風祭文庫・バレリーナ変身の館






「バレリーナの湖」



作・風祭玲

Vol.382





「おいっ、聞いたか?」

「何が?」

「出たんだってよ」

「出たって?

 え?まさか?」

「そう、そのまさかだよ、

 またあの坂で惑わされた奴が出たんだよ」

「あちゃぁ〜っ、だって言われていたろうが

 ”満月の夜の調べにはついて行くな”って」

「まったくだ」

「で、今度はどんな目に遭ったんだ?」

「それがだけど、

 帰宅が遅くなったそいつが丁度あの坂を通っていた時に流れてきたピアノの音に無謀にも

 ”音の正体を確かめてやる”

 って意気込んで森に入ったそうだ」

「それで?」

「でだ、音にすかっり気をとられて、

 そいつ、足元をよく見ていなかったから、

 うっかり足を滑らせて、崖からまっさかさま…

 まぁ、大して高く無かった崖だったので、

 足の骨を折っただけで済んだそうだけどな」

「うひゃぁぁ、ついに骨折までいったか」

「あぁ…

 今度こそ死人がでるな」

「うむ」

「お前、気をつけろよ」

「なにが?」

「お前のことだから、必ず”俺が正体を暴いてやる”と森の中に踏み込んでいくからな」

「おぃおぃ……」



そんな噂話が初秋の学校内を駆け抜けていってからひと月が過ぎ、

再び満月の夜を迎えたその日

すっかり夜の帳に覆われた通学路を遠山裕也は一人で家路についていた。

「ふぅ…すっかり遅くなっちゃったな」

腕時計を見ながらそう呟く彼は男子バレー部のキャプテンを任されており、

間近に迫った試合の為に毎日夜遅くまで練習に明け暮れていた。

そして、この日は練習後、

コーチと試合時のメンバー構成について激論を戦わせたために、

彼が帰路に着いたのは練習を終えた部員達が帰宅してからさらに1時間ほど遅れていた。



ギャオギャオギャオ!!

「うわっ」

突然、脇の森からけたたましく鳥の鳴き声があがると、

裕也は一瞬体を強張らせ小さな悲鳴を上げてしまった。

しかし、

バサバサバサ!!

続いて周囲に響き渡った羽音に声の主が数羽のカラスであることに気づくと、

「なんだよ、烏かよ」

と小声で烏に向かって文句を言い、

いまの自分の失態を他の者に見られていないか確認をするように辺りをうかがったのち、

ホッ

っと胸をなでおろした。

裕也が通う高校はさまざまな事情から

市街地より静かな環境を求めて市街地を見下ろす山中に移転してきたばかりで、

彼がこの通学路を通うようになってからまだ2ヶ月程しかたってなかった。

「それにしても、夜の山道ってなんか不気味だよなぁ」

学校の移転を優先したために道の整備は後回しにされ、

歩道はもちろん街路灯もまばらなそんな通学路を足早に裕也が歩いていると、

ひと月前、この先の坂で起きた事件について思い出していた。

「そういえば、今夜って満月だよなぁ…」

空にかかる満月を横目で睨みながら裕也はそう呟いていると、


ポロン…♪〜っ


その時を待っていたかのように脇の森の中からピアノの音色が聞こえてきた。

「え?

 ピアノの音?」

響き渡った音に気づいた裕也が振り返ると、

染み出すように響き渡る調べに耳を傾ける。

ポロン♪〜ポロン♪〜

調べは森の中より響き、

まるで、裕也を誘っているようにも聞こえていた。

「おいおいマジかよ…」

裕也は耳をそばだてながらそう呟くと、

その場から逃げるかのように足早で通り過ぎようとしたが、

「ま・て・よ…」

ふとある考えが裕也の頭の中をよぎると彼は立ち止まり

そして振り返えると、

「…先月の奴は、足元をよく見ていなかったから崖から落ちたんだよな…

 でも、そんなヘマをしなければ…

 よーし…」

恐怖心を押し込めるようにして裕也は音の正体を確かめるてやると決心をすると、

サクッ

調べが流れてくる森の中に向かって歩き始めた。

ガサッ!!

ガサッ!!

少し森に入った途端、

たちまち生い茂る草は腰の高さとなり

裕也はその草を掻き分けながら、森の奥へと分け入っていた。

「うわっ

 歩きにくい…」

行く手を阻むように生い茂る草に裕也は森に飛び込んだことを後悔しながらも

しかし、調べを追い前へと歩いていく、

そして、草に足をとられたり、

危うく崖から転落しそうになりながらも

次第に大きくなってくる調べを頼りに進んでいくと、

やがて彼の目の前に青白い光を放つ湖が姿を見せてきた。

「こんな所に湖?」

予期せぬ湖の出現に裕也は驚くと、

そのそままゆっくりと湖のほとりへと進んで行った。



すると、

ボゥ…

湖の水面が淡く光り輝くと、

ヌッ!!

っと湖の中央部が盛り上がり、

やがてそれは見る見る姿を変えていくと、

ついには一人の白い人影となって湖の中央部に立ち上がった。

ゴクリ…

その様子に裕也は生唾を飲み込む、

すると、

スッ

人影は脚を小さく折り曲げ、挨拶のような仕草をし、

そして、それが終わると、

ポロン♪〜っ

再びピアノの音が奏でられ、

人影はそれにあわせるようにして華麗に舞い始めた。

「夢を見ているのか?

 俺は…」

裕也は呆然としながら人影の踊りを見ていた。

すると、人影は少しずつ裕也に近づいてくると、

その容姿がはっきりと確認できるよう何ってきた。

「ばっばれりーな?」

そう、湖の水面の上で舞っていたのは

純白のクラシックチュチュに身を包んだバレリーナだった。

そして、裕也はチュチュを翻しながら舞うバレリーナの姿を時間を忘れて眺めていた。

どれくらい時間が経ったかわからない、

ふと彼が気づくと、

裕也の目の前にそのバレリーナは立っていて微笑みながら裕也を見ていた。

「え?

 いっいや…

 あのぅ」

笑みを浮かべるバレリーナに裕也は驚き、

そして、

「しっ失礼します!!」

と叫んで逃げ出そうとすると、

『待って…』

鈴の音のようなバレリーナのその声が響くと、

裕也の体は金縛りにあったかのように動かなくなってしまった。

「かっ体が…動かない…」

腕一本、いや指一本すら動かせない状況に裕也は焦ると、

『どうしてここに?

 ここは来ることも出て行くこともままならない結界の中…

 それなのにあなたはどうしてここに来れたの?』

「いやっ

 俺はただ…

 音の正体を見てやろうと」

バレリーナの問いに裕也がそう答えると、

『そうか…

 すっかり忘れてた…

 満月の夜って結界が緩むんだったよね』

裕也の言葉にバレリーナは大きく頷きながらそう呟くと、

じっ…

裕也を見つめはじめた。

「なっなに?」

『じゃぁこの方を…』

裕也を見つめながらバレリーナはそう呟くと、

『ねぇ…あなた…

 私と一緒に踊ってみない?』

と言葉をかけた。

「え?」

バレリーナのその言葉に裕也が反応した途端。

フッ

裕也の体を固めていた金縛りが一気に解けると、

ゆっくりとバレリーナの白い手が伸び、

そっと裕也ののど元から顎を撫でながら、

『わたしと”バレエ”を踊っていただけますね』

と念を押すように裕也に告げた。

「いやっいや…」

裕也はバレリーナの誘いを断ろうとしたが、

しかし、

コクリ…

そんな裕也の思いとは裏腹に頷いてしまうと、

その途端、

にこっ

バレリーナは満面の笑みを浮かべながら微笑んだ。

「え?

 あっ

 でっでも…

 俺、バレエなんて踊れませんよ」

バレリーナの微笑みに裕也はあわててバレエの経験が無いことを付け加えると、

『それは大丈夫、

 みんな、最初はそう…

 でも踊れるようになりますよ。

 さっ、これを履いてください』

バレリーナは裕也にそう言うと一足のトゥシューズを手渡した。

「え?、これを履くのですか?」 

手渡されたトゥシューズに裕也が戸惑うと、

『えぇっ

 それを履けば、この上に立つことができますし、

 わたしのようにバレエを自由に舞うこともできます。

 さぁ…』

バレリーナはそう説明をすると裕也にそれを履くように迫った。

「うっうん」

バレリーナに迫られた裕也は苦笑いをしながらトゥシューズに履き替え、

そして、そっと目の前の湖の水面にその先をつけてみた。

すると、

フワッ

水面はまるで床のように裕也の体重を支えると、

裕也は難なく水面の上に立つことができた。

「すっげぇー」

水面の上に立てたことに裕也が関心をしていると、

バレリーナは裕也の後ろに立ち、

そっと、湖の中央部に裕也を誘いながら、

『さぁ…

 あなたにバレエを教えてあげます。

 あっその前に…

 バレエを踊るのにふさわしい格好をしないとね』

と告げた途端、

「うわっ!!」

裕也の悲鳴と共に彼が着ていた制服が見る見る純白のチュチュに変わっていくと、

裕也はバレリーナへと変身してしまった。

「ふふ…」

チュチュ姿になった裕也にバレリーナは笑みを浮かべながら、

「さぁ私と一緒に…

 アン…

 ドゥ…』
 
とバレリーナは裕也と共にバレエを舞い始めた。



月明かりを受け青白く輝く水面の上をバレリーナと裕也は優雅にそして美しく舞う。

「あぁ…なんだ…

 おっ俺…バレエを踊っているのか?」

バレリーナと共にバレエを舞いながら裕也はバレエを舞う心地よさに酔いしれていると、

プクッ

彼の胸には2つの膨らみが隆起するとチュチュを下から持ち上げ、

また、ウェストも括れ始めていた。

『ねぇ』

「はい?」

『バレリーナになっていく気分はどぅ?』

「…うっ嬉しいです」

『そう…

 じゃぁもっと変身してあげましょう』

湖上でバレエを舞いながら裕也とバレリーナはそんな言葉を交わすと、

裕也の顔にはメイクが施され、

さらに髪の毛もお団子が後頭部に作られていく、

そして、バレリーナへと化していく自分の姿に

『あぁ…

 バレリーナってこんなに心地よいものだったのか』

と酔いしれていると、

『もぅすっかり虜になってしまったのね

 でもあなたはまだバレリーナになりきれてないのよ、

 続きは明日…

 そのトゥシューズを忘れないでね』

その言葉を残してバレリーナは消えると、

裕也はトゥシューズを握り締めたまま森の前の通学路で座り込んでいた。



ひと月後…

キーンコーン

「ちょっと待ってよ」

終了のチャイムが鳴るのと同時に学校から飛び出していく裕也を追いかけるようにして

帰り支度を済ませた一人の少女が飛び出してくると裕也の隣に並んで歩きはじめた。

少女の名は各務姫子、

裕也の彼女的な存在であるのと同時にバレー部のマネージャも務めている。

その姫子が裕也の横に並び、そしてチラリと裕也の方を見ながら、

「ねぇ、コーチから聞いたんだけど、

 バレー部辞めたって本当?」

と恐る恐るたずねた。

しかし

「………」

裕也の返事は無く無言の時間が過ぎていく。

「あのさ…

 何があったのかは聞かないけど

 最近、体育見学してばっかりじゃない。

 あんなに体育が大好きだったのにどうしちゃったの?

 どこか体の具合でも悪いの?」

裕也のこのひと月の変化に姫子は不安を感じながら尋ねると

彼の胸の辺りを見つめる。

プルン!

そこには裕也の膨らんだ胸が制服の上着を押し下げ

そして、歩くたびに上下にゆれていた。

「(やはり…)ねぇ…

 その胸、どうしたの?」

膨らんだ胸を指差しながら姫子が尋ねると、

「………」

裕也は無言で自分の胸に手を這わせながら、

「………

 ねぇ…おっぱいってこんなに感じるんんだね」

と呟いた。

「は?」

その言葉に姫子が思わず聞き返すと、

「あたし………ごめんなさい」

と裕也は続けて何かを言おうとしたが、

しかし、すぐに謝ってしまうとその場から逃げ出すように走り出してしまった。

「あっ待って…」

姫子は走り出した裕也を追いかけると、

「ねぇ…それってどういう…」

と走りながら聞き返したが、

しかし、裕也はそれには答えず、

「あたし…バレリーナになるの…」

と告げると、間近に迫ってきていた角を曲がった。

「裕也!!」

姫子は裕也の名前を叫びながら角を曲がるが、

しかし、曲がった先には裕也の姿は無かった。

「もぅどこに行っちゃったのよ」

消えた裕也の姿を求めて姫子は周囲を探し回るが、

しかし、裕也の姿を見つけ出すことは叶わなかった。



「なぁ…最近、遠山の奴女っぽくなって来てないか?」

「まさか」

「いやっ、女っぽいどころじゃないぞ、

 あいつ、ホルモンで胸を膨らませているぞ」

「ぬわにぃ?」

「ニューハーフ目指しているのかよっ」

「まぁ、確かに体育系ってストレスからニューハーフに走るのが多いって聞くけど、

 そうか、遠山もそっちに目覚めてしまったか…」

「やめて!!」

クラスメイト達の噂話を思い出した姫子は両耳を塞ぎながら悲鳴を上げると、

そんな彼女を見下ろすように満月が空に昇ってきた。

「満月…」

銀貨のような月を眺めながら姫子がそう呟くと、

ポロン…♪〜っ

姫子の耳にピアノの音が聞こえてきた。

「え?、

 ピアノの音?」

響き渡る音色に姫子は驚いたが、

しかし、

「これって…バレエの曲じゃない」

と音色がバレエ音楽であることに気づくと、

それを追って森の中へと入っていった。

そして、背高く伸びている草を掻き分けながらあの湖のほとりにたどり着くと、

「湖?

 こんなところに?」

姫子は青白く輝く湖面にしばし見入っていた。

すると、

♪〜っ

流れていた音色が次第に大きくなってくると、

フワッ

湖面の上を華麗にパドドドゥを舞う男女の姿が浮かび上がってきた。

「うそ…

 湖の上でバレエを踊っている…

 どっどうして?」

困惑している姫子をよそにバレエの衣装を翻し二人はバレエを舞い続けると、

『おやっ』

男の方・バレリーノが姫子の存在に気づくと、

『君の知り合いがここに来ているよ』

と一緒に踊っている相手の女性・バレリーナに向かってそう囁く、

『誰?』

『君が一番よく知っている人さ』

『え?』

『さぁ行くよ』

『あっ…』

バレリーノがそう言うと、二人はバレエを踊りながら徐々に姫子に近づいてきた。

そして、

姫子のすぐ前に来たとき、

『ようこそ、お嬢さん。

 さぁ、お前のツンをこのお嬢さんに見せてあげなさい』

タイツ姿のバレリーノは姫子に挨拶をすると

クラシックチュチュを身にまとっているバレリーナに向かってそう囁いた。

すると

バレリーナは顔をあげて姫子を見ると、

『姫子…

 なぜ?

 どうしてここに…』

と驚いた顔をしてそう尋る。

「え?、

 まっまさか…ゆっ裕也?」

顔の輪郭が変わってしまっているが

しかし、バレリーナの顔に裕也の面影に気づいた姫子が

驚きながら指を指すと、

コクリ

バレリーナとなった裕也は大きく頷くと、

アラベスクのポーズをしながら隠れていた股間をさらけ出した。

その途端、姫子の目の前には白い大輪の花が咲き、

その花の中で膨らみが消えた裕也の股間と

その股間を祝福するかのように沸き立つ小さなフリルが目に入った。

「うそ…

 裕也が女の子になっちゃった」

フリルに覆われた股間を見せ付けられ、

姫子が呆然としていると、

『見て…

 ここ、ツンって言うんだけど、

 きれいでしょう?

 バレリーナはみんなきれいなツンをしているのよ…

 さぁ、姫子もおいでよ、

 私と一緒にバレエを踊ろう…』

と裕也は姫子に告げた。

「そんな…

 それって…」

姫子はなおも目を丸くしながらバレリーナ姿の裕也の股間を見ていた。

すると、

『ふむ…』

裕也の声を受けてバレリーノが一歩前に進み出ると、

スゥ…

まるで粘土細工のようにその姿が変わると、

程なくしてチュチュを翻したバレリーナへと姿を変えた。

「え?」

彼の変身に姫子はあっけに取られると、

『ふふ…

 さぁいらっしゃい。

 あなたも、バレリーナ…

 いえっ

 彼女の相手だからバレリーノにしてあげる』

と姫子に向かって告げると、手を差し伸べた。
 


流れる音楽をバックに水面の上を一組のバレリーナとバレリーノが舞い踊る。

『あぁ…裕也…』

タイツを大きく膨らませながら姫子がそう囁くと、

『なに?』

姫子にリフトされ、股間を大きく開いた裕也は聞き返す。

『あたし達…バレエを舞っているのよね』

『うん、そう…

 いつまでもこうして居たいね』

ツンを大きく突き出しながら裕也が答える。

『ふふ…

 大丈夫よ、

 ここでは永遠にバレエを踊ることができるのよ』

そんな二人を見下ろしながらバレリーナはそう呟いていた。



おわり