風祭文庫・バレリーナ変身の館






「妖精の国」



作・風祭玲

Vol.140





はじめに…

このお話は「華代ちゃんの館 22話:妖精」の続編です。

ですので、先に「華代ちゃんの館 22話:妖精」を読まれる事を

お勧めいたします。



「そんな…」

その時、本田武は驚愕していた。

と言うのも、

「あぁぁぁぁぁぁぁ…」

彼の目の前にいる担任の東山先生の身体に見る見る胸の膨らみが現れると、

彼の身体は腕が細く華奢な女性へと変身していった。

そして、着ていた服が純白のバレエの衣装、

そう、クラシック・チュチュへと替わり、

さらに、”白鳥の湖”の調べが流れ始めると、

スッ

彼…いや、彼女は舞台挨拶をすると

ポアントで立ち、脚を高くあげると

調べに併せてバレエを舞い始めた。



「………よっ、妖精……だ」

武は妖精のようにバレエを舞う彼の姿を見て

ブルブル…

と震えながらそう呟くと、

彼の心の奥にしまい込んだある記憶がわき上がり始めた。

「イヤだ…

 僕は妖精にはなりたくない…」

武は一刻も早くそこから立ち去りたい衝動に駆られ、

そして、一歩足をを踏み出そうとしたが、

しかし、なぜか足が動かない…

いや、それどころか身体がまるで金縛りにあったみたいに硬直していた。

「動けっ、

 動けっ!、
 
 動けっ!!」

武は心の中で賢明に叫び声をあげるが、

意に反して身体が全く動かなかった。

ハッ

っと周りを見ると、

他の友人達は青い顔をしながらソロリソロリとそこから下がり始めていた。

「…そんな…僕を置いていかないでよ」

そう叫ぼうとしたとき、

「それぇ〜」

再び少女の声が挙がった。

「あぁっ、緑川先生が!!」

武は学校で一番の美人先生と言われる緑川先生も、

妖精になるのかと一瞬期待したが、

しかし、彼の意に反して彼女の身体はムクムクと大きくなると、

まるでギリシャの彫刻のような筋肉質の男性ダンサーへと変身していった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ〜」

野太い声が校庭に響き渡ると、

厚手のタイツに浮き出た股間の膨らみを恥じらいつつ

彼女は高く飛ぶと、

白鳥姫となって踊り続けている東山先生の傍に立ち

そっと彼の腰に手を当てた。

すると、白鳥姫は大きく羽ばたき始めた。

「…そんな…」

武は呆然と二人が織りなす愛の舞を眺めていた。



「う〜ん、バックがいないと寂しいわね」

そう言いながら少女が武達の方を見たとき、

武は彼女と一瞬目があった。

サァー…

あっと言う間に血の気が下がった武に対して、

少女は微笑むと、

「そうだ、あなた達も…」

とニコっと笑った瞬間、

武の股間から男の一物が消え去ると、

胸には同世代の女の子と同じ小さく膨らんだ乳房が姿を現した。

「あぁぁぁぁぁ…」

変身していく自分の身体に武は驚きの声を上げた。

やがて、着ている服が白のチュチュに、

履いている靴がトゥシューズに

そして、坊主刈の頭の毛が伸びると、

バレエ少女のお団子頭になっていった。

「いやだ…バレリーナに…妖精にはなりたくない」

武の意識はそう叫び声をあげながら、

彼の心は封印された記憶の深部へと向かっていった。



 そう………あれは…

 そうだ!!

 小学校に入る前に事だった…

 ママに”劇場”と言うところに連れて行かれたっけ…

 広い絨毯に高い天井…

 そして、人のざわめき…

 何もかもが初めての事で戸惑っていたとき

 僕の目の前で”妖精の国”の扉が開いたんだ…

 きれいだった…

 ホントにきれいだった…

武は初めて母親に連れられて、

バレエの公演を見に行ったときのことを思い出していた。

 その帰り道…

 「ねぇ…武ちゃん…」

 ママが僕に声をかけた、

 「なぁに?ママ」

 僕が返事をすると、

 「今日観たバレエはどうだった?」

 「ばれえ?」

 「そうよ…」

 「うぅん、判らない…

  でも、凄かったね…」

 僕がそう言うと、

 「ねぇ…武ちゃん、妖精になってみたいと思わない?」

 とママが聞いてきた。

 「え?、妖精さん?…」

 「そうよ…

  ママはねぇ…

  武ちゃんが生まれてくる前までは妖精さんだったのよ、

  でも、パパと出会って、武ちゃんを生んでから、
 
  妖精じゃぁなくなっちゃった…」

 とママが遠くの景色を見ながらそう言うと
 
 「ふぅ〜〜ん」

 僕がその意味が分からずそう返事をすると、

 「でね、
 
  武ちゃんにはママに替わって妖精さんになって欲しいんだけどなぁ」

 とママは僕の顔を見つめながらそう言った。

 「………う〜ん、ママがそう言うのなら

  やってもいいかな…」

 その時の僕は大して気にせずにそう返事をすると

 「ホント?
 
  嬉しいっ!!…」

 ママはコレまでに見たことにない笑顔で僕に抱きついてきた。

 「えへへへ」

 そのとき、なぜか僕は得意気になっていた。

そして、彼の記憶は初めて訪れたバレエ教室へと替わる。

 ……それから
 
 その次の日には僕はママが通っていたと言うバレエ団のレッスン室にいた。

 広い床に鏡張りの壁…

 そして、部屋を囲うように置かれているバー…

 黒いタイツを穿かされて立って眺めている僕に、

 バレエの先生は優しく声をかけてくれた。

 「偉いわねぇ、男の子でバレエをやるなんて凄いわ」
 
 何でバレエをやることだけでこんなに誉められるのか僕には判らなかったが

 でも、それがどんなに大変だったかは後に思い知らされた。



そう、彼にとってイヤな記憶が呼び起こされ始めた。

 最初のウチはレッスンが楽しかったけど、

 でも、一緒にレッスンをすることになった明美とか言う2つ上の女が

 「ふんっ
 
  男のくせにバレエを習うなんて、
  
  ここはオカマが来るところじゃないわよ!!」

 なんて事を言って僕を虐めるようになってきた。
 
 僕は彼女の目つきが気に入らなかったので無視していたけど、
 
 そのうち僕のことを”妖精クン”と呼びはじめ、
 
 さらに、着替えの時に

 「バレエはこの格好じゃなきゃぁダメよ」

 と言って僕に無理矢理女の子用の衣装を着させようとしたりした。
 
 そんなこともあって段々バレエに行くのがイヤになってしまって
 
 ママと大喧嘩の末に僕はバレエを辞めてしまったんだ。

 別にバレエがイヤだったわけではなかった…

 ただ、虐められるのがイヤだったんだ…



そして、妖精という言葉がトラウマになっていた彼にとって

運命の少女となる香織との出会い…

 それからしばらく経った5年生になった時のクラス替えで、
 
 僕は香織と言う女の子に出会った。

 彼女が言う”妖精”と言う言葉が
 
 バレエ教室で虐められていた事を思い出させて、

 つい、その時の悔しさを香織にぶつけるようになっていた。



 しかし、バチが当たったみたいだ…
 
 僕は妖精にされてしまった。

 見るのがイヤだったチュチュを身につけ
 
 同じように妖精になってしまった東山先生と緑川先生を囲むようにして
 
 バレエを舞っている…
 
 「はぁ…
 
  知らなかった
 
  バレエってこんなに楽しかったのか…」
  
 そう僕は思い始めるとチュチュを翻しながらバレエを舞い続けた。

 「帰ったら、ママに言おう…
 
  僕…
  
  バレリーナになるって…」

そう、その時すでに武は妖精の国の住人になっていた…



おわり