風祭文庫・バレリーナ変身の館






「美樹の陰謀」



作・風祭玲

Vol.995





「異議あり。ですわ!」

放課後のクラシックバレエ部の部室に突如高く響き渡る声が響った。

ザワッ

その声が響いた途端、

部室に詰めていたレオタード姿の部員達が一斉に振り返り、

その視線が一斉に声を発した者へと向けらる。

蒼野美樹。

資産家の家庭に生まれ、

頭脳明晰、容姿端麗な彼女は校内でも常に一目置かれる存在であり、

このクラシックバレエ部に大勢の部員が在籍するのも、

彼女のお陰げといわれているのである。

その美保が文化祭に併せてバレエ部が上演する演目のキャスティングについて

咬み付いたのであった。

「えぇーと」

「何か不満があります?」

握り締めた拳をワナワナと肩を震わせる美樹の姿に慄きながら

部長の桃園等舞と演出担当の守坂薫が聞き返すと、

美樹はジッと正面の対面席に座る二人を見据え、

「あなた達はこのキャスティングに問題は無い。

 と思っているのでしょうか?」

とキツイ目線を二人に向けながら指摘する。

「問題ですか?

 それは…なんのことで」

彼女の指摘に等舞は恐々と聞き返す横で、

「……私にとって、

 もっとも良いと思われるキャスティングと考えていますが…」

隣の薫は勢いを削がれ次第に小さくなって行く声で聞き返す。

「あっそうですかっ」

それらの返答を聞いた美樹は腕を組みながらいかにも不満そうな顔をして見せると、

「あのぅ…」

成り行きを見ていた山吹祷里が小さく手を上げ、

「やっぱり、

 あっあたしにはその役は無理かと…」

と自分に割り当てられた役を辞退することを口にする。

すると、

「あぁっ…

 いや…

 山吹さん

 それは…ね」

思いがけない祷里の発言に等舞は驚きながらも思いとどまらせようとするが、

「わたしの話が終わってませんが」

と美樹が会話を遮ってみせる。



「あーぁ、

 なんで部長ったら寝た子を起こすようなマネをするのかしら」

「そうよねぇ…

 蒼野さんで決まりだった主役を山吹さんなんかにさせようとするから

 こうなるのに」

「自分のカラーを強く出そうとしたらしいわよ」

「無茶なことをして」

3すくみ状態の三人を見ながら他の部員達がヒソヒソ話を始めると、

「そこっ!

 うるさいですわ」

と美樹はヒソヒソ話をする部員を指差しすかさず注意をする。

「とっとにかくですね。

 配役については顧問の井出先生と相談をしながら

 あたしと柴田さんとで決めました。

 決める際、特別な感情は一切破棄しましたので

 このような結果になったのです」

場を納めようとしてか半ば押し切るようにして等舞は言い聞かせようとすると、

「よっっっく判りました」

語尾に苛立ちを滲ませつつ納得していない口調で美樹は返事を残し、

「では、失礼します」

の声を残してその場から立ち去っていくと、

「あっ待ってください」

彼女の取巻きをしている部員達も腰を上げ追いかけて行く。

「はぁぁ…

 結局はこうなるか」

誰が見ても決裂と見える状況に残された部員達はため息を付いてしまうと、

「ほらっ、

 そこっ、

 無駄話をしない、

 あたしの話はまだ終わってないんだから」

とため息を付いた部員を指差し等舞は声を張り上げるが、

しかし、皆は主役に抜擢されなかった美樹が起こすであろう次の行動に

戦々恐々としていたのであった。



「美樹さまぁ、

 お待ちください」

後を追いかけながら声を掛けて来る取巻き達を無視して、

バレエのレッスン着であるレオタードに白タイツ姿のまま美樹はズンズンと廊下を歩いていく、

やがてとある部室のドアが姿を見せると、

美樹はその前で立ち止まってみせる。

「科学部って…」

「あの…」

ドア上にかかる表札に視線を向けた途端、

取巻き達は生唾を飲み込むが、

しかし、美樹は周囲に空気に構わず、

コンコン!

ドアをノックすると、

「雪城さん。

 いるぅ?」

の声と共にドアを開けたのであった。



ギクッ!

美樹のその声を聞いた途端、

取巻き達は一斉に身を縮め、

「みっ美樹様っ

 まっまさか」

と滝の様な冷や汗を噴出しつつ彼女の真意を探る。

だが、取巻きの質問には一切答えないどころか笑みさえ浮かべていると

「はぁい」

と部屋の奥から返事が返り、

ふわっ

いきなり皆の目の前に何か白いモノが降ったと思った瞬間、

「あなたを変えたい!

 あたしが変える!

 科学部・主任研究員、兼キャプテン、雪城春子。

 最初っからクライマックスよぉ!!」

啖呵を切る声と共にの制服に白衣を羽織った少女が

少し動いたメガネを軽く直す仕草をしながら姿を見せたのであった。

しかしその途端、

「でたぁ、

 ショッカー部の死神博士ぇ!」

降り立った春子を指差して取巻きの一人が声をあげ、

「ひぃぃ!」

悲鳴と共にその場から逃げ出そうとするが、

「まぁ?」

春子の目が妖しく光ったと思った瞬間、

「逃すかぁぁぁ!」

スルスルスル!

の声と共にまるで触手の如く春子の腕が袖口より伸び、

背中を向けて疾走していく少女に絡め取るようにして巻き付くと、

「いやぁぁぁ!!」

悲鳴を上げる少女を一気に引き寄せる。

そして、

「人を呼び出して逃げるだなんて、

 ピンポンダッシュのつもり?

 そんなお行儀悪い子は頭の中をフォーマットして、

 とってもお行儀の良い全身タイツの”下っぱ”にしてあげても良いのよ」

と警告をして見せる。

「なにそれ?

 新発明のマジックハンド?」

取巻きの身体に巻きつく春子の腕を見ながら美樹は呆れたように指摘すると、

「うん、そう。

 タコの足をベースに色々いじくってみたの」

と春子は臆することなくクネクネと蠢く腕を上げてみせる。

「全く…」

春子の答えを聞いて美樹はため息を一つついた後、

「ちょっとお願いがあって来たんだけど、

 いま忙しい?」

と都合を尋ねてみせる。

「え?

 時間は一応あるけど?

 なぁに?

 面倒なことをする時間までは無いよ」

春子は美樹に背を向けながら返事をすると、

ポンッ!

と蛸足の如くクネクネ蠢く腕を肩から取り外し、

ニュッ!

五本指の手がある普通の腕を伸ばしてみせる。

「一人…

 バレエを踊れない体にして…

 ううん、真ん中で踊れない体にして欲しいの」

そんな春子に向かって美樹は相談をすると、

「あら、

 穏やかな話じゃないわね」

振り返りながら春子は返事をする。

「美樹様っ

 それって」

美樹の言葉に取巻き達は驚くと、

「で、何が希望?

 色々メニューはあるわよ。

 軽い脅しのつもりの小改造から、

 人間だったことすら想像することが出来ないフルスクラッチまで、

 レベルは自由に選択できるわ。

 無論、普段からあたしの研究の支援をしてくださっている美樹の頼みだから、

 希望は叶えてあげる」

メガネを妖しく光らせつつ春子は美樹の希望を尋ねた。

「うーん」

春子からの質問に美樹は考える素振りを見せ、

「本当は適当な動物にでもして欲しいけど、

 それだと直ぐに大騒ぎになってしまうし、

 あたしからすれば山吹がトゥシューズを履けない身体になってくれれば

 それで十分なのよ」

と言うと、

「ふむ、

 山吹さんって…2年生だったわね。

 結構、男子には人気があるみたいだけど」

美樹の話を聞いて春子は祷里が男子に人気があることを指摘した途端、

ボワッ!

美樹の体から燃え立つようなオーラガ噴出し、

『そ・れ・が・な・に・か?』

髪を蛇のように蠢かせつつ鬼気迫る形相で言い返す。

「でたぁ!!」

「目を見ちゃだめよ、

 石にされるわ」

それを見た取巻き達は一斉に身を寄せ合って震え上がるが、

「ひゅーっ、

 ノーマルでそこまで変化できれば大したものね」

と春子はどこ吹く風とばかりに感心して見せる。

そして、

「まぁまぁ、

 事情説明だけでそんなに燃え上がらないのっ、

 良いものがあるわ。

 知り合いの子に頼まれて作ったものだけど、

 これを使うと良いわ」

そう言いながら美樹の前に一本のアンプルを差し出してみせる。

「なんですか?」

燃え上がっていた鬼気を吹き払い、

通常状態に戻った美樹が尋ねると、

「バレエの稽古といえば当然レオタードを着るんでしょう?

 だったらこれを美樹が憎む相手のレオタードに振りかけると良いわ、

 うふっ、

 レッスンの際に掻く汗と共にこの薬は相手の身体に浸透し、

 そして、身体を変えていくの。

 とはいっても人間をやめてしまう程の効果は無いわ。

 ただ性別が変わっちゃうだけ。

 知り合いもね結構この薬を効果的に使っているみたいよ」

と春子はアンプルの効能を言う。

「性別が変わるって…

 女が男になってしまうってこと?」

アンプルをしげしげと見ながら美樹は呟くと、

「ふふふっ、

 確かに男になってしまえはトゥシューズは履けなくなるし、

 真ん中で踊ることも出来ずにただ持ち上げるだけ…

 うふっ、

 それってとっても好都合じゃない」

美樹の脳裏の中でこのアンプルを使った結果、

起こりうるであろう異変を妄想しつつ美樹は幾度もうなづいて見せると、

「ありがとう。

 アンプルの代金はスイス銀行の指定の口座に振り込んでおくわ」

の声を残して美樹は春子の前から去っていったのであった。



翌日の放課後、

「アレ?」

バレエ部の更衣室で着替えを始めた祷里が自分のバッグを開けた途端、

バッグの中に入っていたはずのレオタード・タイツなどレッスンに必要な着替えが一式

消えていることに気付いたのであった。

「ない?

 ない、ない、ない…

 そんなぁ」

バッグの中身を全て取り出しても探し物は見つからず、

「どうしよう…

 確かに入れたはずなのに…」

と祷里は困惑した表情を見せる。

すると、

「こんにちわ」

の声と共に取巻き達を引き連れて美樹が更衣室に入ってきたのであった。

「あっ、

 蒼野さん。

 こっこんにちわ…」

昨日の事を思い出してか笑顔で更衣室に入ってきた美樹の姿に

祷里は戸惑いつつ返事をして見せると、

「あら、山吹さん。

 何かお困りのようですが、

 どうかなさったのですか?」

といまの祷里の困窮を見透かしたかのように尋ねてきたのであった。

「え?」

イヤミの一言でも浴びせられると身構えていた祷里にとって、

美樹の言葉は意外に聞こえ、

「えぇ…

 そっ、そのレオタードが無くなって…」

つい語気弱く消えそうな声で事情を話すと、

「あら、それはいけませんわね。

 そうだわ、わたくしが一着余計に持ってきていますのでお貸しします。

 それを身に着けてレッスンを受けると良いですよ」

自分のモノを他人に貸すなどと言う事など一切したことが無い美樹の口から

意外な言葉が飛び出してくると、

「えぇ?」

祷里はさらに驚き、

美樹の顔をマジマジと見てしまう。

「なにか?」

そんな祷里を美樹は不機嫌そうに睨みつつも、

パッケージに入っているレオタードを取り出すなり、

「どうぞ」

と言いつつ押し付けるようにして手渡すと、

「あっあのぅ」

パッケージを手に祷里は美樹の真意を探ろうとするが、

「さぁ、

 時間が無いですわ」

この場の空気を断ち切るかのように美樹は手を叩き、

強制的に場面のチェンジを図る。

そして、

「早く着替えないとレッスンに遅れてしまいますわよぉ」

と祷里に向かって言うと、

ガチャッ!

美樹は自分のロッカーのドアを開け着替え始めたのであった。



ポロン♪

レッスン室にピアノの音色が響き渡り、

クラシックバレエ部の顧問である井出雄介の前で

レオタード姿のクラバレエ部の部員達はリズムに乗りつつ代わる代わる舞っていくが

だが、皆の注目は真ん中で踊ることが事実上決まった祷里の動きであった。

「さすがね、山吹さん…」

「全く非の打ち所が無いってこういうことなのね」

「普段は全く目立たないくせに」

「ほんと…」

皆が見ている前で華麗に舞ってみせる祷里の姿に、

羨望と嫉妬に満ちた視線が投げつけられる。

そして次第にレッスン室に満ちてくる陰の視線は次第にある人物へと向けられたのであった。

だが、

「…………」

その視線の先に居る少女・美樹は決して身動きせず、

ただ黙って祷里が演じる舞を見ていたのである。

「あの蒼野さんが山吹さんの踊りを見ているわ」

「ほんと、何も言わないなんて不気味ね」

無口の美樹の姿に皆はそう呟いていたとき、

「ん?」

腕を組み祷里の動きを見ていた雄介の表情が微かに動く。

と同時に、

ニヤ…

美樹の口元が微かに笑うと、

「あっ!!」

レッスン室に祷里の悲鳴に近い声が上がったのであった。

「え?」

その声に皆の視線が再び祷里に注がれると、

「やっいやぁ!!」

さっきまでポアント立ちをしていた祷里は踵を床に付け、

何か慌てた表情でレオタードが覆う股間を押さえてみせる。

すると、

「どうした!」

それを見た雄介が祷里の元に駆けつけようとするが、

「こっこないで!」

と祷里は雄介を拒否しようとするが、

その声は少女の声というより、

どこかオクターブが下がった思春期の少年を思わせる声であった。

「なに?

 今の声?」

「なんか変な声を発したわよね」

それを聞いた部員達は一斉にざわめくと、

「いやっ

 いやっ

 いやっ」

股間を押さえながら祷里はペタリと床に座り込み、

しきりに頭を左右に振り始める。

だが、

メキッ!

ミシッ!

頭を振る祷里の体から不気味な音が響き始めると、

ググググッ

寄せている肩の幅が開き始め、

さらに腰の形が変わり始めるとペタリと座り込んでいた祷里の腰が浮き、

「きゃっ!」

バランスを崩した祷里は野太い悲鳴を上げながらひっくり返ってしまったのであった。

「山吹っ!

 大丈夫か!」

それを見た雄介は有無を言わさずに祷里を抱き上げようとするが、

「うっ!」

抱き上げようとした祷里の体の変化を手で感じるなり、

「ひぃっ!」

慌てて祷里から手を離すと2・3歩引き下がっていく。

「山吹さん!!」

全く状況が理解出来ていない他の部員達が祷里の名を叫びながら駆け寄るが、

「うそぉ!」

「なんでなんで」

脚を閉じ身体を丸めながら泣きはじめた祷里の姿を見るなり声を失ったのであった。



「あら、どうなさったのですか?

 山吹さん」

祷里のすすり泣きの声のみがレッスン室に響き渡る中、

美樹の問いたずねる声が響くと、

取り巻くものたちを押しのけ美樹が姿を見せ、

「あらぁ?

 どうなさったのですか?

 そのお姿は?」

と確実に姿形が変化していく祷里に向かって問い尋ねた。



メリメリメリ

ムキムキムキ!

「みっみんなぁ…

 助けて…」

盛り上がっていく胸板がレオタードを押し出すのを見せ付けるようにして、

祷里は取り巻く部員達に向かって腕を伸ばそうとすると、

「あらぁ?

 山吹さんって男の方だったのですか?」

と美樹の声が追って響く。

「!!っ」

思いがけないその言葉に祷里の目が大きく見開かれると、

「みなさん。

 山吹さんは男の子でありながら、

 女の子としてこの学校に通い、

 そして、クラシックバレエ部に潜入していたのです」

と美樹はわざと声を張り上げ皆に聞こえるように言う。

「ちがうっ!」

その言葉が終わるのと同時に祷里は声をあげるが、

「うふっ、

 そんな男らしい身体を見せつけて、

 ただで済む。と思っているの?」

美樹は余裕を見せながら返答を待つ。

すると、

「おぉ、ちょうど良かった。

 男子がちょうど欲しかった所なのだ」

と雄介は言うなり、

「山吹。

 お前が男子であることを隠してクラバレエ部に来てくれたのは先生は嬉しいぞ。

 でもな、男子にだって必要とされる場面があるのだ。

 よしっ今から特訓だ」

そう言うなり雄介は股間を猛々しく盛り上げる祷里の手を引くと、

「おーぃ、音楽を最初からかけろ!

 蒼野っ、

 お前が真ん中だ!」

と美樹を指差し指示をする。

その声を聞いた美樹はほくそ笑み、

「よろしくね、山吹さんじゃなくて君」

と囁きながらさを差し出してみせたのであった。



おわり