風祭文庫・バレリーナ変身の館






「約束の舞台」



作・風祭玲

Vol.608





「ちょっとぉ、

 舞台、見に来てくれるって約束だったでしょう…」

夕暮れの街に女性の声が響き渡ると、
 
「悪りぃ、

 急なバイトが入っちゃってさ、

 どうしても外せないんだよ」

と追って男の謝罪する声が響く。
 
「そんなこと言ったってぇ…約束ぅ」

「約束、約束って言っても、

 もぅ昔の話だろ、
 
 それに、どうせ美保はその他大勢の一人なんだし…」

なおも納得ができない女の声のあと、

男がそう指摘した途端、
 
パァ〜ン!! 
 
男の頬に女の平手打ちが飛び、
 
「悪かったわねっ、どうせ私はその他大勢ですよ。
 
 もぅ、敏夫のバカァ…」

藤田美保はそう怒鳴ると山田敏夫の前から走り去ってしまった。

そして、
 
「ってぇなもぅ…」

残された敏夫は美保に叩かれた頬をさすりながら、

去っていく彼女の後ろ姿を見送っていた。 
 
 

「バカバカバカ…

 敏夫のバカ…」 
 
敏夫の元から走り去った美保は勢いに任せて走ったが、

やがて走るのを止めるとトボトボと歩き出し、

そして、その足が止まったとき、

”京塚バレエ団”の看板が掛かる白亜の建物の前に立っていた。

「……はぁ…

 やっぱりここに来ちゃうのね」

自分が所属するバレエ団の建物を見上げながら美保はため息をつくと、

キィ…

閉じている玄関ドアを押した。

「レッスンが休みの日ってホント静かね」

いつもなら奥のレッスン室からピアノの音が鳴り響き、

それに併せてトゥシューズが床を叩く音がこだましているのだが、

しかし、公演前日の今日は準備などで皆出払い、

建物の中はほぼ無人になっていた。

「はぁ…

 なんか気が抜けちゃったなぁ…」

人影のないレッスン室に入った美保は

レッスンバー横に吊していた自分のトゥシューズを手に取り、

そのレッスンバーに身体を預けながらそう呟く。

そして、壁の鏡に映る自分の姿に向かって、

「ねぇ、そこのあなた、

 あたしねぇ…、

 小学校の頃からずっとバレエをやってきたのよ」

と話しかけた。

「きれいな衣装を着て舞台に立つのが夢でずっとがんばってきて…」

「で、やっと、

 やっとね、舞台に立てるチャンスがきたの…」

「うふっ

 とは言ってもさ…その他大勢の一人だけどね…」

美保は鏡に映る自分に向かって話し続けると、

片目を瞑ってみせる。 

そして

「はぁ…」

再び大きくため息をつくと、

「そうなんだよなぁ…

 敏夫が言うとおり、

 舞台に立てると言っても、

 所詮はその他大勢。

 別に真ん中で踊るわけでもないし、

 敏夫にバイトを蹴って見に来い。

 って言うのもムリがあるよね」

美保は自分自身で納得するフリをしながらうなだれ、

「それにしてもなんでアイツはバレエを辞めたんだろう。

 いくら恥ずかしい。って言ってもさ、

 素質はあったし、

 スタイルはまぁまぁ引き立つし、

 結構かわいがられたのにさ」

と敏夫が中学の時にバレエを辞めたことを指摘する。

そして

「あたしがバレエを始める切っ掛けってアイツなんだよ、

 子供の頃、あたしの家と敏夫の家は隣どおしで、

 アイツとよく遊んだわ…」

美保はレッスンバーに身体を預けながら

自分がバレエをはじめた切っ掛けのことを思い出しはじめていた。

「でも、アイツとは週3日と遊ぶことが出来なかったのよ、

 敏夫の母親って”子供が出来たら絶対にバレエを習わせる。”と言って、

 3つの頃からバレエを習い、

 そんなアイツの姿をあたしはいつも見ていたわ、

 でも、ある日、

 あたしはアイツの母親に誘われて

 一緒にバレエ教室に行ったのよ、

 丁度、発表会の衣装合わせだったらしくてね、

 綺麗だったわ……

 そして、その中で元気よく踊るアイツの姿を見ていたら、

 ”あたしもあぁして踊ってみたいなぁ”と思うようになって、

 それがあたしがバレエを始める切っ掛け…

 でお、あたしがバレエを習い始めた頃なんか

 ”お前のようなヤツが、舞台に立てるわけがない”

 なぁんて生意気なことを言ってさ、

 で言ってやったのよ、

 ”もしも、あたしが舞台に出ることになったらどぅするの?”ってね。

 そしたらアイツ、
 
 ”よぉし、そうしたらお前と一緒に踊ってやる。”

 なんて言ってたっけなぁ…

 でも、アイツ…

 中学に入ってしばらくしたらバレエを辞めちゃったけ…

 バレエって”女の子のお稽古事”ってイメージあるし、

 友達にバレエを習っていることをバカにされたのが切っ掛けで

 辞めちゃった。

 まったく、そんなこと気にしなければいいのに、

 まっ、一緒に踊ることは出来なくなったけど、

 でも、”あたしが舞台に立つ日が来たら見に行く”って約束。

 果たしてほしかったなぁ」

いつの間にか手にしていたトゥシューズに向かって

美保は話しかけていると。

トクン…

そのトゥシューズが一瞬、脈を打ったように動く。

「え?

 いっいま、動いたような…」

そのことに美保が気づくのと同時に、

キィ!!

ガチャッン!!

突然、建物の扉が開く音がすると、

あわただしい足音が響き渡ってきた。

「ん?

 誰か来たのかな?」

トゥシューズのことよりも、

迫ってくる足音に美保は気を取られ、

首を伸ばすと、

「あら、藤田さん」

やがてやってきたのは歳は50代中ばと思える女性で、

このバレエ団を率いる京塚光子であった。

「京塚先生!!

 どうしたんですか?」

深刻そうな光子の表情に美保が驚くと、

「大変なの、

 宮沢さんがケガをして」

と光子は事情を話し、

ドタバタとレッスン室の奥にある事務室へと飛び込んでいった。

「宮沢さんって…

 今度”真ん中”を踊る人でしょう、

 あらあら、

 公演は明日だし今から代役を捜すのって大変じゃない?」

そう公演の心配をすると、

「誰か見つかればいいね」

とトゥシューズに話しかけた。



翌日の朝、
 
「ったくぅ、

 どーなってんだ?、

 バイトの予定がパーになっちまうなんて…」 
 
街中を文句を言いながら敏夫は歩いていた。
 
そして、

「でも、これが無かったら、

 今日は何もすることがなかったな」

先ほど送られてきた携帯のメールを見ながら敏夫は歩くと、

やがて着いたところは、

美保のバレエ団が「白鳥の湖」を公演するホールだった。 

「あれ?

 なんだよ、

 京塚先生の手伝いか?」

京塚バレエ団の看板を見上げながら敏夫は頭を掻いていると、

「まぁ、

 仕方がないな」

と自分で納得をし、

そして、ホールへと入ってゆく。



「んーと、

 担当の人は誰だ?」

ホールの中は既にバレエ団の関係者でごった返し、

美術関係や衣装関係、

出演のバレリーナ達が慌ただしく動き回っていた。

その中を敏夫は自分の持ち場の担当者を探しながら歩いていると、

チャッ…

突然、目の前のドアが招くように開いた。

「え?

 ここかな?」

開いたドアに吸い寄せられるようにして敏夫を部屋へと入ると、

パタン!

ドアは独りでに閉じてしまった。

「え?

 あっれ?」

人影のない部屋の様子に敏夫は呆気にとられていると、

コトン!

部屋の中で何か音が響く、

「え?」

音が響いた方向を向くと、

この部屋はバレリーナの支度部屋らしく、

壁に大きな鏡とその下にはメイク道具が置かれていて、

またバレリーナが座るであろう椅子の上には

1足のトゥシューズが置いてあった。

「ん?」

そのトゥシューズを一度見つめた後、

「んーと、

 だれもいないのかな…」

敏夫は首を練りながら部屋から出ようとしたとき、

シュルン!

キュッ!

彼の足に何かが絡みつくとその足を締め上げ始めた。

「痛い!」

突然襲ってきた痛みに敏夫は思わず声を上げて下を見ると、

キュッ!

いつの間にか敏夫の足にはトゥシューズが履かされていて、

コト

コト

敏夫の足の動きに併せて音を立てていた。
 
「うわっ、なっなんだ?」 
 
敏夫は一瞬何が起きたのか判らなかったが、
 
スグに乳首のあたりが痛痒くなりはじめると

その胸がムクムクと胸が膨らみ始めた。 
 
ムクムク

ムクムク

膨らみ始めた胸はまるで風船を膨らませるように膨らんでいき、
 
程なくして見事なバストとなってシャツを内側から押し上げる。 
 
「こっこれは……」

ボリュームのある自分のバストを見て敏夫が驚いていると、

続いてヒップがググと大きく張り出し、

ウエストは絞るように括れてくると、

敏夫の身体は女性的なボディラインを美しく描き始め、
 
また、短髪だった髪が徐々に伸び始めると、

その先端が肩に掛かる。

「なっなにが、

 どうなているんだ」

女性化してゆく身体の様子に敏夫は混乱するが、

しかし、その間にも肩幅もみるみる狭くなり、

シャツから覗く2本も腕は細く白くなっていった。 

そして、まっすぐ伸びていた足が内股になった頃には

敏夫の身体はすっかり女性化し、

肉体の変化が終わるのを見計らうようにして、
 
今度は服が空気が抜けるようにピッチリと身体に密着すると、
 
シャツは袖と胸元から上の部分が肩紐の残して消えていってしまった。

さらに、素材が美しい真珠色の光沢放つものへと変わると、

胸の部分に美しい刺繍と鳥の羽で出来た胸飾りが現れ、

膨らんだ敏夫の胸を美しく引き立たせる。 

「うっうそっ

 おっ俺、女に…」

女になってしまった身体を隠すようにして敏夫はうろたえていると、

今度は穿いていたズボンが色を白くなりながら

その裾が脚を這い上がり始め、

その先端が腰まで上がって来たとき、

さっきまでシャツだった部分と一体化して彼の身体を包み込むと、

腰の部分から真横に向かってスーっと1枚のスカートが生えだした。
 
最初の1枚目は腰からさほど離れていないところで止まったが、
 
しかし、1枚出来ると、

その上に2枚目、

3枚目と次々と生え、
 
しかも、下になったスカートよりも一回りずつ大きくなっていった。
 
そして、最後の7枚目が広がるとその表面に羽根を模した刺繍が入り、

スカートを美しく飾る。 

また、靴下はズボンの裾追いかけるように足を這い上がると、
 
さっきまでジーンズだったチュチュの中に入り込み、

白いバレエ・タイツとなり細くなった足をトゥシューズと共に美しく表現した。 

こうして、敏夫の変身が一段落すると、

今度は伸びた髪がスルスルとまとめられると”お団子”となって後頭部を飾り、 
 
顔にはたちまち白粉が塗られると、

濃厚なアイラインとノーズシャドウ・頬紅が次々と施され、
 
仕上げに深紅の口紅が塗られていく。 
 
そして、最後に羽毛を模した飾りとティアラが頭上に現れると、 
 
そこには敏夫ではなく一人のバレリーナが恥ずかしげに立っていたのであった。 
 


「いっいったい…

 なんで…」

バレリーナと化してしまった敏夫が呆然としていた頃、

「あれぇ?」

美保は自分の荷物の中からトゥシューズが無くなっていることに気づいていた。

「どこ行っちゃったのかなぁ」

既にチュチュへの着替えが終わっていた美保は必死になって探していると、

「藤田さん、

 先に行っているね」

と準備が終わったバレリーナ達が支度室から次々と出て行きはじめ、

「うっうん、

 あたし、少し遅れるって言っておいて」

そんなバレリーナ達に向かって美保は遅れるコトを伝えると、

「…そういえばさ、

 オデット役の宮沢さんの怪我は大丈夫なの…」 
 
「…いや、替わりの人が見つかった。って聞いたわよ」 

と今日の主役についての噂が美保の耳に届いた。

「へぇ…

 代わりの人、見つかったんだ…」

それを聞いた美保は少し安心するが、

「あっとぉ」

スグに自分のトゥシューズを探し始めたとき、

シュッ…

美保の足に何かがとりついた。

「えっ、なに?」 
 
何かが足を覆うその感触に美保が戸惑う間もなく、

頭につけていた飾りが突然フッ消えると

後ろにまとめていた髪がバサッっと解ける。

「え?

 え?

 なに?

 どうして?」

美保は突然解けた髪に驚くが、

しかし、

彼女が着ているチュチュのスカートが萎むように消はじめると、

瞬く間にチュチュのスカートは消えて無くなってしまった。

「そっそんなぁ!!」

突然の出来事に美保が驚くまもなく

足を包む薄手のバレエタイツは厚手のものへと変化し、
 
また、チュチュの色が黒くかわるとプツンと股下が切れると、

切れた裾は臍へと這い上がりだした。
 
さらに、肩紐のみで露わだった肩には胸元から上がって来た布が覆い隠し、
 
また、袖が出てくると、

それぞれの両手先へと伸びはじめ重厚な衣装へと変化してゆく、

そして、最後に胸元へ金色の刺繍が施されたとき、

美保が着ていたチュチュは王子の衣装になってしまった。 

「うっそぉ!!」

身につけていた衣装の変化に美保は驚いていると、

シュルン!

今度は胸の膨らみが萎むようにして消え、

さらに筋肉が

ググググっ

と盛り上がり始めると、 

股間にはもっこりと膨らみが現れた。
 
こうして華奢だった美保の身体は逞しい男の体へと変化し、

王子役のバレエダンサーへと変身してしまった。 
 
すると、まるで何かに引かれるように美保は立ち上がり、

そのまま舞台袖へと向かうのとほぼ同時に音楽が鳴り始め、

幕が上がった。 
 
そして、音楽に合わせて美保は飛び出すと、

スポットライトを一新に浴び、

王子役として華麗に舞い始めた。 



「あぁ、

 なんで、

 あたしが、

 こんなことを…」

王子として踊りながらも美保は困惑していると、

やがて、舞台はオデットの登場そして王子との出会いとなり音楽が変わった。 
 
すると、

「呼んでいる…」

今度はバレリーナとなった敏夫がゆっくりと舞台へとすすみ、

コト

ココココ…

敏夫はトゥシューズの音を鳴らしながら舞台へと進み出てゆく、

「あぁ…

 いやっ

 見ないで…

 だめ…

 あぁ…」

客席からの視線を感じながらもバレリーナとして敏夫は舞い踊り、

真ん中で待っている美保のところへと進んでいった。

そして、

スッ…

手をさしのべる王子の手を取ったとき、

「!!っ

 みっ美保?」

「とっ敏夫?」

美保と敏夫はそれぞれを互いに感じ取ると、

「あぁいやっ」

「とっ敏夫っ

 どうして?」

「みっ美保こそ」

「あっこれは…」

舞台の上で二人はその内情とは裏腹に華麗に舞い続けていたのであった。



おわり