風祭文庫・バレリーナ変身の館






「声」



作・風祭玲

Vol.464





「お疲れ様でーす」

「頑張ってね」

「じゃぁ田畑君っ

 鍵の方お願いね」

そろそろ深夜にさしかかろうとする時刻、

更衣室より着替えを終えて出てきた女性数名が一人居残りをする田畑和義に向かって声をかけると、

「あっはいっ」

Tシャツに白のタイツ姿の少年・和義は明るく返事をした。

「まったく、

 他の女の子達も田端君みたいに熱心なら早く上達するのにね」

「いえっ

 僕はただ踊るのが好きですから…」

「あっいいわねぇ

 そう言うの…
 
 お姉さん、がんばる男の子って好きよ」

「でも、今度の発表会に出番が無いのは、ちょっと問題よね」

「そうねぇ…

 田端君ってまだバレエを始めたばかりだったから役を用意できなかったけど、

 でも、こんなに頑張っているんだから次にはしっかりと役をあげるからね」

和義の返事を聞いた女性達は口々にそう告げると、

「いえっ

 僕はそんな…」

その言葉に和義は謙遜する。

「じゃぁ、頑張ってね」

「はいっ」

そんな会話の後、女性たちがレッスン室から去っていくと、

ポツリ…

和義は一人残っていた。

ほんの1時間前までは喧騒に包まれ、

大勢のレオタード姿の女性たちが汗を流していたレッスン室もシンと静まり返っている。

「ふぅ…」

自分以外の人の気配が消えたことを感じ取った和義は大きく息を吐くと、

「さて…」

改めて誰も居ないことを確認するかのようにレッスン室、更衣室などを確認する。

そして、誰見居ないことを確認すると、

更衣室においてある自分のバックに徐に手を掛け、

そして、

ジャー

ファスナーを開くとその中からある物を取り出した。

ゴクリ

それを目にした途端、和義は生唾を飲み込み

ハァハァ…

次第に呼吸も荒くなっていく。

キラリ…

更衣室の灯りを受け鈍く光るそれは女性用のレオタードと薄手のバレエタイツであった。

ハァハァ

ハァハァ

ビンッ!!

荒い呼吸をする彼の股間には男の逸物が硬く勃起し、

股間をピタリと覆うタイツに特大のテントを張っていた。

スルリ

しかし、和義はそんなことには構わずに着ていたシャツとタイツを脱ぎ捨てると、

時間を惜しむようにそれらを身につけ、

そして、ピンク色のトゥシューズを履くと、

コトリ…

トゥシューズの音を鳴らしながらレッスン室に出て行った。



自分以外誰も居ない夜のレッスン室に股間を大きく膨らませたバレリーナが静かに立つ。

ハァハァ

ハァハァ

荒い息をしながら和義は壁一面に張られている鏡に自分の姿を映し出すと、

先ほどまでこのレッスン室で行われていたレッスンの様子を思い出しながら、

その中にいるひとりの少女になったつもりでレッスンをはじめだした。

トンッ

ココココ…

静まり返ったレッスン室に和義が奏でるトゥシューズの音が響き渡る。

少女たちが残した残り香を嗅ぎながら和義は鏡に映る自分の姿をその少女たちの姿に重ね合わせ、

レッスン室の中をクルクルと舞う、

そして、舞台の上チュチュ姿でスポットライトを浴びる自分の姿を想像しながら

「あぁ…

 みんなの見ている前でバレリーナになりたい…」

と口走った。

そのとき、

『ふふふふふ…』

まるで和義をあざ笑うかのような女性の笑い声がレッスン室に響き渡る。

「え?」

その笑い声に和義はピタリと動きを止め顔を青くしながら周囲を見るが、

しかし、どこを見てもその声の主を見つけることは出来なかった。

『ふふふふふ…』

なおも響く声に、

「誰だ!!」

恐怖に押しつぶされそうになりながら和義が声を上げると、

『お前…そんなにバレリーナになりたいの?』

と声は和義に尋ねてきた。

「え?(聞かれた?)」

声の質問に和義はさっき口走ったことを聞かれたのかと思い、返答に躊躇すると、

『ん?

 どうなの?

 お前は、バレリーナになりたいんじゃないのか?』

と再び声が響き渡った。

「だっだったらどうなんだよ」

その声に負けじと和義は声を張り上げると、

『なりたいの?、なりたくないの?』

三度声は尋ねた。

「そっりゃぁ…

 …なりたいよ」

幾度も尋ねる質問に和義は口を尖らせながら返答をすると、

『そうか…』

声はそう言うと黙ってしまった。

「なっなんだよ、

 誰だよお前は、

 笑いたければ笑えよ、

 そうだよ、

 俺はバレリーナに少しでもなりたくてこのバレエ団の教室に通っているんだよ、

 悪いかよ」

シンと静まり返ったレッスン室に和義の怒鳴り声が響き渡るが、

「………」

和義の心を押しつぶしてしまいそうな無言の時が過ぎていった。

「くっ」

この場から逃げ足してしまいたくなりそうな誘惑に駆られながらも和義はとどまっていると、

『…いいわ…』

あの声が響き渡った。

「え?」

まるで和義の告白を肯定する声に和義自身が驚き、

そして、周囲を見渡す。

すると、

『お前のその望み、叶えてあ・げ・る』

と声が響くと同時に、

ムリッ!!

一瞬、和義の胸が動いたと思うと、

プクゥゥゥゥゥゥ…

まるで風船を膨らませるかのように見る見る膨らみ始めた。

「え?

 なっなに?」

レオタードを突き上げ視界に姿を見せる胸の膨らみに和義は驚くが、

それはまだ始まりに過ぎなかった。

シュン…

胸が膨らみを増していく間にあれだけ力強く勃起していた和義の逸物が急に力を失うと、

その大きさを次第に小さくし股間のレオタードの中へと埋没してしまった。

そして、埋没後しばらくすると、

グググッ

逸物が消えた股間に縦の溝が刻まれた盛り上がりがゆっくりと突き出してくる。

「そっそんな…

 なくなっちゃった

 なくなっちゃった

 おっ俺…

 女の子になっちゃった?」

見事に膨らんだ乳房を揺らしながら、

股間の異変に気づいた和義が手を股間に這わせ、

そしてそこにある縦溝を幾度もなぞりながらハスキーボイスでそう訴えるが、

すでにそのとき和義は足は内股になり、

その上には膨らんだヒップが存在を誇示していた。

しかし、彼…いや、彼女の変身はこれで終わりではなかった。

文字通り体がが女性化してしまうと、

シュルシュル

今度は着ていたレオタードの袖が肩に向かって腕を駆け上がっていくと、

瞬く間に両肩を露にしてしまう。

「え?

 えぇ?」

露わになった両肩を和義はあわてて隠すと、

グイッ!!

その下で震える乳房を押し上げるようにキャミソール化していった。

そして、それに合わせる様に

シュルリ

シュルリ

腰から次々と白いチュールのスカートが伸びていくと傘のごとく和義の腰で花開いた。

「なっなんで…」

ザワザワと音を立て始めたスカートを呆然とした視線で見つめていると、

シュシュシュ…

和義が着ていたレオタードはバレエの真珠色のクラシックチュチュへと変化してしまった。

シュルルル…

コトン

コトン

小さくなっていく足にあせてトゥシューズも小さくなっていくと、

和義の脚の動きに合わせて軽やかな音を奏で始める。

「あっあぁぁぁ…

 そんな

 あっあたし…

 バレリーナになって…行く…」

細く小さくなり白魚を思わせる両腕を掲げながら、

コトッ

和義はいつの間にかポアント(爪先立ち)をしながらただ驚いていると、

シュルリ

今度は伸びた髪はシニョンに結い上げられると、

その上にティアラが輝き、

そして、顔には濃厚なバレエのメイクが施されていった。

「あぁ

 いやっ

 そんな…

 バレリーナに…

 あぁぁぁ…」

コトッ

コトトトトトトトト…

すっかりバレリーナと化してしまった和義は

バレリーナの証であるチュチュを翻しレッスン室の中を困惑しながらも華麗に踊り始めた。

『ふふっ

 どぅ?

 バレリーナになった気分は?』

レッスン室でバレエを踊る和義に声は尋ねると、

「あっはっはいっ

 とっても、恥ずかしいです」

と体を止めることなく和義は返事をする。

『そぅ

 恥ずかしいの?

 折角バレリーナになれたのに?』

「いっいえ…」

『じゃぁ、

 もっと恥ずかしくてあげますよ』

「え?」

『あなたの本音はその姿を大勢の人に見て欲しいのですよね、

 さぁそんなあなたにふさわしい所へ連れて行ってあげます』

「どっどこへ…」

『それは…』

声はそこまで告げると、

「あっ」

レッスン室に和義の小さな悲鳴が上がった。



翌朝…

ザワザワ

「なぁに?」

「へぇぇ、こんなところでよくやるなぁ」

「何かの罰ゲーム?」

「でも、上手じゃない」

「うん」

出勤や登校で賑わう朝の道路上に人だかりが出来、

そして、その中心で恥ずかしさを堪えながらチュチュを翻しバレエを踊る和義の姿があった。

『さぁ…

 思いっきりバレエを踊なさい。

 あなたはバレリーナなのですから…

 さぁ存分に』

バレエを踊り続ける和義に声はそう囁いた。



おわり