風祭文庫・バレリーナ変身の館






「囚われのバレリーナ」



作・風祭玲

Vol.029





元々僕は幼い頃からバレエを習っていた姉の影響もあって、

バレリーナの容姿にちょっとした性的な憧れを感じていた。

そして、

些細なことで親と大喧嘩をした僕がその姉と同居することになったのが、

この事件のそもそもの発端だった。



都内のアパートに一人住まいをしている姉はかつて看護婦をしていたが、

しかし、子供の頃から続けてきたバレエを本格的にしようと決めると、

あっさりと看護婦を辞め、

そして通っていたバレエ教室の推薦で某バレエ団へと入団して、

毎日、忙しそうに自宅とレッスン場を往復する日々を過ごしていた。

一方、僕はというと、

親と大喧嘩をした末になかば勘当状態で家を飛び出してしまったものの、

しかし、行く当ては無くそのまま姉のところに厄介になっていた。

とは言っても1日中ブラブラしているわけには行かず、

日中はバイトをして、夜は資格を取るための学校に行くのが僕の主な日課だったが、

姉のところに厄介になっている手前、

部屋の片付けなどは主に僕が担当となったが、

しかし、

部屋の中には姉が使うレオタードやトゥシューズなどが放り出したままのことが多く、

僕は黙ってそれらを片付けたり洗濯をしていたりしていた。

しかし…

そういうことを続けていくウチに

ふと僕の心の中にある誘惑が生まれていた。

それは…

”このレオタードやトゥシューズを身につけてみたい…”

と言う誘惑だった。

無論、僕はそう言う考えが浮かんでくると

”コレは行けないことだ”

と頭を振ってうち消してきたが、

しかし、その願望は確実に僕の心の奥底で成長していた。



それから暫く過ぎて

バレエ団の公演がいよいよ間近に迫り姉は帰宅が遅くなるようになっていた。

なんでも、今度の公演では主役に抜擢されたそうで、

この間なんか、

「ねぇ、これ…どぅかなぁ…?」

と言いながらチュチュを身につけた姉が勉強をしている僕の隣に立ったりした。

姉のチュチュ姿を間近で見た僕は

あまりにもの刺激的な光景に思わず心臓が止まりそうになったが、

「なっそっそんな…でっ出ていってよ」

と動揺する心を隠しながら必死になって姉を追い出したことがあった。

「もぅっ」

むくれるようにして出ていく姉の後ろ姿を横目で見ながら、

僕はいつの間にか固く勃起していたペニスをズボンの上からそっと扱いていた。



「あっ、そうそう、

 今日の稽古は通しをやるって言うから恐らく帰りは遅くなると思うから、

 サッサと寝ちゃっていいからね…」

その日、姉はそう言い残してバレエ団の稽古場へと向かって行ってしまった。

「今日は遅くなる…」

姉のその言葉がこれまで僕の心の奥に押し込めていた誘惑を

ムクムクを膨らみださせてしまった。

「………」

僕は無言で自分の部屋を出ると、

誰も居ないにも関わらず用心深く姉の部屋の中に入っていった。

ゴクリ…

生唾を飲み込む僕の目の前には、

レオタードやトゥシューズなどが無造作に床の上や

ベッドの上などに放り投げられている光景が広がっていた。

「いっ一回ぐらいならいいかな…」

そう呟きながら僕はそっと手を延ばすと

レオタードとタイツ・トゥシューズをそれぞれ一つづつ失敬すると、

自分の部屋へと持ち運んでいった。


ドクン!!

高鳴る心臓を押さえるようにして、

早送りのように自分の服を脱いだ僕は、

脚が入るように広げたバレエ・タイツに脚を通したとたん、

キュッ

と脚を締め付けるメッシュの感覚に思わず背筋がゾクッっとした。

「あっ…」

思わず小さな声が僕の口から漏れる。

スススス…

そのまま手を引きタイツをそのまま太股の方へと延ばして行くにつれ

僕の脚が足の先から白くなっていく…

そして、へその下までタイツを引き上げると、

ピチッ!!

っとタイツは僕の下半身を覆い尽くした。

ギシッ!!

固く勃起している僕のペニスがタイツを突き破るかのようにテントを作っていた。

「はぁはぁ」

荒い息をしながら僕は今度はレオタードに脚を通す。

そしてそのまま引き上げていくと、

レオタードはタイツの上を滑り、

そして股間で止まると今度は自らを広げるようにして僕の腰を覆っていった。

「あぁっ」

まるで肌に吸い付くようなレオタードの感触に酔いしれながら、

僕はグィッとレオタードを胸元まで引き上げるとそのまま袖に両腕を通すと、

左右の腕にまさに第2の皮膚が乗ると一気に肩まで引き上げた。

ピチッ

レオタードはタイツとは違う強い力で僕の体を引き締める。

「はぁぁ……これがレオタードの感覚なのか…」

自分の肌の上をスルリと滑っていくその感覚に酔いしれながら、

僕は手を股間へと持っていくと、

レオタードとタイツで締め上げられているのも関わらず、

僕のペニスは力強く持ち上げていた。

しばらくの間、僕は恍惚感に浸っていたが、

しかし、トゥシューズを履いていないことに気づくと、

僕は大急ぎでトゥシューズを手に取りそしてそれに足を入れた。

シュル…シュル…キュッ

両足首にリボンを巻き付け終わると僕はバレエ少女と化していた。

しかし、

バレエ少女となった自分の姿を見たくても僕の部屋には鏡がなかった。

そこで僕はコト…コトとトゥシューズの音を響かせながら、

自分の部屋を出ると姿見が置いてある姉の部屋へと向かっていった。

そして、姉の部屋に入って右側を見た途端、

「あっ!!」

入ってきた者を映し出すようにして置いてある姿見には、

レオタードを身に着けた一人のバレエ少女の姿が映し出された。

「うわぁぁあ…」

無論、元々男である僕の姿はお世辞にも美しいとは言えなかったが、

でも鏡に写した自分の姿に僕はレッスン室でレッスンをするバレリーナの姿を

重ね合わせて酔いしれていた。

「アン…ドゥ…トワァ…」

鏡を前にして僕はそう呟きながらレッスンのまねごとをする。

「アン…ドゥ…トワァ…」

「アン…ドゥ…トワァ…」

「アン…ドゥ…」

そう呟いたところで、

「そこで何をしているの?」

と言う姉の声が部屋の中に響いた。

「え?(ドキンッ)」

僕はまるで飛び上がるかのようにして振り向くと、

ドアの所に出かけたハズの姉が仁王立ちにして立っていた。

「えっあっ…」

僕はしばし呆気にとられた後、

「キャッ」

っと悲鳴を上げて姉の横をすり抜けて部屋から出ていこうとしたが、

ムンズ

いきなり姉に肩を掴まれると、

ドンッ!!

っと部屋の隅に突き飛ばされてしまった。

イタタ…

打った腰を抑えていると、

ドカッ!!

姉の片足が僕の股間を思いっきり蹴り上げた。

「グェェェ!!」

あまりにもの激痛に蹲ると、

「なによ、これは…

 な・ん・の・ま・ね・よっ」

と言いながら幾度も僕の股間を蹴り上げた。

「ぐわぁぁ、

 やっやめてくれぇぇ

 ほんのぉ、出来心なんだよぉ」

激痛に脂汗を浮かべながら僕は這い蹲るようにして許しを請うと、

「へぇ、出来心?」

姉は見下げた目で僕を眺める。

「出来心で、こんなおぞましいことをするの?

 あんたは…」

そう言う姉に僕は何も言い返せなかった。

「まったく誰のお陰でここにいられると思っているの」

「ほらっ、どうしたの?」

「何か言ったらどうなの?」

「黙ったままじゃ判らないじゃない」

僕の股間をけり続ける姉の尋問は徐々に厳しさを増す。

しかし相変わらず何も答えられない僕に、

「ふ〜ん

 …レオタードにタイツにトゥシューズ、

 あたしの居ない間に

 あたしのレッスン着を着て、

 しかも、あたしの鏡を見ていたなんて…

 あぁこうして見ているだけでおぞましいわ…」

姉はそう言うと身震いをする仕草をした。

そして、

「こんなことをして

 なに?

 あんた、まさかバレリーナになるつもりだったの?」

と姉は軽蔑した眼差しで僕に言った。

「え?」

その言葉に僕が顔を上げて聞き返すと、

「なるほど、そうか、

 時夫、あんたバレリーナになりたいの?

 分かったわ、

 あんたがそんなにバレリーナになりたいと言うのなら、

 あたしがバレリーナにしてあげようじゃないの」

姉は僕にそう告げると、

「時夫…いまあんたが着ているもの…全部あげるわ、

 そのかわり、

 あんたはいまからバレリーナになって貰うわ」

「え?」

姉の意外な言葉に僕が驚くと、

「そう、時夫、

 あなたはバレリーナよ

 バレエのことだけしか出来ないバレリーナ」

そう呟く姉の目はまるで野獣のような目だった。

「…いいわね、

 時夫、あなたはいまからバレエを踊ることだけを考えるのよ、

 それ以外のことを考えたり思ったりしたらお仕置きだからね。

 あっ、そうそう、

 それと、バレリーナにはそのイヤらしいものぶら下げている必要なんてないわ、

 お姉ちゃんが切り取ってあげるね」

姉は僕の股間を指さしながらそう言うと、

ゴソゴソ

と裁縫箱を引っかき回すと一振りの鋏を取り出した。

「おっお姉ちゃん、何を…」

顔を蒼くして僕が叫ぶと、

「あら、何をそんなに怯えているの?

 お姉ちゃんがあんたをバレリーナにしてあげようって言っているじゃないの」

姉は笑みを浮かべながら僕にそう告げるとゆっくりと近づいてきた。

「やっやめてくれぇ!!」

僕は大慌てでその場から逃げ出そうとしたが、

しかし、

慣れないトゥシューズを履いていたために易々と姉に掴まってしまった。

「うふふ…

 トゥシューズに慣れていないからよ、

 でも、大丈夫、

 そんなものすぐに慣れるわ

 さぁ、コレを切ってバレリーナになろうね」

姉はそう呟きながら手をレオタードとタイツの間に滑り込ませると、

ギュッ!!

っと僕のペニスと陰嚢を掴むと表に引っ張り出した。

シャキッ!!

右手の鋏が獲物を求めて口を開く。

「お姉ちゃん、ゴメン、

 2度とこんな事をしないから…」

僕は涙声で懇願したが、

「だーめっ」

姉は僕にそう告げると、

ジャキン!!

根本に当てた鋏の口を力を込めて閉じさせた。

ギャァァァァァ…

部屋中に僕の悲鳴が響き渡る中、

ブラン…

姉の片手に僕の身体から切り取られダラしなく垂れ下がるペニスを屑籠に放り込むと、

「まったく、なにを騒いでいるのよ、

 邪魔なモノを切ってあげただけでしょうが」

と言う姉の言葉が僕の耳に響いていた。



翌朝、僕が気がついたときには傷つけられた股間は処置をされていたが、

しかし、昨日までそこにあったペニスは消えうせていた。

「そんなぁ…」

痛む股間を眺めながら僕は呆然としていたが、

しかし、姉はそんな僕にはお構いなく、

知り合いの医師から都合をつけた女性ホルモン剤をまるで浴びせるようにして

無理矢理僕に投与し始めた。

すでにペニスと睾丸を失った僕の身体は

ホルモン剤の影響で見る見る胸が膨らみそして女性化していった。

さらに、傷が癒えるまでの間に、

僕の部屋からは僕の衣類や下着がすべて捨てられ、

替わりに姉が着なくなったレオタードやタイツ、

そしてトゥシューズが僕の新しい衣類として与えられ、

身につけさせられたレオタードやトゥシューズは姉の許可無くを脱ぐことが禁じられた。

しかし、姉の仕打ちはそれだけでは終わらなかった。

あのとき姉が言ったとおり、

日頃の立ち振る舞いもすべてバレエ的な作法が強制された。

もしも、一つでも間違えたりすると、

鞭と共に二度と間違えることが出来なくなるくらいの過酷なレッスンが

僕を待ち受けていた。

そんなある日、一人の女性が姉を訪ねてきた。

「やっほー、来たよ」

明るそうに振る舞う彼女に僕は部屋の隅から恐る恐る眺めていると、

「ほらっ、何をしているのっ、

 ちゃんと挨拶をしなさいっ」

と言う姉の言葉に僕はオドオドしながら彼女の前に立つと、

そっと片膝を曲げて腰を落とすバレエの挨拶をした。

「あら、この子なの?」

彼女は物珍しそうに僕を眺めながらそう言うと、

「えぇそうよ」

姉はサバサバした表情で返事をした。

「でも、本当に良いの?」

聞き返すように彼女は姉に訊ねると、

「えぇ、本人の希望もあるしね、

 一つよろしく」

と姉は答えた。

「あの…なにをするのですか?」

1番のポジションをしながら僕が聞き返すと、

「決まっているじゃない、

 これからメイクをするのよ」

僕の方を見ながら姉は告げた。

「メイク?」

「そうよ、舞台の上で映えるようにバレリーナはちゃんとメイクをしなくっちゃね」

僕にそう告げる姉の目は何処が別のことを物語っていた。

「それじゃぁ始めましょうか」

そう言いながら彼女は持参してきた箱から道具を次々と取り出す。

しかし、とてもメイク道具とはほど遠そうなその道具を見た僕は、

「あのぅ…本当にメイクをするんですか?」

と姉に訊ねると、

「そうよ、永遠に落ちないメイクをしてあげるわ」

「え?、それって…」

僕がそう聞き返すと、

「うふっ」

姉は笑みを浮かべると、

いきなり僕の口元にタオルを当てた。

「(ムグッ)なにをするの?」

思わず僕が抵抗をすると、

「ちょっとの間寝ていなさいっ、

 目が覚めたら終わっているから…」

姉は僕にそうささやくと、

タオルに薬が染み込ませてあっらたしく、

僕の意識は徐々に遠くなっていく、

「何をやっているの?」

「うぅん、何でもないわ、ちょっと眠って貰ったのよ

 さぁ、やっちゃって…」

その言葉を聞きながら僕の意識は消えていった。



僕の目が覚めたのは、朝焼けが差し込む部屋の中だった。

「あれ?」

僕の私物が捨てられ、

まるでバレエのレッスン室のような状態になっている部屋の床の上で

気がついた僕が起きあがると、

ザザ

ザザザ…

と言う音が下から響いた。

「こっこれは…」

僕が見たのは朝焼けに輝くクラシックチュチュだった。

「どうして…」

僕は立ち上がると急いで鏡の方へと歩いていった。

「うそ…」

そう、鏡に映し出されたのは、

白い肌に

目には濃いアイラインを引き、

きつ目のノーズシャドゥと、

頬紅をさした、白鳥姫の姿をした僕がいた。

「これは、オデットのメイク…」

僕はそう呟きながらそっと顔に手を当てたとき、

「え?」

あることに気がついた。

ヒタヒタヒタ

顔のトコを触っても肌の上に乗っているはずのメイクの感触がなかった。

「え?、なにこれ?

 どうなっているの?」

顔の手を当てながら困惑していると、

「あら、お目覚め?

 どぅ、消えないメイクは…」

いつの間にか姉が部屋に入ってくると僕にそう言った。

「こっこれってどういう…」

困惑した僕が姉に聞き返すと、

「どういうって…

 見てわかんないの?

 永遠に落ちないメイクと言えば刺青に決まっているでしょう」

と呆れた表情で姉は僕に言った。

「そんな…」

姉の言葉に僕が愕然とすると、

「なによその顔は…

 ほら、挨拶はどうしたのっ」

姉の半ば怒鳴るような越えに僕の身体は無意識に挨拶のポーズをした。

「そうよ…」

それを見た姉は満足そうに頷くと、

「流石は腕がいいわねぇ…

 普通のメイクと寸分も違うなんて」

と僕の顔を見ながら感心したように言った。

「どっどうして…」

泣きそうな顔で僕が訴えると、

「なによ、バレリーナならみんなが憧れるオデットにしてあげたんでしょう

 もっと嬉しそうな顔をしなさいよ」

と不機嫌そうな顔で姉は僕に言った。

「だからといったって、何も刺青をしなくても…」

そう僕が言い返すと、

パァンッ!!

部屋の中に竹刀の音が響いた。

「ひっ」

その音に合わせて僕の身体は1番のポジションを作った。

「そうそう、時夫…

 折角バレリーナになったんだから新しい名前を付けてあげるね。

 いまからあなたは”オデット”よ」

姉は竹刀を片手に僕にそう告げた。

「オデット…ですか」

「そう、白鳥のお姫様…

 いーぃ、オデット、

 あなたはいまさっき、

 悪い悪魔から解き放たれて本当の姿に戻ったところなのよ

 だから、その姿が本当の姿なのよ…

 さぁ、心の中までもお姫様にしてあげるわ」

姉は僕にそう告げると、手にした竹刀を僕の喉元に当てた。

こうして、僕は肉体的にも精神的にも

バレエを踊ることしか出来ないバレリーナ人形へとなっていった…

そして姉の仕打ちはさらに次の段階へと進んだ。



それから一ヶ月後…

「おはよう、オデット、調子はどぅかな?」

そう言いながら姉が勢いよく部屋のドアを開けると、

僕は純白のバレエ衣装・クラシックチュチュを身につけた姿で片足を高くあげ、

上体を大きく反らしたバレエのポーズを取っていた。



姉はゆっくりと僕に近づくと、

「ふむ、胸もすっかり膨らんですっかりバレリーナね」

と言いながらチュチュの上から僕の胸を鷲掴みにする。

「あん…」

言いようもない快感が僕の体の中を走ると思わず声を上げた。

それを見た姉は悪戯っぽい顔をしながら、

「…足も大分上がるようになったじゃない」

と言いながら、僕の体の動きをじっくりと眺めた。

すると僕は無意識に姉の前でアチチュードやアラベスクを見せる。

「ふん、なるほど…

 でも、まだまだね…

 やっぱりあたしだけじゃぁ限界があるか…」

姉は考える顔をしながら

ニヤっと笑うと…

「そうだ…オデット…そろそろレッスンの場所を変えましょうか、

 あたしのバレエ団に来なさい」

と僕に言った。

「えっ?

 お姉ちゃんのバレエ団?」

クロワゼ・デリエールをしながら僕が驚くと、

「どうも、あんた…飲み込みが悪いから

 あたしだけじゃなくって

 他の人にあんたのレッスンを見て貰うのよ、

 ホラっ、早くする」

パシッ

と竹刀で床を叩くと僕の手を引き玄関のドアの方まで連れていった。

「あっあのぅ、この姿のまま外に出るんですか?」

チュチュ姿のまま表に出ることに躊躇した僕が恐る恐る訊ねると、

姉は突然ムッとした顔になるなり、

パシッ!!

再び竹刀の音が響き渡った。

そして、

「当たり前じゃないっ、

 あなたはバレリーナなんでしょう!!

 バレリーナがバレリーナらしい格好をするのは当然でしょう!!」

と怒鳴ると、

「さぁ、貴方から先に出るのよ」

僕に命令した。

「えっ、ぼ…あたしがですか?」

「決まっているじゃない、

 これからバレエを教えて貰うあなたが先に出ないでどぅするの?」

と言われると、僕はポアントで立ちながら、

「……人に見られたら恥ずかしい…」

と呟いたとたん、

ビシッ!!

姉の竹刀が僕の身体を叩いた。

「あんたにまだそんな差恥心が残っていたなんて…

 駐車場まででと思っていたけど、

 判ったわ、

 特別レッスンとして、

 あんたその格好のままでバレエ団のレッスン室まで来ること、

 いいわねっ」

と厳しい口調で僕に命令した。

「返事は?」

と言う姉の問いかけに、

「…はい」

僕はか細く返事をするとそっとドアを開けた。

カチャリ

と言う音と共にドアが開くと、

久しぶりに見る外の景色が飛び込んできた。

コツン…

僕は真珠色のクラシックチュチュに身を着たまま外に出た。

「さぁ!、そこで何モジモジしているの!!、さっさと行く」

そんな僕を見た姉はそう命令すると

僕はうつむき加減にポアントで姉の前を歩きだした。

姉はそんな僕を追い越してさっさと駐車場へ行くと止めてあったクルマに乗り。

「いいわねっ

 その格好でくるのよ」

と言い残すとブワッとクルマを出して行ってしまった。

僕はチュチュの姿のまま走り去っていく姉のクルマをただ眺めていた。

しばらくして…

「そうだ…行かなくっちゃ…」

僕はそう呟くと、ゆっくりと歩き出した。



平日の午後…

道行く人は少ないけど、

ポアントでバレエを踊るようにして歩いていく僕に

出会った人はしばし唖然として僕を見送った。

最初は恥ずかしかったけど、やがて

「あぁ…みんな僕を見ている…」

っと、徐々にそれが快感になっていった。

やがて、行く先に学校の校門が姿を現してきた。

N女学園の正門だ。

しかも、午前中で授業が終わったのか

セーラー服姿の少女達が次々と校門から出てきていた。

「あぁ…このままでは僕はあの子達の前を…」

彼女たちを見た僕はそう呟いたが

しかし、

僕の脚は止まることなく彼女たちの方へと向いていった。

「ねぇなにあれ?」

下校する少女達の一人が僕を見つけると指を指した。

「うわぁぁ、なに?

 バレリーナの格好をして…

 変態?」

「さぁ…」

「女の人なの?」

「男じゃない?」

「でも、胸があるわ」

「ホントだ、気味が悪いわねぇ」

彼女たちの冷たく突き刺さるような視線に僕は曝された。

「あぁ…

 みんな見て…僕…バレリーナなんだ…

 ほら、綺麗でしょう…」

そう呟きながら僕は彼女たちの前を踊るようにして歩いていく…

そして、ある一人の少女の姿を見たとき、

僕はハッとした。

「宮地香澄さん」

そう、僕がこの姿になる直前、

僕よりもあとにバイト先に入ってきた彼女に一目惚れをしていた僕は

思い切ってその想いをうち明けたのだった。

僕の告白を聞いた彼女は明るく笑っていたけど、

でも、いまの彼女はただ唖然として僕を見つめていた。

「あぁ、宮地さん…そんな顔で僕を見ないで…

 僕はあのときの僕じゃぁ無いんです。

 こうしてバレエを踊ることしかできないバレリーナなんです」

僕は彼女から顔を背けてそう呟くようにして言ったが、

しかし、

彼女の横を通り過ぎようとしたとき、

不意に身体が止まると、その場でバレエを踊り出し始めてしまった。

「あぁ…だっダメ…

 宮地さんが僕を見ている…

 そんななんで、ここでバレエを踊るんだ…

 あぁイヤだ…

 でっでも、お願い、

 宮地さん、僕のバレエを見て…

 お願いだから…」

彼女の自分の姿が見られて恥ずかしい気持ちと

嬉しい気持ちが交錯する中、

僕は彼女の前でバレエを踊りきると、

逃げ出すようにしてその場を去っていった。

「あぁ…

 もぅ僕は…」

目から溢れるな涙を手で掬いながら僕は先を急いだ。

やがて、行く手にバレエ団のレッスン場が見えてくると、

その表で仁王立ちをしている姉が待っていた。

そして、僕の姿を見つけるや否や

「コラッ遅いぞ!!、何をしていた!!」

っと怒鳴った。

「遅れてしまって、申し訳ありません」

片膝をつきながら僕が謝ると。

「さぁ、入るのよ」

と言いながら姉はレッスン室のドアを開けた。

「はい」

と僕は小さく言うとレッスン室に入ろうしたとき、

「ちょっと待ったっ」

と姉は僕を制止した。

「あんた、まずは受付に行って何をして欲しいのか、
 
 ちゃんと言うのよ」

と事務室の方を指さして言った。

僕は姉の言葉に従って受付に向かうと、

小声で、

「あのぅ…ぼ…あたしに…バレエを教えて欲しいんです。」

と事務の人に言った。

しかし、すぐに姉から、

「そんな小さな声じゃダメでしょう、もっと大きな声で…」

と怒鳴られると、

「あたしに、バレエを教えて下さい。バレエを踊りたいのです」

と思わず僕は叫んだ。

受付の女性は姉の方を見ると、姉は小さく頷いた。

すると、女性は悪戯っぽい笑みを浮かべると、

「えぇと、男性バレリーナは募集していないのですが」

と口にしたとき、

「あたし…男じゃないんです

 見ての通り女の子になっているんです」

と言いながら僕は大きく脚を上げて、

ペニスが無くなってしまった股間を彼女に見せた。

とその時、

「そこで何してんのよ」

と言う声とともにレオタード姿の女性がレッスン室から出てきた。

「あっ、亜里砂っ」

亜里砂を言われた女性は僕の姿を一目見ると、

「へぇぇすごいじゃん、

 この子、オデットの衣装とメイクばっちりきまってるじゃない」

と言いながら、姉に近づき、

「この子が、例の弟さん?」

と囁いた。

「うん、そうなのよ、

 『バレリーナになりたい』
 
 なんて言って聞かないのよ、

 見ての通り薬で胸を膨らましちゃって、

 それに、その顔…メイクじゃなくて刺青なのよ、

 さらに名前までも”オデット”なんて付けてちゃって…

 もぅこの子の部屋なんか、
 
 完全にレッスン室って感じなのよ
 
 困っちゃう!!」
 
と僕を指さして軽く笑いながら言う。


「そんなぁ…

 全部おねぇちゃんがした事じゃないか」

姉の台詞を聞いた僕がつぶやいたが、

しかし、

「で、今日彼を連れてきたのはどういう理由?」

と彼女が姉に訊ねると、

「いやねぇ、

 この子がどうしてもちゃんとしたバレエを習いたい。

 なんて言うから仕方なく連れてきたのよ。」

「ふ〜ん…

 そこまでしてバレエを習いたいと言うのなら 

 じゃぁ、あたしからもお願いするわ」

と窓口の女性に頼み始めた。


やがて

「まぁ、一人ぐらいいいでしょう」

と彼女は折れ、

「じゃぁ、明美さん、この子…オデットさんにバレエを教えてあげられる?」

と訊ねると、

「いいわよ」

姉は即答した。

「じゃぁオデットさん、この書類を書いて出してくださいね。」

と言って一枚の紙を僕に渡した。

その紙には

”入団申込書”

と書いてあった。

「入団申し込みって…

 お姉ちゃん、あたしバレエ団に入るの?」

と姉に聞くと、

「当然でしょう…

 あんたはバレリーナになんだから、
 
 ここで徹底的にしごいてあげるわ。
 
 しごいてしごいて…
 
 身も心も完全なバレリーナにしてあげるから
 
 覚悟していなさい」

と言うと、姉の口元がかすかに笑った。

「さて、これからあなたに従って貰うことを発表します。

 1.ココにくるときは”舞台衣装・メイクはしっかり…”として貰います。
 
 2.……」

っと言う案配で姉は僕を逃げ出せないように
 
がんじがらめで縛りあげる。
 
そして最後に
 
「い〜ぃ?、
 
 もぅあんたは一生バレリーナのままで生きていくのよっ」

っと姉は僕に念を押した。
 
すでに僕に選択肢は存在してなかった…

ちょっとした出来心だったのに…

僕はもぅバレリーナとして生きていくしかなかった。



おわり