風祭文庫・バレリーナ変身の館






「出会い」



作・風祭玲

Vol.130





僕が初めて彼女と出会ったのは

そう毎日勤務先とアパートとを往復する電車の中だった。

「おっ」

はじめて見る彼女の姿は、

髪の毛を頭の後ろでお団子にまとめた

凛とした姿勢で、

ドアの窓から流れる去っていく景色を眺めていた。

「…はぁ…

 綺麗な人だなぁ…

 バレエでも習っているのかな…」

僕は彼女が醸し出す雰囲気から

彼女がバレエか何かをしていることを察した。

そして、その日から時折彼女は同じ電車の同じ位置に立つ様になった。


そんな彼女の行き先が判ったのは

それからしばらく経ってのことで、

信号機故障のために途中駅で降ろされた僕は、

仕方なく駅の近くの喫茶店で時間をつぶしていると、

目の前のバレエ教室から颯爽と彼女が出てきた。

「おっ、あの娘だ…

 そうか、やっぱりバレエをやっていたのか…」

僕はそう思いながら彼女が出てきた

バレエ教室の看板をぼんやりと眺め、そして

「バレエか…」

と呟いていた。



そんな僕に一つの転機がきたのはそれから一月後のことだった。

「えっ、中性脂肪が増えているんですか」

会社の健康診断のとき僕は注意を受けた。

「そうねぇ…

 今の段階では異常ではないんだけど

 何か運動をしたほうがいいわよ」

白衣姿の女性は血液検査の結果を見ながら

僕にそう言う…

「たとえばどんな…」

僕が訊ねると、

「そうねぇ、有酸素運動なんかもいいかもね」

と言う彼女に、

「バレエはどうですか?」

とふと思いついたことを訊ねると、

「バレエ?

 まぁ、それでも構わないけど…」

キョトンとした顔で彼女は答えた。



彼女と同じ教室に通える…

バレエ教室に通える口実が見つかった僕は、

電話でそのバレエ教室に入りたいことを告げた。

最初電話を受けた事務員は

僕が男であることに難色を示していたが、

その後事務員から替わった教師の女性が

僕の入門を快諾してくれ、

めでたく、通うことができるようになった。


そして、初レッスンの日…

言われた通りに運動できる服装であの教室に向かった。

「あっ、堂島さんですね」

受付で来意を告げると

レッスン室から教師の女性が出てくるなりそう言った。

「はい…

 よろしくお願いします」

と言って頭を下げる僕に

「あっ、あたし辻下と言います、よろしく…」

と言いながら手を差し出した。

「どっ、どうも…」

 でも、男の人が入ってくれて嬉しいわ」

僕を見ながら辻下先生が言う

「え?」

「うん、ほら…

 バレエって女性の稽古事ってイメージがあるでしょう

 そのせいか女の人ばかり増えちゃってね…

 だからあなたのように男性が入ってくれると

 ホント助かるわ…」

「そうなんですか」

僕が返事をすると、

ガチャッ

と更衣室のドアが開き、

「お願いします…」

エンジのレオタード姿になった彼女がレッスン室に入ってきた。

「こっこんにちわ」

僕が挨拶をすると、

「あら、あなた…いつも電車で見かけますね」

と彼女はニッコリと微笑みながら話し掛けてきた。

”うわっ、覚えてくれたんだ”

僕は彼女が僕のことを覚えてくれていたことが嬉しかった。

「あら、御堂さん、彼知っているの?」

辻下教師が彼女に訊ねると、

「えぇ、よく電車で会いますよね…

 あっ、あたし…御堂清花といいます。
 
 よろしくね」

と僕を見ながら彼女は自己紹介をした。

「堂島純一です。よろしく」

頭を掻きながら僕も彼女に自己紹介した。

やがて、時間になり生徒が三々五々集まると、

辻下教師は僕を他の生徒に紹介した。

勢ぞろいしたレオタード姿の女性の前で挨拶するのは妙に恥ずかしかったけど

でも、意識しなければなんということもなかった。


僕の初レッスンは体の柔軟や音感を鍛えることから始まった。

そして、回を重ねるごとに

バレエの基礎となるポジションやプリエ、

そしてパへと進んでいった。



「あっ、堂島さん」

バレエを始めてから2ヶ月ほどが過ぎたある日

レッスンが終わり一息入れていると、

辻下教師が手招きをしていた。

「はいっ、なんですか?」

「堂島さん…

 こんどこの教室で発表会あるのを知っていますよね」

「えぇ…」

「そこでぜひ、発表会に堂島さんに出でてほしんです」

と告げた。

「………えぇっ

 ぼっ僕がですか?」

自分を指差して思わず声を上げると、

「折角、男の方が入ったんですから、

 出てほしんですよ」

辻下教師は頼み込む眼差しで僕を見つめた。

「……はぁ…」

嫌とは言えずそう返事をすると、

彼女はパッと明るい顔になり、

「じゃぁ、悪いけど早速今日から居残りの練習、お願いね…」

と言うなりさっさと事務室に戻ってしまった。

「…ありゃ……うまく乗せられたかな…」

彼女の後姿を見ながら僕はポツリと呟いた。



その日から、発表会に向けてのレッスンが始まった。

しかし、バレエを始めてから間のない僕にとっては

「しんどい」

の一言だった。

そのせいか、

僕の相手をする御堂さんに負担がかかり始めていた。



「ちょっとっ、

 そこはそうじゃないって言っているでしょう!!」

稽古中、御堂さんが声を上げた。

「すっすみません」

僕が謝ると、

「もぅ……」

彼女は一言そう言うと、

プィ

とレッスン室から出ていってしまった。

「あっ、御堂さん…」

僕が追いかけようとしたら、

「堂島君はココで待ってて…」

彼女の友達の漣美由紀が僕を制すると

彼女の後を追って行った。



「もぅやんなっちゃう…

  堂島クンってトロくって…

  全然かみ合わないわっ」

更衣室に戻った清花が思わず愚痴をこぼすと、

彼女の後を追ってきた美由紀が

「文句を言わないっ、

  堂島クン…まだバレエを始めて間が無いんだから」

と言う。

「解っているわよっ

 彼が始めて間のないことくらい
 
 十分に知ってますよ」

「だったらいいじゃない…」

普段は冷静な清花もこの時は珍しく感情をあらわにしていた。

すると、

「ぜーたくを言うなっ

  この世界、ただでさえ男が少ないんだから

  少々のことぐらい我慢するのっ」

と怒鳴ると、

「わっ判っているわよっ

  ただ、ちょっと文句を言ってみたかっただけよ」

彼女の突如の剣幕に押されながら清花が答えると、

「さ−さっ、

  アンタはもぅ上がったんだから早く帰って寝る
  
  あたしは彼のレッスンに付き合ってくるから…」

そう言うと彼女は清花の着替えを手に取り、

グィっ

っと押し付けた。

ぷぅ〜っ

清花は膨れっ面をする。


着替えを終えた清花がレッスン室の前を通りかかったとき、

人影が音楽に併せて舞っていた。

清花はそっとレッスン室のドアを開けた。

「まだまだ…」

「はい」

「そうこはそうじゃないっ」

「はい」

「ほらほら、ちがうよ…」

「はい」

レッスン室では美由紀が純一をシゴいていた。

「へぇ、なかなか頑張っているじゃん」

清花は感心しながら2人のレッスンを眺めていた。



漣さんの居残り特訓の甲斐もあって僕は少しづつ上達していった。

そんなある日、

僕がレッスンが終わって漣さんを待っていたとき、

更衣室ではある出来事が起きていた。

レッスンが終わってもなかなか着替えようとはしない清花の様子に

「どうしたの?

  身体冷やすと良くないよ」

っといつまでもレオタード姿でいる清花に

美由紀がそう言うと、

「いいよ、美由紀…先に着替えても…」

清花のそのせりふにピンときた彼女は、

「はいはい、邪魔物は先に消えるね

  じゃ、堂島君とのレッスン、がんばってね」

「ちょちょっと…」

清花が声を上げた時には着替え終わった彼女の姿はなかった。

「もぅ…」

一人ポツンと残ってしまった清花は深呼吸を一つすると、

トゥシューズの音を響かせながらレッスン室へ向かっていった。


トントントン

トゥシューズの音が聞こえてきたので

「あっ、漣さんが来た」

と思っていると

カラ…

レッスン室のドアが開くと

そこには漣さんではなく御堂さんが立っていた。

「あれ?、御堂さん…どうしたんですか?

 忘れ物ですか?」

と僕が訊ねると、

「えぇ…

  あたしのパートナーのレッスンをね」

と彼女は答えた。

「え?」

「堂島君、美由紀と特訓しているんでしょう?

 そろそろその成果を見せて貰おうと思ってね

  今日からあたしがあなたの相手よ」

そう言いながら、御堂さんは僕の前に立つと

「あたしのレッスンはキツイよ、

 覚悟はいい?」

と聞いてきた。

僕は彼女に認められたと言う嬉しさで

「はいっ、お願いします」  

と言って純は頭を下げた。

こうして僕と堂島さんとのレッスンは始まった。


そして、2人でレッスンをするようになって

僕の技量は確実に上がっていった。


「はいっ、いいでしょう!!」

発表会が間近に迫ったある日、

その通し稽古が終わると、

息を切らしている僕に

「堂島君、よくここまで上達したね」

辻下先生がねぎらいの言葉を言った。

「えぇ、御堂さんが僕をビシビシと鍛えてくれましたから」

頭を掻きながら僕が答えると、

ペンッ!!

僕の頭が叩かれ、

「コラっ、余計なことは言わないのっ」

堂島さんの怒る声が僕の耳に響いた。

「ゴメン」

「まったく、もぅ…」

そうやって膨れている彼女の目は喜んでいた。


そして、発表会当日……

割れんばかりの拍手の中で、

無事、僕は初めての役を立派に務め上げた。

「ご苦労様っ」

「がんばったな…」

僕は他の出演者やスタッフ達にに揉みくちゃにされながら祝福された。



そして、それ以降、僕と堂島さんは私生活でも徐々に接近し、

やがて同棲をするようになった。



しかし、あの事件が起きたのは僕たちが同棲をするようになって、

次の夏を目前に迫ったある日のことだった。



今度の発表会の演目は”白鳥の湖”と決まり、

その稽古が終わって、外に出ると

外は雷雨になっていた。



カッ

ゴロゴロゴロ…

ザーーーっ

稲光と雷鳴、そして大粒の雨が叩き付ける様子を眺めた僕たちは

「どうする?」

っと顔を見合わせた。

「あっ、俺達、明日早いし

 それに、駅はすぐそこだから帰るわ」

そう言って僕が清花を庇いながら傘を差した瞬間。

一瞬、辺りが閃光に包まれた。



「!!」

ハッ

と僕が目を覚ますとそこは病院のベッドの上だった。

「あっ、堂島さん気がつかれたようです」

看護婦が声を上げる。

「おい、堂島っ、大丈夫か」

仲間が次々と僕のベッドに集まってきた。

「あれ?、僕…どうしたんだ」

状況が理解できない僕に

「お前、雷に撃たれたんだよ」

と一人が言う、

「雷に…

 ふぅ〜ん、そう…」

なぜかそのときの僕は事の重大性が判っていなかった。

しかし、清花のことが頭をよぎったとたん、

「!!

 なっ、清花はどうしたっ」

それに気づいた僕はそう叫ぶと

ガバっと飛び起きた。

「あぁ、御堂さんなら…

 ホラ、そこで気持ちよく寝ているよ」

と指で指した隣のベッドに清花の寝顔があった。

「良かった…」

僕が呟くと、

「良かったじゃないっ、

 俺達がどれだけ肝を潰したと思っているんだっ
 
 この落とし前、
 
 発表会できっちりと払ってもらうからな」

と凄まれると、

「えっ、あはははは」

僕は笑ってごまかした。

「とにかく、まぁ、無事で良かったわ」

ポンポンと次々頭を叩かれると、

みんなは病室から出ていった。

「良かった…」

僕も彼女の顔を見てホッとした。

その後、色々検査を受けたが、

僕と清花には何も異常はなく、

それから3日後には退院することが出来た。


「あたし…雷に打たれたのって始めて…」

病院からの帰り清花は僕に言う

「あぁ、僕もだよ

 でも、良かった…
 
 どこもケガが無くて…」
 
「うん、ニュースなどでは即死とかいうもんね」

「運が良かったのかも知れないな、

 さしていた傘は布地が吹き飛んでいたって言っていたからな」

「えっ、そうなの?」

「?」

その時僕は、近くで見る清花の表情に妙に幼さを感じた。

「あれ…清花ってこんなに童顔だったっけ?」

それが彼女の異変の始まりだった。



翌日

「おはよ〜っ」

清花に起こされた僕は

「んっ、おはよ〜っ

 どうだ?、身体の調子は…ん?」

そう言いながら起きあがったとたん驚いた。

彼女の顔がさらに幼く見えたからだ。

清花が怪訝そうに僕を見る。

「どうしたの?」

首をかしげる彼女に

「いや、なんだか…幼くなったような…」

と僕が言うと、

「え?」

清花は聞き返した。

「ちょっと、自分の顔を見て見ろ…」

僕は彼女の手を引っ張ると鏡の前に立たせた。

「あれ?

 あっ…ホントだ」

清花が声を上げる。

「お前…何か悪い物でも食べたか?」

僕が訊ねると、

フルフル

彼女は首を横に振った。

薬の副作用か…それとも…

僕が考え込むと、

「いいじゃない、そんなこと…

 若く見えるっていい事よっ
 
 さっ朝ご飯にしよう、

 ホラ遅刻しちゃうでしょう」

と言うと彼女はキッチンに立った。



会社帰り、教室に立ち寄ると、

脚に包帯を巻いた清花が座り込んでいた。

「どうしたんですか?」

辻下先生に理由を訊ねると、

「実は…レッスン中にトゥシューズが脱げ落ちてねぇ

 その際にバランスを崩して…」
 
と心配顔で僕に言う、

「はぁ、どうしたんでしょうかねぇ…」

僕がそう言うと、

「あのぅ…御堂さん…

 身体が本調子でないのかしら」

「え?」

「なんかこう…、

 痩せたと言うか小さくなったと言うか

 そんな感じに見えるんだけど」
 
と辻下先生が言うと、

「純、帰ろうっ」

突然、清花が立ち上がると僕に声を掛けた。

「あっ、おい、

 大丈夫か、立ち上がっても…」

慌てて僕が彼女の元に駆け寄ると身体を支えた。

「…と言うわけですので、今日はコレで帰ります」

僕がそう言うと、

「お大事にね…」

と辻下先生の声がした。



部屋に戻ると、

「一体、何があったんだ?」

僕が彼女に訊ねると、

清花はトゥシューズを取り出すと、

「純、コレを見て…」

と言って、トゥシューズを僕の目の前で履いて見せた。

「え?」

彼女の脚と、トゥシューズとの間に隙間が出来ていた。

「………小さくなっているのよ…」

清花が言う

「脚だけではないわ…」

と言うと彼女は上着を脱ぐとレオタード姿になった。

「え?」

清花の体の線を見て僕は驚きの声を上げた。

そう、彼女の身体がまるで高校生くらいに見えた。

「これは…」

僕が驚いていると、
 
「判らないわ…

 ただ、これって若返っていることでしょう…」
 
と力無く言う…

「医者には行ったのか?」

「無駄よ…こんな症状聞いたこともないわ、

 下手に行って、弄くり回されるのはゴメンよ」

「雷のせいか…」

「………」

清花は返事をしなかった。

「あたし、もぅあそこには行けないわ」

「あそこってバレエ教室か」

コクン

清花が頷く

「発表会はどうするんだ?」

「他の人に替わって貰うわ」

と言う彼女に

「何かあったのか」

と訊ねると

「みんな変な噂をしていたわ…」

と呟いた。

「そんな…訳を話せば…」

と僕が言うと、

清花は僕に抱きつき、

「あたし…怖い…

 今はまだいい…でも…
 
 もしも、このまま若返っていったら…
 
 赤ちゃんから先はないのよ…」
 
と言うと僕の胸で泣き始めた。

「まだ、お前が若返っているって決まった訳じゃないよ」

僕はそう言って彼女の背中を叩いていたが、

でも、彼女の体は確実に若返っていた。



程なくして、清花は仕事とバレエをやめた…

そして外に出ることもなくなり、

部屋の中でじっとしていることが多くなっていった。

最初は早かった若返りのスピードも

最近では2週間に約1才づつのペースに落ち着いたが

しかし、清花の若返りは止まることなく、

ひと月ほどで中学生くらいになり、

確実に彼女の身体を過去の姿へと変えていった。



僕も医学書などで清花の症状を調べてみたが、

たしかに、このような症状についての記述は何もなかった。


けど、幼くなっていく清花を見ていると、

僕の心の中に焦りが出ていた。



胸は無くなり、

生理は止まり

清花の体は女性から少女へと変身していった。

「ねぇ、純…」

「ん?」

「どう、似合う?」

話しかけられた僕が清花の方を見ると、

彼女は可愛らしいチュチュを身につけて立っていた。

「それは?」

と訊ねると

「えへへへ、

 これねぇ…あたしが小学校3年の時
 
 初めて舞台に立った時に着ていたものなの」

体に合わせて彼女の心も徐々に幼くなっていっているのか

最近無邪気さが出てきていた。

「ふぅんそうか」

僕は幼いバレリーナをまじまじと見た。

「それ以来これはあたしの宝物で、

 捨てずにとっておいたんだけど…

 まさか、また着られる日が来るなんて」

と言うとくるりを回って見せた。

僕は立ち上がるとやさかの側に立つと

片膝をついて

「それではお姫様、僕と踊っていただけますか」

と手を取りながら言うと

「えぇ、よろしくお願いします。」

と軽く会釈した。

そして、王子と小さなお姫様との舞踏会が開かれた。



それから3ヶ月が過ぎ…

清花はついに3歳児近くにまで若返っていた。

つまらなそうにしている彼女の様子を見ているうちに

僕はふとある考えが浮かんだ

「そうだ、清花、これからバレエのレッスンに行こう」

そう言うと、僕は早速準備を始めた。

「なに言っているのじゅん、

 こんな姿でばれえのれっすんは出来ないわよ」

と清花は言うが、

「今の時間なら幼児コースをやっているだろう

 それに参加するんだ」

と言うと

いやがる彼女に幼児用のレオタードとタイツを穿かせると

彼女を抱えてあのバレエ教室へと向かった。

「あら、堂島さん、その子は?」
 
彼女の姿を見た辻下先生が尋ねてきた。

一瞬、清花をどう説明しようかと思ったがとっさに

「いやぁ…この子…僕の姪っ子でね、

 僕がバレエをやっていると言ったら、

 バレエをやってみたいって言ってね」

と答えると

「まぁ、熱心な子ですわね」

そう感心しながら、

「本来ならチケットがいるんですけど

 今日はいいですよ」

と言うと僕たちを通してくれた。

清花にとって久しぶりに入るレッスン室、

そこでは清花と変わらないくらいの少女達が

親の見守る中元気にレッスンをしていた。

「あたしはいやよ…」

と最初のうちはいやがっていた彼女だったが

ここを辞めてからろくに体を動かさなかったので

いざ場の雰囲気になれると、

徐々に自分からレッスンを始めだした。

そして元バレリーナだっただけに

ほかの子達よりもはつらつを踊るようになっていった。

「すごいでねぇ、

 あんなにちっちゃいのにこんなに踊れるなんて…」

見学に来ていた親御さんが僕に耳打ちをする。

「やぁ…まぁ」

僕はそれに曖昧な返事をした。

まさかこの少女がついこの間まで

このバレエの舞台に立っていたとは言えなかった。

そして僕はこれが彼女が踊る最後の姿になる

と言う思いで彼女が舞う様子を見ていた。

「楽しかったね」

レッスンが終わり帰路の途中、清花は息を弾ませて言う。

「なぁ、行ってよかったろう?」

と僕が言うと

「うん」

と頷きながらレオタードの袖をなおしていた。

「どうした?」

訊ねると、彼女は着ているレオタードに手をやり

「また身体が縮んだみたい」

と言って皺が出てきたレオタードを僕に見せた

また一歩彼女の時計は巻き戻っていた。



1ヶ月後、

清花は生後6ッ月まで遡り食事も離乳食から粉ミルクになっていた。

「もぅすぐ彼女は消えてしまう

 どうすればいいんだ」

僕は机の上に飾っているチュチュ姿の彼女の写真に問いかけた。

そのとき

『…あなた、彼女を受け入れる事が出来ますか』

と言う声が聞こえてきた

「誰?」

僕は部屋中を見渡して叫んだ

ポゥ…

小さな光の固まりが僕の目の前に現れた。

「なっ…」

僕が驚いていると、

『…突然驚かせてしまって申し訳ありません

 あたしはそう…あなた方で言う”天使”とでも言いますか
 
 そういう存在の者です』
 
「天使ぃ?」

『…はぃ…

 じつはこの間、
 
 誤って清花さんの寿命を司る砂時計を
 
 壊してしまった者がおりまして
 
 急いで降りてきたのですが…』
 
「砂時計って…

 そう言うのがあるのか?」

僕が訊ねると、

『…えぇ…』

光は答える。

「砂時計が壊れるとどうなるんだ?」

僕の質問に

『…はぁ、砂時計が壊れた人は普通ですと死んでしまうのですが

 ただ、清花さんの時計は完全には壊れて無く、
 
 現在私どもでなんとか支えていますが、

 時計の破損は徐々に広がり
 
 そう何時までも保たせるのは無理と判断した私たちは
 
 少しずつ負担を軽くしているのです』
 
「それが、清花の若返りなのか…」

『…はい…』

すまなそうに光は答えた。

「じゃぁ、このまま清花は消えて無くなるのか?」

僕が核心を聞くと

『………』

光は答えなかった。

「お前達の責任だろうがっ、

 何とかしろよっ!!!」
 
僕が怒鳴り声をあげると、

『……残念ながら、清花さんの若返りを止めることは出来ません

 ただ、あなたが清花さんを受け入れて、
 
 あなたの中に彼女の魂を留めおいてくれれば、
 
 清花さんを復活させることは出来ます』

と答えた。

「留める?、復活?」

僕が光の行っている意味がよく判らないでいると、

『…もぅ一度尋ねます、あなたは清花さんを受け入れますか?」

光は再び僕に尋ねた。

「あぁ…

 清花が助かるのなら何でもするよ」

と答えると

『…ありがとうございます』

と言うと、光はパンっと弾け飛んだ。

「なんだったんだ…あれは」

僕はしばし呆然としていた。


ところが、その日を境に僕の身体は女性へと変化し始めた。

膨らんでいく胸、

括れていく腰、

張り出す臀部…

そして無くなっていく男根と

開く女唇…

ふっくらと柔らかくなっていく身体を見ながら

清花の若返りよりも速いスピードで僕は女に変身していった。

また、それと前後して僕は勤め先とバレエ教室を辞めた。

そのときになって僕は部屋に閉じこもった

清花の気持ちが判ってきた。

変わっていく自分の体の事を誰にも知られたくなかった…

ってことを…


やがて、男物の服を着ることが出来なくなったので

仕方なく僕は清花が着ていた衣装を借りることにした。

「ふぅぅん、女の服ってこんな感じなのか…」

スカートを履いて、クルリを回ってみると

ふわっ

スカートが持ちあがった。



それから程なくして胸の乳房から乳が滲み出し始めた。

僕は彼女を抱き起こすとそっと口を乳首に持っていった。

すると清花はすっと僕の乳首に吸いつくと乳を飲み始めた。

「あっ」

ゾクッっと来る快感に一瞬喘ぐ、

「僕のおっぱいを清花が飲んでいる」

ふと、目の前にいる乳児に彼女の姿がだぶった。


それから僕は清花に母乳を飲ませた。

しかし、彼女の若返りは止まらず、

ついには生後一ヶ月を切り、彼女は静かに目を閉じた。

そして、ある夜

ぽん・ぽん・ぽん

股間を叩かれる感覚に目を覚ました。

見ると、生まれて間のない程になった

清花が盛んに僕の股間を叩いていた。

「どうしたんだ」

僕が身体を起こすと

彼女は僕の局部に顔を盛んにこすりつけていた。

「……そうか…僕の中に入りたいのか」

僕は清花を裸にすると、僕も裸になってそっと股を開いた。

すると彼女は僕の股間ににじみ寄ると僕の性器に顔をつけた。

「あっ」

びくんと身体が反応した。

清花は小さい手で僕の性器の両側の肉壁を開くと、

自分が入って行くところを探すように鼻先をなで回した。

そして、一つの穴を見つけるとそこに頭をねじりなが潜り込みはじめた

「んくぅうう」

穴から粘性のある分泌物がわき出てくる。

くちゅぅ

彼女は渾身の力を込めて膣に入ってきた。

「あっあっ、入ってくる…」

僕は膣をこじ開けられる激痛に耐えた

やがて彼女の頭が膣の中に入ると、

続いて肩から順に僕の中へと入って来た。

僕の下腹部で彼女はうごめくように子宮を目指して膣を遡る。

「あっあっあっ」

僕はただ喘いでいた。

やがて、彼女は子宮口から僕の子宮へと潜り込んでいった。

僕は大きく膨らんだお腹を見ると

「清花、やさか」

ともぞもぞ動くお腹を見て叫んだ。

もはや、部屋には彼女の姿はない。

ただ、妊婦になった僕一人がそこにいるだけだった。


「清花、そこはどんな感じだい」

とお腹をさすりながら僕が訊ねると、

とんとん

っと羊水の中に浮かぶ彼女は僕の腹を叩いた。

「そうか」

清花は僕のお腹の中にいる、

そして、こうして彼女の返事があるうちは彼女はまだ生きている。

この子宮からの返事が清花からの知らせになっていた。

しかし、彼女の若返りはなおも止まらず。

僕のお腹も徐々に小さくなっていた。

お腹が目立たなくなった頃、

僕は再びバレエを始めた。

以前通っていた教室とは別の教室だったが、

でもバレエをやりたかったわけでもない。

ただ、

この世に清花と言う女性がいたことを忘れたくなかった。

彼女が着ていたレオタードやシューズを、

身につけ稽古場に立つとそこに彼女が居るような気がした。


やがて清花からの返事はなくなり、

僕にとって生まれて初めての生理が始まった。

清花と言う人は消えて無くなった。

そう思うと無性に涙が出て止まらなかった。


『…大丈夫、清花さんは生きてます』

とあの夜の光の声が聞こえてきた。

「え?」

『…清花さんの身体は残念ながら無くなってしまいましたが

 彼女の魂はあなたの体の中で眠っています』

「そうなのか?」

『…はい、だから、早く恋をしてください』

「な?」

『…恋をして、彼女に新しい身体を与えて上げてください』

声はそう言うとそれ以降聞こえなくなった。

その後も僕はバレエを続け

やがてあるバレエ団のダンサーと恋仲になり、

そして結婚した。


ほぎゃ〜

赤ちゃんの泣き声が産室に響く、

「元気な女の子ですよ」

助産婦さんからまだへその緒がついている赤ちゃんを手渡された。

「おかあさん、そっくりですね

 いい名前をつけて貰いましょうねぇ」

と言うと

「彼女の名前はもぅ決めてあります。」

と答えた。

「え?」

「清花……

 そう、清花しましょうよ、あなた…」

あたしは赤ん坊を抱きしめながらそう言うと

「お帰り、清花…」

と呟いて彼女をきゅっと抱いしめた。


18年後…

あたしは美しくメイクアップしたバレリーナの前に立っていた。

あたしたちは母と娘、親子2代のバレリーナとして有名になっていた。

「清花、この舞台がんばるのですよ」

と娘に言うと

「えぇ、判ってます、お母さん…

 いえ、純…」

「え?」

あたしは一瞬ドキっとした。

「清花、あなた…」

「さぁ純一さん、あの日の続きをしましょう、

 18年前、出来なかったあの舞台の続きを」

そう言うと、

彼女はまるであのときの舞台にでるような感じで

舞台へと向かった。

「そうだな、あの続きをしなくては…」

僕はそう呟くと、舞台へと向かった。



おわり