風祭文庫・バレリーナ変身の館






「真一の秘密」



作・風祭玲

Vol.832





キンコーン…

午後の校舎に終礼のチャイムが響き渡る。

すると、

ザワザワ

終礼を終えて各教室より帰宅や部活動の支度を終えた生徒が一斉に繰り出し

廊下はちょっとしたラッシュの様相を呈し始める。

その混雑の中、

「すまん、ちょっと通してくれ」

イケメン学生・上麹真一が先を急ぐようにして生徒を書き分け廊下の中を進んでいくと、

「上麹くぅ〜ん」

彼の後を狙いすませたように女子生徒達が追いかけ、次々と声をかけて来る。

「あの、これからの予定は…」

「あたし、大切なお話があるんです」

「時間いいですか?」

ほほを染めながら女子生徒は真一を取り囲み、

代わる代わる話しかけるが、

「ごめん、君達の話を聞いている時間はないんだ。

 道を通してくれ。

 先を急いでいるんだ。

 ごめん」

真一はさわやかな顔を見せつつも彼女達の話をすべて断ると、

脱兎の如く校舎から逃げ出そうとした。

そのとき、

さっ!

真一の背後より白い小さな手が突き出し、

彼の顔に触ると、

「つーかまえた。

 今日という今日は離さないんだから」

と嬉々とした声をあげながら、

1人の女子生徒がしがみついてきた。

「!!っ」

突然のことに真一は驚き、足を止めると、

「あんっ」

振り落とされまいと女子生徒は真一の顔に爪を立てた。

すると、

ガリッ!

彼女の爪が真一の顔を引っ掻きはじめ、

その感覚に

「うわぁっ!」

真一は悲鳴を上げると、

「離れろ!」

ドンッ!

女子生徒をふりほどき突き飛ばす。

「痛ぁい!」

突き飛ばされた女子生徒は尻餅をつき悲鳴を上げると、

「あっごめん、

 そんな気は…」

それを見た真一は慌てて謝ろうとするが、

ハッ!

顔に出来た傷に気がつくと、

直ぐに手でその部分を隠し、

その場から走り去って行ってしまった。

「もぅ…なによっ

 最低!

 べーだ!」

去っていく真一に向かって女子生徒は舌を出すが、

「あれ?」

自分の手についている濃い肌色の物体に気づくと、

「なにかしらこれ…

 え?

 ファンデーション?」

女子生徒の爪の隙間に埋まるようにしてついている物体を見ながら彼女は小首を傾げ、

「なんで、上麹君の顔にこんなものが…」

と呟く。



タッタッタッ

タッタッタッ

学校を飛び出した真一はカバンを脇に抱え街中を走っていく、

そして彼の目の前に二階建ての店の前に来ると、

足の動きは次第に鈍くなり、2・3歩歩いたところで止まってしまった。

”バレエ・ダンス専門店・バレリーナ”

壁に掛かる看板が一階に店を構えるこの店舗が何の店なのかを説明している。

だが、真一が立ち止まったのはこの店のせいではなかった。

その店の看板の上に掲げられている

”山崎歩美バレエ研究所”

と書かれているもぅ一つの看板。

その看板を真一はしばしの間見つめた後、

「はぁ」

小さくため息をつき、

周囲に人の目がないことを確認すると、

店舗の脇に口を開けている階段口へと消えていった。



キィ…

”山崎歩美バレエ研究所”と書かれているドアが開き、

制服姿の真一が中へと入ってくる。

レッスン時間の間にはレオタード・バレエタイツ・トゥシューズ姿のバレリーナ達で賑わう受付も、

いまの時間は人影は何処にもなくガランとしている。

だが、真一は躊躇うことなく無人の受付を通り過ぎると、

更衣室と書かれたドアを開け中に入って行った。

入り口付近と同じように人影がない無人の更衣室。

本来この場で着替えをするバレリーナ達とは場違いな姿の真一は更衣室の中を進んでいくと、

やがて、上麹とネームが入るロッカーが姿を見せる。

そしてそのロッカーの前に真一はカバンを置くと、

ガチャッ!

鍵を開け戸を開いた。



カサッ!

真一が戸を開けた途端、

中で彼を待っていたのは、

チュールが幾重にも重ねられたスカートが特徴的な白銀色のクラシックチュチュがハンガーに掛けられていて、

それと一緒にヨーロピアンピンクのトゥシューズが開いた戸にリボンで縛り付けられていた。

カサカサ

乾いた音を立たせながら真一はハンガーごとチュチュを取り出すと、

そのハンガーを開けた戸に引っかける。

そして、学校から着てきた制服を真一は脱ぎはじめるが、

だが、脱いだシャツの下から出てきたのは

キャミソールタイプのレオタードであった。

今日一日、真一はこのキャミソールタイプのレオタードを着て過ごしてきたのである。

さらに真一がズボンを脱ぐと、

彼の足を白いバレエタイツが覆っていて、

レオタード・タイツ姿になった真一はバレエ少女を思わせる姿になる。

しかし、コレで終わりではなかった。

レオタード・タイツ姿になった真一は洗面所へと向かうと、

洗面台の前に立ち、

グッ!

頭を覆う洒落たヘアスタイルの髪を徐に引っ張った。

すると、

ズルッ!

真一の頭を覆ってた髪は剥けるように滑り落ち、

短く髪を刈り上げた坊主頭が姿を見せる。

ところがそんな自分の頭に臆することなく

真一は鏡を見ながら徐に右手の指を顔に向けると、

グッ!

続いて右側の眉を掴み、

それをひっぱった。

ベリッ!

何かが剥がれる音ともに真一の眉は剥がれ、

その後には細く形を整えた別の眉が姿を見せる。

続いて左の眉を掴みあげると、

それも同じようにして剥がし、

真一の顔からは男らしさを見せる眉は消え、

女性を思わせるラインを描く眉へと変わった。

そんな自分の顔を見ながら真一は一呼吸し、

さらにクレンジングクリームを手につけると、

それを顔に塗り洗顔を始める。

そして、顔を洗い終えて再び顔を上げると、

そこには、目にアイラインを引き、

鼻に施されたノーズシャドゥ、

頬には頬紅

そして鮮烈なルージュが唇に塗られた舞台メイクが施された顔が姿を見せる。

「………」

まるでバレリーナの舞台メイクを思わせるその顔を真一はじっと見た後、

顔を幾度もなでて見るが、

彼の顔に施されているメイクは決して剥げることはなく、

常に新鮮な表情を見せていた。

「はぁ…」

そんな自分の姿を見ながら真一はため息をひとつ尽いたのち、

今度はまぶたに付け睫をつけ、

さらに、坊主頭の頭にシニョンに髪を結い上げ頭飾りが付いたカツラを被る。



カツラを被った後、

真一は自分のロッカーへと戻っていくと、

レオタードの肩ひもを外し、

着ていたレオタードを脱いでいく、

レオタードの下からはバレエタイツを穿いた男らしい筋肉質の身体が姿を見せるが、

真一は無言のままレオタードをロッカーに放り込むと、

カサッ

チュールの乾いた音を立てるチュチュを手に取り、

それを足に通していく。

カサッ

カサッ

チュールが奏でる音と共に真一はチュチュを引き上げ身につけていく。

こうしてチュチュの背中にあるホックを留め終わると、

真一はロッカーの戸に縛り付けてあるトゥシューズを手に取り、

そのリボンを足首に縛って穿くと、

コトッ…

1人のバレリーナがその場に立っていた。

コトッ

コトコトコト

トゥシューズが奏でる音を立てながら、

バレリーナとなった真一は再度洗面台に立ち、

薄幸の姫君となった自分の姿を点検したのち、

隣のレッスン室へと向かって行った。



カタン…

更衣室とレッスン室を隔てるドアが開き、

他の部屋と同様に無人であるレッスン室に真一は入っていくと

壁際に設置されているバーに捉まり入念な準備運動を始めだした。

そして、彼が準備運動をはじめてしばらく経ったとき、

スッ!

そのレッスン室に別の人影が入って来た。

ムッチリとした肉体をレオタードとバレエタイツで覆い、

胸の膨らみをプルンと震わせる侵入者の手には乗馬用の鞭が光っている。

「!!っ」

侵入してきたその人影に真一は気づくと、

慌ててレッスン室の中央部に立ち、

バレエの1番のポジションをしながら出迎えた。

「おはよう」

レッスン室に女性の声が静に響き渡ると、

真一は軽く膝を曲げるバレエの挨拶をしながら、

「おはようございます」

と小さな声で返事をする。

すると、

ピシッ!

いきなり真一の太股が叩かれると、

「声が小さい!」

と怒鳴りながら鞭の先端が真一の顎に触れ、

その顎を上へと持ち上げた。

「あっ…

 おはようございます」

さっきよりも一際大きく挨拶の声が響き渡ると、

「よろしい」

満足そうな女性の声が響き、

スッ

真一の顎に当てられた鞭が離れていく。



「バレエは挨拶に始まり、

 挨拶に終わります。

 それを忘れてはいけません」

真一の前に立ったレオタード姿の女性。

名バレリーナとして国内外に高い評価を受け、

そして、このバレエ研究所を主催している山崎歩美は真一に向かってそう告げると、

「はいっ」

真一の声がレッスン室に響き渡った。

「そう…」

その声に歩美は口に軽く手を当てて頷くと、

ジロジロ

と真一を舐めるように見回し、

そして、

「ふふっ、

 女子生徒たちから注目の的になっているイケメン君。

 だけど、そのイケメン顔を一皮剥けばオカマのバレリーナなんて、

 みんなが知ったらなんていうかしら」

と蔑むような目で呟くと、

「あっ

 そっそんな目で見ないでください…」

少し顔を背け視線を床に落としながら真一は返事をする。

すると、

「あら、なに?

 その反抗的な態度は?」

真一の返事を聞いた歩美はムッとした表情になると、

ピシッ!

再び真一の太股が叩かれた。

「うっ」

重く響いてくる痛みに真一の顔が歪むと、

「プリエ100回!」

と歩美の声が響いた。



「アンドゥトワァ…

 アンドゥトワァ…

 アンドゥトワァ…」

レッスン室に歩美の声と共に手拍子が響くと、

その声に合わせてチュチュ姿の真一がバーを掴みながら、

バレエの基礎運動であるプリエを黙々をこなしていく。

ハァハァ

ハァハァ

派手な動きこそは無いものの、

全身の筋肉にバレエの動きを教え込むプリエは最もキツイ運動であった。

ハァハァ

ハァハァ

喉元から汗を滴らせながら真一は黙々とその運動をこなし、

ようやく言いつけられた100回目を終えると、

コトコトコト

トゥシューズを鳴らしながらレッスン室の中央に戻り、

1番のポジションをしてみせる。

「よろしい」

荒い息をする真一を見ながら歩美は満足そうに言うと、

「ふふっ

 それだけ汗を掻いても落ちないメイクってどうかしら?」

と手にした鞭で真一の頬を突っつきながら

汗が流れながらも崩れないメイクについて尋ねた。

すると、

「はっはい、

 常にバレリーナとして居られることができ、

 と、とてもすばらしいです」

と真一は返事をするが、

「あら、

 じゃぁ、なんでファンデーションなんかで隠して学校に行っているの?」

意地悪そうに聞き返した。

「そっそれは…」

彼女の質問に真一は声を詰まらせると、

「下のショップでレオタードを万引きしようとしたのは何処の誰?

 バレリーナになりたいのです。

 よろしくお願いします。

 って土下座をしながら頭を下げたのは何処の誰?」

と歩美は真一の頬を鞭で軽く叩きながら聞き返す。

「うっ…」

彼女に痛いところをつかれた真一は俯いてしまうと、

ヒュンッ!

鞭が唸り、

ピシッ!

ピシッ!

ピシッ!

その身体に鞭が激しく炸裂した。

「あっ

 うぐっ!

 ぐぅ!」

1番のポジションを崩さずに真一は鞭打ちの痛みに耐えていた。



それはひと月のことだった。

学校内でイケメンとしてもてはやされていた真一は、

とある女子生徒と付き合っていたのだが、

だが、彼女がもつ嫉妬深い性格と、

その独占欲にヘキヘキしついに別れ話を持ち出したのであった。

無論、話を持ち出された女子生徒は激しく動揺して怒り、

真一をいまにも殺しそうな勢いで復縁を迫るが、

たまりかねた友人の説得もこうしてか別れることに同意をしたのであった。

そして、彼女から最後のデートを所望されて、

その際に訪れたここのバレエショップを訪れた際にそれは起きたのであった。

「え?

 万引きなんて僕はしてませんよ」

店から出ようとした際に店員より商品であるレオタードの万引きを咎められた真一は必死で否定しようとしたが

だが、彼が手に提げていたカバンよりレオタードが見つかると、

店員は真一を警察に突き出すと息巻いた。

真一は幾度も無実であることを話そうとするが、

だが、同伴していた女子生徒より

「だめよ、幾らバレリーナに憧れていたからって、

 そんなことをしては…」

と諭されてしまうと、

そのままここの2階にあるバレエ研究所へと連れてこられてしまったのであった。

そう、女子生徒とのバレエショップの店員、

そして、このバレエ研究所の主催者である歩美は実は姉妹であり、

真一は彼女たちが敷くんだ罠に填められてしまったのであった。

結局、歩美に監禁される形で真一は歩美に向かって

バレリーナになりたいことを懇願させられ、

それを聞いた歩美は真一のその決心が本物であるかを示させるために、

彼の顔に永遠に落ちることのないメイク…

刺青を施してしまったのであった。

細い眉にアイライン・ノーズシャドゥ、

そして頬紅・ルージュが真一の顔に施されていくと、

彼の顔はバレリーナの顔へと変わっていく。

そして、チュチュとバレエタイツ・トゥシューズを身につけさせられると、

このレッスン室でバレリーナへなるためのレッスンが始まったのであった。



ようやく、歩美の鞭打ちが止むと、

「うっ

 くっ」

彼女の前には全身を震わせながらもポジションをとり続けている真一の姿があった。

「さすがは男の子ね。

 音を上げないなんて大したものね」

肩を大きく上下に動かしながら歩美は感心すると、

「おはようございます」

と別の女性の声がレッスン室に響き渡った。

ビクッ!

その声に真一の身体が小さく動くと、

「あら、

 レッスンにちゃんと励んでいるのね、

 上麹君」

と彼に近づき、

レオタード姿の少女が話しかけてきた。

そう、彼女こそが真一をこのバレエ地獄に叩き落とした、

真一から別れ話を持ち出された山崎知美であった。

「うふふ…

 あのイケメン上麹が、

 こんなチュチュを着たオカマバレリーナになっただなんて、

 ねぇ傑作だと思わない?」

レオタード姿の身体を絡ませながら知美が囁くと、

「くっ」

ルージュが引かれた真一の口が歪み、

顔を背ける。

すると、

「あら、素直じゃないのね…

 お姉ちゃん。

 じゃなかった、

 先生!」

それを見た知美は姉である歩美に声を掛けると、

「なんですか、

 山崎知美さんっ」

薄く笑みを浮かべながら歩美は返事をする。

すると知美は真一の胸元に手を入れ、

「先生…

 このバレリーナの胸、

 ちょっと薄くないですか?」

とチュチュに出来ている隙間を指摘した。

「!!っ、

 山崎っなにを…」

それを聞いた真一が驚くと、

ピシッ!

真一の腿が鞭で叩かれ、

「お黙りなさい!」

と歩美の声が響いた。

「はい…」

その声に真一は悔しそうに口を歪ませ、

再び1番のポジションを取ると、

「残念ねぇ」

せせら笑いながら知美は真一の顎下を撫で、

そして、歩美を見ると、

「先生、

 オッパイ膨らませたら如何でしょうか?」

と提案をした。

「!!っ」

知美の口から出た提案に真一は目を丸くするが、

「あら、同じコトをわたしも考えていたのですよ」

と歩美は言い、

真一のチュチュが覆う胸に手を置き、

「ここにプルンとしたオッパイが欲しいわね」

そう囁く。

「やっ…」

それを聞いた途端、真一の口からこの声が漏れるが、

「ん?」

歩美が真一の顔を見た途端、

グッ

真一は次に出る言葉を飲み込んだ。

すると、

歩美は真一から離れ、

「バレリーナとして恥ずかしくないオッパイを膨らましてあげましょう。

 だけど、プルンとは震えないオッパイよ。

 ふふっ、

 普通の女の子とは同じオッパイを膨らますと、

 バレエには邪魔になりますからね」

知美に向かって歩美はそう話し、

そして、真一を見ると、

「上麹さん。

 あなたには固いオッパイを膨らましてあげますわ、

 どんなに跳んでも跳ねても決して揺れない、
 
 バレエの邪魔にならない固いオッパイをね」

と告げたのであった。

ひと月後、

真一の胸には釣り鐘のようにつきだした乳房が出来上がっていた。

肉質注射と呼ばれる古典的な手法で豊胸された真一の乳房は芯が入っているかのように固く、

どんなに激しく運動をしても決して跳ねることはなく身体の動きについていく乳房であり、

真一のチュチュを内側からしっかりと支える。



コツン!

コトコトコトコト…

ツンと膨らんだ胸を誇らしげに突き出し1人のバレリーナが華麗に舞う。

しかし、そのバレリーナを見つめる視線には次なる野望が潜んでいたのであった。



おわり