風祭文庫・バレリーナ変身の館






「チュチュ」



作・風祭玲

Vol.023





ココにバレリーナの魅力にとりつかれた青年がいた。

彼がバレリーナの魅力に憑かれたのはいつの頃だったのかは、

彼自身も忘れてしまったが、

彼のバレリーナに対する想いが魅力から憧れへと変化し、

たがて自分自身も

「いつかあの白い衣装を身にまとって舞台に立ってみたい」

と思うようになっていた。

そして、その想いから2・3のバレエ教室に通ってみたものの、

彼は男である故にバレリーナになれず、

決して白いクラッシックチュチュを着ることは無かった。


その絶望感からか、

彼がバレエ教室を辞めてしばらくした後、

この出来事が起きた。


それは、

彼の住むアパートの崖下に

とあるバレエ団の稽古場兼倉庫が建設され、

オープン時にはバレエ団の団員や関係者らが

にぎやかに祝賀会を開いていた。

そして、

数日後、彼はある風景に出会った。

それは別の所に保管されたてあろう

バレエ団の大道具や小道具を、

新しくできた倉庫内へと運び入れている風景だった。

彼はぼんやりとその様子を眺めていると、

スタッフの一人が横付けされたトラックから、

埃よけのビニールに包まれた白いものを運び出した。

「あっ、チュチュだ!!」

彼は直感的に心の中でそう叫ぶと、

スタッフが慎重に運んでいるものを眺めた。


そして、

確かにそれがチュチュであることを確認すると、

それが何処へ運ばれていくのかを丹念に目で追っていくと、

しばらくして、倉庫の奥に置かれているのを彼は確認した。


その日から

彼はそのチュチュのことが頭から離れなくなっていった。

やがて、

それはあのチュチュを手に入れ身につけてみたい

と言う願望へと変化していった。


そんなある日、

倉庫の換気用に開け放たれた窓を

そのまま閉め忘れてバレエ団のスタッフが帰ってしまう。

ということが起きた。

彼の部屋からは倉庫の中が丸見えの状態のままになってしまった。

彼は窓から入る月の光に照らされて

銀色に光るチュチュが気になって仕方がなかった。

そして、ある考えが彼の脳裏を横ぎった。

「そうだ、いまあそこに忍び込めばアレが手に入る…」

そう考えた瞬間、

彼の心は痺れてしまい無意識のうちに崖をかけ下っていた。

そして、壁を伝って倉庫の中へと侵入した。

いま思えば逆に彼は”チュチュ”に呼ばれていたのかもしれない。


初めて入った倉庫の中は、

天井が高く大きな大道具でも楽々に入る仕様だった。

彼はチュチュを探した。


しかし、

自分の部屋からは見えていたチュチュも倉庫の中に入ると、

意外と見つからなかった。

彼は焦った。

彼が歩くと床がかすかにミシっと言い、

それが誰かに聞かれるのではないかと気が気でなくなっていた。

「ダメだ。帰ろうか」

と弱気になり振り返ったとき、

あのチュチュがスポットライトを浴びたように

銀色の光を放って置いてあった。

「あった!!」

彼はチュチュの側に駆け寄ると、

チュチュにかけてあるビニールを取り、

シゲシゲと眺めた。


上から

下から

横から

斜めから

とあらゆる角度でチュチュを眺め、

「へぇ…これがチュチュなのか」

と納得をするとそっと手に取った。

その瞬間

「コトン」

と音が彼に足下で鳴り響いた。

彼は一瞬ドキッっとして足下を見た。

そこには1足のトゥシューズが転がっていた。

「…ココにいてはまずい」

彼はそう思うなりチュチュやトゥシューズを手早くまとめると、

そして飛ぶように自分の部屋の戻った。

バタン

部屋のドアを閉めたとたん

彼はドッっと疲れが吹き出して、

その場に座り込んだ。


しばらくして、

自分が手にしているチュチュを眺め、

「ついに手に入れたぞ」

と思うと部屋の中に戦利品を広げた。

そして驚いた。

彼はチュチュとトゥシューズの他に

バレエタイツや髪飾りと言った、

バレエ用品一式を持ち出していたのだった。

「何時の間に…

 でもすげぇや、
 
 コレだけ揃っていれば僕はオデット姫になれる」

彼はそう思うと、

急いで着ている服を脱ぎ捨てると、

バレエ用品を次々身につけていったが、

不思議なことにどれも自分の身体の寸法にぴったりになっていた。

「うわぁぁぁ

 なんだこれ、

 チュチュもトゥシューズもみんな僕の体にぴったりじゃない」

そう思いながら最後の髪飾りをつけたとたん、


ギュウゥゥゥゥゥゥゥ…

急に身につけたチュチュやトゥシューズが

彼の体を締め付けてはじめた。

「うっ、ゲホッ…

 なっなに…」
 
驚いた彼はチュチュを脱ごうとしたがもぅ体の自由は利かず、

「くっ苦しい…

 誰か助け…」

そう言いながら彼は息苦しさのあまり失神した。




どれくらいの時間が過ぎたのだろうか、

「………!」

彼がハッ気がつくと

すでに息苦しさはなくなり楽に呼吸ができた。

「はぁはぁはぁ…

 何だったんだあれは…」

ふと窓の外を見ると月は西に傾き夜明けは間近のように思えた。


「いけねっ」

彼は衣装を脱ごうとしたが、

その前に自分のバレリーナ姿を見てみたいと思い、

鏡の前に立って自分の姿を映したとたん絶句した。

そう鏡には、

純白のクラッシックチュチュを身にまとい、

美しく舞台化粧を施した一人のバレリーナが立っていた。

「なっ何?これ」

彼は鏡に映った美女が自分であることを確認すると、

その場にへたり込んだ。

「いっ一体、何が起きたんだ?」

彼は、細く白くなった自分の手と

豊かに膨らんでいる自分の胸を眺めながら、

自分の身に起きた信じられない現象を確認した。

「盗んできたことへの天罰か…」

そう思ったとき、

『…いえ、そうではありません』

突然の声に彼は辺りを見回す。

『…私はココですよ』

なんと声は彼が身につけているチュチュからしていた。

「うわっ、なんだコイツ…」

と彼は叫んだが、その声色は少女のソレとなっていた。

慌てて彼は口をつぐむ。

『…驚かないでください、私はこの衣装に宿っている精霊です』

「精霊?」

『はい…

 私は作られてからだいぶ時間が過ぎました。
 
 そのためか、私を身につけて貰うこともめっきり少なくなり、

 最近ではずっと倉庫の中で置かれている日々を過ごしてきました。
 
 そんなとき、
 
 あなたは私を連れだしてしかも身につけて貰いました。

 それで…
 
 つい、あなた様の身体をあたしが似合うものへと変えてしまったのです。

 突然のこととはいえ失礼しました』

とチュチュは言う。

「…そんなことが出来るのか」

彼がつぶやくと

『…では、試しにアラベスクをやってみてください』

そう言われて、

彼がアラベスクのポーズを取ってみると楽々と出来た。

「スゴイっ、俺は…バレリーナになったのか…」

彼がそう言うと、

『…はい、あなた様は私に認められたバレリーナです。

 さぁ、あなた様の舞台を用意しました。
 
 私と一緒に参りましょう』

と言う声がすると彼の姿は光となって部屋から消えていった。



翌日…、

「あれ、ココに衣装が置いてなかったけ?」

倉庫にやってきたバレエ団のスタッフが言う。

「何言ってんだ、そこは道具類の置き場だろうが…

 そんな所に衣装が置いてあるわけないだろう…」

「っかしいなぁ…

 確かチュチュがあったような気がしたんだが」

「気のせい、気のせい、さっ仕事・仕事」



それ以降彼の姿を見た者はいない、



おわり