風祭文庫・バレリーナ変身の館






「仕打ち」



作・風祭玲

Vol.048





「しまった!!」

後悔しても始まらなかった。

あと一歩手が届かなかったボールは

テンテンとコートの隅に向かって転がっていく、

その途端、

うわ〜っ

相手側のコートは歓喜に溢れていた。

「勝者3組!!」

その声が僕の奈落の底へと突き落としていく、



「今日は残念だったね、

 でも、いい汗を流せたんだからそれでいいじゃない」

試合後、担任はそう言って僕たちを励ましてくれたけど、

でも、敗因がバレー部のレギュラーメンバーである僕のミスだったことに、

同じクラスのみんなは収まりがつかないようだった。

そして、そのことが後に僕にとんでもない形となって

襲いかかって来るなんてその時は想像もしていなかった。



それは球技大会からしばらく経ったある日の放課後のことだった。

いつも通りにバレー部の部活に出るために僕が更衣室で着替えようとすると、

ガチャッ!!

更衣室のドアが開くなり、

ドカドカ!!

と僕と同じクラスで、

バレー部のレギュラーメンバーである達也たちが更衣室に入ってきた。

そして、僕の姿を見つけるなり、

「おや?、

 中野さん、こんなところで何に着替えているのかな?」

と言ってきた。

僕は彼らの態度からなにやらイヤな予感がしたが、

「なんだよっ、

 練習に出るために着替えて居るんだよ」

と答えると、

「ふぅ〜ん」

達也たちは薄気味悪い笑みを浮かべながら僕を眺めると、

「中野さんあなたが着る練習着はそれじゃないよ」

と言うなり

バッ僕のスポーツバックをひったくった。

「なにをするんだ!!」

彼らのその行為に僕が突っかかっていくと、

「おいっ、

 コイツにふさわしいユニホームを着せてやろううぜ」

と達也が声を上げた途端、

待ってましたとばかりに他の者達が一斉に飛びかかってきた。

「やめろっ!!」

「うるせーっ」

「バレー部の恥を晒しやがって」

「やめてくれぇ!!」

たちまち僕は身ぐるみ剥がされると、

代わりに、

脚には白いタイツを穿かされ、

さらにその上にはフリルのようなスカートが着いた、

ピンク色をしたレオタードを着させられてしまった。

「なっなっなっ」

レオタード姿にされてしまった僕が驚いていると、

「と言うわけだ、

 中野…いや中野さん、

 さて、じゃぁ行こうか」

と達也が僕に告げるといきなり僕の腕を引いた。

「ちょちょちょっと…

 僕を何処へ連れて行くんだ!!」

声を上げて抵抗をすると、

「いいから、来るんだ!!」

達也は僕にそう言うと、

彼らに取り囲まれるようにして僕は学校を後にした。



「こんな格好で…」

僕は自分がレオタード姿のまま歩かされていることに

恥ずかしさを感じながら歩いていく、

「なぁにあれ…」

道で会う人たちは一様に僕の姿を指さしながらヒソヒソ声で話す様子に

僕はただ顔を真っ赤にして俯いていた。

やがて、学校から10分ほど歩いたところで

達也がとある建物の前で立ち止まった。

見上げると建物には

”仁科バレエ教室”

と言う看板が掛かっていた。

達也は僕をみると、

「なぁ、中野、

 おまえ、バレリーナになりたいんだろう?」

と尋ねてきた。

「達也、お前何を…」

驚きながら僕は首を横に振ると、

「おまえ、

 そんな格好をすると言うことは

 バレリーナになりたいんだろう?

 なんて言ったって

 バレリーナは女の子のあこがれだからなぁ…」

達也はそう言いながら僕に寄ってきた。

「女の子?」

僕が聞き返すと、

「そうだ、男の勝負で負けたお前は男じゃない女だ!

 いいかっ、お前は女だ!!」

と強く言う。

「そんなぁ…」

僕がその場から逃げようとすると、

「おっと中野さん、どこに行くのかな」

と言って前に立ちはだかった健二が

「女の子ならバレエをやらなくっちゃな」

っと僕に言ってきた。

周囲を見回してみると、

僕はぐるりと取り囲まれていた。

「逃げられない」

僕は観念すると、小さくうなずいた。

すると達也が僕を指さして

「おい聞いたか、

 こいつ、

 やっぱりバレリーナになりたいんだってよ!!

 そうか、お前はバレーじゃなくてバレエをしたかったのか」

と言うと他の連中も笑い出した。そして、

「わかった、

 ここは俺の姉貴がやっているバレエ教室だから

 俺が口を利いてやる、

 感謝しろよ」

と言うとバレエ教室に入って行った。

戸を開けると、

ピアノの音と伴にトゥシューズの音がしていた。

すると、達也は

「姉貴いるかぁ〜」

と声を張り上げると、

ピタリとピアノの音が止みしばらくして、

レォタード姿の女性が姿を現した。

思わず僕が目を背けると、

「あら、まぁ…」

女性は僕の姿をみて目を丸くして驚くと、

「姉貴、実はなぁ…」

達也はその女性と僕の方を指さしながら

なにやらヒソヒソ話始めた。

ジリ…

その様子を見ながら僕は一歩後ろに下がろうとすると

「おいっ」

と言う声と共に健二が僕が逃げ出さないように、

出口のところで僕を見張っていた。

しばらくすると達也との話が終わったらしく、

その女性が僕のそばに来ると

「ふ〜ん、君、そんなにバレリーナになりたいの。」

と尋ねてきた。

「おい返事は」

健二に声に僕が肯くと

「わかったわ、そこまでいうのなら、

 あなたにバレエを教えてあげるわ。

 ただし、バレエの道はそんなに甘くはないわよ、
 
 覚悟しなさいね」

「………」

彼女の言葉に僕は何も反論ができずに黙っていると、再び

「返事は?」

と響いた声に思わず

「はぃ」

と答えてしまった。

「よろしい…

 ではあなたに特別レッスンをしてあげます
 
 さぁ、入ってきなさい」

と言うと僕を稽古場へと連れていった。

さっきまで稽古していた人たちはすでに帰ったらしく、

稽古場は閑散としていた。

達也の姉は僕を手近なバーに捕まらせると、

「さっ、まずバレエの基本である

 5つのポジションから覚えてもらうわよ」

と言ってバレエの稽古をはじめた。

すると、フラッシュが数回焚かれ、

思わずそっちの方をみると健二がカメラを構えて

僕の稽古風景を撮影していた。

「おい、よそ見をするんじゃないぞ、

 憧れのバレエの稽古なんだから真剣にやれよ」

と言う声がした。

稽古を始めて2時間ほど経ったとき、

「じゃぁ、今日の稽古はここまで、

 明日から毎日ちゃんとくるのよ」

と言って達也の姉は引き上げていった。

僕が更衣室に戻ると続いて達也たちが入ってきて
                                                      
「よぅ、中野君、

 あこがれのバレエのお稽古はいかがでしたでしょうか?

 そぅそぅ、
 
 ここの月謝は8000円だからちゃんと
 
 毎月20日にちゃんと払うんだぞ、

 今月はそのレォタード代などが入るから15、000円だな、

 それから、
 
 もぅ部活には出てこなくていいから、
 
 毎日ここでちゃんとバレエのレッスンをするんだぞ

 もしも、
 
 サボったりしたらクラスのみんなに、
 
 この稽古の様子を納めた写真ばらまくからな」

と脅し文句を言った。

「部活には出るなって…そんなぁ」

僕が聞き返すと

「悪いな、うちはバレーボールの部なんでな、

 バレエをするお前が来るところではないんだよ」

と言い満足そうに引き上げていった。

「なんで…」

僕は更衣室の鏡に映った自分のレオタード姿をみてそう呟いた。



その日から僕は部活には行かずこのバレエ教室に通い、

そして達也の姉からバレエを仕込まれていった。

また家では、

家族に気づかれないようにこっそりとレォタードやタイツを洗濯して、

翌日にはそれらを鞄の中にいれて学校に行った。

また、小遣いはバレエ教室の月謝へと消えていった。


そして、バレエ教室に通い初めて二ヶ月ほど経ったある日、

いつも通りのバレエの稽古が終わると、達也が久々に現れた。

「よう、中野さん、

 バレエの稽古ははかどっているかな?」

白々しく言う彼の手には一つの紙袋が握られていた。

「達也…クン、それは?」

僕が訊ねると

「おっ、目がいいな、お前」

と言うとその袋を僕に渡した。

「何?」

僕が聞くと。

「中に入っているの黙っての飲めばいいんだよ、

 飲まなきゃぁ、写真をバラすぞ」

と言って僕を脅した。

僕は仕方なく袋を開けると中には錠剤が入っていた。

「薬?」

恐る恐る達也を見ると、

眼で「飲め」と言う合図をした。

僕は1つ取り出すと目をつむって飲んだ。

すると達也は

「いいか、

 これから毎朝学校に着たとき、
 
 バレエのレッスンが終わったあとに

 この薬を必ず飲むんだぞ、いいな」

と言うとレッスン場から出ていった。

僕は達也の言うとおりに毎日薬を飲んだ。

そして、それから2週間ほど経った頃、

バレエのレッスンが終わって着替えているときに

胸に軽い圧痛が走った。

僕は急いでレォタードを脱ぎ自分の胸を鏡で見ると、

胸の乳首が肥大化し、

乳輪も大きく、

そして、胸がふっくらと盛り上がっていた。

「こっこれって、おっぱい?」

僕は力が抜けるようにヘタっとその場に座り込んだ。

「達也君、君は僕を本当に女の子にするつもりなの?」

とその時、

「よぅ、中野さん、調子はどうだい?」

っとその達也が更衣室に現れた。

「きゃっ」

僕は悲鳴を上げると

膨らんだ胸を思わず隠した。

達也はそんな僕の様子を見ると

「ん?、なんだ胸を隠すなんて、

 すっかり女らしくなったじゃないか」

と言った。

「なんで…なんで、僕にこんな仕打ちを…」

と言うと僕は隠した胸をさらけ出すと、

「ほぅ、薬がだいぶ効いてきたようだな

 感謝しろよ、
 
 胸のないバレリーナじゃぁ様にならないから、
 
 俺様が特別に胸を作ってやってあげているんだからな」

と笑いながら言った。

「そんなぁ…」


それからも僕に胸は徐々に膨らんでいき、

やがてシャツの上からでも

胸の膨らみがハッキリと認識できるようになった。

さらに髪も切らずに伸ばすように達也から指示されると、

僕の足は床屋には遠ざかるようになった

そして、そのころから学校で

「なぁ中野って、最近女ぽくなってきてないか」

と言われはじめていた。

無論身体の変化は判らないように

大き目のシャツを着て誤魔化してはいるけど、

でも服を着てても女性と見間違えられるくらい、

僕の身体は変化していた。


そして、

さらにレオタード姿の僕は

もぅ女性と言っても言いくらいの容姿になっていた。

そんな僕の姿を見てからか、

達也の姉の指示でほかの女の子達と

混ざってバレエの稽古をするようになった。

しかし、

彼女たちは一緒に稽古をする僕が

実は男であると言うことには気づかない様子だった。

「もぅ、僕は女の子なんだ…」

彼女たちの態度が僕の心を徐々に女性へと変えていった。


やがて、トゥシューズを履くことを許された。

初めて履くトゥシューズ、

僕は内心ドキドキしながら

ポアントで立つとレッスン場を横断してみた。

トン・コ・コ・コ

トゥシューズの音が稽古場に響く

「うわぁ〜、中野さんって凄い」

女の子達の歓声が響く

「そっそうかなぁ」

照れながら喋る僕の声は少女の声に近くなっていた。

トゥシューズを履いての稽古はこれまでと比べて視点が変わるのと、

また、つま先と言う不安定なところで運動をするので、

これまでと勝手が違い、なれるまで苦労した。


それからしばらく経ったレッスンの後、

達也の姉から呼び出されると

「あなたがどれだけバレエを習得したか見せてもらうわ」

と言うと、僕のバレエの発表会を行う事を告げた。

「演目は”白鳥の湖”場所と衣装は弟から伝えますので」

と言うと姉は出ていった。


「僕の発表会?、どこで?」

言いようもない不安が僕の心を覆い始めた。

そして数日後、学校に行くと達也が紙袋を持ってきて

「よぅ、中野っ、

 姉貴からこれを預かってきたぜ

 今日の発表会でこれを着ろってさ」
 
と言って、

紙袋から純白のチュチュを取り出すと僕の机の上に放り投げた。

バサ

っと机に上に広げられたチュチュを見て

僕はサーっと頭から血が引く感じがした。

するとクラスのほかの連中が

「なんだなんだ」

と寄ってきてチュチュを眺めた。

「達也、なんで…今日って」

僕が混乱した頭で訊ねると

「姉貴から聞いたろう?、今日お前の発表会をやるって」

「そっ、そんなの聞いてないよ」

「なんだとぉ」

「俺が嘘を言っているとでも言うのか」

と言うと僕の胸座をつかみ挙げた。

「いっいや、どこでやるの?」

と訊ねると

「一時間目は自習だろう?

 だから、今からやるんだよ、
 
 ココで…」

達也の目は笑っていた。

「姉貴にはこのビデオカメラで撮ったのを見せるから、

 遠慮は要らないぞ

 また、音楽は心配するな、
 
 健二がちゃんとラジカセ持ってきたからなっ」

と言って、達也は手にしたハンディタイプのビデオカメラと

小型のラジカセを僕に見せた。

「そんなぁ…」

「おい、何を始めるんだ」

クラスの他の連中が達也に訊ねる。

「ん、これから面白いこことが始まるんだよ」

と言うと、達也は教壇に立ち

「おーぃ、みんな聞いてくれ」

と声を上げた。

クラスの中が彼を注目した。

「実はここにいる中野クンは

 この間の責任をとって、

 バレーからバレエに転向することになりました」

と言うとクラス中から

「えぇっ」

と言う驚きの声が挙がった。

達也は続けて

「あぁ、

 それで俺の姉貴がバレエ教室をやっているなんて言ったら、

 中野の奴、どうしてもそこでバレエを教えて欲しいって言ってな、

 それで、姉貴に無理矢理頼み込むと、

 男をスッパリと辞めて女の子になっちゃんたんだ」

と告げた。

それを聞いた途端、

「やぁだぁ…」

と女子の中から声が上がった。

「それで?」

とほかの連中が聞き返すと

「それでだ、

 実は今日、この自習時間を使ってみんなに自分のバレエを見て欲しい。

 と俺に頼んできてな」

と言うと、僕の顔をチラっと見たあと、

「そこで提案なんだが、

 みんなで中野のバレエを見てあげようではないか」

と提案した。

「面白いな」

「あぁ」

「お〜ぃ、机をみんな端に寄せてようぜ」

と言う声がクラスの方々から上がると同時に、

ゴトゴトと言う音を立てながら教室の机は端に寄せられていく、

やがて教室の中央にポッカリと空いた空間に僕が連れ出されると、

「さぁ中野君、どうする?」

達也が決断を迫ってきた。

「…全部達也が仕組んだことか?」

彼を睨み付けながら僕はそう言い返すと、

達也は顔色を変え、

グッ

っと僕の胸ぐらを掴みあげると、

「女のお前が生意気いうんじゃねぇ」

と怒鳴った。

「お〜い、どうした早く踊れよ」

痺れを切らしたのかクラスの連中が声を上げる。

「………」

その声に押されるようにして僕は教室の隅に向かうと制服を脱きはじめた。

「最初からそうすればいいんだ」

僕のその様子を見ながら達也が言うが、

僕は一切無視してバレエタイツを穿き、

そして、手渡されたチュチュの肩ひもをあげた。

「いやだぁ、本当に胸が膨らんでいるわよ」

チュチュを押し上げる僕の膨らんだ胸を指さしながら

女子たちはヒソヒソ声で囁きあう。

やがてトゥシューズを履き着替えが終わると、

それを見計らうようにして、

「それでは、バレリーナ・中野が演じる”白鳥の湖”です」

と達也が高らかに宣言すると、

カチッ!!

健二がラジカセから音楽を流し始めた。

♪〜っ

カセットから流れる音楽が僕の耳に入ってくると、

「あっ…」

自然に手足が動き始めた。

これまでのレッスンですっかり僕の身体にはバレエが焼きこまれていたのだった。

「いやだぁ〜っ」

「うわぁぁぁぁ」

クラスのみんなが注視する中、

僕は明るい笑顔を振りまきながらバリエーションを次々と舞い続けた。

…どれくらい踊り続けたかはわからない、

ただ、

カチッ!!

音楽の音色が止まると同時に

その場にばったりと倒れてしまうくらい踊っていたのは事実だった。

そして、肩で息をしている僕に達也は近づいてくるなり、

「いやぁ感動したよ、中野さん…」

笑みを浮かべながらそう告げると、

「なぁみんな…

 こうしてバレエを踊ってくれた中野さんのために

 一肌脱ごうじゃないか」

と声を上げた。

「一肌脱ぐってどうするんだ?」

クラスメイトからの質問に、達也は考える素振りをしながら、

「そうだな…

 実は姉貴から聞いたんだけど、

 バレリーナは常にレッスンをしていないとならないそうだ、

 だから、バレエ熱心な中野さんのために、

 授業中もずっとレッスンをして貰うと言うのはどうだ?」

と提案した。

「うん、それは面白いな…」

「そうね…別にいいんじゃない?」

達也の提案にクラス全員の賛同が得られたために、

そう、僕はバレリーナでいること義務づけられたのだ、

そして、それと同時に教室の後ろに置かれたバーが僕の席となった。



「では、中野…この問題を解いて見ろ」

「はい…」

教師に名前を呼ばれた僕は、

コココココ…

っとトゥシューズの音を立てながらバーから離れ、

黒板の前に向かうと、

優雅にアラベスクを決めながら黒板に回答を書いていく、

「中野さんっ脚が下がっているよ」

クラスメイトがすかさず注意をすると、

「ありがとうございます」

僕は注意をした者の方を向くと脚を軽く曲げ挨拶をした。

クスクス…

クラス中から小さく笑いがこぼれる。

あぁ…僕はバレリーナなんだ…

みんなからの仕打ちに僕はそう実感した。



おわり