風祭文庫・アスリートの館






「白昼夢」



原作・カギヤッコ(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-098





「相撲エクササイズ?」

「そう、あたしの行きつけのスポーツジムに最近新しくできたのよ。

 あんたもやってみる?」

「えぇ!?」

親友である若田貴子の口から出た言葉に小西あきほは目を丸くして驚いた。

「相撲ってあの太った…

 じゃなくて大きな体をした人達が取っ組み合うのでしょ?

 どうしてそれがエクササイズになるの?」

「ふっふっふ…

 あきほ、知らないの?

 今やボクシングや空手もエクササイズの一環として組み込まれているじゃない。

 相撲だってしかり。

 激しく全身を突っ込んで取っ組み合い投げあうのは

 かなり全身の運動と脂肪の燃焼につながるんだから」

いぶかしげに見つめるあきほをよそに自慢げに胸を張り貴子はそう力説すると、

「そっそうかしら…」

「ま、あんたみたいに余り取っ組み合うとか、ぶつかり合うとか言うのとは

 縁のなさそうなか弱いキャラには縁のない話だけど、

 意外と“新しい自分”が見つかるかもよ?」

なかなか納得する様子を見せないあきほに貴子は半ばイヤミとも取れるセリフを言うと、

「…」

あきほは考え込んでしまった。

貴子や他のクラスメート達に比べると引っ込み思案と言うか

おとなしすぎる彼女にとって相撲の様な荒々しいスポーツは

例えエクササイズとしても近付きにくいものだった。

しかし…。

“確かに貴子の言う通りかも知れないかも…

 今日の占いにも出ていたし、

 もっと前に出ないと…”

などと思いを巡らせるあきほをよそに貴子はポンと肩を叩くと、

「じゃ、今度の土曜、○×ジムに集合!

 絶対来なさいよ!」

と有無を言わせぬ口調でまくしたて、

「う、うん…」

貴子の言葉にあきほはただ黙ってうなずくしかできなかった。



そして迎えた土曜日。

「ええと…確かここだったよね…」

あきほは○×ジムの廊下を静々と歩いていた。

十数年前に立てられたそのジムは決して広くはなかったが、

人気があるのかあちこちから勢いのある女性達の声が響き渡り、

その声につられてふと窓を覗けば

勢いよくエアロビクスやトレーニングに打ち込むレオタード姿の女性達が目に入る。

その姿は同性であるあきほにも力強く、美しく見えた。

「…そこへ行くとわたしは…お相撲さんか…」

廻しを締めて取っ組み合う自分の姿を思い浮かべたあきほは

フウとため息をつく。

ジムを訪れる前にいきなり貴子から急用でキャンセルすると言うメールが入った事も

彼女の落胆を大きくしていた。

「貴子ったら、最初から行くつもりなかったのかな…」

親友を疑いたくはなかったが、

それでも消えない不信感とよせば良いのに足を運んでしまう自分自身への

もどかしさを抱かえながらあきほはとぼとぼとジム内を歩く。



「あれ?

 お相撲ジムってどこだったかな…?」

決して広くはないもののいつの間にかあきほは道に迷ってしまっていた。

この場合誘っておいてドタキャンした貴子にも責任はある。

「貴子からもう少し詳しく聞いておいた方がよかった…」

やれやれと言う気持ちでT字路の突き当たりに差し掛かった所で

一人の女性が立っているのが視界に見えた。

「貴子?」

呼びかけるあきほだが、その姿は貴子のものではない。

「あら、あなたも相撲エクササイズに?」

秋保に声を掛けられた女性は不思議そうな顔であきほを見つめる。

「ご、ごめんなさい、友達と間違えちゃって…」

慌てて頭を下げるあきほにその女性は静かに

「いいのよ」と言いながら手を振る。



「…じゃあ、双葉さんも相撲エクササイズを始めるんですか?」

「ええ。

 わたし、意外とそう言うの好きだから本格的にやりこんでみたいと思って。

 あきほさんはどうなの?」

女性―双葉いずみはそう言いながらあきほに尋ねる。

彼女の質問にあきほは慌てながら、

「わ、わたしはただ友達に誘われて、

 一日体験位ならやってもいいかなぁなんて思って…」
 
しどろもどろになりながらあきほは答えるが、

フーン…

そんなあきほにいずみは少し厳しい目を向けていた。

そして、

「…あきほさん、

 相撲であれ何であれ生半可な気持ちでやるものじゃないわ。

 やるからには真剣勝負。

 それ位の気持ちじゃないとエクササイズなんてできないわ」

と説教じみたことを言うと、

「…なんだか凄いんですね…」

とあきほはただ息を呑む事しかできなかったが、

ふと思い出したように、

「あ、そう言えばその相撲エクササイズのジムってどこにあるかわかりますか?」

いずみに尋ねた。

「あぁこう言うのはジムじゃなくて“部屋”って呼ぶのよ

 …ほら、あそこみたいよ」

と言いながらいずみが指を差した先―突き当たりの右側の先、

うっすらと暗い影の先に扉が見え、

その横には「相撲鍛練所」と書かれた看板が立てかけてあった。

「…なんだか本格的と言うか…」

そう言いながら息を呑むあきほをよそにいずみは堂々と中に入って行くと、

「あ、待っていずみさん…」

それを見たあきほも慌てて中へと入って行った。



「いらっしゃいませ。

 始めての方ですね?」

ジムのトレーナと言うより相撲の呼び込みの様ないでたちをした係員があきほに声をかける。

「は、はい…」

彼のその言葉にあきほは思わずうなずいてしまうと、

「さ、お二人ともこちらに…」

係員に連れられ二人は歩き出す。

しばらく歩いていくとさながら銭湯ののれんの様に

「東」

「西」

と書かれたのれんが垂れる扉が二つ見え、

「あなたはこちら、あなたはこちらへどうぞ…」

お押されるようにいずみは西、

あきほは東の部屋に案内される。

「あきほさん、後でまた会いましょう」

「い、いずみさぁん…」

自身ありげないずみに対してどうしても不満をぬぐえないままあきほは東の部屋に入る。

そして、部屋に入った途端、

「うわっ!!」

あきほはその部屋の様子を見て思わず声を上げてしまった。

そう、あきほの視界には部屋の真ん中に設けられた円形の土俵と、

対角線上に設けられているテッポウ柱、

さらには綺麗に盛られた砂など、まさに力士の稽古部屋の様な作りになっていた。

「はぁ…」

感心しながらも貴子から話であくまでもエアロビなどの延長と思っていた彼女には

色々な意味で意外の一言だった。

その一方で、

「えぇっと…

 どうすればいいのかしら…」

インストラクターの姿も見えない部屋の様子に

どうしたらいいかわからぬまま立ちすくんでいると、

そこにどこからからか声が響き渡った。

“さあ、早くその土俵の上に立ってください。そうすれば稽古の始まりです。”

「え?

 そうなの?」

その言葉に押されるようにあきほはおそるおそる土俵に足を運び、

肩にかけていたバッグと脱ぎ捨てた靴を脇に置くと。静かに土俵の上に立った。

「わたし…土俵の上にいるんだ…

 でも、土俵って女性は入れなかったはずよね…」

本来なら決して立つ事のないであろう土俵の上に足を踏み入れた感触にあきほはドギマギする。

その途端、

ブォォォォォッ!

どこからともなく一陣の風が土俵目がけて吹き込むとあきほの体を包こんだ。

「きゃっ!」

風が吹き上がると同時に彼女の着衣が全て剥ぎ取られ、いずこへとなく吹き飛ばされる。

「いやぁぁぁ!!」

悲鳴をあげながらあきほは思わず両腕で体を隠しながら土俵の上に膝を着けた。

すると、

シュルシュルシュル!

何かが蛇のように素早い勢いで身をくねらせながら地をはい彼女に迫り、

シュルルルルル…。

「きゃっ、あん…」

それは足元から彼女の体を駆け登ると腰の辺りに巻き着き、

さらには股間を通り抜けると彼女の背中側でキュッと締め上げる。

「あんっ!」

敏感な素肌、そして股間を強い勢いで締め上げられあきほの口から甘い嬌声がもれる。

「な、何、何が起こったの…!

 え?

 えぇ!!!」

何とか自分を取り戻し自分の腰に巻きついたものを見たあきほの目に恐怖にも似た驚きが走る。

それはまさしく力士の着ける廻しそのものだった。

あきほの細身の裸身に巻かれたその逞しいいでたちはミスマッチな色気をもたらしている。

「なっ何だか…変な感じ…」

恥ずかしさよりも奇妙な高揚感に包まれたあきほは

自分に巻かれた廻しを中心に自分の体をなで回していると、

ビクン。

「えっ、何?」

体の中で何かが盛り上がる感触が全身を走った。

そして、驚く間もなく、

ムクムクムク…

メシメシメシ…

「えっ、あっ、いやっ…」

廻しを中心にあきほの体が大きく膨れ上がりはじめた

「いやっ」

「いやっ」

「やめてぇぇぇ」

悲鳴をあげながらあきほの細身の手足が、腰が、

みるみる肉の衣に覆われ、

胸の膨らみも胸筋の中に消えてゆく。

「あっ、うおっ、おっ…」

首周りが太くなると同時に漏れる声も低く、野太くなって行く。

シュルルルルルッ…。

同時に彼女のセミロングの髪がみるみる伸び出し、

頭頂で編み上がり力士の大銀杏の形を作る。

ものの一分も立たないうちに彼女の姿は

廻し姿の裸身の少女から場所に出ても不思議ではなさそうな力士の姿に変わっていた。

「こ、これって…どうしてお相撲さんに?

 しかもこんなデブになっちゃうなんて…」

涙声で唖然とするあきほの耳に再び声が響く。

“ここではお客様は実際に力士になり力士の稽古、そして実際に相撲を取ってもらいます。

それによりあなた自身をより美しい姿に作り変える事ができます。

さあ、稽古の始まりです。”

その声が終わるや否やあきほの体はひとりでに四股を踏む構えを取ると、

ズザァァァァ!!

バシンッ!!

そのまますり足・テッポウと言った相撲の基本動作を始めていった。



「なんで?

 どうしてこうなっちゃうの…?」

あきほの問いに答える者もなく、

彼女は黙々と稽古の基本メニューをこなしていく、

驚いた事に稽古をこなすごとに

彼女の体を覆う肉の衣は贅肉の様な形から逞しい筋肉の鎧へと変化して行った。

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…」

ムキムキムキッ!

ミシミシミシッ!

あれから何時間たっただろう。

いつしか彼女は自分の意志で稽古に励んでおり、

最初はどこか頼りなげな動きも

たくましく、引き締まったものに変わっていた。

“お疲れ様でした。これで稽古は終わりです。”

「ふうっ…」

その声が響くとあきほはまだ物足りなさそうな声でため息をつくと悠然と土俵際に歩き、

桶に入った水を尺ですくって飲むと、

「へぇ、もう終わりなの?

 わたしとしてはもう少し稽古したいけれど…」

とあきほが呟いた。

その途端。

ガチャッ!!

その声に応えるかのように部屋の一角にいつの間にかあった扉が開き、

“そちらの扉からお入り下さい。次の段階に進みます。”

と声が響いた。

すると、あきほは全身にみなぎる力に押されるように扉をくぐる。

スクっ!!

あきほは立ち上がり開け放たれたドアへと進み始めた。

すると、

ワァァァァァァ…。

そこで待っていたのは稽古場よりも大きな土俵、そして割れんばかりの大観衆…。

まさに相撲の試合場がそこにあった。

「キャッ!」

その歓声と勢いであきほが一瞬我に返り、

悲鳴をあげながらその場にしゃがみ込んでしまうとそのたくましい体を抱え込んだ。

そして、

「こんな姿でいっぱいの人の前に出るなんて、恥ずかしい…!」

と恥ずかしさであきほは涙目になると、

“大丈夫です。この観衆はあくまでも立体映像です。

 それに、その羞恥心をバネに肉体を動かし戦う事で余計なものが落ちて

 心身が引き締まり美しい肉体に変わっていくのです。

 さあ、土俵で相手が待っていますよ。”

その声に促されあきほが何とか立ち上がると。

その耳に貴子の「全身を動かす事でシェイプアップにつながる」と言う声が甦る。

「シェイプアップ…か…」

恥ずかしさをこらえ土俵に立つ。

既に対戦相手の力士は土俵に立ち、紹介を終えている。

「ひが〜し〜、明錦〜」

行司が彼女をそう呼んだ時、一瞬あきほは首を傾げたが、

「これがここでのわたしの名前なんだ…」

とつぶやくと静かに四股を踏む。

「見合って、見合って…はっけよい、のこった!」

行司が定番のセリフと共に下がると、

「うしっ!!」

バシーーン!

両者は猛然と飛び出し、激しく組み合う。

「むっ、くっ…」

むき出しの肉体がぶつかり合う感触をこらえながらあきほは必死で相手の廻しを取ろうとし、

もちろん相手もあきほの廻しを取りにくる。

「ううっ、

 うううっ…

 やぁーっ!」

今までの彼女が出した事もないような声と共に

あきほは相手の足を取り回しから相手を土俵に叩き付ける。

ドスン!

激しい衝撃と共に相手が倒れ。

「明錦〜!」

「ふう…」

仕切り位置に戻ったあきほに行司が軍配を上げる。

それを肩で息をしながら聞く彼女の全身を熱いものが走った。

ビクンッ!

「あっ!」

全身が一回り大きくなったような感触から来る快感に酔う暇もなく、

行司がなぜか次の対戦相手を呼び出している。

「え?

 普通お相撲って一日一戦じゃないの?」

“ここでは一回十五試合勝ち抜き制を取っています。もちろん休む暇はありません。

どうします?これで辞めたら美しくなれませんよ。”

不安がるあきほを煽るような声に対してあきほはかぶりを振り、

「冗談じゃないわ。

 ここで辞められる訳ないじゃない。

 残り十四試合勝ち抜いてみせるわ!」

と叫びながらそして対戦相手を見下ろすように大きく四股を踏んだ。



ドスン!

ワァァァァァァ…。

また対戦相手が土俵から転げ落ちる。

「明〜錦〜!」

行司の勝ち名乗りを聞くのは何度目だろう。

それを忘れる位あきほは勝ち進んでいた。

激しい肉体のぶつかり合いと羞恥心に代わり全身からみなぎる闘争心が彼女の心を満たしている。

試合が進むごとに力士の強さも上がっていったが、

あきほはそれを上回る強さでそれを下していった。

そして勝つたびに彼女の肉体はよりたくましく、

雄雄しい力士の姿に変わって行く。

隆々の肉体を湛え勝ち名乗りを受ける力士が

ほんの数時間前まで引っ込み思案の少女だった事を誰が理解できるだろうか。

いや、もしかするとあきほ自身自分がそうだった事を忘れているのかも知れない。

悠然と立つあきほが股間に異様な感覚を覚えたのは

十四勝目の勝ち名乗りを受けた時だった。


ムクッ!

ムクムク!

「あっ、あう、あっ…」

いつものように全身が熱くなると、

股間から何かが盛り上がる感覚に半分以上力士の感覚になったあきほも体を軽くよじらせる。

そして、

ビクッ!

それが感覚が頂点に達した時、それは廻しからかすかにはみ出していた。

「おおっ…おれにモノができた…」

勝ち続け、力士としての肉体を完成させるうちに遂にあきほの体は

女性としての一線を越えてしまっていた。

そしてその精神も女性だった自分に男性のモノが生えた事をあたり前のように受け入れさせていた。

既にあきほは…「あきほ」ではなく「明錦」となっていた。

「はぁ、はぁ、あと一戦、

 あと一戦でおれは…力士に…なれる…」

モノが生えた事もありより激しい闘争心をみなぎらせながらあきほ…いや明錦は

ドスン!

ドスン!

と四股を踏む。

「に〜し〜、双雷山〜…」

行司にそう呼ばれて現れた力士の顔を見て明錦は目を開く。

獣を思わせる肉体に全身から殺気とも言うべき闘気をみなぎらせた土俵に上ってきた

その力士の顔はここに入る前に会った人物の面影を抱いている。

「…お前は…」

「…やっぱりまた会えたな。

 しかも千秋楽の大一番で」

双雷山―かつて双葉いずみと名乗っていたその力士は

戦いの愉悦に顔をゆるませながら四股を踏む。

明錦も迎え撃つように改めて四股を踏む。

「おまえのおかげでおれは生まれ変わる事ができた。

 もっとも、おれがかつてなんだったのかなんて忘れちまったがな」

「それでいい。

 おれ達は力士、土俵でぶつかり合う事に全てをかける獣…

 それがおれ達の全てだ」

そう言いながら互いに不敵な笑みを浮かべる。

「悪いけど、遠慮できるほどおれの体はヤワじゃないものでな」

「ああ、てめえの体全部でぶつかって来い。

 おれの全部で迎え撃ってやる」

蹲踞の構えを取り、数秒…二人には何時間も思えたであろう間の後、

行司の「のこった!」の声が響き渡った。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

廻しを締めた二匹の獣が激しくぶつかり合う。

「ぐおっ、うおっ…」

「ぐわぁぁぁ、うおりゃぁぁぁ…」

両者必死で廻しを取ろうとする。

しかし、互いの膂力と全身から滴る汗が互いの腕を弾き、

決め手を与えない。

取り組みが動いたのはその後、

遂に廻しを取った双雷山が明錦を土俵際まで追い詰めた。

“ぐっ、このままじゃ、負ける…。”

明錦の顔に焦りが走る。

しかし、双雷山の勝ち誇った顔を見た時、明錦の顔に闘志が湧く。

“そうだ、このまま負ける訳には行かねえ、

 絶対勝つ、絶対勝つんだ!こんな奴に負けられねえ!”

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「何?」

双雷山が驚くほどの咆哮と共に明錦は突進し、

双雷山をつかむと、そのまま一気に土俵に叩き付けた。

ドッスーンッ!!

「ウワァァァァァァァァ…」

激しい歓声が湧き、座布団が飛びかう。

放心しながらもそれを聞く明錦は、

「やった…これでおれは…力士だ…」

と至福の笑みを浮かべていた。

しかし、行司が軍配を向けたのは…。

「そう〜らいやま〜!」

「ワァァァァァァァ…」

歓声の中、双雷山は軍配を受け、静かに去って行く。

「そんな、勝ったのはおれだろ?

 なのに、どうして負けなんだよ!」

只一人取り残され呆然していた明錦は行司に食ってかかろうとするが、

その耳に声が響く。

“先ほどの取り組みは、明錦の髷つかみ行為が反則と見なされた事により

 双雷山の勝ちとなりました。

 よって双雷山がこの部屋の専属力士として選ばれる事になりました。”

「ふざけるな!

 おれが勝ったんだ!

 おれがこの部屋の力士になるんじゃないのか!」

更なる歓声をかき消すように明錦の怒鳴り声が響く。

“あなたは力士としての技術も闘争心も見事でしたが、

 ただ勝とうとするあまり無茶をしすぎましたね。

 強く、美しい力士としては認められるものではありません。”

「うるさい、勝てばいいんだ!

 相撲なんてそう言うものだろ!」

“そう言う人を力士とは認められません。

 あなたは今をもって破門です。”

バラリ、シュルシュル…。

その瞬間、明錦の髷がバラリと落ちると、

その体がみるみる縮み始める。

「え?

 なんだ?

 どうしてだ?」

シュルルル…。

プルンッ。

手足が細くなり、胸筋から柔らかいふくらみが現れる。

「そ、そんな、やめろ!

 おれを力士に戻せ!

 …ウッ!」

シュルルルル…。

ピクッ、

ズズズズズ…。

腰回りもどんどん細くなり、

微妙なバランスで廻しと体を支えていた股間のイチモツも

一瞬の爆発的感覚と共に体の中に引っ込む。

同時に廻しはそのままの形で地面に落ちる。

その後に立っていたのはたくましい力士ではなく、

か弱い裸身の少女の姿であった。

そして、立体映像とは言え公衆に裸身をさらした事で

その心に再び羞恥心が芽生えた彼女の顔に激しい赤面が走ると、

彼女は思わず、

「キャッ!」

と廻しの中に身をかがめ、そして意識を失った。



「あきほ!

 あきほ!

 しっかりして!」

「…やめろ…おれは…力士だ…」

意識の奥から響き渡るその声にあきほがカッと目を覚ますと、

「お、おれはどうなったんだ?」

と叫びながら全身をなで回した。

衣服越しに感じる感触は生まれてから付き合い続けた女性の感触である。

「そんな…ホントに女になっちまうなんて…」

呆然とするあきほに声をかける貴子。

「あきほ、どうしちゃったのよ。

 あきほ!」

パシン!

激しい張り手があきほの頬を張る。

その瞬間、あきほは我に返る。

「あれぇ…貴子…どうしたの?

 それにわたし…」

まだ不調の残る頭を振り絞りながらあきほは記憶の糸を辿る。

そして、

「そうだ、わたしは相撲エクササイズに行って、

 そこでお相撲さんになって、そして…!」

そこであきほの目が大きく見開き、

「そう…わたし、

 せっかくお相撲さんになれるはずだったのに…」

悔しそうな顔をするあきほを呆れた目で見つめる貴子。

「あきほ、どんな夢見たか知らないけど、

 どうして掃除用具入れで相撲取りになれるの?」

「掃除用具入れ…え?」

振り向いたあきほの目には確かに掃除用具が立てかけられた

ほんの数平方メートル程度の部屋しか見えなかった。

「そんな…あれって…夢?」

「そう言えばこのジムって昔は相撲部屋だったって聞いたけど、

 あんたその幽霊にでも取り付かれてたんじゃないの?」

「そんな事ない、そんな事ないけど…」

いぶかしげに首を横に振るあきほの手を引っ張る貴子。

「ちょうどいいわ。

 今から次の部の相撲エクササイズが始まるから、

 あんたの寝ぼけた頭を覚ましてあげる!」

「ち、ちょっと…」

逆方向のジムにムリヤリ手を引かれるあきほの目は

チラリとあの相撲鍛練所のあるはずだった扉の先を見つめていた…。



「うおりゃ!」

ドスン!

「うわっ!」

これで何度目だろう。貴子があきほに投げられたのは。

「貴子、わたしの寝ぼけた頭を覚ますんじゃなかったの?」

「そんな事言ったって、あきほってそんなに相撲強かったっけ?

 しかもそんなカッコ…」

「何言ってるの。

 相撲を取る時はこう言う姿に決まっているじゃない」

倒れたままの貴子を横目にフンっと気合を入れるあきほ。

その裸の下半身にはしっかりと廻しが締められている。

さすがに上半身にはスポーツブラをつけてはいるが、

これも始めはかなり嫌がっていたのだ。

「あきほ、ホントにあんた変わったんじゃないの?」

そう言いながらやれやれと言う目で貴子は見つめると、

彼女はTシャツにスパッツの上に廻しを締めた姿である。

「だって、ホントならわたし、

 とっても強いお相撲さんになるはずだったんだもの」

貴子の言葉にそう言ってあきほは微笑むと、

その後ろの壁には

「双雷山 若手最短新記録の横綱拝命」

という一枚の切抜きが貼り付けられていた…。



おわり



この作品はカギヤッコさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。