風祭文庫・巫女の館






「吸刻鬼の恐怖(後編)」



作・風祭玲


Vol.168





「ふっふっふっ、

 久瀬恭平、ふっかぁ〜〜つっ!!」

俺はそう叫び声をあげると、

ゆっくりと立ち上がり、

そして、俺を襲った化けコウモリを睨み付けた。

「真弓ちゃん?」

千尋が俺に近付いてくるなり確かめるようにしてのぞき込んだ。

「…下がってろっ」

俺は近寄ってきた千尋に下がるように命令すると、

「てめぇ〜っ、

 良くも散々俺の目の前で暴れてくれたなっ

 覚悟しやがれ…」

そう叫びながら俺は拳に思いっきり力を入れた。

「たっ大変!!、

 真弓ちゃんがおかしくなっちゃった!!」

俺の様子を見ていた千尋が声を挙げた。

「だっ誰がおかしくなっただ!!

 コレは俺の体だぞ!!」

俺は自分の胸をドンと叩いて千尋に言うが、

「真弓ちゃんっ、真弓ちゃん、しっかりして…

 あたしよ、千尋よ!!」

千尋はそう言いながら俺の肩を盛んに揺すり始めた。

「おっお前なぁ…」

俺は呆れながら彼女を見ていると

キキッ!!

壁に叩きつけられ動きが止まっていた化けコウモリが一鳴きすると、

ブワッ

っと羽ばたき見る見る天井へ昇っていった。

「ちっ」

俺は千尋の手を払うと、

天井にぶら下がっている化けコウモリを見据えた。

「おいっ……」

千尋達にここから出ていくように命令しようとしたが

床の上をカラフルなレオタードを引きずりながらハイハイしている

新体操部員達の姿が目に入ってくると、

「…ここじゃぁ戦えないな…

 さて、大将どうする…」

と呟きながら次の手を考えていると、

「みっ美保大変よっ

 真弓ちゃんがおかしくなっちゃったぁ!!」
 
そう叫びながら千尋は美保に抱きつくと泣き出してしまった。

「あっ、あのなぁ〜っ…

 お前ら………ええ加減にせいよっ」

俺は横目で泣いている千尋を見ながら

「とにかくあの化けコウモリをココから追い出さないと…」

と考えるとグッ握り拳に力を入れた。

パリパリ…

すぐに握り拳から小さな放電が始まると、

「よしっ」

手からの手応えを感じ取るや否や、

「ハァッ!!」

それを化けコウモリ目がけて放とうとした時、

「ちょっとまったぁ!!」

と言うかけ声と共に

シュパァァァァン

ドォォォォォン

強烈な衝撃が俺の背後を襲った。

「キャァァァァァ」

「ホンギャァ!!」

驚いた千尋や赤ん坊達の悲鳴と泣き声が体育館に相次いで響き渡る。

「うわぁぁぁぁぁぁ〜っ

 このっ」

俺は危うく目の前の床にたたきつけられる所をなんとか回避すると、

「何処のバカだ!!」

と怒鳴りながら振り返ると、

バン!!

体育館の出入り口にシルエット姿の一人の少女が立っていた。

「?、誰だ?」

ツカツカツカ…

彼女に近寄ってみると、

三つ編みの髪を左右に束ね、

赤地に白い襟が付いたワンピースを着た10歳前後の少女だった。

「(なんだ?)お嬢ちゃん何処の子?

 ココは危ないから早くお家に帰りなさい」
 
とこみ上げた怒りを抑えながら俺は少女に言い聞かせようとすると、

ゲシッ

彼女はなにも言わずにいきなり俺の向こう脛を思いっきりけ飛ばした。

「痛ってぇぇぇぇぇぇぇ〜っ」

俺は叫び声を挙げながら飛び上がると、

「なにしやがるんだこのガキは!!」

と叫びながら少女目がけてゲンコツを振り下ろした。

しかし、

その軌道上には少女の姿はなく

スカッ

っと俺の拳はむなしく空を切った。

「なにバカやってるの?
 
 あたしよ、あ・た・し
 
 判らないの?」
 
と少女は言う。

「?

 …判らないのって言われても…

 うん?
 
 あぁ!!
 
 まっまさか、姉貴?」
 
彼女の顔立ちに姉貴の面影を見いだした俺は思わずそれを口にすると、

「やっとわかったか、このバカ弟が…

 で、お前が出てきていると言うことは
 
 真弓ちゃんはオネンネのようね」

姉貴は俺を見ながらそう言うと。

「まぁな」

俺は頬を掻きながらそう答えた。

「言っとくけど

 真弓ちゃんの意識がないからと言って、

 その身体で変なことはしないでよねっ、
 
 女の子の身体はデリケートなんだから」

とまるで俺に説教をするようにして姉貴が声を挙げると、

「誰がするかっ!!」

俺は思いっきり怒鳴った。

「よろしい…

 で、こんな狭いところでアンタは今なにをしようとしていたの?」
 
「いや、天井に登った化けコウモリに光弾を打ち込んでやろうと思って」

と言いながら右手を挙げると、

「はぁ…あんたねぇ…

 こんなところでそんなことをすればどうなるか判っているの?」
 
姉貴は親指に額を乗せながら聞いてきた。

「え?」

「バカ…当たっても外れても上からモノが落ちてくるでしょう

 そうなればあの子達はどうなるのよっ」
 
そう言って床ではい回っている赤ん坊を指さした。

「あっ、そうか」

俺はパンと手を叩くと、

「まったく、相変わらず思慮というモノが欠如して居るんだから…

 で、妖怪はいまどこ?」

姉貴は体育館を見渡しながら言うと、

「いまさっきまで上に居たんだけど

 あれ?」

俺は天井を確認するようにして答ると、

さっきまで天井に止まっていた化けコウモリが居なくなっていた。

「…ちょっと、恭平っ

 あんたまさか逃がしたんじゃないでしょうねぇ」

驚いた表情で姉貴が俺を見上げると、

「かもな…」

コウモリの姿を捜しながら俺は答えた。

「くぉのっ、バカ弟っ

 なんてことをしてくれたのよっ」
 
「なんてことって…

 姉貴が俺を後ろから攻撃しなければ
 
 俺がしとめてたぞ」

と反論すると、
 
「なによっ、あたしのせいにする気?」

「する気もしないも俺は事実を言っているだけだ」

「屁理屈はこねないのっ」

俺はムッとすると、

「大体なんなんだあいつは…

 それに、なんで姉貴はそんな子供になって居るんだ?」

と姉貴に問いただすと、

「分からないの?

 あいつは鬼の一種で吸刻鬼って奴よ」
 
「はぁ?

 吸刻鬼って吸血鬼の仲間か?」
 
俺はそう言うと、

姉貴は頭を掻きながら、

「…まぁ、近いと言えば近いけど

 あいつはその名の通り時間を吸い取る鬼よ」

と答えた。

「時間?」

「そーっ」

「ってことは、じゃぁあの新体操部員達は…」

「吸刻鬼によって時間をごっそり吸い取られたのね」

姉貴は腕組みをしながらそう答えた。

「うわぁぁぁぁ〜っ

 とんでもない奴だな…
 
 あれ?
 
 それにしては俺は何ともないぞ?」
 
俺はそう言いながら自分の体を見たが

別に何の変化は起きていなかった。

「なに、恭平…あんたあいつに時間を吸い取られたの?」

姉貴の問いに咄嗟に千尋を庇ったときのことを思い出しながら、

「あぁ…」

と答えると、

「そっか…アンタの場合は真弓ちゃんの分があるから、

 あいつに時間を吸い取られても大きな問題にはならないのね…」

と納得するような顔で言う、
 
「問題って?」

「もぅ…

 アンタは真弓ちゃんの分の時間をしこたま持っているってことよ、

 あっ…てことはコレ使えるわねぇ…」

ニヤッ

姉貴の口元が微かに笑った。
 
ビクッ

「しまった…

 こういうときの姉貴ってロクなことを思いつかないんだ…」

俺はそのことに気づくと姉貴に気づかれないように、

そっと足音を忍ばせながらソロリソロリと体育館から出ていこうとすると、

「おまちっ」

姉貴はそう言って、

ギュッ

っと俺の制服の裾を握った。

「なっなにかな?」

笑みを作りながら返事をすると、

「仕方がないわ、こうなったら囮作戦で行くわよ」

「へ?」

「アンタが逃がしたんだから責任取りなさいよね」

姉貴はそう言いながら俺の胸元を指で確認するようにしてつついた。



俺は千尋達に新体操部員だった赤ん坊の面倒を見るように言い残すと

姉貴と共に化けコウモリを探して棟続きの校舎に入っていった。

「で…結局こうなるわけか」

巫女装束に着替えた俺は襦袢を摘みながらそう言うと、

「アンタが妖怪の囮になって奴を引きつけるのよ

 元々祟られ屋なんだからそれくらい出来るよね」
 
と拘束札の枚数を数えながら姉貴は言う、

「まぁ、それくらいなら出来るけど…

 ところで姉貴ぃ…
 
 その身体でちゃんと出来るのか?」

俺は気になっていたことを姉貴に言うと、
 
「失礼ねぇ…

 コレでも中学生のころから妖怪退治をしてきたんだから

 十分に問題はないわよ」

とあっけらかんと答えるが、

俺にはどう見ても10歳くらいの少女にそんなことが出来るとは思えなかった。

「大丈夫かいな…」

半分心配しながら校舎内を歩いていくと

ホギャーホギャー

っと赤ん坊の泣く声が聞こえてきた。

「まさか…」

俺と姉貴はお互いの顔を見合わせると急いで声のする方へと走っていく、

『職員室』

そう書かれた札が下がるドアの向こうから赤ん坊の泣き声が聞こえていた。

ゴクリ…

俺は生唾を飲み込むと、

姉貴の顔を見た。

コクン

姉貴が頷くと、

ガラッ

っと思いっきりドアを開けたとたん、

フンギャァァァァァァ!!

たちどころに赤ん坊の泣き声が俺達を包み込んだ、

「うわぁぁぁぁぁぁぁ〜っ」

先生達が座っていたであろうイスの上には、

中身が消えた衣服が垂れ下がり、

イスや机の上で裸の赤ん坊が盛んに泣いていた。

「やられたわねぇ…」

姉貴がポツリというと、

「そうだな…」

俺はそう言いながら床の上で泣いている赤ん坊を拾い上げると

傍に垂れ下がっている背広の上着でくるんであげた。

「あ〜ぁ、あの教頭がこんな赤ん坊になるとはねぇ…」

そう言いながら赤ん坊の頭をなでていると、

「キャァァァァァ…」

上の階から悲鳴が上がった。

「恭平っ!!」

「あそこは…音楽室!!」

俺はすぐに姉貴を背負うと廊下を走る。

「ちょっとなにするのよっ」

背中の上で姉貴が声を挙げたが、

「この方が早いんだよ!!」

と俺はそう叫びながら上へと続いている階段を上っていった。



ドタドタドタ!!

グワラッ!!

音楽室のドアを開けると、

さっきの化けコウモリが女子生徒に取り憑いている所だった。

そして、彼女の周りにはセーラー服に埋もれた赤ん坊が盛んに泣いていた。

「てめぇ…覚悟しやがれ!!」

「恭平っ」

「判ってるって」

姉貴の声を聞いた俺はあえて威力を下げた光弾を、

化けコウモリに目がけて放った。

シュパァン

ドゴッ!!

光弾は吸刻鬼の背中に命中した。

ギュィィィィィ!!

吸刻鬼は悶えながら幼児になった女子生徒を突き放すと、

俺に向かって飛んでくる。

「うわっ来たぁ」

俺は来た道を走って逃げ出した。

「恭平っ判っているわね」

姉貴の叫び声に

「あぁ!!」

と返事をすると手はず通りに逃げ始めた。

キィィィィィィ!!

吸刻鬼は形振り構わず俺に向かって突進してくる。

「けっ、引っ掛かったな」

チラッ

と後ろを見ながら廊下を駆け抜けると、

姉貴の時間稼ぎのために校内を右へ左へと逃げ回った。

ハァハァ…

「さすがに息が上がってきたな…

 そろそろ行くか」

俺は頃合いを察すると姉貴が待機している講堂に足を向けた。

「姉貴、後は任せたぞ!!」

俺がそう叫びながら講堂のドアを思いっきり押したが、

ガンッ!!

扉は大きな音を立てたものの開かなかった。

「え?、そんな…なんで…」

何度も何度も押してみたが扉は頑として開かない…

キィィィィィ…

吸刻鬼は見る見る俺に近づいてくる、

「こっこら、さっさと開けっ!!」

そう思いながらも思いっきり押したが、扉は開かなかった。

キィィィィ…

吸刻鬼の口が開き俺に迫ってくる。

「くっそう…なら」

と思いつつ俺は右手に光弾を作り始めたとき、

『違う!!、その扉は押すんじゃなくて引くのよっ』

「え?」

俺の頭の中に真弓の声が響くと同時に、

バン!!

俺の手はドア思いっきり引いた。

空いたドアの勢いで俺が尻餅をつくと、

ブワッ!!

吸刻鬼は俺の頭を掠めて講堂の中へと吸い込まれていった。

「へ?」

スィィィ…

っと中に入っていった吸刻鬼が講堂の真ん中に差し掛かかると同時に

パァァァァァァァ!!

床と天井に2つの魔法陣が現れると、

ギャァァァァ!!

吸刻鬼の身体に魔法陣から現れた光の鎖が次々と巻き付いた。

「…………」

姉貴は霊刀・東雲を構えると吸刻鬼を見据えながら呪文を詠唱する。

ギリギリギリ

光の鎖は次第に太くなって吸刻鬼を締め上げていった。

ギェェェェェェェ!!

吸刻鬼は悶え苦しみ…

そして、徐々に動かなくなっていった。

「やった!!」

俺がそう思った瞬間

グォォォォォォォ!!

吸刻鬼の体が突然大きくなると、

身体を縛り付けている魔法陣の鎖を引きちぎるようにして

ゆっくりと外に出始めた。

「なんて奴だ!!」

俺が驚いていると、

「…コイツ…しこたま人間の時間を吸い取っているから…

 押さえつけられない!!」
 
姉貴の悲鳴に似た声が挙がった。

「くっそう!!

 ザン…
 
 俺は咄嗟に飛び出すと吸刻鬼に向かって突進する」
 
『ちょちょっと、なにをする気?』

頭の中で真弓が声が響いたが、

しかし、

既に切れていた俺にはその声は届いていなかった。

「うりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

と言う叫び声と共に、

俺は右手に作った特大の光弾と共に吸刻鬼の口の中に腕を押し込むと

その中で光弾を放った。

すると、

グォォォォォォ〜っ

吸刻鬼の体は風船のように大きく膨らむと、

ボムッ!!

と言う音共に破裂して魔法陣の中へと消えていった。

その結果、吸刻鬼によって時間を吸い取られ、

赤ん坊や子供の姿さにされてしまった者達はみな元の姿に戻ったが、

しかし…



『ねぇこれ…どうしてくれるの?』

真弓が俺の頭の中で文句を言う、

「仕方がなぇだろう…

 勢いでこうなったんだから…」
 
俺がむくれて言い返すと、

『はぁ…なんでこうなっちゃたんだろう』

真弓のため息と共に、

「さぁ…まゆみちゃん…幼稚園の時間ですよぉ」

と言いながら元の姿に戻った姉貴がニコニコ顔で

「くぜ まゆみ」

と言う名札が下がった園児服を俺の目の前に持ってきた。

そう、あのとき俺は光弾と共に真弓と俺の時間を

吸刻鬼の中にたたき込んでしまったのだ。

その結果

俺の身体は誰が見ても4歳児の女の子になってしまい、

幼稚園に通うことになってしまった。

「ほうらっ、早くしないとお迎えのバスが来ますよぉ」

姉貴はニコニコしながら園児服を俺に着せると、

さらに帽子をかぶせると、

「可愛い〜☆!!」

と声を上げると、俺を抱き上げた。

「こっこらっ、姉貴っ

 ヤメロ!!」
 
俺は足をばたつかせて抵抗したが

「あらあら、まゆみちゃんお行儀が悪いですよぉ」

と完全に俺を幼児扱いしている。

「はぁ…この調子だと高校生に戻るまであと13年

 さらに男に戻れるのは…
 
 いったい何時になるんだぁぁぁ!!」

俺のため息が朝の街に消えていった。



おわり