風祭文庫・バレリーナ変身の館






「メール」



作・風祭玲

Vol.070





『【注目】人生をチェンジ!!詳しくは文面にて』

駆け出しのイラストレータでである高木良雄の元に

このようなタイトルの電子メールが届けられたのはとある休日のことだった。

「なんだこれは?」

納期が迫っていたために休日出勤をして作業をしていた良雄は

ピンク色をしたクマのマスコットが持参してきた電子メールを訝しげに眺めつつ、

「新手のネットゲームの勧誘?

 それともSNS?

 まさか新種のウィルスじゃないだろうなぁ…」

送られてきたメールに戸惑って見せるが、

しかし好奇心からか、

カチッ!

つい興味半分に文面を開いてみると、

『あなた様が歩まれてきた人生に満足していますか?

 もし、満足していなければ思い切ってチェンジしてみましょう…

 ただいま特別キャンペーン中!!

 詳しくはこちらにアクセス!!』

と綴られた短めの文章とアドレスが記されていた。

「なんじゃこりゃぁ?

 持ったいぶりやがって」

あまりにも素っ気ない内容に良雄はスグにメールを閉じると、

”削除”のボタンを押し掛けるが、

「ふむ…」

何かに引っかかったのか良雄は考え込んでしまい、

閉じたメールを再度開き再びその文章を眺め始める。

そして、

「まっ…ちょっとだけ…覗いてみるか」

そう呟くとリンクされているアドレスをクリックした。

その途端、

チカチカチカ

彼が使っているパソコンがリンク先よりダウンロードを始め、

しばらく間をおいて

パッ

書きかけのイラスト画面から切り替わると、

ブラウザが立ち上がるや石造りの神殿の様な画像が表示された。

そして重厚な衣装を身につけた神官らしき老人が表示されると、

『汝、新たな人生を歩みたいのか?

 歩みたいのなら希望する新しい人生を入力するがよい』

と老人の台詞と共に入力ウィンドゥが表示された。

「あはは…

 ○ーマの神殿かぁ?

 これって」

つい先日まで熱中していたロールプレイングにでてくる転職コーナーそっくりな展開に

良雄は乾いた笑い声を上げると、

「アホくさ」

とブラウザを閉じようとするが、

しかし、いくら終了をクリックしても画面は閉じることはなかった。

「んだよっ、

 もぅ」

埒の空かないことにぶつくさ文句を言いつつOSの管理画面を呼び出そうとするものの、

しかし、良雄をが何をしてもブラウザを終わらせることは出来なく、

執拗に入力ウィンドゥは表示され続けていた。

「うわぁぁぁ…

 マジでウィルスかよぉ…

 やべーな」

自分の軽率な行為によって引き起こされた事態に良雄は顔を青くしながら周囲を見ると、

休日の職場には良雄一人しかおらず、

慌てる状態には至っていなかった。

「俺一人で良かった…な。

 で、どうするんだこれは?」

画面を他人に見られる心配がないことにホッと胸をなで下ろしつつ、

改めて画面を眺めると、

開かれたウィンドゥはジッと良雄の返答を待ち続けている。

「このままパソコンをリセットするか、

 それともこれに答えてみるか…」

ウィンドゥを眺めつつ良雄は自問自答した後、

「まっちょっとだけつき合ってみせるか」

そう結論づけると、

「で、なんになる?」

とあたらた人生について考え込んでしまった。

「こりゃぁ、結構難しいなぁ…」

頭を軽く掻きながら良雄はぐるりと周囲を眺めると、

「ん?」

マガジンラックに置かれている一冊の雑誌が目に飛び込んできた。

「バレエか…」

今月号の特集で扱っているのか表紙に載せられている純白のバレリーナの姿を見た途端、

良雄の心の中に甘い憧れが沸き上がってくる。

そして、

「そうだなぁ…

 変われるものならバレリーナになりたいなぁ…」

このバレリーナと同じ純白のチュチュを身につけて華麗に舞い踊る自分の姿を思い馳せると、

「そうだ!

 これにしよう」

良雄は決心し

【バレリーナ】

と言う単語をウィンドゥに入力し入力ボタンを押す。

すると画面が切り替わり、

『バレリーナになりたいと言うのじゃな。

 それでは汝が希望するプロフィールを入力しなさい』

と神官は次の質問をし、

画面には”質問”と”その答えを入力項目”が表示された。

「なんだぁ?、

 今度は質問攻めかよ?

 これで最後に

 ”ありがとうございました。”

 なぁんて表示で終わったらただじゃおかないからな」

良雄は苦笑いをしながら、

『名前…』

「…バレリーナだから…”芭蕾莉奈”…なんちゃって」

『年齢…』

「…んーっ、”25歳”」

『性別…』

「…無論、”女性”よ」

『身長…』

「…”155p”かな」

『体重…』

「…やっぱ”40s”でしょう」

『バレエは始めたのはいつから…』

「…まぁ”3歳”としておこう」

『得意の演目…』

「…当然、”白鳥の湖”」

と画面に表示された質問に次々と入力しすべて答える。

すると、再び画面が切り替わりまた新たな質問が表示された。

「はぁ…」

質問がまだ続くことを知った良雄はため息をつくが、

しかし粘り強く質問に答えていく。

『いまは何しているの?…』

「…えっと、舞台が一区切りついて…レッスン室で息抜き休憩の途中…」

『舞台…どんな演目?…』

「…そりゃぁ当然白鳥の湖よ」

まるで1対1で会話をしているように質問と答えが交わされ、

良雄の気持ちは次第に質問に答えるというより、

まるでチャットに参加しているような感覚へと変化ていった。

そして、次々と表示される質問に答えるのが楽しくなっていったのだが、

その頃を境にして良雄の身体に変化が起こり始めたのである。

ポゥ…

パソコンに向かう良雄の身体がうっすらと光り始めると、

クッククク…

次第に身長が下がっていくと、

それにつれて体の線が細く華奢になり、

平たい胸には小さな膨らみが2つシャツを押し上げはじめ、

それと同時にズボンの股間を押し上げる膨らみから中身が消えてしまうと、

クシャッ

良雄が足を動かすのに併せてその膨らみが押しつぶされた。

『今は何を着ているの?…』

「…舞台から引き上げてきたばかりだから、

 当然チュチュに決まっているでしょう。

 真っ白いクラシックチュチュ…」

『そのクラシックチュチュってどういうデザインなの?…』

「…白鳥の羽をデザインした刺繍が入る真珠色のベストと、

 …胸元には飾り羽、

 …それと同じようにチュチュにもきれいな刺繍がされているのよ』

『チュチュ以外には何を着ているの?」

「…当然、白のバレエ・タイツと、

 淡いピンクのトゥシューズ。

 それ以外に何があるって言うの?」

と良雄が質問に答えると、

スゥゥゥ…

彼が穿いているズボンが足先より白く染まりながら詰まっていき、

またそれを追いかける様にして靴下が同じように白く染まりながら腰に向かって伸びていく。

そして、靴下がバレエタイツとなって足から股間を覆ってしまうと、

ズボンはメッシュのパンツとなって良雄の股間を覆い、

さらに傘を思わせるレースのスカートが湧き出すように一枚また一枚と広がりはじめたのであった。

一方で良雄が着ていたTシャツが淡い光を発しながらその袖が縮んでいくと、

袖が隠していた肩を表に出し、

生地が変化したその表面に華麗な刺繍が施された真珠色のベストへとなっていった。

だが良雄は自分の身体に異変には気づかずに未だパソコンの画面と向かい合っていた。

「えぇと…そうだなぁ」

女性のような声をあげながらなおも表示される質問に良雄が答えていくと、

シュルルル…

足先には淡いピンク色のトゥシューズが華麗に飾り、

長く伸びた髪はアップにまとまると小さなお団子となって良雄の後頭部を飾り、

さらにその上に羽根飾りとティアラが彩ると良雄の顔には次々と濃厚なメイクが施されていった。



『返答ありがとうございました。

 さぁ、あなたが望んだ新しい人生の始まりです。

 ご活躍を期待いたします』

すべての質問に答え終わりその文句が映し出されるのを確認した良雄は、

「ふぅ…」

と大きく深呼吸をして椅子から立ち上がろうとするが、

スグに彼の身体が止まった。

「なに?」

これまで感じたことが無い違和感を感じつつ良雄は視線を下ろすと、

フサッ!!

自分の視界に腰の周りから広がっている美しい刺繍が施してある白いチュチュのスカートが目に入った。

「えっ?」

自分の腰から生えるようにして覆うスカートに驚きながら立ち上がると、

コト…

っと言うと音ともに今度はトゥシューズの感覚が足先に走る。

さらにそれだけではなかったのである。

周囲の様子が全く変わり、

良雄はフローリング張りの床の上でつま先立ちで立っていたのであった。

「あれ?

 あれ?

 あれぇぇ?」

見回すと壁際には大きな鏡と手すりが張り巡らされ、

誰が見ても間違いなくここはバレエのレッスン室…

「えぇ?

 なんでぇぇ?」

軽い目眩を覚えながら改めて正面を見ると、

正面に張られた鏡の中に不安そうな表情をして立ちつくしている

真珠色のクラシックチュチュを身にまとったバレリーナが立っていたのである。

「え?、

 これが僕?……

 バっバレリーナ?」

良雄は鏡に映っているバレリーナが自分であることが容易に信じられなかったが、

「莉奈さぁん。

 そろそろ次の幕が上がるわよぉ、

 準備はいい?」

と言う声が部屋の向こう聞こえてくると、

「え?

 莉奈ってあたし?

 あたしは…莉奈…芭蕾莉奈…」

良雄は戸惑いつつも徐々に彼が設定した芭蕾莉奈と言う女性の記憶に変わりはじめていた。

そして、

「……そう、あたしは、莉奈よ。

 芭蕾莉奈。

 このバレエ団のプリマバレリーナじゃない。

 そうだわ…

 ここで次の舞台までの間、

 身体を冷やさないようにウォーミングアップをしていたんだわ。

 あぁ、もぅすぐ幕が上がるわ、

 急なくっちゃ」

すっかり莉奈となってしまった良雄はそう呟くと鏡でメイクやアクセサリーの点検をした後

いそいそとレッスン室から出ていく。

彼女が待つ舞台に向かって…



おわり