風祭文庫・アスリート変身の館






「助けられた命」



原作・inspire(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-283





『前略。

 お父様、

 お母様、

 定刻通りにあなた様のところに参ります。

 かしこ』

陽光きらめく海を眼下に望む崖の上、

あたしは一筆したためた遺書を近くの岩の上に置き、

穿いていたサンダルを綺麗に揃えてみせる。

ワイワイ

キャァキャァ

眼下に広がる白砂青松の海岸線には色とりどりのパラソルが広げられ、

白い波飛沫が打ち寄せる砂浜では老若男女が満面の笑みを浮かべ

波と戯れ皆幸せ一杯の表情を見せていた。

「なんで…あたしだけこんなに不幸なの?」

生まれながらマサイ族なみの視力を持つあたしはその眼力を駆使して見つめると、

彼らの中に見知った顔もいくつかあるが見えてくる。

それを見た途端、

あたしは己の身に廻しを締めどっしりと腰をすえている横綱のような不幸を呪い始める。

「なんで…あたしだけ、

 なんで…

 なんで…」

まるで魔術の呪文の如く同じ言葉をあたしは繰り返し、

幸せそうな人々への憎悪のゲージを確実に上げていく、

そして、

タップンッ!

ついにあたしの中のFUKOゲージが満タンとなると、

「スイッチオーバー!」

あたしは声を張り上げ、

キシッ

革の匂いもきついボンテージ衣装を纏い尖った耳のマスクを身につけるや、

「ナケワメーケよ我に従え!」

と声を張り上げの海に向かって菱形に光るも投げつける。

すると、

『衛星だってぇザケンナーぁぁぁ』

『頭の上をとびやがってウザイナーぁぁぁ』

『でもコケて落ちたらコワイナーぁぁぁ』

の声と共に3つの円筒形の物体が海中から姿を見せるなり、

『三段合体っ!

 援助が目当てだホシーナー』

と声を合わせ3つの物体は一体となりミサイル型怪獣・ホシーナーとなるや、

浜辺の人々に襲い掛かったのであった。

「きゃぁぁぁ!!」

「化け物ぉ!」

「おまわりさーん」

「自衛隊を呼べ!

 迎撃ミサイル発射だぁ!」

「いや、TSFだ、

 すぐに出動要請をしろ!」

平和な浜辺は瞬く間に阿鼻叫喚の地獄と化し、

「ん?

 呼んだものとはちょっと違うか、

 まか細かいことはいいか。

 あははははは!!

 そうだ。

 泣け、

 喚け、

 お前たちが嘆き悲しむほど不幸のゲージが上がっていくのだぁ」

マントをはためかせ口にするキセルよりドクロの煙を棚引かせながらあたしは悦に浸ると、

『さすがっ』

『お見事!』

とおだてる声が響いてくる。

そして、

「ははははは…

 そうだろうそうだろう。

 みんな不幸になればいいのだ。

 TSFだろうが、

 フロスだろうがまとめて来い!』

煽てられたあたしはさらに気を大きくした時、

『…豚も煽てりゃぁ木に登る…』

と突っ込みの声が響いてみせる。

「このぉ…

 うるさいうるさいうるさい」

思いっきり気分を害されたあたしは周囲に向かって怒鳴り声を上げた時、

ズキンッ!

「うっ」

突如、胸を襲った激痛に手にしていたキセルを落としたしまったのであった。

「うぐぐぐ…」

胸を押さえてあたしは蹲っていると、

ギュゥゥゥゥゥン!

出動要請を受けたTSFのファイターが爆音と共に空宙を舞い始め、

ズズズンッ

ズズズンッ

浜辺で暴れるホシーナーに向かって総攻撃を開始する。

そして、

ドガァァァン!

目標を外れた爆弾があたしのすぐ近くで炸裂すると、

「きゃぁぁぁぁ!!」

爆風に煽られたあたしは崖から放り出され、

青い海に向かって落ちていったのであった。



そうだ、これでいいのだ。

あたしの人生ってまさに薄倖の少女を絵に描いたような感じだった。

あたしは生まれながらにして重い心臓の病気を患っていた。

少し動いただけで息苦しくなり、意識を失ってしまう。

もともと家も裕福じゃなかったからこの病気を完全に治すことも出来ず。

さらにあたしが幼いときに両親は死んでしまうと、

親戚に預けられることになったんだけど、

しかし、その親戚はあたしのことを差別したり、

虐待したり…そしてたらいまわしにされてきた。

それどころか学校でも酷いいじめに遭ったのである。

心臓の病気や生い立ちのせいで…
 
この春、なんとか中学校は卒業できたけど、

あたしはこれから先も生きていく自信なんてない。

自殺するって家族にも、

周りの友人にも言ったら、

勝手に死ねみたいに言われて。

だからあたしは今日この場所に来た。



『ジュアッ!』

ズズズンッ

一機のファイターが煙を吹きながら山の陰に落ちていくのと同時に、

ウルトラウーマンフロスが出現する。

『ホシーナー!!』

『シュワッ!』

おそらくこれから街を蹴散らし、

人々の生活の場を破壊しながらの正義の戦いが繰り広げられるはず。

いいぞ、ホシーナーよ思いっきり暴れろ、

いいぞ、フロス。ナントカビームでホシーナーを街もろとも消してしまえ。

こんな絶望に満ち溢れた街など消えてしまえばよいのだ。

地図上からも、

歴史からも、

無論、人々の記憶からも…



ドボンッ!

笑いながらあたしは海の中に落ちると

今までにない苦痛があたしに襲い掛かってきた。

早い潮の流れに押され、きつい胸の苦しみと痛み…

だが、薄れてゆく意識の中に静かに訴えてくるものがあるように聞こえた。

『人の子よ…お前は死のうとしているのか?』

「ええ…もうあたしは生きていちゃいけないのかも…」

あたしはその声にこたえる。

『生きていけない…そんなはずはない。

 お前がどんな人生を歩んでいたところで、

 死んでいいはずはない』

「でも…」

あたしはその声から逃げようとした。

『見よ、地上での空しい戦いを。

 世の中には、言われなく奪われた命もあるというのに…』

だが、その声にあたしはなぜか引き込まれていくように感じる。

だって、この戦いを引き起こしたのはあたしなのだから…

『お主はまだ死ぬべきではない…』

謎の声がさらに大きくなった。

『そう簡単に命を捨てたり出来ないようにしてくれるわ…』

「きゃああああ」

その声とともに、周りの風景は揺らいでいた…

気がつくと、あたしは建物の中にいた。

「どう…気がついた?」

あたしに声をかけたのは、巫女装束を着た女性だった。

「あれ…あたし生きてる?」

「あなたはあたしがここまでつれてきた…」

そういうと女性は巫女装束を脱ぎ捨てて見せる。

すると、彼女の色白の肌は見る見る赤銅色となり、

さらに全身の筋肉が著しく隆起していくと、

股間には巨大なペニスを収めた競泳パンツ1枚になっていた。

「あなたは?」

ついさっきまで巫女だった競泳パンツ男に素性を尋ねると、

「あたしの名は姫子。

 この神社の巫女であると供に龍神の力を持ったライフセーバー…

 あなたも自分の姿を鏡で見て御覧なさい?」

そういわれてあたしはおそるおそる傍にあった鏡を見た。

するとそこに映っていたのは、

赤銅色でよく鍛え上げられた肉体に

競泳パンツに巨大なペニスを収めたライフセーバーだった。

「…あなたは重い心臓病を患っていて、

 しかも死んでしまうのも時間の問題だった。

 だから、こうするしかなかった。

 …心臓病も治っているはずよ。」

彼女の言うとおりいくら動いてもあたしは苦しくなることは無かった。

今でもあたしは龍神の力を持つライフセーバーの一人として活躍している。 

嘗て多くの人々でにぎわっていた砂浜で…



おわり



この作品はinspireさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。