風祭文庫・アスリート変身の館






「杏の秋」



原作・@wolks(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-360





10月下旬

秋の気配は日に日に深くなり、

空気も冬のように寒くなってきたころ。

「クシュン!」

杏は思わず大きくくしゃみをしてしまった。

流石にこの季節でタンクトップに半袖の上着では寒いだろう。

「…流石にこれじゃ

 寒くなってきたわ…」

杏はそう呟くと駅前のカジュアルショップに入っていく。

「いらっしゃいませー」

店員の元気のいい声が響く。

今日はどうやらセールなのだろうか、

杏は冬物の上着を探しに店の奥に入った。

そこには、

カジュアルショップというだけあって様々な若者向きの上着があり、

杏はその中からいかにも男性アイドルが着ていそうな黒っぽい上着で

白い毛皮が襟とファスナー部分についているものを選び出した。

「これがいいかな…」

それを試着した杏は鏡を見ながらそう呟くと、

「…あれ?」

その時になってようやく気がついた。

自分が今までこんなに楽しそうに

男物の服を選んでいたことがあったのだろうか。

今まで男物の服を着ることを矯正されているような感じはあったのに、

今では楽しそうに男物の服を選んでいる。

「なんであたしってば

 こんな服選んでいるのかしら…」

急に不愉快になると杏はそれを脱ごうとした。

しかし、外は半袖では寒い。

杏は仕方なくそれを購入し、着て帰ることにした。

杏の変化はそれだけではなかった。

鏡を見ていると、

「…髪、切ろうかな」

中学生の時にバッサリと髪を切られて以来、

髪を伸ばし続けてきた杏、

一応はポニーテール状にはしていたのだが、

今の杏の服にはイマイチ似合っていないようにも思われた。

杏は美容院に入ると、

そこにあった女性誌の表紙をかざっているモデルのような髪型を希望した。

「はっ…」

髪が切り終わってシャンプーをしてもらっている時に気がついた。

たしかに男子としては髪が長く、

大体首筋〜肩の間ぐらいまではあるだろう。

だが、女性のような長い髪が好きだったはずの自分が

なんで髪を切ってるのだろう。

前までこんなことはなかったのに…

杏は自分の家に帰ると、

買ったジャケットを脱ぎ捨てて部屋のベッドで横になった

「本当にどうしちゃったんだろう…」

男になったばかりの頃は、

周りが男扱いすること、

男であることを認めたくないから、

それに抗うようにしてきた

しかし時間が経つにつれて

段々男であることを受け入れてきているのかもしれなかった。

高校生になって自分の居場所を確保するために

爽やかな美少年を演じてきていたのだが、

今ではそれにすっかり馴染んできているようだ。

「…あたし、女の子だったのに…」

学校では女子から人気のある男子生徒、

一方、プールでは十分に筋肉がつき、

競泳パンツを鋭く張り上げた優秀なスイマーであり、

オフの日は男性アイドルかモデルを思わせるような美少年…

これでも満たされない思いはやはり自分が元女だったこと、

今でも女に戻りたいことなのだろう。

「…そうだわ…」

杏は考えた。

せっかくだから、明日の休みは遠くに行って女装しよう…



翌日

いつもの駅から少し離れたところにある田舎町…

「どこかで着替えられるところないかしら?」

杏の住んでいるあたりは比較的都心にも近く、

都会のようなところなのだが、

一旦郊外に来ると観光地のような自然豊かな場所になる。

杏が女装できるところをさがしていた。

駅から15分ほど歩くと、

杏の後ろから一人の女の子が歩いてきた

「杏ー!」

杏の名を呼びながら女の子は杏の肩を叩く。

「咲子!?」

杏は思わず驚いてしまうと、

「杏もよくここに来るの?」

咲子は杏に尋ねる。

「いや…

 ちょっと電車で乗り過ごしちゃってね…(まずいわね…)」

「ふーん。

 実はあたしもちょっと寝過ごしちゃってね。

 知らないところに来て、困ってたの」

「そうなんだ…

 (これじゃ女装しにくいわね。

  でも咲子はあたしの過去も知ってるし)」

思いがけない質問に杏は慌てて答え、

二人でしばらく歩いていると、

二人の横を一台の車が横切った。

バシャ!

「きゃあああ」

今日は雨上がり、

周りの水たまりの水ハネは見事に二人、

とくに車道側を歩いていた咲子にかかってしまった。

「咲子、大丈夫…」

と声をかけるが、

咲子の服は泥だらけで、

大丈夫ではないことは明らか。

「どうしょう…」

途方にくれる咲子だったが…

「仕方ない、ボクの服を貸すよ。

 実はここの駅に来たのは

 誰にもばれずに女装するためだったんだ…」

杏は重い口を開いた。

「いいの?

 杏…?」

「いいんだよ。

 ボクは別に男の服を着ててもいいけど、

 咲子は女の子の服じゃないと変だし」

そういうと杏は用意していた服を咲子に渡し、

近くにある着替えられそうな場所を探した。

なんとか物陰をみつけ、

咲子はそこで隠れるように着替えはじめる。

水泳部の彼女にとって早着替えはお手の物だった。

初めて着せた時にはしっくりこなかったのに、

今の咲子にはどんな服でもにあってしまう。

「…それ、よく似合うよ」

杏は思わず口に出してしまった。

「本当!?

 ありがとう」

それを聞いて咲子は喜ぶと、

「せっかくだし、写真撮ろうよ」

「うっうん」

杏は持っていたデジカメを手に取ると、

二人に向けてシャッターを押した。



それからしばらく二人は歩いていたが、

傍から見ればどう見ても美少年と美少女のカップルにしか見えない。

しかもひとりは元女だなんて誰も思わないだろう。

歩いて数分後。

田舎町にしては珍しい施設、

といってもこのあたりも人気の温泉があるせいか、

大型のスパのような施設がオープンしていた

「ねぇ、

 せっかくだし入っていかない?」

杏は咲子を誘った。

その施設では水着を着用することになっているが、

水着をもていないふたりは水着を購入することになった。

習性がアダになってしまったせいか、

杏は青いビキニ競パン、

咲子は青いハイレグタイプの水着を着用して

スパの入口で会うことになった。

「…なんかボク達以外に誰も来てないようだね」

「そ…だね…」

ふたりは少し顔を赤らめていた。

二人では初めての施設に来たこともあり、

常に二人でくっついていた。

ところが、

「きゃ!」

咲子は階段でつまづいてしまうと、

その場にしゃがみこんでしまった。

「大丈夫?」

「いたたた…

 足、ひねったみたい」

「直ぐに上がらないと…」

杏は思わず咲子をお姫様抱っこし、

更衣室のところまで行こうとするが、

どうしても咲子の目線が気になってしまう。

「あれ…杏…」

咲子もうすうすは気づいていたが、

杏の巨大なソレが

咲子の腰の部分にあたっていることを指摘する間もなく、

「ごっごめん」

杏はすぐに謝ると、

「………」

咲子は黙って頷くだけだった。



夕方。

ふたりは学校のある街の駅−

「今日はどうもありがとう。

 とっても楽しかったよ」

「そっそう、

 喜んでくれてボクも嬉しいよ、

 ただ、捻挫したから

 しばらくは無理しちゃダメだけど」

「うん、そうする」

「じゃっ、じゃぁ」

「ばいばい」

杏にとって女装するための遠出だったのに、

結局は杏と咲子の初デートとなり、

一日は終わった。



数日後…

「もしもし、杏?」

中学時代に仲良くしていた葵から電話がかかってきた。

「…どうしたの、葵?」

「いやあ、

 送ってもらった最近の写真見たけど、

 彼女が出来たなんてやるじゃない」

電話越しで葵が見ているのは

どう見ても美少年と美少女のツーショット写真、

杏と咲子が一緒に撮った写真である。

「ただの女友達だってば。

 それに、あんまりほかの子に言わないでね」

杏は半ば呆れたように言っう。

「そうそう、他の子って言えば、

 真由美とその手下の連中、

 いやあ、高校でもすごい荒れようで有名だったんだけど、

 突然姿を消したのよ。

 どうなったかは知らないけど、

 みんなホッとしてたわ」

「ふーん。

 あいつら、いなくなったのね」

杏はクールに切り替えした。

「じゃあ、切るから、

 あんたも頑張りなさいよ」

「はぁ…」

電話を切った杏はため息をついた。

考え方もどこか男の子のようになっていること、

そして十分にテントを張り上げる黒い競泳パンツ1枚の姿でいる、

自分を確認したのであった。



つづく


さらにその1週間後…
いつものようにプールで練習している杏の前に、競泳水着姿の女性が現れた・
「よお、杏!頑張ってるかあ!?」
目の前にいるのは水泳部顧問兼体育教師、かつ杏のクラスの担任の三浦奈美子だ。
奈美子は大声で言った
「さっそくだけど、お前にはうちのクラスの特務委員に任命した」
「ええ、なんで急に…!?」
「いやあ、あたしの大親友のミサトちゃんから逆指名されちゃってさ。それにしてもあのミサトの気に入られるなんて、やっぱりお前もやるなあ」
ミサトとは保健医の柵良美里のことである。
「まあ、詳しいことはミサトによーく聞いておくんだね、それじゃ!」
戸惑う杏をよそに、奈美子は元気そうに去っていった。