風祭文庫・バレリーナ変身の館






「復讐」



作・風祭玲

Vol.058





そのバレエ教室の存在を知ったのは朝刊と一緒に入ってきた一枚の広告だった。

”生徒募集中”

と書いてある広告の文句に惹かれ眺めているうちに、

ふと、小学校のころ気になっていた女の子が黒いレオタードを身につけて

バレエのレッスンを受けていた様子が頭の中に浮かんでくると、

「そぅいえば夕子ちゃんだっけかなぁ…
 
 バレエ習っていたのは…

 …それで、彼女の気を引こうと思って、
 
 母さんに”バレエを習いたい”って言っても

 ”なに言っているの、バレエは女の子が習うものでしょう?”

 って、全然とりあってくれなかったけ…」

などと子供のころの懐かしい思い出に浸りながら広告を眺めていた。

ところが、

”大人向けの初心者クラスもあります”

と言う文句が広告の隅に書かれていることに気づくと、

「へぇ、最近は大人からでも始める人がいるんだ」

その文句を眺めながら僕は一人で感心してみせる。

さらにそれに続いて、

”男性も歓迎”

と言う文句に、

「バレエ…やってみようかなぁ…」

と僕は考えてしまうと、

いつの間にか電話を握っていたのであった。



電話に出てきたのは若い女性のようで、

ハキハキとした口調で僕の質問に答えてくれ、

そして、最後に

「それでは今日、レッスンがあるのでぜひ見学にきて下さい」

と言う言葉で締めくくる。

「見学か…よし行ってみよう」

彼女の言葉に背中を押されたのか

僕はすばやく上着を羽織るとバレエ教室へと向かって行く。



目的のバレエ教室は駅前のに完成したばかりの再開発ビルの一角にあって、

真新しい匂いが立ち込めるエレベータを降りると

その正面にバレエ教室の入り口があった。

「ここかぁ…」

僕は緊張をほぐそうと深く深呼吸した後、

カチャ

っとドアを開けてみせる。

すると、奥から流れてくるピアノの音とともにふわっと建材の匂いが鼻をくすぐった。

「ごめんください

 あのぅ、先ほど電話をした友坂ですが」

部屋の奥に向かってやや大きな声を出し、

しばらくすると、

「はーぃ」

と言う返事とともにレオタード姿の女性が出てくるが、

バレエのレッスンをしていたのか、

うっすらと額に汗を浮かべたその姿に僕はちょっとドキっとしてみせる。

ところが、彼女は僕の姿をみるなり

「あっあれ?

 えっえっと…友坂由紀さん?」

と困惑した顔をしながら尋ねてきたので、

「あっ、またいつものアレか…」

と思いながら

「いえ、友坂祐樹といいますが」

と僕は改めて自分の名前を言う。

「え…え?」

彼女が余計混乱している様子に

「あぁ、私、

 声のトーンがこのとおり高いのと、

 紛らわしい名前でよく女性に間違われるんですよ」

と釈明してみせると、

「あっ、そうなんですか、

 すみません」

と彼女は素直に謝ってみせる。

「いえ、慣れっこですから、いいですよ」

そんな彼女に向かって僕はそう言ったところで

「友坂祐樹……ひょっとして友坂クン?」

彼女は僕の顔をしばし眺めた後、

指差して驚きの声を上げた。

「はい?」

「ほら、あたしよ、森上夕子っ、小学校の同級の…」

と顔を指さしながら彼女は言う。

「えっ、夕子…ちゃん?」

僕の脳裏に黒のレオタード姿の彼女の姿が思い出された。

「そうよ、森上夕子よ、奇遇ねぇこんな所で合うなんて」

彼女との意外な再会に僕はしばらくの間声が出なかった。

「で、なに?、

 友坂君、

 まさかうちにバレエを習いに来たの」

「うんまぁ、最近流行だし、

 健康にもいいかなぁってね」

「ふぅぅん…」

「夕子ちゃん、ここで何をしているの」

「何って、ご挨拶ねぇ…

 コレでもあたしはこの教室の先生よ」

っと僕の質問に彼女は胸を張って答えてみせる。

「先生かぁ、凄いなぁ」

「まぁね」

「ってことは友坂君はあたしの生徒1号だね」

「あっ、そうなの?」

「まだ、出来立てだから…

 で、どうする?」

「え?」

「バレエのレッスンやっていく?」

「レッスン?」

「本来ならレッスン料頂くけど、

 友坂君ならいいわ、

 今日はただでレッスンをしてあげる」

そう言う彼女の口元がかすかに笑った。

「う〜ん、じゃぁやってみようか」

そんなことに気にせずに僕はそう答えると、

彼女はレッスン室に一度消え、

そして紙袋を持って再び現れた。

「その格好でレッスンと言うわけにはいかないでしょうから

 あたしのレッスン着を貸してあげるわね」

と言って手にしていた紙袋を僕に手渡すと

「じゃぁ、そこの更衣室で着替えて、

 そしたらこっちのレッスン室に来て…」

と言うと彼女はレッスン室へ入っていった。

更衣室で紙袋を開けてみると

中には女性用のレォタード、

白いバレエタイツ、

バレエシューズが入っていて、

「えぇっ、これに着替えるの?」

それらを見た僕は胸をドキドキしながらレオタードを取り出して眺めて見せる。



僕が手にしたレオタードは照明を受けキラキラと輝いていた。

しばらくそれを眺めた後、

覚悟を決めると僕は着ている服を脱ぎレオタードを身につけるが、

それと同時に小学校の頃の彼女の姿が脳裏に浮かんだ。

「これを着て夕子ちゃんはバレエのレッスンを受けていたのか」

レオタードの感触を感慨深く感じつつ着替え終わると、

彼女が待つレッスン室へと向かっていった。


「着替えました…」

やや俯きかげんにレッスン室に入ると

「だめよ、挨拶がなってないわ」

「え?」

「レッスン室に入るときは”お願いします”って言わなくてはダメよ

 それに姿勢も背筋を伸ばしてちゃんとしなくてはね」

と彼女は言う。

「あっはい」

それを受けて僕は返事をすると、

「それと、ここではあたしは先生で、

 あなたは生徒ってことも忘れないように、

 じゃぁ最初っからやり直して」

と僕がレッスン室に入った途端、

彼女は厳しく僕に作法を注意し始めた。



「お願いします…」

「はい」

「じゃぁプリエから始めましょうか

 バレエのレッスンはプリエで始まってプリエで終わるのよ」

と言うと僕をバーに捕まらせるとプリエの手本を見せ、

パンパンパン

彼女の手拍子に合わせて僕は懸命にプリエをしてみせる。

「違う違う

 こぅやるの」

なかなか上手にできない僕の様子に

痺れを切らせた彼女は僕の背後見回ると手足を直接取って教え始めた。

「まさか、友坂君にバレエを教えることになるなんてねぇ」

「そうですね…」

「ねっ覚えてる?」

「え?」

「小学校の時、結構キミに虐められたの」

「そっそぅ?」

そう言えば彼女の気を引こうと色々チョッカイしたっけ

「バレエのレッスンに直ぐ行けるようにと

 学校に持ってきたレオタードを隠されたり、
 
 またシューズに画鋲を入れたりと、結構やってくれたわよね」

悪戯っぽく彼女は囁く。

「え?、覚えてないなぁ…」

「まぁ、昔のことだもんね」

「でも、まさか、

 こうしてレオタード姿の君に
 
 バレエのレッスンをするなんて意外だわねぇ」

「あははは…」

「ほら、身体が休んでいるわよ」

動きを止めていた体を再び動かす。

「ねぇ、なんで、あたしがここでバレエの教師を始めたのか知ってる」

「え?」

「怪我なのよ」

「怪我?」

「そう、昔、怪我をしたところが完治しなくてねぇ、

 結局それで原因でバレエ団を辞めることになっちゃた」

そのとき、ある光景が僕の頭の中で再生した。

それはふとしたいたずら心で彼女を脅かしたとき、

驚いた彼女がバランスを崩して階段から落ちた時のシーンだった。

「これでもねバレエ団のプリマ・バレリーナまで行ったんだけど、

 足の古傷がどうしてもねぇ」

ため息交じりに彼女は言う

「その怪我って、まさか?」

「そう、あのとき君に階段から突き落とされたときのものよ」

「あっあれは、突き落としたんじゃなくて」

「言い訳はいいわ、

 現にあの時の怪我が原因で
 
 あたしはバレエ団を辞めることになったんだから」

彼女は強う調子で僕に言った。

「あっあれは、”悪かった”と反省しているし、

 君のためなら何でもするつもりだよ」

そう振り返って彼女を見ると、

「ほんと?」

彼女は疑いの目で僕を見る。

「本当だよ」

「うふふ、嬉しい

 じゃぁ、お願いが一つだけあるの?」

甘える口調で僕に言う、

「なに?」

「あたしの変わりにバレリーナになって」

「え?」

「そう、友坂君、あなた今から森上夕子と言う名前のバレリーナになって

 いえ、なってもらうわよ、バレリーナに…」

夕子はそういうときつい目で僕をにらんだ

「そんな」

「何でもしてくれるって言ったわよねぇ」

「まっまぁ、そうだけど」

と言うと、僕の胸に自分の右手を這わせると、

ギュッと乳首抓り

「そうねぇ…まずはココを膨らませて」

続いて左手を股間にはわせると

「邪魔なココは切り取って貰うわ

 さらに顔も整形してもらおうね

 いい医者知っているから紹介するわ」

すでに夕子の表情は復讐の鬼と化していた

「うふふふ、

 こんな所で君に出会えるなんて、
 
 嬉しいわ…

 あたしからバレエを取り上げてくれたお礼をたっぷりとしなくっちゃね」

「えぇぇぇ…」



それから2年後、

あたしの身体は彼女の望みどおり整形と薬ですっかり女になり、

そして、彼女の教室でバレエのレッスンに明け暮れていた。

トン・コ・コ・コ・コ

音楽に合わせてトゥシューズの音が響く

「こらっ、なにやってんのっ違うでしょう」

「すみません、先生」

汗まみれになったレオタードをものともせず、

あたしは懸命にレッスンを続けた。

「森上先生って友坂さんには厳しいね」

「ほんと」

「でも、彼女って続くよねぇ」

「あたしだったら、辞めちゃうけどなぁ」

あたしの厳しいレッスンをみて、他の生徒がうわさをする。

「そこ、静かに」

彼女の厳しい声が飛ぶ

やがて

「今日はもぅいいわ、上がりましょう」

と言う声とともに生徒達は更衣室に消えると、

レッスン室には肩で息をしているあたしが一人取り残されていた。

鏡に映るレオタード姿の自分を見ていると、

いつのまにか彼女が側に立ち、

「今日のレッスンは随分応えたみたいね、

 でも、バレリーナと言うにはまだ程遠いわよ」

「いつまで、いつまで続くんですか」

あたしが彼女に訊ねると

「さぁ?、

 あなたがあたしみたいに一流のバレリーナになるまでよ

 そうそう、
 
 今度の公演であなたが着る衣装が届いたわさっそく着てみましょうか」

と言うと、一着の白い衣装が無造作に投げられた。

「これは」

「今のあなたの技量ではまだ群舞の一羽はけど、

 ゆくゆくはちゃんと真ん中で踊ってもらうわよ

 なんて言ったってあなたはあたしの替わりなんですから」

彼女はそう言うと笑顔であたしを眺めた。

彼女の復讐はまだ始まったばかりだった。



おわり