐めるようにして横切り、

そして後ろに木に突き刺さった。

ピタッ!!

まるで金縛りにあったかのように部長の体がその場に静止すると、

ヒヤリ…

部長の頬で伸びきっていた髭がいつの間にか青い剃りに変わっていた。

『初めてだねぇ…

 こんな屈辱を受けたのは

 誰が、お前のようなムッサイ奴のおかぁさんだってぇ…

 はん、冗談も休み休み言えよ』

見る見る女性の顔は般若を思わせるの表情へと変わると

ゆっくりと部長に近づき、

そして、

ヒタッ

部長の額に氷のような白い手を乗せた。

「あっあのぅ」

部長はその手を指さしながら訊ねると、

『消えろ!!』

と静かに女性が告げた途端、

キシキシキシッ!!

見る見る部長の体はクリスタルのような輝きを放つ氷像と化してしまった。

「うっうわぁぁぁ!!」

その一部始終を見ていた山岳部の面々は

皆、顔色を真っ青にして一斉に逃げだそうとしたが、

「うわっ、あっ足が…」

山岳部員達の足はいつの間にかすっかり凍り付き、

もはやその場から逃げ出すことは不可能だった。

「たっ助けてぇ〜っ」

女性はそんな山岳部の面々を笑みを浮かべながら眺めると、

『ふふ…怖い?、

 いいわ…その恐怖に満ちた顔…

 ゾクゾクしちゃう』

ペロッっと舌なめずりをしながら呟き、

そして、そっと一人の身体に手を触れた。

『あたしを結界から出してくれた人はあ・な・た?』

優しく女性は問いかけると、

ブルブル

部員は痙攣したように首を横に振った。

『そう…

 違うの…』

部員の顔を見ながら女性は残念そう囁くと、

彼の唇に自分の唇を重ね合わせた。

ズズズズズ…

「うごぉぉぉぉ!!」

女性に口づけされた部員は悲鳴を上げると、

空気が萎むようにその身体が小さくなり始めた。

筋肉で張りつめた服はダブダブになり、

日に焼け浅黒くなっていた肌は白くなっていく、

その一方で、緩んだ胸の辺りに2つの膨らみが盛り上がっていくと、

彼の腰回りは大きくなっていった。

ドサッ!!

女性が口を離すと部員は文字通り色の白い女性となってその場に倒れ込んだ。

『はぁ…

 男の精なんて久しぶりだったから全部飲んじゃった。

 ふふ…女になったお前には用はない、

 消えな』

女性となった部員に女性は冷たく告げると、

キシキシキシっ!!

部員はその場で氷の氷像と化した。

『さぁて、じゃぁ次はあなたね』

振り返った女性は次の獲物を見据えていた。

「うぎゃぁぁぁ!!」

夜の帳が降りた山に絶叫が響き渡る。



それから1週間後…

ミーンミンミン!!

プシュ〜っ!!

蝉時雨が鳴り響く山間のバス停に1台のバスが停車すると、

ぞろぞろと降りてくるハイカー達に混じって、

登山の装備をした一人の20代前半と思える女性が降り立った。

そして、目に前に迫ってきている山容を仰ぎ見ながら、

「ふぅ…

 ありゃぁ、やっぱり結界がむっちゃ緩んでいるわね、

 夢枕に立ったじっちゃんの言ったとおりだわ」

と手で日差しを遮りながら久瀬桜子がそう呟いていると、

「なぁ姉貴っ」

桜子のあとから降りてきた人物が彼女に声をかけた。

「なぁに?」

その声に桜子が振り返ると、

そこには桜子よりも若干年下と思える白襦袢に緋袴という巫女装束姿の少女が立っていて、

水引きでくくった長い髪を谷から吹き上げてくる涼しい風にたなびかせながら

「一つ聞いて良いか?」

と桜子に尋ねた。

「あら、恭平、

 なんであんたが出ているのよ、

 真弓ちゃんはどうしたの?」

少女の態度に不満そうな表情をしながら桜子が聞き返すと、

「はん、真弓は姉貴の言うことを疑いなく信じるからな、

 ちょっと引っ込んでもらった」

と少女は肩を窄ませながらそう答えた。

「疑いなくって…

 まるであたしが騙しているような言い方じゃない?」

少女の言葉に桜子が反論すると、

「まぁ、細かいことを一々やいのやいの言う気はないけど

 確か俺達、新宿で飯食ったよなぁ」

「飯?、あぁ、そうね、吉牛だったけど」

「それから、電車に乗って」

「中央線にね」

「………」

一つ一つ尋ねてくる少女の質問に桜子は丁寧に答えたが、

しかし、少女は途中で大きくため息をつくと、

「なによ、いきなり黙っちゃって」

桜子は少女の態度にやや苛立を覚えてきた。

すると少女は周囲をグルリと見渡しながら、

「新宿から電車に乗って約1時間半…

 ってことはここは都内なのか?」

と尋ねた。

「そういうことになるかな、

 ホラ、石○さんのポスターもあるし」

そう言って桜子が指さした先には

にこやかに笑顔を見せる東京都知事のポスターが張り出された。

「そうだよなぁ…

 つまり俺はいま東京都内に居るわけなんだよだよなぁ〜」

ポリポリ

頭を掻きながら再び少女は周囲を眺めた。

そして、

「あのさぁ、俺の聞き違えでなければ、

 確か今回の仕事は雪女の退治じゃなかったっけ?」

と桜子に訊ねると、

「そうよ」

アッサリと彼女は答えた。

「……………」

彼女のその答えに少女の目が点になる。

そして、

それを見た桜子はこめかみに人差し指と中指を当てながら

「あのね…恭平…

 あんた、雪女の物語の舞台ってどこだか知ってんの?」

と今度は桜子が少女に尋ねた。

「え?あれって、東北じゃないの?

 ほら会津とか山形辺りの…」

桜子の質問にそう少女が答えると、

「はぁ…」

桜子はふたたび額に指を当てながら、

「いーぃ、

 あの物語の舞台は武蔵の国…

 ちょうどいまの東京の奥多摩から埼玉県秩父あたりのお話なのよ」

とゆっくりとした口調で少女に告げた。

「え?、そうなの?」

彼女の説明に少女が驚くと、

「徳川の頃って太陽の活動が衰えててね、

 そのためにいまよりもずーと寒かったの、

(ロンドンのテームズ川も冬は完全結氷してたって言うし)

 まぁ、当時の江戸はいまの仙台辺りの気候だったとも言われているし、

 そう考えると、奥多摩や秩父は東北の山間部と同じと考えても

 おかしくはないでしょう?」

「なるほど…」

桜子の説明に少女が大きく頷いていると、

ズイッ

いきなり桜子が彼女の前に立ちはだかると、

パァン!!

少女の頬に桜子の掌が飛んだ。

と同時に、

「いたぁ〜ぃ」

頬を押さえながら少女がなみだ目になると、

「ごめんね、真弓ちゃん、

 恭平の奴を黙らせるのはこの方法しかないのよ」

桜子はそう謝りながら少女の身体をギュッと抱きしめる。

そして、ひとこと、

「ちゃんと鍵をかけて無くてはダ・メ・よ

 少しでも油断をすると、すぐ猛獣が飛び出すからね」

と囁きながら方目を瞑って見せた。

「はい」

真弓はそう返事をすると、

「さて、行きますか、

 1週間前、この山で○大山岳部が消息を絶っているのよ」

「え?、じゃぁ、それってさっき言っていた雪女さんの仕業ですか?」

真弓の質問に桜子は軽く頷くと、

「間違いなくね、

 そして、じっちゃんのやり残した仕事でもあるのよ」

と呟いた。



ザッザッザッ

桜子と真弓は○大山岳部が歩いたと思われるコースをたどっていく、

「あのぅ、道はこれで良いのですか?」

あとに続く真弓が恐る恐る訊ねると、

「大丈夫よ、

 山岳部の残留思念をトレースしながら歩いているから、

 それにしても1週間たってもこれだけ強烈な思念が残っているなんて

 まるでカマキリの前をこのこの歩く虫のようね」

と言うと、

「さっ急ぐわよ」

と告げると先を急いだ。

やがて二人は山岳部が幕営したと思われる、

広場へとたどり着いた。

「ここね…」

周囲を眺めながら桜子が呟くと、

「なんか…

 こう、邪悪じゃなくて、

 清浄な感じがしますね」

周囲の気配を感じ取った真弓が感想を言うと、

「まぁ、それはじっちゃんが張った結界の影響だと思うけどね」

「はぁ、桜子さんのおじいさんと雪女さんって何かあったのですか?」

桜子の説明に真弓が疑問をぶつけると、

「明治の終わりの頃の話だけど、

 まだ駆け出しだったあたし達のじっちゃんがここで雪女を封印したのよ、

 無論、真弓ちゃんは知っていると思うけど、

 久瀬の人間であるじっちゃんは封印は出来ても退治は出来ないの、

 だから普通なら落とし屋の者とペアを組んで仕事に当たるんだけど、

 なぜかじっちゃんは一人で雪女を封印してしまったわ、

 理由は何でかは知らないけどね。

 で、じっちゃんはいつかは封印した雪女を何とかするつもりだったけど、

 でも、ドンドンと先送りしている内に自分の寿命がつきてしまった。

 と言うことなのよ」

と桜子は簡単に事情を説明した。

「さて、じゃぁ取りあえず結界を開けてみるわよ」

桜子は真弓にそう告げると静かに手を合わせた。

その途端、

ヒュゥゥゥゥ〜っ

身を切るような冷風が吹き抜けた。

「!!っ

 ちっ先手を打たれたか」

悔しそうに桜子がそう言った途端、

ブワッ!!

っと雪を伴った突風が吹き抜けると、

瞬く間に周囲の景色は北海道を思わせる雪原と化してしまった。

「うわぁぁぁぁ…

 スゴイ…」

それを見て真弓は感嘆の声を上げる。

「気をつけて真弓ちゃんっ

 ここは雪女が作り出した作り物の世界よ!!」

周囲を警戒しながら桜子が声を張り上げると、

『ふふふふふ…』

女性の笑い声と共に

スゥゥゥ…

アイスブルーの髪を棚引かせながら全裸の女性が桜子達の前に姿を現した。

「ゆっ雪女さん?」

桜子に隠れるようにして真弓が訊ねると、

「そうみたいね」

女性を睨み付けながら桜子が呟いた。

『ふふ…待っていたよ…

 その匂い…

 久瀬の人間だね。

 真一郎はどうした、居ないのか?』

雪女は桜子と真弓を一瞥するとそう尋ねた。

「じっちゃんは、5年前に死んだわ、

 それで、アタシはそのじっちゃんの代理」

そう桜子が答えると、

ヒュン!!

桜子の顔の横を何かが通過していった。

ハラリ

風に靡く彼女の髪の一部が風に飛ばされていく。

「キャッ」

それを見ていた真弓が小さな悲鳴を上げると、

『そんなウソに騙される私ではない、

 さぁ、真一郎を連れてこい、

 この間の決着をつけてやるっ』

雪女は大きく迫りながら桜子にそう命令をしたが、

「あのね、

 じっちゃんと何があったかは知らないし、

 別に知りたくも無いけど

 でも、こっちがあんたにいくら会わせたくても

 じっちゃんはとっくに死んでいるの!!!

 コレが何よりの証拠よ」

そう叫びながら桜子は鞘に収まっている神刀・東雲を掲げた。

『そっそれは…』

東雲を見た雪女の表情が固まると、

『そうか、真一郎は死んだか…』

そう言いながら一瞬、寂しそうな表情をしたが、

『ふふ…、

 しかし、

 女のお前達が私の前にノコノコ現れてくるなんて、

 せめて男だったら長生きできたモノを…』

と告げると、

ブワッ!!

吹き付ける吹雪が更に強くなった。

「きゃっ…」

バフッ!!

風に煽られた真弓がバランスを崩して倒れると、

たちまち雪原の中に埋もれてしまった。

「真弓ちゃん!!」

桜子は慌てて真弓を助けようとしたが、

しかし、

『ふふ…

 ここはあたしが作った世界ってことを忘れないで、

 よそ見をしている暇なんか無いわよ』

桜子の隙をついて雪女が手のツメを伸ばして襲ってきた。

「ちっ」

すかさず桜子は横飛びをして雪女から間合いを取ったが、

その一方で、真弓との間は逆に開いてしまった。

フワッ

雪女は真弓が埋もれている雪原の上に立つと、

『あたしは、女には容赦しないからね

 よく見ておくはいいよ』

と桜子に告げると、

ズボッ

雪原の中に手を入れた。

そして、

何かを探り当てるとゆっくりと引き上げていく。

すると、桜子の眼前に雪女に首を掴れた真弓の姿が現れた。

『くくく、

 さぁて、まずはコイツをバラバラに引き裂いてやる!!

 お前は後でじっくりと料理してやるから待ってな』

雪女は桜子のそう告げると、

「くっそうっ」

桜子は雪女を凝視しながら東雲に手を掛けていた。

「まっずいわねぇ…

 この位置から東雲で斬りつけると、
 
 真弓ちゃんまで手に掛けてしまうし」

と呟いていると、

『さぁて、まずはその喉をかっ切ってやろうか』

雪女はそう言うとナイフのように伸びた爪を真弓の喉元に当てた。

ジワッ

爪に少し触れただけで真弓の喉からうっすらと血が滲み出す。

『ふふふ…

 楽しいねぇ…
 
 こうやってなぶり殺すのって、
 
 でも、コイツさっきから目を覚まさないのが気に入らないね』

なかなか目を覚まさない真弓に雪女が苛立ってくると、

「いまだっ」

咄嗟に桜子がそう判断すると、

「くおらっ、恭平っ

 サッサと目を覚まさないか!!」

と叫びながら、

シュッ!!

っと一枚の”札”を真弓に向かって投げつけた。

『なっ』

桜子の突然の行動に雪女が怯んだ途端、

”札”は真弓の顔の所で、

パァン!!

っと弾けた。

「ったくぅ、寝てろだ。起きろだ。と人をなんだと思って居るんだよ」

うっすらと目を真弓…いや、恭平はジロリと桜子を見据えた。

「恭平っ、

 いまはそれどころじゃない!!」

桜子はすかさず叫ぶと、

「あん?」

恭平は首を捻りながら後ろにいる雪女を見た。

『おっお前は…何者だ』

雪女は自分が捕まえている巫女の豹変に驚いていると、

「ハッ」

恭平の気合いの声と共に光弾が雪女を直撃した。

『ぐわっ

 貴様っ、女だと思って油断していたら男だったかっ』

たちまち雪女は恭平の首を掴んでいた手を離すと、

そのまま雪原の中に消えてしまった。

「ちっ逃がしたか、

 けど、いまの言葉…何か無性に腹が立ったな」

ストン

雪原に降り立った恭平はそう呟きながら周囲の気配を探り始めると、

『ホホホホホ…

 所詮、お前達は私の手の内にいることを忘れるな、

 私が直接手を下さなくても、
 
 放っておけば凍り付いてしまうからな』

と言う声が響き渡る。

「だってよ、姉貴」

「やれやれ」

桜子と恭平はそう言い合うと、

「で、判って居るんだろう、雪女の居場所は」

恭平のその声に、

「まぁね」

桜子は答えると、

スラリ

東雲を鞘から抜くとおもむろに構えた。

そして、

ヒュォォォォォ…

風の音の向きに合わせてその切っ先を少しずつ移動させていく、

ォォォォォォ…

突如、風の動きが無くなると、

キラキラ

ダイヤモンドダストが辺りを舞い始めた。

「気配を探られないように風を止めたね

 でも、無駄っ、

 そこぉっ!!」

ザザザザザ!!

桜子は雪原の上を一気に走り抜けると、

シュバッ!!

静かに舞うダイヤモンドダストを一刀両断にした。


その途端、

『うぎゃぁぁぁぁぁ』

女の悲鳴が上がると、

ブワッ!!

桜子の前に雪の柱が吹き上がり、

やがて、肩を押さえながら雪女が姿を現した。

『くっそう…

 腕が鈍ったか』

そう呟きながら雪女はガックリと膝を折るとその場に倒れた。

『さぁ、トドメを刺せっ

 真一郎がいない世界など用はない。』

アイスブルーの髪を大きく雪原に広げて雪女が桜子にそう告げると目を瞑った。

「どうする?」

桜子が恭平に訊ねると、

「俺、こう言うのは苦手だから姉貴に任せるよ」

恭平はそう答えて、背を向けた。

「さて、それじゃお言葉に甘えて」

桜子が東雲を構え直すと、

『…ただ、あいつとはもぅ一回手を合わせたかった…』

雪女はポツリとそう呟いたとき、

ポウっ

一人の老人が桜子と雪女の間に姿を現した。

「じっちゃん!!」

「え?」

桜子の驚きの声に恭平は慌てて振り返る。

『お前は…真一郎!!』

突然現れた祖父の姿を見て雪女が驚いた顔をすると、

『やれやれ、久しぶりよのぅ…サトよ

 どうじゃっ、

 ワシの孫もなかなか強いじゃろう

 ワハハハハハ』

祖父・真一郎は豪快に笑うと、

「(ぼそ)死んでも治ってないな、あの癖は…」

「そうね…ばぁちゃんが見たら間違いなく怒るわ」

「でも、サトって言うんだ、あの雪女」

「純日本的な名前ね」

「イメージ合わないけど…」

恭平と桜子はヒソヒソ声で話をすると静かに頷いた。

『で、どうなんじゃ?

 お前はもぅギブアップなのか?』

真一郎の問いかけに、

『あぁ、

 あたしの得意技が二度も破られたんじゃ

 もぅ、廃業するしかないね』

とぶっきらぼうに雪女・サトは答えると、

『ふむっ』

真一郎は大きく頷き、

『実はのぅ、一つ頼みがあるのじゃが』

と切り出した。

『頼み?』

その言葉にサトは起きあがると、

『そこにいる孫共だが、

 まぁ力はそこそこあるのはいいのだが、

 いかんせん、未熟な所も多くってな、

 そこでお前さんが一つ鍛えてやって欲しいのだが』

と真一郎が頼むと

『断る!!』

サトは即断した。

「あっ」

祖父のその言葉にピンときた桜子は、

「ねぇ…あなた…

 そこのじっちゃんの話によると男の精が好物なんでしょう?」

と尋ねた。

『それがどうした?』

「あたし達に力を貸してくれたら、

 男の精が有り余るくらいの所にご招待するんだけど…」

と笑みを浮かべて提案すると、

ピクッ

サトの表情が微かに動いた。

それを見た桜子は続けざまに、

「あぁ、心配しなくてもいいのよ、

 あなたの尊厳は守りますし、

 それに、特典としていまなら新しい依代を用意できますわ」

と告げた。

『新しい依代?』

桜子のその言葉にサトが思わず聞き返すと、

「えぇ、いまなら勝手に動く依代を用意…あっ!!」

桜子がそう言いながら恭平の方を見たとき、

さっきまでそこにいたはずの恭平の姿はなく、

雪原に何かが這っていったような跡が残されていた。

「あいつぅ、逃げやがったなぁ〜っ」

ニヤリ…

桜子の顔に獲物を求めるハンターの表情が宿った。



ハァハァ

「じっ冗談じゃないっ

 誰が好き好んで雪女の面倒をみるかっ

 俺は帰る!!」

膝まである雪を必死にかき分けながら恭平がラッセルしていくと、

『お前も薄情なヤツじゃのぅ』

いつの間にか真一郎が恭平の隣に浮かんでいた。

「じっちゃんっ」

祖父の姿に恭平が驚くと、

『あのサトはのぅ…

 200年ほど前の飢饉で命を落とした可哀想な娘なんじゃよ、

 死に際が良くなかったためか、

 少々ひねくれている所があるのじゃが、

 でも、根は素直でいい子なんじゃよ』

そう真一郎は告げるとそっと涙を拭いた。

「じゃぁ、なんで封印したまんま忘れていたんだ?」

腕を組みながら恭平が問いかけると、

『それは、ほれ、

 お前とて婆さんの性格知っているだろう?

 だから行きたくてものぅ…行けなかったんじゃ

 はっはっはっ』

「笑ってごまかすなっ!!」

真一郎の態度にカッと来た恭平が殴りかかったが、

しかし、恭平の手は真一郎の身体をむなしく通り過ぎて行く、

『さて、と言うわけで、

 サトのことはよろしくなっ

 んじゃっ

 …お前のことはちゃんと見守ってやるから安心しなさ〜ぃ』

真一郎はそう言い残すと消えていった。

「くぉらっ、無責任だぞ!!」

雪原の真ん中で恭平は怒鳴っていると、

サワッ

さっきまで音がなかった雪原に一陣の風が吹き抜けていった。

と同時に、

『ふふふふふふ

 ほほほほほ…』

サトと桜子の笑い声が後から恭平を追いかけてきた。

「うっうわぁぁぁぁぁぁ!!」

それに気づいた恭平は再び逃げ出したものの、

たちまち、笑い声に周囲を取り囲まれてしまった。

『あははははは…

 ふふふふふふ…』

全方位から鳴り響く笑い声に

「いやだ!!、

 これ以上誰も面倒を見ない、

 誰が見るかっ!!」

頭を抱えながら恭平が叫ぶと、

ピタッ!!

っと声が鳴りやんでしまった。

「?」

何時までも続く静けさに恐る恐る恭平が顔を上げると、

「ニヤッ」

彼の目前に透き通るようなアイスブルー髪を靡かせてサトが静かに立っていた。

「あははははは…」

ペタン

腰を雪面に着けて恭平が笑い出すと、

『私はコレまで人間に負けたことはなかった。

 お前はその私を封印した真一郎の血を引くモノ、

 いいか、お前の命は私が必ず貰う。』

サトは恭平にそう告げると、

フワッ

っと抱きつくと、長い口づけをした。

「……いやだぁぁぁぁ」

雪原に恭平の絶叫が響き渡った。



その後…

行方不明になっていた山岳部の面々は

捜索に当たっていた地元警察によって無事発見されたが、

しかし、病院に収容されたと言うこと以上の情報は発表されることはなかった。

そして、



「…と言うわけで、この文法は…」

教師はそこまで言ったところで、

ブルッ

っと体を震わせると、

「なんだか、このクラスは妙に寒いな…冷房が利きすぎているのか?」

と言いながらエアコンの具合を見ようとすると、

パキパキパキ!!

見る見る教師の手が凍っていく、

ヒュゥ〜っ

チラチラ

ダイヤモンドダストが舞う教室内で真弓は

『あのぅ…先生凍っちゃったのですが…』

と恭平に訊ねると、

『知るかっ、

 その苦情はサトの方に言ってくれ』

と怒鳴り返した。

「はぁ…」

既に生徒の大半が凍り付いている教室内を真弓が呆れながら眺めていると、

『ほほほほほ…』

氷柱が下がるガラス窓に雪女・サトの姿が映し出されていた。



おわり