風祭文庫・バレリーナ変身の館






「プレゼント」



作・風祭玲

Vol.564





「じゃぁ、裕美ちゃん、

 僕はこれで帰るけど」

クリスマスイブを翌日に控えた休日の午前、

僕はとある病室を見舞っていた。

「うんっ

 あたしは大丈夫よっ

 バレエの公演、

 頑張ってね」

腰を上げた僕に向かって

ベッドの中より小学生の女の子が笑みを浮かべると、

「うん、頑張るよ、

 今年は残念だけど

 でも、来年もあるから、

 しっかりとケガを治すんだよ」

立ち上がった僕はそう言いながら彼女の頭を軽くなでる。

すると、

「うっうんっ」

急に彼女の表情が暗くなり、

プイッ

っとそっぽを向いてしまった。

「裕美ちゃんっ!!

 良くん、ごめんね」

その途端、彼女の母親である従姉妹が軽く注意をした後、

僕に向かって頭を下げると、

「あぁ怒らないで

 いいんですよ、

 裕美さん、今日のこと楽しみして来たのですから、

 僕だって同じ立場になれば落ち込みますよ」

そう笑いながら母親を励ました。

そして、

「ふぅ…」

病室を辞し廊下に出た途端、

「交通事故に遭うだなんて…

 裕美ちゃん、辛いだろうなぁ…」

病室を振り返りながらそうつぶやく。



僕の名前は大野良平、

とあるバレエ団の端っこでしがないバレエダンサーをやっていて、

ちょうど今日は、僕が所属しているバレエ団の公演の日だった。

クリスマスを前にしてのバレエ公演を

姪の裕美ちゃんは楽しみにしていて

毎年欠かさずその公演を見に来てくれていた。

ところが、その公演を目の前にしての交通事故と入院で、

誰の目にも判るくらい、裕美ちゃんは落胆していたのであった。

「なにか裕美ちゃんを励ますようなものはないかな…」

翌日、クリスマスイブの午後、

バレエ団でのレッスンを早々に切り上げた僕は

クリスマスソングが響き渡る街中を歩き、

飾り付けできらびやかになっている店を見て回る。

「本は…ダメだな…」

「CDは…うーん、これもなぁ」

「ぬいぐるみか何かは…

 …小バカにしているみたいでダメか」

あっちこっちの店を覗いてみたが

コレ!と云うものとはめぐり合えず、

時間だけが過ぎていく、

そして、冬の短い陽はスグに落ちると

あたりに闇が忍び寄ってきた。

「ふぅ…

 いつまでも悩んでいても仕方がないか、

 こうなったら余計な詮索はしないで…」

とついに裕美ちゃんへのプレゼントで考えるのを

諦めた僕が腰を上げると、

「あっあれ?」

いまさっきまで大勢の人でにぎわっていた街から人の姿が消え、

僕一人がポツンとその場に立っていた。

「ばかな…

 え?

 え?

 誰も居ないだなんて…」

クリスマスのイルミネーションもそのままなのに、

人の姿がすべて消えてしまったことに僕が驚いていると、

シャンシャンシャン!!

空のかなたから鈴の音が響き渡ってきた。

「鈴?」

その音に僕は聞き耳を立てていると、

ポゥ…

音の響く方向の空になにか動く物が姿を見せ、

そして見る見る大きくなってくると、

キキキキーーーーーッ!!

ブレーキ音も高らかにトナカイが引くソリが僕の前に停止すると

『メリークリスマス!!!』

の声と共にトナカイが引くソリの中から

あの赤い衣装を身にまとい、

口ひげを蓄えた老人が僕に向かって軽快に挨拶をする。

「さっさっ

 サンタだ…」

まさにサンタクロース然とした容姿の老人に僕は唖然とすると、

「(ゴホン!!)

 えーと」

バサッ

老人はソリの中から伝票の束を取り出し、

そして、指を舐めながらそれをめくっていくと、

「えーと、コードナンバー49の・・・・・・…

 日本国・東京都お住まいの大野良平さんで間違いないでしょうか?」

と僕に尋ねる。

「はっはぁ…」

その言葉に僕はうなづくと、

「はーぃ、

 では、ここにサインもらえますか?」

と老人はまるで少女のような台詞を言いながら僕に向かって

たくさんの読めない文字で記された書類とボールペンと共に差し出すと、

「はっはぁ…」

言われるままに僕は書類のName欄にサインをする。

すると、

「はいっ

 確かに…」

パンッ!!

書類を受けとった老人はそれを確認するかのように書類を叩くと、

『コホン、

 えーっ、あーっ

 ほっほっほっ

 はじめまして、

 見てのとおり、私はただのトナカイ好きの老人はありません。

 人は私のことを”サンタ”と屋号…じゃなかった…

 まぁそう呼びますが…』

と老人は自分がサンタであることを改まって告げると、

『ほっほっほっ

 まずは、おめでとうございます。

 大野良平さん、貴方は栄えある

 ”2004年・サンタクロースプレゼント授与適格者”

 に選出されました』

サッ!

そう続けながら僕に向かって適格者認定証を差し出す。

「はぁ…(で?)」

認定証を受け取った僕は聞き返すと、

『では、早速、

 プレゼント授与式を執り行いたいと思います』

サンタはそう宣言し、

ダララララ…

どこからかドラムロールの音が響き渡り始める。

「ドラムロール?」

響き渡るその音の出所を探ると、

なんと、ソリを引いていたトナカイが2歩足で立ち、

おなかで抱えた太鼓を両前足で持ったスティックで叩いていた。

「あは…

 トナカイが…

 ドラムを叩いている」

ニカッ!(キラ☆)

唖然とする僕をトナカイは見つめながら歯を輝かせたとき、

バッ!!

サンタはソリの中から白い大黒袋を取り出すと、

『ほっほっほっ

 では…

 貴方が欲しいという物をこの袋に向かって念じてください』

と僕に欲しいものを念じるよう迫る。

「え?

 欲しいものって言われても…」

サンタの言葉に僕は困惑し、

そして、プレゼントといえば…

とふと裕美ちゃんのことを思うと、

すると、

『むっ判りました

 それが貴方の欲しい物なんですね』

そうサンタが言うのと同時に

モワッ!!

サンタが手にしていた袋から霧のようなものが沸き起こると、

瞬く間に僕の体を包み込んでしまった。

「うわっ

 なっなんだ?」

まるで飲み込むようにして包み込んだ霧を追い払おうとして

僕はもがいていると、

シュルルルルルルル…

僕の体が小さくなったのか、

霧を扇いでいた手にだぶ付いてきた袖が覆いかぶさってくる。

「え?

 なんだ?」

すると、今度は

スススス…

短く刈り上げていた髪が伸び始め、

また、胸がくすぐったくなってくると、

その快感に

「あっあんっ!!」

まるで女の子のような声をあげてしまった。

「!!」

僕の口から出たその声に僕は慌てて口を塞ぐが、

しかし、その間にも僕の体は変わってゆき、

キュッ!!

ウェストがくびれ、

ムリッ!!

ヒップが張り出す。

さらにバストが成長していくと、

「うっうそぉ!!」

僕の体は女の子へと変わってしまっていた。

しかし、それだけでは終わりではなかった。

シュルシュルシュル…

今度は着ていた服が変化していくと、

瞬く間に肩が露出し、

くびれたウェストを引き締め、

ムッチリとした足をタイツが覆い、

ヒップからは傘のようにチュールのスカートが伸びていった。

そして、伸びた髪が巻かれシニョンスタイルに変わると、

ヌリッ!!

僕の顔にメイクが施されていく。

『ほっほっほっ

 可愛く変身しましたね。

 では、ではわたしがこれから貴方の舞台へとお連れしましょう』

あるものへと変身した僕をサンタは満足そうに見た後、

そう言いながらいきなり腕を取ると、

ゴワッ!!

僕をぶら下げソリは天空高く飛び上がる。

「うわぁぁぁぁ!!!

 おちるぅぅぅぅ」

眼下に夜景を望みながら僕は悲鳴を上げると、

『ほっほっほっ

 大丈夫っ

 落ちませんよっ

 さっ貴方の舞台に着きました。

 ここでその想いを存分に遂げてください』

キッ!!

サンタがそう言うのと同時にソリは急停止し、

僕の腕をつかんでいた手が離される。

「え?

 あっちょっと

 うわぁぁぁぁ!!!」

サンタの手が離れた途端、

僕は一気に下に落ちていくが、

しかし、

ストッ!!

あるところで足が地に付くと

僕は空中で立ち止まってしまった。

「え?

 うそ…

 宙に浮かんでいる?」

眼下に見える駐車場を見ながら僕は驚いていると、

「!!」

ちょうど目の前にある部屋から一人の少女が

僕をじっと見つめているのに気づいた。

「裕美ちゃん…」

そう、そこは裕美ちゃんが入院している病室の前だった。

『さぁ、

 大野良平さん、

 貴方はバレリーナです。

 その女の子に貴方のバレエを見せてあげてください』 

と上からサンタの声が響いた。

「僕がバレリーナ?

 そっか、

 これは、チュチュか…

 そして、トゥシューズも…」

サンタの声に僕はいま、自分がバレリーナになっていることに気づくと、

ザワッ!!

いつの間にか僕の背後には沢山のバレリーナたちが整列し、

スッ!!

目の前に一人の王子が現れると僕の白くて細い手を取った。

準備は終わった。

あとは、開始のベルと共に僕は一羽の白鳥になるだけだ。

「ごくり…」

ある種のためらいを感じつつも僕は生唾を飲み込むと、

「うん…

 ちょっと、変なことになったけど
 
 でも、僕にはコレが一番かも…」

と思い、そして、

キッ!!

窓の向こうに居る裕美ちゃんを見据えると、

スッ

僕は彼女に向かって片足立膝の挨拶をした。

すると、

ジャーーン!!!

上空のソリからオーケストラの音色が響き渡り、

タンッ!!

僕は裕美ちゃんの前でバレエを舞い始めた。



…………

「ありがとう、サンタさん。

 裕美ちゃんもこれで元気になると思うよ」

裕美ちゃんの前でバレエを踊り通した満足感と、

少しでも彼女を元気付けられたのではと思う達成感を感じながら

サンタのソリに戻った僕はそういうと、

『ほっほっほ

 こういうクリスマスプレゼントもまた面白いものですね』

サンタは白い髭をなでながら幾度もうなづく、

「さて、

 じゃぁ僕の役目はこれで終わり、

 サンタさん、

 もぅ元に戻してくれてもいいよ」

コトっ

地上に降り立った僕はポワントで立ちながら

身に着けているチュチュを指差すと、

『ほっほっほっ

 何を言うのかな?』

とサンタは返した。

「は?

 だっだから、

 裕美ちゃんを元気付けられたし、

 バレリーナとしての僕の役目は終わったの。

 だから、元の姿に戻してよ」

呆けてしまったかのようなサンタの表情に

僕は不安になりながら、そう催促すると、

『ほっほっほ…

 貴方は2004年・サンタプレゼント授与適格者に選ばれ、

 そして、貴方が欲した私・サンタからのプレゼントとは、

 裕美ちゃんとか言う女の子を励ましてあげたいので、

 バレリーナになりたい。というものだった。

 だからわたしは君の願い

 「バレリーナになりたい」

 を叶えてあげたのです』

とサンタは僕に向かって告げる。

「へ?

 って言うことは…」

『まぁそうですね…

 元に戻るとするなら、

 来年2005年以降のサンタプレゼント候補者に

 選出されなければならないですね、

 もっとも、候補者というものには簡単にはなれません。

 なにしろ、全地球人・60億人の中から

 選ばれなければならないのですから…

 年末ジャンボ宝くじよりも当たる確率は低いと思いますよ』

「ちょちょっと、待って、

 じゃぁ僕はどうしろと…

 このままずっとバレリーナのままなの?」

サンタの言葉に僕は詰め寄りながら自分の体を指差すと、

『さぁ?

 貴方の今後の生活に関しては私の管轄外です。

 自己責任ということで何とかしてください。

 では…

 メリークリスマス!!』

青ざめる僕をよそにサンタは手綱でトナカイの尻を叩くと、

シャンシャンシャン!!

鈴の音を響かせながら夜空に向かって飛び上がって行く。

「あっ待って!!

 ちょっと、待ってて…

 そんな、僕はずっとバレリーナなの?

 ねぇ、バレリーナとして生きていかなければならないの?

 ちょっと、サンタさーん、

 責任とってよぉ〜っ!!」

次第に小さくなってゆくサンタのソリに向かって僕は声を上げると、

ピラ…

一枚の紙が僕めがけて舞い降り、

ピタッ

舞台メイクが施されている僕の顔に引っ付いた。

「なっなんだ?」

スグにその紙を手に取ると、

”サンタの利用は計画的に…

 一時の感情でプレゼントの要求はしないようにいたしましょう。

 注意一秒、ケガ一生、

 そのプレゼントで本当にいいのですか?

 よーく考えてから答えてね”

と書かれたクリスマスカードだった。

「あは…

 あは…

 いまさらこんなものをもらっても遅いわいっ!!」

手にしたクリスマスカードをくしゃくしゃに潰し、

僕は思いっきり叩きつけていた。




翌早朝

長かった夜が開け、東の空に薄明が始まった頃、

シャンシャンシャン…

一晩中、空を飛び回っていたソリがゆっくりと街に下りてくる。

そして、古風なレンガ造りの店の前に到着すると、

「ふぅ…」

ソリの中のサンタは大きくため息を吐き、

ポンッ!

っと胸から何かを抜いた。

すると、

プシュー!!!!

サンタの胸から勢い良く空気が噴出すと、

見る見るその膨らんだ胸と腹が萎みだし、

そして萎みきったところで、

グッ

サンタは自分の顔に手をかけ、

ベリッ!!

一気に引き剥がすと、

続いて白い髪の毛もろと赤い三角帽を取り去った。

そして、赤い衣装を脱ぎ、

バサッ!!

トレードマークとなっている黒尽くめの衣装を翻しながら、

サンタの変装を解いた少女は立ち上がると、

『お疲れ様です』

『そうですね…

 でも、やっと今年最後の仕事が終わりました』

横に控えるトナカイからのねぎらいの言葉に少女そう答えながら、

ソリから降りると、

『あっ』

トナカイが何かに気がつき、

『ネコの耳がまた立っていますよ』

とさりげなく指摘する。

『え?』

トナカイの指摘に頭からネコミミを立てていた少女が驚きながら、

ネコミミを押さえると。

『やだぁ!!

 もぅ!!』

の言葉を残して店の中へと消えて行った。

『(シュボッ!)

 ふぅ…

 やれやれ、

 世話の焼けるお方だ、

 しかし、女神からの委託とはいえ、

 この御勤めはホント応えるわ』

少女が消えた後、

タバコの煙を揺らせながらトナカイは明けていく夜を眺めていた。



おわり