風祭文庫・バレリーナ変身の館






「舞子の舞台」



作・風祭玲

Vol.1052





『納得いきませんっ、

 何でわたしの出番が削られるんですかっ』

『いいかね、

 君の求めるバレエはわたしが求めているものとは違うんだよ』

『そんな。

 あなたが求めているものとは違うって、

 何がどう違うんですかっ

 わたしはあなたが求めているものの為に、

 ずっと、努力してきました。

 それなのに』

『努力の見返りの要求かね。

 いいかね、

 芸術監督はわたしだよ。

 そのわたしが言う事が聞けないのなら、

 ここから去りなさい』

『判りました…』



「先生、さようならぁ」

夕日が差し込むレッスン室に少女達の声が響くと、

お団子に髪を纏め上げた少女達が手を振って別れの挨拶をする。

「はい、気をつけて帰るのよ」

そんな少女達を笑みを浮かべな舞子は手を振って見せると、

「はーぃ」

レッスン室内に少女達の笑い声と、

立ち去っていく足音がしばしの間、鳴り響く。

そして、夕立の雨音が去っていくようにそれらの音が消えていくと、

レッスン室に舞子一人が残っていた。



大澤舞子バレエスクール

閑静な住宅街にその名前を冠するバレエ教室がある。

このバレエ教室の主催者兼教師の大澤舞子は

高校生の時に出場した新人の登竜門といわれるコンクールで優賞して以来、

有名バレエ団を渡り歩くことでバレリーナとしてのキャリアを重ね、

そして、現役を続けながらも後進へのバレエ教育のため、

この街にバレエ教室を開いたのである。

世界的バレリーナが主催するバレエ教室としては

幾分小さなレッスン室ではあるが、

しかし、舞子にとってはこの程度が調度よい広さだった。



「さて」

少女達を全員見送った舞子は、

気持ちを切り替えるかのようにその一言を呟くと、

レッスン室を後にする。

そして、小一時間ほど経過し、

辺りを夕闇が支配する頃、

コトッ

人気が途絶えたレッスン室にトゥシューズの音が静かに響き渡る。

コトン

コトン

コトン

トゥシューズが奏でる音を響かせながら、

レッスン室に現れたのは、

純白のクラシックチュチュに身を包んだバレリーナ。

そう舞子である。

少女達のレッスンを指導しているときは緩めに纏め上げていた髪は

きつくお団子に纏め上げ。

顔には舞台栄えするメイクが施されている。

そして、煌びやかに輝く頭飾りとチュチュの効果もあって、

レッスン室の真ん中で立つ舞子はまるで別人のようであった。

つま先立ちで舞子が静かに立ち上がると、

それにあわせて舞台音楽が流れ始める。

すると、舞子はその調べに乗るように、

レッスン室の中を舞い始めた。



タンッ

トココココ…

トンッ

タンッ

トコココ…

誰も見るものは居ないレッスン室で舞子のバレエは続く。

タタン

タタン

タタンタタ

トココココ…

激しく、

そして飛ぶように舞子のシューズはレッスン室を奏で、

やがて露になっている肩にうっすらと汗が乗り始めたとき、

カタンッ

舞子の背後で音が響いた。

するとそれ同時に舞子の動きが止まり、

鳴り響いていた舞台音楽がフェードアウトしていくように消えていく。



「そこに立っていないで、

 早く着替えなさい。

 レッスンの時間ですよ」

肩で息をしながら舞子は振り返らずに指示すると、

「はい…」

彼女の背後から若い男子と思われる声が響き、

レッスン室となりの更衣室へと足音が向かっていく。

「もぅいい頃かしら…」

足音を聞きながら舞子はそう呟くと、

レッスンバーに掛けてあったタオルを取り、

肌に浮き出ている汗をぬぐい始める。

それから程なくして、

「先生…」

再び舞子に声が掛けられると、

彼女の背後に人影が立った。

その声を合図にして舞子が振り返り、

「はい、こんにちわ」

と背後に立つ人物に向かって挨拶をする。

すると、

「よろしくお願いいたします。

 先生」

黒の長袖レオタードに白いバレエタイツを身に着ける人物は

そう挨拶をすると、

腕を大きく回しながら方膝を落とす

バレリーナのレヴェランス(挨拶)をしてみせた。

「うん、

 よろしい」

それを見た舞子は大きくうなづくと、

挨拶をした人物は顔を真っ赤にして舞子を見る。



仁科猛…

高校二年生の立派な男子である。

けど、舞子の前の彼は男子は身につけることが無い

小さなフリルスカートが付いたレオタードを身に付け、

バレエ・タイツとバレエシューズを穿いた姿で立っていた。

まさに、髪こそお団子には纏め上げていないが、

その姿はまさにバレエ少女のいでたちであった。

「今夜もよろしくね」

猛に向かって舞子は挨拶をしながら、

スッ

徐に手を伸ばすと彼の胸のところで

ツンッ

と突き出している2つの突起の1つを摘み、

ギュッ

っと捻りあげる。

「あぁんっ」

その途端、

猛は喘ぎ声を上げて舞子の手を払いのけようとするが、

ヒュンッ

ビシッ

猛の太ももに乗馬用鞭が叩かれると、

「痛ぁぃ」

猛の悲鳴がレッスン室に響き渡る。



「誰が逆らっていいって言いました?」

手にした鞭の先で猛の尻、脇、

そして頬を叩きながら舞子は問い尋ねると、

「もっ申し訳ありません」

と舞子に向かって猛は頭を下げる。

「罰として、

 私がいいと言うまでプリエをしなさい」

そんな猛に向かって舞子は指示をすると、

レッスン室にレッスン音楽が響き始める。

その音に急かされるようにして、

猛はバーへと向かうと、

音楽にあわせてバレエの基礎であるプリエを始めたのであった。

「アンッ

 ドゥ

 トワァ

 アンッ

 ドゥ

 トワァ」

チュチュ姿のままの舞子の声と手拍子が響き、

その音にあわせてレオタード姿の猛は黙々とプリエをこなす。



舞子と猛との出会いは二人がよく使う電車の中だった。

「ちょっと、何をしているの」

夕方、事故で遅れたために混雑している車内に舞子の怒鳴り声が響くと、

「え?

 何ですか?

 いきなり」

彼女に怒鳴られた猛は取り合おうとはしなかったが、

「良いから降りなさいよ」

舞子は猛の腕を鷲づかみにすると、

停車した駅で猛を車内から引きずり降ろす。

そして、

「ちょっと、

 君のケータイを見せなさい」

そう猛に迫ると、

「え?

 何で見せないと行けないんですか」

猛は拒もうとするものの、

「いいから、見せなさい」

舞子は彼のケータイを無理やり奪い、

ケータイに記録されていた画像を確かめ始めた。

すると、

「これは

 なに?」

と言いながらそこに映し出されていた画像を見せ付けのであった



猛は何も反論できなかった。

なぜなら、舞子に見せ付けられた画像は

つい今しがた車内で立つ舞子のスカート下から盗撮した画像だったのだ。

何も反論することができずに猛は立っていると、

『こいつでいいか…』

舞子の心にある企みが頭をもたげる。

そして、

「そんなにあたしを盗撮したかったの」

と猛の耳元で甘くささやいて見せると、

「え?」

その言葉に猛は顔を上げて舞子を見る。

「いいわ、

 ついていらっしゃい、

 思う存分撮らせてあげるわ」

そんな猛を舞子は誘い、

そのまま自分のレッスン室へと連れ込むと、

「さぁ、

 好きなだけ撮りなさい」

レオタード・タイツ姿になった舞子は猛に指示をしたのであった。

「そんなことを言われても…」

堂々と体のラインを晒す舞子の姿を見た猛は

違和感からか萎えてしまうと、

ビシッ

猛の腕を舞子は鞭で叩く。

「なっ何を!」

突然の事に猛は驚くと、

「ねぇ君っ、

 わたしだけこの格好ってないじゃない?

 君も同じ姿になりなさい」

と舞子は言う。

「それって」

「うふっ、

 さぁ、これに着替えるのよ。

 判ったわね」

困惑する猛にレオタードを押し付けて舞子は笑うと、

「は…ぃ」

猛はただ従うだけしかなかった。



「アン、

 ドゥ

 トワァ」

レッスン室に舞子の声が響き、

その声に合わせてレオタード・バレエタイツ姿の猛はぎこちなく体を動かす。

「ほらっ、

 動きが遅い」

ビシッ

「どこを向いているの」

ビシッ

「手の動きが逆!」

ビシッ

舞子の鞭は容赦なく猛を叩き、

「あっ、

 ぐっ

 ひっ」

体のいたるところ赤く腫らしながら、

猛はバレエのレッスンを続ける。

そして、

「今日はここまでにしましょ。

 つづきは明日。

 もし来なかったら、

 君が盗撮した画像を持ってしかるべきところに訴えるから」

熾烈だったレッスンのため泣き崩れる猛に向かって舞子はそういうと、

「よろしくね」

と鞭の先で涙が流れる猛の頬を軽く叩いた。



その日以降、

猛への特別レッスンは行われ、

猛は泣きながらその日々そのレッスンを受けさせられた。

すると、最初はぎこちなかった猛の動きも次第にこなれ始め、

ひと月が過ぎるころには初心者とは思えないような

バレエを舞うことができるようになったのである。

「…ふふっ

 やっぱり、バレエのレッスンは鞭が一番ね。

 それにしても逃げ出すかなと思ったけど。

 律儀に毎日来るなんて。

 こいつひょっとして”M”なのかな。

 それなら、話は早いんだけど…」

伸ばし始めた髪にカチューシャをつけ、

レオタードの短いスカートを翻して

レッスンをする猛を見ながら舞子は呟くと、

「そろそろ、

 このお薬行こうか」

と猛の去勢を決心したのであった。

「これを飲めばいいんですか?」

「えぇそうよ。

 レッスン後に必ず飲むのよ」

鞭で叩かれ、

痛々しそうに体中をミミズ腫れを作っている猛に向かって、

舞子はある薬を手渡した。

それは彼女が海外のバレエ団に所属しているとき、

団員の間で使用されていたホルモン剤であり、

女性が飲む分なら大きな問題は起こらないが、

男性が飲むと肉体に大きな異変をもたらすものであった。

そして、舞子の勧めで猛がクスリを飲み始めてから、

ひと月余り、

「ちょっと胸を見せてくれるかしら」

レッスンの最中。

胸を隠すように手で庇うようになった猛に向かって舞子に迫ると、

「はっはい」

困惑気味に猛は自分の胸をさらけ出す。

「あら、可愛いオッパイね」

それを見た舞子は褒めながら、

小さく膨らみ始めた胸のふくらみの中、

大きく広がった乳輪の中より突き出した乳首を抓りあげる。

「ひっ!」

ビクンッ

痛くて痺れるようなその感覚に、

猛は声を上げてしまうと、

「オッパイの膨らみかけって痛いけど、

 でも、こうすると気持ちの良いものよ、

 オッパイがこうなっているって事は、

 下はどうかしら」

喘ぐ猛に構わず、

舞子は彼の股間に左手を入れた。

「あぁ…」

レオタードの下の猛のペニスは小さく萎縮していて、

舞子に触られただけで彼は敏感に反応してみせる。

すると、

「猛君っ、

 君はバレリーナになりなさい。

 わかったわね」

猛の耳元で舞子はそう囁いたのであった。



あれから数ヵ月後、

プックリと膨らんだ胸を見せ付けるように猛はプリエを続ける。

その一方で彼の股間の膨らみはさらに小さくなり

女性のような姿になった股間をレオタードが静かに覆っている。

「アン、

 ドゥ

 トワァ

 アン、

 ドゥ

 トワァ」

手を叩きながら舞子は声を張り上げ続け、

「はーぃ、

 そこまでぇ」

と声を出すと、

「ハァハァ

 ハァハァ」

プリエを続けていた猛は全身から汗を流しながら肩を落とした。

「最初の頃と比べて見違えるようね、

 誰が見ても君はバレリーナよ」

そんな猛に向かって舞子は囁き、

「休んでいる暇は無いわ、

 さっ通し稽古をするわよ」

と告げると、

休む間もなく彼女と猛はレッスン室で舞い始めた。



その翌日

「これを着るんですか」

舞子から渡されたチュチュを見て猛は顔を赤くしていた。

「えぇ、

 今日は君もそれを着てバレエを踊るわよ。

 猛君のバレリーナデビューよ。

 さぁ、チュチュを着なさい。

 それは猛君専用のチュチュなんだから」

と猛に向かって舞子は言う。

そして、舞子の指示通りに猛がチュチュを見につけると、

「とっても可愛くなったわ、

 さっチュチュを着たら、

 次はメイク。

 大丈夫、あたしに任せなさい」

言葉巧みに舞子は猛を誘導し、

彼の顔にバレリーナのメイクを施したのであった。

「これが、

 ボク?」

チュチュを身に着けて、

バレリーナのメイクを施された自分の姿を見て、

猛は驚いた声を上げると、

「さっ、

 あなたにとって最高の舞台に連れて行ってあげるわ」

そう囁きながら舞子は猛の手を引いたのであった。



夜の宵が深くなりつつある時間。

駅前ではアーティスト達の卵が、

それぞれの場所で自分のやりたいことに勤しんでいた。

すると、

その中にチュチュを見につけた2人のバレリーナが姿を見せると、

広場の一角で立ち止まる。

そして、

♪〜っ

バレエの舞台音楽を響かせると、

タンッ!

タタッ!

華麗に舞い始めのであった。

「ほぉ!」

「こんなところでバレエか」

勤め帰りのサラリーマンやOL、

そして、塾帰りの学生達が舞い踊る二人の姿に足を止め、

じっと眺め始めたのである。

始めのうちは疎らだったが、

しかし、時間が経過するごとにその人数が増えていく。

「ほらっ、

 見なさい。

 みんな私たちのバレエを見ているわ」

頬を紅潮させながら猛に向かって舞子は囁くと、

「あぁ…

 みんながボクを…

 あぁ、どうしよう。

 ボクのバレエを見られて…

 やだ、

 まるでバレリーナ」

周囲から向けられる視線を感じながら、

猛は自分がバレリーナになっていくことを実感する。

「そうよ、

 あなたはバレリーナ…

 わたしもバレリーナ。

 ふふっ、

 そうよ、

 これこそがわたしが求めていた舞台よ。

 あぁ最高だわ」

恍惚としながら舞子はそう呟くと、

二人の舞はいつまでも続いていたのであった。



おわり