風祭文庫・バレリーナ変身の館






「雪のバレリーナ」



作・風祭玲

Vol.179





ヒュォォォォォ〜っ

全てのもの白一色に包み込んだ地吹雪が収まり、

束の間の日差しが差し込むと、

キラキラ…

ダイヤモンドダストが舞う雪原に一本の光の柱が立った。

そしてその周りを

フワッ…

スツツツツ…

フワッ…

まるで白い絨毯を敷き詰めたような雪原の上を、

どこから来たのか透き通るように青白く輝くチュチュを翻しながら

一人のバレリーナが華麗に舞う…

フワッ…

スツツツツ…

フワッ…


キンッ!!

と張りつめた空気の中、

彼女の舞を見守る観客もなく束の間の日差しをスポットライトにして

まるでガラスの糸の上で舞うようにバレリーナは優雅に

そして激しくバレエを舞い続ける…

やがて、凍てついた木立の袂に来たとき、

ふとバレリーナは足を止めると木々を眺めながら、

『……この冬も巡り会えなかった…

 …もぅスグ、南からの風が吹く…』

と呟くと再びバレエを舞い始めた。

ォォォォォォォ…

バレリーナの舞と共に風が吹き始め、

あたりは再び白一色に染まっていく…




数年前の冬…

カシャ!!

カシャ!!

凍てつくと言う表現を通り越した極寒の中、

私はシャッターを切り続けていた。

ァァァァァァァァァ…

私の目の前には空気中の水蒸気が氷りつくことで

姿を現すダイヤモンドダストが盛んに舞っている。

「…うわぁぁ、凄い…」

隣で恋人の古淵舞が舞い続けるダイヤモンドダストを眺めながら声を上げると、

「あぁ…これなら期待できそうだな…

 けど、俺が撮りたいのはコレじゃないんだよ」

と言う私の返事に、

「今日は大丈夫そうね…」

舞は空を見上げながらそう言うと、

「ココに泊まり込んで早三日、

 今日こそは拝ませて貰わなくっちゃな」
 
私はそう言いながら赤みを増してくる山の稜線を眺めた。

ァァァァァァァァァ…

夜明け前の冷え込みで手元の寒暖計は氷点下30℃を下回っていた。

スッ!!

一筋の光となって太陽光線が山の稜線から差し込むと私達を照らし出した。

「おぉ…!!」

私と舞は声を失った。

そう…私達の目の前に一本の光の柱が見事に起立していたのだった。

「太陽柱…」

太陽光線が空中に漂うダイヤモンドダストに乱反射して起きる光の悪戯だ、

カシャッ

カシャッ

私は夢中になってシャッターを押し続ける。

光の柱は陽の動きに合わせるようにして小刻みに動いていく。

「?」

シャッターを押しながらファインダーを覗いていた私は

太陽柱の後ろで舞う人の姿を見た。

「ひと…?」

思わず呟いた私の言葉を聞いて舞が、

「え?、誰か居るの?」

と尋ねた。

「ん?…うん…

 あの太陽柱の向こう側に人がいるんだよ…」

「……そんな人居ないよ…」

私の返事を聞いた舞はそう答えると、

「そんなはずは…」

私はファインダーから顔を上げると確かに太陽柱の向こう側には誰もいなかった。

「どれ?」

舞は私に代わってファインダーを覗いたが、

「やっぱり居ないよ…何かと見間違えたんじゃないの?」

と言った。

「そんなはずは…まるでバレリーナの様に踊る人が居たはず…」

私はアレが幻にはとても思えなかった。



「太陽柱は無事見られましたか?」

戻ってきた私たちを見てペンションのマスターは

暖かいホットミルク2つを私たちの前に出しながら尋ねた。

「…うん…綺麗だったぁ!!」

舞は半ば興奮気味でマスターに太陽柱の感想を言うと、

「三日目で見られるなんて、ラッキーでしたね」

と笑みを浮かべながら返事をした。

「あぁ…まぁ…」

彼の表情を見ながら私はやや素っ気ない返事をすると、

「おや、どうされました?」

私の様子を見たマスターが訊ねると、

「あぁ…彼ね…

 太陽柱の近くで踊る人を見たって言うのよ」

と舞が理由を説明すると、

「踊る人……?

 あっ、それはひょっとして”雪のバレリーナ”ですよ」
 
とマスターは言う。

「雪のバレリーナ?」

「えぇ…

 えぇっとなんて説明したらいいのかなぁ…
 
 まぁ何と言いますか、
 
 そう、妖精の様なモノと思えば良いですよ」
 
「妖精?」

「冬の一番厳しい頃…

 ちょうど今ぐらいですか…
 
 風がやみ、雪が止まると、
 
 どこからともなくやってきて
 
 雪原や雪山を舞台に華麗にバレエを舞んです」
 
「へぇ…雪のバレリーナ…

 なんか素敵じゃない?」

マスターの話に舞は目を輝かせながら言うと、

「雪のバレリーナか…」

私はホットミルクを飲みながら窓の外を眺める。

外は吹き始めた風と雪で白一色の世界になっていた。



翌早朝…

「おいっ、

 舞っ、
 
 起きろ!!」
 
私は隣のベッドで寝ている舞を起こしたが、

「うぅ〜ん、今日は勘弁して…」

彼女は一言そう言うとベッドの中に潜り込んでしまった。

「…仕方がない…俺一人で行くか」

私はそう言って彼女を残して部屋を出た。

ギュオ…

ギュオ…

足下の雪は固く引き締まり、微かな弾力をもって私の脚を受け止める。

ギュオ…

ギュオ…

やがて昨日太陽柱を見たところに来ると私はカメラをセットし始める。

氷点下30℃の寒気が私の鼻から潜り込むと容赦なく体温を奪っていく、

「はぁ…キツイなぁ…」

薄明で星が消えていく空を眺めながら

昨日同様舞い続けるダイヤモンドダストを眺めていると、

宿のマスターが言っていた”雪のバレリーナ”の事を思い出した。

「…そんな妖精がいるのなら逢ってみたいモノだな…」

と呟いてカメラのファインダーを覗いたとき私はハッとした。

フワッ…

スツツツツ…

フワッ…

ファインダーの向こうに氷のようなチュチュを翻して

バレエを舞うバレリーナの姿がとらえられていた。

「…雪のバレリーナだ」

程なくして日の出と共に姿を現した太陽柱の周りを回るようにして

雪のバレリーナはバレエを舞う。

カシャ!!

カシャ!!

私はカメラのピントを太陽柱ではなくバレリーナに合わせると、

夢中でシャッターを押し続けた。

フワッ…

スツツツツ…

フワッ…

フッ!!

「え?」

舞い続けたバレリーナが突然消えると私は思わず声を上げた。

「…消えた…?」

立ち上がってバレリーナが消えたあたりを見回していると、

『…あなた…私の姿が見えるのですか?…』

か細くしかし鋭く冷たい声が私の後ろから聞こえた。

バッ!!

振り向くと私から少し離れたところに、

あの雪のバレリーナが青白く輝くチュチュ姿で、

降り積もった雪の上をまるで鳥が止まり木に停まるようにして立っていた。

「雪のバレリーナ…」

私がそう呟くと、

『…見えるんですね…あたしの姿を…』

バレリーナは私の顔を見ながら訊ねる。

コクン

私は頷くと、

フワッ!!!

っと私の傍に寄ってきた。

氷のような青い瞳、

それよりもやや色の薄い髪を引っ詰めにした頭の上にはティアラが白く輝き、

青白く輝くクラシックチュチュから覗く肌はまるで雪の様に白かった。

「あなたは…」

私の質問に、

『うふふふ…

 さっきあなたが言っていたでしょう”雪のバレリーナ”って…』
 
「え?」

『そう、あたしは”雪のバレリーナ”…

 そして、この雪原があたしの舞台…』

と言うと私の後ろに広がる雪原を指さした。

『もぅ…どれくらい踊り通したかしら…

 でも、ようやく踊ることから解放されるわ…』
 
バレリーナはそう言いながら私の顔を見た。

「解放されるってどう言うことだ」

私の質問に、

『何故って…

 うふっ、それはあたしの後を受け継ぐ人が現れたからよ…』

と言いながらバレリーナは両手で私の頬にそっと触れた。

キン!!

言いようもない冷たさを私の頬を襲う。

「後を受け継ぐって…

 まさか…」

『そうよ…”あ・な・た”』

バレリーナはそう言うとそのまま唇を私に近づけてきた。

「やっヤメロ!!」

わたしはバレリーナの手を払いのけようとしたが、

何故か指一本動かすことが出来なくなっていた。

『無駄よ…

 もぅ何十年も待っていたわ…

 今度はあなたが”雪のバレリーナ”になる番よ…』
 
「ヤメロぉぉぉぉぉ!!」

チュッ

バレリーナの唇と私の唇が合わさったとき、

ドン!!

猛烈な冷たさが私の身体を包み込み、そして流れ込んできた。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

着ていた衣服がはぎ取られ、

替わりに青白く輝くチュチュが身体を覆っていく、

さらに

ググググ…

っとチュチュの覆われた胸が膨らみはじめると、

それに併せてウェストが締まっていく。

フワァァァ…

腰の周りから幾重のもスカートが伸び、

細くなった足にタイツが覆う。

キュッ!!

防寒靴が淡いピンクのトゥシューズに替わると、

ブワッ!!

青い色をした髪が一瞬伸び、見る見る引っ詰めのお団子が私の頭に作られた。

「あぁぁぁ…」

私は自分の変化に驚いていると、

『さぁ…

 このティアラを付ければあなたは”雪のバレリーナ”…

 次にあなたの姿を見つけてくれる人が現れるまで踊り続けるのです』
 
バレリーナは私にそう告げると、

スッ

頭に留めていたティアラを外すと私の頭にそれを留めるた。

そのとたん、バレリーナの姿は私の目の前からかき消すように消えた。

一人残された私はスクッっと雪原の上につま先立ちで立ち上がると、

ゆっくりと脚が高く上げた。

風がシンフォニーを奏で始めた。



ヒュォォォォォ…

太陽柱が起立する雪原を今日もバレリーナは舞う…

いつか自分の姿を見つけてくれる人が現れる日まで、



おわり



あとがき…

この話は”みるくせーき”さんから頂いたCGをイメージして作りました。
イメージが合えばいいのですが…