風祭文庫・アスリート変身の館






「水泳部の男の子」



原作・@wolks(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-368





12月のある日。

学校から戻った杏は

何時ものようにシャワーを浴び、

男物の保湿クリームを全身に塗ると、

灰色のボクサーブリーフとタンクトップの肌着を着て、

その上からハーフパンツを穿いていた。

以前の杏からは考えられない姿ではあるが、

壁に掛かっている鏡を見ると

そこにはちょっと髪の長い美少年が映っている。



そんな自分を見ながら杏は髪を掻き揚げて

「ふっ」

とクールな表情を決めてみせると、

次の瞬間には床にうなだれてしまっていた。

「…ハア」

無理もない。

男になった運命に抗うようにしてきたのに

本人の意図しないところで仕草は同世代の男子であり、

それどころか

いかにも某美少年アイドル事務所のアイドルなどを

意識したようなものになってきていた。

学校に行けば先日まで同性であったはずの女子から注目を浴び、

異性であったはずの男子とは下ネタを交えた話をしている。

自分自身、性別への執着がなくなっていること、

さらに自分のアイディンティティが失われていくようでもあったのだ。

そう、あの事故が起こるまでは、

杏は水泳に打ち込むクラスのアイドルだった…

けど今では紆余曲折を経ているが、

水泳に打ち込む男子アイドル…

そう思えば大したことはないのかもしれないが、

しかし、杏には未だに受け入れられないものを感じていたのである。

そんな彼のひそかな楽しみは

中学時代から読んできた少女漫画を読むこと。

少女漫画を読みながらヒロインに感情移入している。

少女漫画の王道ともいうべき

白馬の王子様や騎士に助けられる悲劇のヒロイン。

中学生、しかも男になったばかりの時はそんな気分だった。

だがムードを盛り上げるため、

杏は王子様や騎士のセリフも声を上げて読んだ。

初めは王子様や騎士のセリフはおまけのようなものだったが、

音読を続けるうちに、

だんだんと王子様や騎士のようなセリフになってくる。

もちろんヒロインのセリフも読んでいるのだが、

ヒロインのセリフよりも

王子様や騎士にあたる人物のセリフのほうが性に合っているようだ。

一通りセリフを読み終えた後、

そのまま倒れ込むように杏はベッドに横になると、

「お姫様のほうがよかったのに…

 なんで王子様なんだろ。

 でも、

 ボクが王子様だったらお姫様は誰になるのかな、

 かっこいい王子様になるのもいいのかなあ…」

横になりながら杏はそんなことを考えてしまうと、

バッ

いきなり毛布を頭から被り、

「ちーがーうーっ!」

と声を張り上げ、

抵抗するかのように暴れはじめる。

しかし、いくら抵抗しても杏の体は男子の体であり、

杏自身も自分が男子であることを受け入れているようであった。



とある休日。

杏は珍しく市民プールで泳いでいた。

あまり良い思い出が無く、

なかなか来ることが無かった杏であったが、

それでも一通り泳ぎ終えると、

「杏、お久しぶりね」

と聞き覚えのある声が響いた。

「海さんじゃないですか、

 お久しぶりです。

 こんなところで何をしているんですか」

「あら、ご挨拶ね。

 プールに来たら泳ぐ。

 それ以外に何をするって言うの?」

と個性的なデザインの水着を着けている海は返事をした。

杏に声をかけたのは、

かつて杏の女性用の服をデザインした謎のデザイナー・海であった。

「と言うことは横に置いといて、

 何か悩んでいるみたいね。

 相談に乗るよ」

ポン

降ろした腰を弾ませるように動かして

杏との間合いを詰めた海はそう話しかけると、

「え…」

杏はその返答に困ってしまった。

海には杏が考えていることなどお見通しのようだった。

「実は…」

重い口を開き杏はここにきて

性別への執着が薄れてきたことを打ち明けると、

「ふーん。

 つまり、

 あなたは男の子だって自覚してきたっていうのね」

「え?

 いやまぁ…

 その、なんというか…

 はい、そういうことです」

海の指摘に杏はそう返事をしながら俯いてしまうと、

「どれどれ?」

と話しかけながら、

海は杏が付けているスイミングキャップとゴーグルを外し、

杏の素顔をしげしげと見つめる。

「あっあの…」

迫る海の顔を見た杏は赤面してしまうと、

「なぁるほど…

 まあ、実際。

 あなたほどのイケメンで、

 筋肉も十分にあって、

 し・か・も、

 ナニがこんなにデカいなんて、

 そうそういないわ。

 あたしもあなたにはアタックしちゃおうかなぁ」

と言いながら長し目をしてみせる。

「え…」

そんな海の表情を見た杏はさらに顔を赤くすると、

『そこまでだ、ゲソ・ショッカー』

突然、プールに野太い声が響くと、

シュタッ

プールの真ん中に聳え立つ時計塔の上に

漆黒の肌を光らせ、

筋肉で盛り上がった肉体の股間を覆う

青いビキニパンツをモッコリと膨らませた

元祖・ムッキムキマッチョマンが

極太の腕を組みつま先立ちになって立っていた。

「なんだあれ?」

「さぁ?」

突然現れたスーパーヒーローの姿に

プールの利用客が困惑気味に見上げていると、

『ばーれーたーでゲソ!』

の声と共に、

世界征服の野望に燃える悪の秘密結社ゲソ・ショッカーの怪人、

烏賊娘がプールから飛び出してくる。

「うわっ、

 こっちからも変なのが出たぁ」

『現れたな、烏賊娘っ、

 この元祖・ムッキムキマッチョマンがいる限り、

 この世に悪は栄えないっ!』

ビシッ!

烏賊娘を指さしてマッチョマンは向上を述べると、

『どりゃぁぁ!』

『ゲソォ!』

たちまちプールは墨を墨を洗う戦場と化してしまった。



「ったくぅ、

 せっかく盛り上がったとこなのに、

 空気読め。ってーのっ」

マッチョマンと烏賊娘との戦いに巻き込まれ、

大混乱に陥ってしまったプールを様子に海はついにキレてしまうと、

シャッ!

すばやくかつて里枝の分枝が使ていた花ノ弓と

神々しく

そしてすべてのものを凍らせてしまう冷気を放つ矢を取り出した。

「その矢ってなんですか?

 見るだけでとても寒いんですけど」

両肩を押さえながら杏は矢の謂れを尋ねると、

「あぁ、これ?

 陸奥国に聳える霊峰・早池峰山。

 その奥深くに結界によって固く閉ざされた聖地がある。

 その地には世界樹に繋がるご神木・樹怨っていうのあって、

 樹怨の枝より削り出した矢がこれ。

 ふふっ、

 どんな筋肉馬鹿でも一撃で退治できるわよ。

 まぁ、もっとも、

 コレが手に入ったのはどこかの馬鹿がひき起こした

 露天風呂遭難事件のおかげだけどね」

と海は矢の謂れを告げる。

「ひえぇぇ…」

震え上がる杏をよそに、

「人の悩み相談の邪魔をする馬鹿は、

 円環の理に導かれて消えてしまえ!」

と声を上げると弓を引き、

ズドン!

と一発、その矢を解き放った。



「ふぅ…

 とんだ邪魔が入ったね。

 でも、もぅ大丈夫よ」

「は…い…」

樹怨の矢の力によってプールは一瞬にして

鬱蒼とした人外魔境の様相へと一変し、

マッチョマンも烏賊娘も樹の枝やツタに絡み取られ、

はるか上空でもがいていた。

「まだ戸惑っている?」

「いえ?」

「却ってこの方が雰囲気でない?

 野生って感じがするじゃない」

「はぁ…」

「戸惑っている振りをしなくてもいいのよ、

 だって、杏のココ。

 もぅこんなになっているじゃない」

そう囁きながら海は杏の競パンをずり降ろすと、

見事なまでに赤黒いズル剥けの巨大なものが顔を出した。

「うふふ…こんなに大きくしちゃって、

 あなた相当なナルシストになってしまったようね」

「……」

海の指摘に杏は返す言葉が出なかった。

「あなたは自分が女だっていうことにこだわりがなくなってきたし、

 しかも自分をかっこいいと思うようになったのね」

「じ、実は…

 ボク…なんかお姫様よりも王子様のほうが似合うように思って」

海の誘いに杏は乗ってしまうと、

その心の内を話はじめる。

「なるほど、

 うわさに聞いたけど、

 あなたの周りにはお姫様になりそうな人が結構いるそうじゃない」

「…」

杏が男になったばかりのころは女の子と付き合うことなど夢にも思っていなかった。

いまでは咲子に美緒、

さらにはオカルトじみた女子や女吸血鬼化した悪友など

今後も関係をもつであろう女性は何人もいる。

もっといえば、自分がかつて王子様だと思っていた少年、

その彼とももしかしたら

王子様同士でもっと付き合えるかもしれない。

そんな期待も杏は抱いていたのであった。

「うふふふ…

 今度、いいもの作ってあげる。

 ちょうどクリスマスだしね」

杏に向かって海はそういうと

股間を触っていた手を離し、

スッ

と立ち上がり去って行く。

「え?

 これで終わり?」

結局、本音だけ聞き出された格好になってしまった杏はきょとんとしていると、

『おーぃ、

 だれか、助けれくれぇ』

助けを呼ぶマッチョマンの悲鳴が響き渡っていった。



クリスマスの夜…

杏の部屋の前にサンタ衣装の海が現れた。

「メリークリスマス!

 今夜はあなたのためにプレゼントを用意したわ!」

そう言いながら海はまるで福袋のようなものを渡す。

袋の中には、何着かの衣装は入っていて、

杏がいつも着ているような私服と似たようなもの。

ホストのようなスーツ。

王子様のような衣装などが袋から出てくる。

そして、海に勧められるままそれらを試着してみると、

いつものようにポーズを決め、

かっこいいセリフを吐く杏。

いつもなら嫌がっているはずなのに、

今日に限っては全然ため息をつくことはない。

「すごい…

 ボク、こんなにかっこよかったんだ」

杏の中でうすうす気が付いていた男子としての魅力…

それらを海が用意した衣装がすべて引き出しているようだった。

「なんかかっこいい男の子としてやっていく決心がついたみたいです。

 本当にありがとうございました」

杏は海にお礼を言った。

「そう、よかったわ。

 あと、ここにお姫様の衣装をおいておくから、

 誰に着せるのかよく考えておくことね」

別れ際に海はそう言うと

おまけのようにお姫様のようなドレスを何枚かおいて行った。



深夜

王子様の衣装のままの杏はツバキの造花をてにもっていた。

「…こんないい夜にボクの相手をしてくれるお姫様、

 一体誰なんだい?でも、その前に…」

杏はおもむろに服を脱いだ。

そして…

「たまには着てもいいよね。

 だって、女の子だった過去までは捨てられないんだから」

そういうとタンスにしまってあった女物の服に身を包んでみせる。



おわり