風祭文庫・バレリーナ変身の館






「幸運のチュチュ」



作・風祭玲

Vol.357





「いやぁ、悪いなぁ…つき合って貰っちゃって」

「ん?、そんなこと無いって」

クリスマスが近づいたある日の夕方、

僕(鳴海正隆)は友人の工藤敬と共にイルミネーションが瞬く街の中を歩いていた。

「まったく…姉貴も姉貴だよなぁ…

 学校からバレエ団に直行したのはいいけど、

 肝心のレオタードを家に置きっぱなしだなんて…

 脳天気というか

 アルツが入っていると言うか」

敬はそう文句を言いながら薄い花柄の布袋を持ち上げて見せる。

「まぁまぁ…

 そんなに遠くじゃないんだからさ、

 でも、敬のお姉さんがバレエ団にはいっていただなんて…」

それを横目で見ながら僕はそう言うと、

「あれ?

 まだ言っていなかったっけ?」

「あぁ初耳だったよ」

「あっそうか、

 姉貴あんまり家にいないしなっ、

 一応、幼稚園のころからバレエ一筋ではいるんだけど…」

敬はそうため息を付きながら紫掛かり始めた空を眺めた。

「幼稚園からか?

 じゃぁ、もぅ10年以上もやっているの?

 バリバリのバレリーナじゃないかそれ!!」

敬の話に僕が驚きながら聞き返すと、

「あはは!!!

 あの姉貴がバレリーナか?

 おいおいっ

 きっついジョークだなそれ!!」

敬は腹を抱えながら大声で笑い始いながら、

ようやく到着したバレエ団の建物のドアを開けた。

その途端、

「こらっ

 ジョークで悪かったわねぇ」

と言う怒鳴り声と同時に高校の制服姿をした女の人が敬の前に立ちはだかると、

一発の拳骨が敬の頭を襲った。

「んだよ、いってぇーな」

殴られた頭を押さえながら敬は文句を言うと、

「で、ちゃんと持ってきたの?」

敬より1つ年上の姉・工藤圭子はそう言いながら手を差し出した。

「あぁ、ほらよっ

 忘れ物をしたクセに

 なんで、そんなにエラソーにしているんだ?」

膨れっ面をした敬はそう文句を言いながら

持ってきた荷物を姉の圭子に手渡すと、

「もぅ忘れるなよなぁ…

 僕は使いっ走りじゃないんだからな」

とひとこと付け加えた。

「何を言っているのよっ

 弟なんだからコレくらいのことは義務に決まっているでしょう」

敬の言葉に圭子はそう言い返すと、

「ったく、人使いの荒い姉貴だ。

 じゃぁ行こうか」

「あっうん…」

敬は僕にそう言うとクルリと圭子に背を向けた。

すると、

「あっそうだ。

 ねぇ、鳴海君だっけ

 折角来てくれたんだから

 中…見学していく?」

と奥にあるレッスン室を指さしながら僕に尋ねた。

「あっ」

トクン…

圭子のその言葉を聞いた途端、僕の胸が微かに高鳴った。

そして、

「はぁ?」

面倒臭そうに返事をする敬に対して、

「え?、いいんですか?」

と正反対の返事を僕はしていた。



「はーぃっ、バーに掴まって」

レッスン室に女性指導者の声が響き渡ると、

ポロンっ

レッスン室内にピアノの音が響き渡る。

「ではプリエから」

指導者のその言葉に申し合わせたようにして、

教室内に勢揃いをしていたモノトーンのレオタード姿の女性達が一斉に動きはじめる。

そして、その様子を僕は廊下から教室の窓越しにただじっと見つめていた。

「そんなに面白いか?

 これ?」

僕のそんな様子を訝しげに眺めながら敬がそう尋ねてくると、

「え?…いや…まぁ…」

見ることに夢中になっていた僕は少し驚くとやや恥ずかしげな返事をした。

そう誰にも言えなかったが、

僕はバレリーナにある種の憧れを感じていた。

「(はぁ…

  僕もあぁやってレッスンを受けたいなぁ)」

そう思いながら彼女たちのレッスンを眺めていると、

「そう言えば姉貴の話じゃ…

 今度の連休に公演と言うのをやるそうだ」

と敬はそう僕にこのバレエ団の晴れの舞台が近いことを教えてくれた。

「へぇぇぇ

 そうなんだ」

その話を聞いた僕は思わず感心していると、

「なぁなぁ、

 ほらほらっ

 あの、窓際の子っ

 いいプロポーションをしていると思わないか?」

突然、敬は窓際で髪の毛をシニョンに纏め上げた少女指を差しながらそう言ってきた。

しかし、僕はそんな敬を一瞥して、

「そんな言い方をするのは止めたら」

と言うと、

「なぁに、まじめぶってんだよっ

 コレが見たくて、見学をしているんだろう」

そう言いながら敬は僕の肩を叩く。

「そっそんなんじゃないよ」

敬の言葉に僕はそう反論をするが、

「まぁまぁ

 そんなにムキになるなって、

 男はみんなスケベなんだから…」

敬はそう言うと、

「おっ、あの子っ

 反則ギリギリじゃん」

別の少女を指さした。

とその時、

『ねぇあなた…バレリーナになりたいの?』

と言う声が僕の耳に囁いた。

「え?」

その言葉に僕が振り返ると、

キラッ!

教室を挟んで廊下の反対側の部屋で何かが光った。

「?」

不思議に思いながらもその光に誘われるようにしてそこへと向かうと、

華麗な文様を描くアクセサリーを輝かせながら一着のバレエの衣装…

そう純白のクラシックチュチュがそこに置いてあった。

「チュチュだ…」

部屋の灯りを受けてキラキラと輝くチュチュの姿に僕の眼が思わず釘付けになる。

「ん?、なんか面白い物でもあったのか?」

そんな僕の様子に気づいたのかそう尋ねながら敬が僕の横に立った。

「ん?

 ほらっ

 これ、綺麗だなぁ…っとおもってさ」

僕はチュチュを指さしながらそう敬に言うと、

「へぇ…

 あっそう言えばさ、

 呪いの衣装と言うのを知っているか?」

と敬が僕に尋ねてきた。

「呪いの衣装?」

「あぁ、以前姉貴が言っていたっけ、

 なんでも舞台の上で死んでしまったバレリーナの魂が

 その時、着ていた衣装に乗り移って、

 それを着て踊ってくれる人を捜しいると言う話…

 なんでも、うっかりそれを身につけてしまったら最後、

 死ぬまで踊り続けるそうだよ」

「へぇ…

 でも、そんなのって本当に実在するの?」

敬の話に僕は半ば興味津々で尋ねると、

しかし、

「さぁ?

 大方、都市伝説の一つだろう?」

と敬は答えるとレッスン室へと向かって行った。

「なるほどねぇ」

敬の答えに僕はそう呟きながらチュチュを眺めていた。



「お疲れさまでしたぁ…」

結局僕達はレッスンが終わるまでずっと見学をしていたのだが、

間近に迫っている公演への準備は順調そうだった。

「さぁて行こうか…

 あーぁ、すっかり遅くなっちゃったよ」

時計を見ながら敬がそう言うと、

「ずっと見ててくれてありがとう」

着替え終わった圭子が僕の前にやってくると、

そうお礼を言ってきた。

「あぁ…

 姉貴の無様ぶりしっかりとこの目に焼き付かせて貰ったよ」

敬は圭子に向かってそうタメ口をつくと、

「なんですってぇ!!」

それを聞いた圭子が敬に殴り掛かろうとしたとき、

「あっそうだ」

何かに気が付くと、

「えっと、鳴海君、

 金子さんがねぇ

 もしバレエに興味があるのなら、
 
 明日、また見学に来ない?
 
 って言っていたわよ」

と僕にそう伝えた。

「え?

 金子さんって…
 
 あの指導をしていた人ですか?」

圭子の言葉に僕は驚いて聞き返すと、

「うん、

 もっとも、鳴海君がバレエに興味があれ場の話だけどね」

と圭子は付け加えた。



翌日…

指定された時間に僕がバレエ教室に向かうと、

レッスン室にはまだ人影はなく、

シーン…

と静まりかえっていた。

「あれぇ?

 時間を間違えたかなぁ?」

無人のレッスン室を見ながら僕は頭を掻いていると、

キラッ

何かが光った。

「ん?」

それ息づいた僕は思わず振り向くと、

「え?」

レッスン室の端に昨日見たあのチュチュが出され、

それが日の光を受けて輝いていた。

「チュチュが…

 なんで?」

あまりにも唐突な印象に僕が驚いていると、

「ねぇ、君っそれ着てみる?」

と言う声と共に

昨日、圭子さん達を指導していた女性がレッスン室に入ってきた。

「あっえっと…」

彼女の名前を思い出そうとすると、

「あっ金子でいいよ」

と彼女はそう言う。

「あっ(そうだ)金子さんっ

 さっきのはどういうことで?」

驚きながら僕が聞き返すと、

「あぁ…

 冗談よ冗談」

金子さんが手首を動かしながらそう言うと、

「なんだ冗談ですかぁ

 焦っちゃったじゃないですか」

僕は恥ずかしさを感じながらそう返事をした。

すると、

「あらっ

 じゃぁ着てみたかったの?」

と即座に金子さんはそう尋ねてくると、

「え?」

僕は返答に困ってしまった。

「うふふ…

 本当に引っかかりやすいのね。

 ねぇ鳴海君…
 
 君はバレエについてどう思っているの?」

と金子さんは質問を変えてきた。

「え?」

金子さんのその言葉に僕の心臓はドキッとすると、

身体の緊張は一気に高まっていった。

「いっいえ…

 まぁ、そっそうですね

 みんなと踊れたら楽しいかな?

 なんて、思ったりしていますが…

 あっむっ無理ですよね、

 それじゃぁ…僕はこの辺で失礼…」

緊張のためか喉をカラカラにしながら

僕はそう返事をしてレッスン室から出ていこうとすると、

「待って…」

金子さんのその一言が僕の身体を金縛りにした。

「…なっなんでしょうか?」

ハッキリと聞こえてくる心臓を音をバックにして僕が振り返ると、

「今日のレッスンは5時からだけど…

 体験レッスン…やってみる?」

と金子さんは僕に告げた。

「え?」

思いがけない金子さんの言葉に僕は驚くと、

「イヤ…なら…仕方がないんだけど」

と金子さんはまるで鼠を睨み付ける猫のような表情で告げた。

すると、

「あっ…はっはい…」

まるで操られるようにして僕はそう返事をすると、

金子さんは満面の笑みを浮かべながら、

「よかったぁ…」

と言うと、

「じゃぁさっそく着替えてきてくれる?」

そう言いながら更衣室の方を指さした。

「え?

 着替えるのですか?」

金子さんの言葉に僕が驚くと、

「だって、制服姿ではレッスンは出来ないでしょう?

 あっそうか、
 
 レッスン着持ってきているわけないよね、
 
 ちょっと待ってて何か持ってくるから」

金子さんはそう言い残して、

スタスタ

とレッスン室から出ていくと、

しばらくして何かを手にしながら戻って来た。

そして、

「ごめんねぇ

 女の子用のしかないのよ、
 
 悪いけどこれを我慢して着て…」

と言いながら僕にレッスンで着る黒のレオタードと

白のバレエタイツ、そして、ピンク色のバレエシューズを手渡した。

「こっこれに着替えるのですか」

一度は着てみたとは思っていたレオタードを広げながら僕が驚くと、

「うん…

 まぁ、誰も見ていないし、

 恥ずかしくはないよ」

金子さんはそう言うと、

「さっ、あそこで着替えてきて」

と更衣室を指さした。

「はっはい…」

僕は金子さんい言われるままレオタードを片手に更衣室のドアを開けた。

フワッ

学校の男子更衣室とは明らかに違う匂いが僕の鼻腔に入ってくる。

「女の子の匂いだぁ」

その匂いを嗅ぎながら僕は思わずそう呟くと、

「あっ早く着替えをしなくっちゃ」

バレエ教室のレッスン開始まで余り時間がないことに気が付くと、

大急ぎで制服を脱ぎ捨て、

ドキドキする気持ちを抑えながら脚にバレエタイツを通した。

ススススス…

僕の下半身を白いタイツが覆っていくと、

ピチッ

僕の下半身すべてがバレエタイツに覆われた。

そして、今度は白とは正反対の黒いレオタードに脚を通した。

その時、

カチャッ

「準備は良い?」

更衣室のドアを開けて

そう言いながら金子さんが顔を覗かせると、

「うわっ」

僕は驚きのあまり思わず悲鳴を上げてしまった。

「あはは

 ゴメンゴメン
 
 でも、鳴海君って女の子のような体型をしているのね、
 
 そのレオタード姿を見ても違和感はないわよ」

とレオタードを着た僕を指さしながら金子さんはそう言う。

「そっそうですか」

金子さんの指摘に僕は困惑しながらそう答えると、

「じゃぁシューズを履いたらこっちに来て」

と金子さんはそう言うと、ドアを広く開けた。

「………」

僕は観念してレオタード共に渡されたバレエシューズを履くと徐にレッスン室に出た。

すると、

横の壁に据え付けられている鏡に僕の姿が映し出される。

「うわぁぁぁぁぁ」

初めて見る自分のレオタード姿に僕は顔を真っ赤にすると、

そっと金子さんが僕の傍に立ち、

「そんな恥ずかしがらなくていいのよ

 最初はみんなそうだからね」

と優しい口調で話しかけてきた。

「そっそうですか?」

その言葉に甘えるようにして僕はそう尋ねると、

「えぇ…

 女の子でも自分のレオタード姿を見たときは恥ずかしいものよ、
 
 だから安心して…
 
 さぁ…鳴海君にだけの特別レッスンをしてあげましょう」

金子さんは僕にそう言うと、

そっと腕を取った。



「アンドゥトワァ

 アンドゥトワァ」

レッスン室に金子さんの声が響き渡ると、

彼女の介添えを受けながら僕は賢明に体を動かす。

「そうそう…

 うまいうまい」

僕の腕や脚の動きに金子さんは誉めると、

「ねぇ、

 バレエの経験があるの?」

と尋ねてきた。

「いっいえ…」

その質問に僕はそう答えると、

「それにしては上手ね…」

金子さんはジッと僕を見据えながらそう言った。

「びっビデオを見ながら練習をしていましたので」

身体を動かしながら僕はそう返事をすると、

「あらっ

 そうなの?
 
 感心ねぇ…
 
 ココに来る女の子達よりも熱心じゃないっ」

金子さんは感心するようにそう言いながら、

「ねぇチュチュ着てみない?」

レッスン室の隅に置いてあるチュチュの所に向かうと、

それを手に取りながら僕にそう言ってきた。

「ち…チュチュですか?」

金子さんの言葉に僕は思わず驚きながら、

「でっでも、それって

 発表会に着る奴じゃぁ…」

と指摘すると、

「ふふ…

 そうだけど…
 
 でも、コレを着てくれる人がいないのよ」

と金子さんは僕を見つめながらそう言った。

「着る人がいない?

 それって…」

「ねぇ、着てくれる?

 君が着てくれるとこのチュチュも喜ぶと思うわ」

驚く僕に金子さんはそう言うと、

「ねっ」

と念押しをしながら僕に迫ってきた。

「喜ぶ?

 かっ金子さん…

 いっ一体…」

彼女のその言葉を聞いた途端、

僕の脳裏に昨日敬が言っていた都市伝説の一文が蘇った。

そして、反射的に迫る金子さんから逃げ出そうとすると、

ハシッ

金子さんの手が伸びると、僕の腕を掴んだ。

「はっ離してください!!」

思いっきり腕を引っ張りながら僕はそう叫ぶと、

「コレを着たら離してあげるわ

 さぁ、このチュチュを着るのですっ」

とても女の人とは思えない力で僕の腕を握りしめながら金子さんはそう言った途端、

『ふふふ…

 いらっしゃーぃ、
 
 あなたをバレリーナにしてあげるわ
 
 さぁ…』

昨日聞いた声が僕の脳裏に再び響き渡った。

「え?」

それに驚くと、

『あなたはバレリーナになりたいんでしょう?

 だったら、あたしを身につけて

 あたしがあなたをバレリーナにしてあげるから…』

そう声が僕に告げると、

スルリっ

金子さんが持っていたチュチュが彼女の手から抜け落ちると、

クワッ

っと僕に向けて口を開いた。

「うわっ

 やっやだ
 
 止めて!!」

僕は声をあげて抵抗をすると、

『素直になりなさいよ、

 あなたの本心はあたしの手に掛かってバレリーナになってみたい。

 って言っているじゃない』

チュチュが僕に向かってそう指摘すると、

「あっ」

僕の心の中に見られたくないもの見透かされたという動揺が広がっていった。

すると、

『ふふ…』

笑い声が響くと、

フワッ

突然、僕の身体が宙に浮いた。

「うわっ」

『さぁ…バレリーナにしてあげるわ…』

その時を待っていたかのようにそう言いながら、

ザザザザ

チュールのスカートを響かせながらチュチュが口を大きく広げると、

スポッっと僕の身体を飲み込んでしまった。

そして、僕が驚く間もなく、

キュッ

っとチュチュが僕の身体を引き締めてくると、

グニュッ

まるで粘土細工のように僕の身体は歪み、

腰の周りに女の子のような括れを作る。

その時、

「ねぇ、どんな気持ち?

 バレリーナになっていく気持ちって…」

と金子さんが囁くように僕に尋ねると、

「幸運のチュチュの話は知っているでしょう?

 そう、このチュチュはねぇ

 大昔の天才バレリーナが舞台で着たもので、

 そのバレリーナが舞台の上で不慮の事故で亡くなってからは

 そのバレリーナの魂が宿り、

 バレリーナになってくれる人を探していたの…

 そして、その想いを実現させると、

 そのバレエ団には幸運を呼ぶ。と言われているわ」

とチュチュの由来を僕に教えた。

「そっそんな…

 幸運を呼ぶって…

 ぼっ僕は…」

その言葉に僕は驚くと、

「素晴らしいでしょう?

 バレリーナになりたい君と、

 このバレエ団を盛り上げたいあたし…

 まさに幸運のチュチュ…」

「いっイヤだぁ!!」

チュチュによって変化していく身体を間近に見ながら僕は思わず声を上げると、

「ふふ、

 もぅ遅いわ、

 そのチュチュを身につけてしまった以上、

 君はバレリーナになるのよ、

 永遠に踊り続けるバレリーナ…

 バレリーナに憧れている君へあたしのささやかなクリスマスプレゼントよ」

と金子さんは僕を指さしてそう告げた。

「えぇ!!」

ビシビシビシ!!

金子さんのその言葉と同時に僕の身体は急速に変化していくと、

脚と腕は細くなり、

胸には二つの膨らみが現れた。

「やっやっいやぁぁぁ!!」

その光景に僕は頭を押さえながら悲鳴を上げるが、

しかし、僕の身体は容赦なく作り替えられて行く、

「あああああ…」

小さくなっていく手…

シニョンに纏め上げられていく金色の髪…

そして、次々とメイクが施される顔と、

頭にはキラキラと輝く頭飾り…

見る見る僕はバレリーナになっていくと、

最後に、

キュッ(コトッ)

小さくなった僕の足にピンクのトゥシューズが履かされた。



「さぁ、パトリシアさん…

 顔を上げてください」

金子さんの声がレッスン室に響き渡ると、

「は…い…」

床の上に倒れていた僕は女性のような声を上げ、

スッ

っと起きあがると、

コトッ

ポアントで立った。

そして、

スッ

腕を廻しながら膝を軽く曲げる挨拶をすると、

「明日からの公演、よろしくお願いします」

と金子さんに向かってそう言いながら頭を下げた。



カッ

スポットライトが照らし出す舞台の上を一羽の白鳥が優雅に舞う、

白鳥は時には力強く、

時には弱々しく舞い、

観客達を魅了していた。

「はぁ、さすが、プロのバレリーナは違うわねぇ…」

そんな白鳥を圭子は後ろから眺めながらそう呟くが、

しかし、舞台の真ん中で苦悩の表情をするバレリーナの脳裏には

『あぁ…

 そっそんな…
 
 ぼっ僕…バレエを踊っているなんて…
 
 あぁ、
 
 みっ見ないでぇ…

 僕を見ないでぇ!!!!』

チュチュを翻がせ華麗に舞いながら鳴海正隆は声にならない声を上げていた。



「良かった…

 あのチュチュを着てくれる人が見つかって、

 鳴海君、悪いけどバレリーナとしてこのバレエ団を支えてね。

 なにしろ、幸運を呼ぶチュチュなのだからね」



おわり