風祭文庫・アスリート変身の館






「杏の人間関係」



原作・@wolks(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-341





7月・初夏

梅雨明け後の晴れ渡った空高くより照りつける日差しは、

地上のものを容赦なく照りつけ、

全てを光の中へと包み込んでいく。

そしてその日差しを背中に受けて、

屋外プールで競泳パンツ1枚になった杏は、

水泳に筋力トレーニングにと日々励んでいた。



そんなある夜。

エアコンを止め、

窓から吹き込む夜風で涼をとっていた杏は

ベッドの上で2転・3転すると、

「うーん…

 ふぅーん…」

寝苦しいのか、

その口からうなされる声が漏れていく。

そして、

「うっ

 うっ

 んんっ

 あっ

 あっ

 あぁぁぁぁ」

突然声を上げると、

ビクビクビク

腰を細かく震えさせる。

そして、それから間もなく。

ガバッ

杏は飛び起きると、

「ああ、またやっちゃった…」

と声を上げる。



杏はこのところ淫夢にうなされ、

夢精をする日が多かった。

こうなったのも無理もない、

元はといえば、

自分が女らしくコーディネイトした咲子、

その彼女の魅力を改めて意識するようになった上に、

すっかり自信を取り戻した咲子が

よりにも女子水泳部に入部して、

その水着姿を男子達に見せ付けるようになったからである。



中学校の時はプールは一つしかなく、

しかも男子と女子とで使用時間を分けていたために、

男女合同練習以外では互いの水着姿を見ることはなかった。

しかし、ここでは女子水泳部は男子水泳部とが

同じ時間に練習することも多いためか、

杏は咲子や美緒とプールで出会うことが多く、

どうしても彼女達を意識してしまうのであった。



練習後、

「ふう…」

シャワー室で体を洗う杏はため息をつくとうなだれる。

本来の想い人である幸司は同性に過ぎず、

しかも勝手にライバルにされてしまうと、

その一方で一方的にライバル宣言された美緒、

さらには杏の方から手の内を晒してしまった咲子がいるのである。

杏は頭からシャワーを浴びながらぼんやりとしていると、

「どうしたんだ、

 最近元気ないよ」

と涼介が話しかけてきた。

「あん?

 …涼介か」

「アンニュイな仕草は女性なら似合うけど、

 競パン男がするもんじゃないな」

「ケンカ、売っているのか?」

「あはは、

 冗談だ、冗談。

 で、悩み事はなんだ?

 金か?

 女か?」

「あのなぁ」

「その顔じゃ、

 大方、女だな…

 よっ色男はつらいねぇ」

「あーぁ、

 お前みたいに簡単に吹っ切れれば苦労しないよ」

「お褒めに頂き、光栄です」

シャワー室でそんなやり取りをした後、

二人は体を拭きロッカーへと向かっていく。



場所を変えて落ち着いたのか、

杏は涼介に密かに咲子のことが魅力的だったこと、

またライバルとして名乗りを上げてきた美緒にも

少しづつ目が行くようになってしまったことを言う。

「なーるほど、

 そういうことか。

 気にすることないよ。

 男だったら普通にあることだと思うけど?」

涼介も年頃の男の子だ。

やはり、ほかの女子を気にしているようだ。

「水泳部員なら彼女の一人や二人いたっておかしくないだろう、

 先輩みなよ、

 3人、4人なんてのも居るじゃないか」

涼介は杏に笑いながら言う。

「彼女って…

 ボクにそんなつもりはないよ」

「そうかなあ、

 俺も高校に入ったし、

 彼女つくろうかって思ってるけど、

 たぶん君には負けるだろうね」

涼介も今の杏とは劣らないぐらいの美少年だ。

もし杏が女のままだったら付き合ってもいいと思える程だ。

「ちょ…」

「ま、そういうことだから、

 頑張ってみな。

 そうそう言っていくけど、

 二股がけはうまく立ち回らないとダメだよ。

 そうじゃないと、

 修羅場が待っているからね」

「二股がけって、

 ボクはそんなつもりは」

男友達からもこのように言われてしまった杏はついうろたえてしまうと、

「忠告だよ、忠告。

 まぁ君って女性関係には鼻が利くみたいだから、

 ボロを出さなければ大丈夫だと思うよ」

と涼介は笑ってみせる。

自分がもともとは女で、

女としての普通の恋愛を望んでるなんて涼介には言えないと思った。

そう思いながら杏も涼介はほぼ同時に履いていた競パンを脱ぐと、

「しっかし木之下のって

 改めて見るとデカイよな」

と涼介は杏の股間から下がるモノを見ながら言う。

確かに競パン越しに見るソレは、

脱いで見えるそれとはまた違ったようだった。

「そっそんなことないよ」

「じゃぁ、見せっこしようか?」

その後、

二人共全裸になると改めて見比べてみる。

「えっ?

 (うそ)」

涼介のソレと比較して杏は初めて自分のモノのサイズの大きさを知った。

男になったばかりの時は確認できないような小さなものだったのに、

長さや大きさも、涼介以上。

「ねっねぇ、

 これってやっぱり大きい?」

「そうだね。

 この間、先輩達のと比べたけど、

 木之下のはやっぱり大きいよ。

 プール上がりで縮んでいるところでその大きさだから、

 オナっている時って結構なサイズになっているはずだけど、

 なぁ、そのときって何センチある?」

「何センチって

 計ったことなんてないよ

 (知らなかった、

  あたしのって、

  そんなに大きかったの)」

半ばショックを受けながらも

杏は改めて自分の体を見下ろすと、

鍛えられて盛り上がった胸筋、

6つに割れている腹筋、

無論、手足は十分に筋肉がついている。

しかし、色白な肌と

全身のムダ毛が全くない点だけは昔とは変わってなかった。



ロッカールームで杏はボクサーブリーフを履き、

その上からランニングシャツと夏服を着る。

女性のように整った顔立ち、

スレンダーで筋肉質な体格、

おまけにムダ毛一つない綺麗な体と、

人より大きなソレ…

もし、自分が女だったら、

こういう男を逃すはずはない。

けど、いまの自分は男であって、

女性から好かれる立場だと杏は改めて思った。



家に帰った杏は今のおかれている状況に

いてもたってもいられなくなっていた。

−元女で、思い人を追ってこの高校に進学した。

なのに、想い人とはライバル関係と言われ、

想い人よりも女の子に目がいってしまう。

「彼女か…」

元女であるせいか、

女の子と一緒にいると落ち着いてしまう。

だからクラスでは女子たちと仲良くして、

女子たちに囲まれている。

彼女たちは恋愛感情というよりも、

女友達として見ていることはできた。

けど、いつもプールで見ている咲子や

勝手にライバル宣言されてしまった美緒とは

どうもそのように見ることはできないようだった。



そして、程なく迎えた夏休み。

水泳部としてもっとも活気付くシーズンであり、

推薦から期待されていた杏は遅くまでプールに残っていた。

「…ふぅ…」

プールサイドに上がった杏の前にひとりの女子部員が現れた。

「…木之下くん、となりいいかな?」

そう言って腰掛けてきたのは咲子だった。

途中入部でありながら元々は優秀なスイマーとしての実力を発揮している。

「どうしたの桜庭さん。

 こんな時間まで?」

杏が優しく声をかけると、

「…咲子でいいよ」

咲子は言う。

そして、

「木之下くんのことずっと思ってたんだ。

 それにあたし木之下くんのおかげで自信持てるようになったし…」

少し頬を赤らめながら咲子は言う。

「そんな事ないよ、

 それにボクが普段あんなことしてるなんて…」

「いいの、

 別に…誰だって変な癖のひとつやふたつぐらいあるし」

「だから、これからもあたし達、

 いい関係でいられるといいかなっていうか…」

と言うと咲子は顔をさらに赤らめる。

「(どうしよう…

  そんな…

  咲子があたしのこと好きになったなんて)」

杏は焦り始めた。

と同時に股間のそれも少しづつ大きくなってきたようだが…

「うん、じゃあ…」

と言いかけたところで杏は考えると、

「じゃあ、キミもボクと同じ水泳部の仲間なんだから、

 おたがいで協力したりとかしてもいいよね!」

杏の口から思ってもない言葉が出てしまった。

「ええ?」

それを聞いて少し驚いた表情を見せる咲子に、

「ボク達でいろいろと頑張ろうよ」

杏はさらに言うと、

「じゃあ、

 き、木之下くん…

 あたしもあなたと一緒に…

 頑張っていきましょう」

と咲子は胸を押さえながら言う。

「杏でいいよ、

 ちょっと変な名前だけどさ」

すっかり興奮してしまった咲子を前に、

杏は優しく微笑んだ。



そしてその夜−

「なに言ってるのよ、

 あたしは!」

咲子に向かって軽いセリフを口に出してしまったことを

杏は激しく後悔していた。

「でも、咲子すごくかわいかったし、

 このまま戻れなかったら…

 って何を考えているのかしら」

中学生の頃は男体化に抗うようにしていた自分、

しかしそれ打ち砕くようにすべては進んでいった。

高校生になってからはさらに同じように進んでしまうのだろうか。

葛藤は日を増していた。



数日後、

居残り練習をしようと杏がプールに出向くと、

プールには先客が泳いでいた。

入学式の日に自分に勝手にライバル宣言を叩きつけてきた美緒だ。

いつまでも自分にライバル意識を感じているのだろうか、

美緒の練習量は水泳部でもトップクラス。

それ故か彼女が出すコースタイムはどんどんと良くなっていた。

けど、自分を追い込む彼女の練習方法について、

保健医の柵良先生が危惧していることを杏は伝え聞いていた。

「確かに危っかしいよな…」

”がむしゃら”と言う言葉が当てはまる彼女の泳ぎを見た杏は

付き合うようにしてプールに飛び込み泳ぎ始める。

すると、獲物を見つけた肉食魚のように美緒はスピードを増す。

「おぃおぃ」

横のコースをぐんぐん迫ってくる美緒に杏は気押されるが、

ところが、

突然美緒の動きが止まるともがく様な仕草をし始めたのであった。

「?

 どうしたんだろう…」

それを見た杏は急いで彼女の元へと向かっていくと、

コース途中で足を攣ってしまったらしく、

美緒は溺れて掛けていた。

「大丈夫かっ!」

「………!!」

必死になってしがみつこうとする美緒を杏は

力づくで仰向けにすると、

その背中を持ち上げて顔を上げさせる。

そして、

「落ち着けっ」

と声を張り上げながら、

プールサイドまで移動すると、

杏はすぐにプールサイドに押し上げる。



数分後…

「まったく、

 あんたなんかに助けてもらわなくったてよかったのに!」

回復した美緒は杏に向かって怒鳴ると、

「そうだな、

 余計なことだったのかもしれない。

 でも、助けなかったらどうなった?」

杏は問いたずねる。

「え?」

「君があそこで足を攣らせてしまって泳ぐこともままならなかった。

 現にボクが助けに行ったら、

 ボクにしがみつこうとしたよね。

 それだけ、君は危険な状態だった。と言うことだ。

 監視カメラで警備員さんが見ているからと言っても、

 異変を見つけて警備員さんが駆けつけるまで時間はかかる。

 その間に君は水の底だ。

 そうなったらどうなる。

 当然、警察沙汰になって、

 水泳部は活動停止。

 無論、君だって、

 ボクに向かって文句すら言える状態でなくなっている。

 それが君の希望なの?」

「それは…」

「君はすごい練習をこなしているけど、

 ちゃんと体のケアをしている?

 足が攣る。

 と言うのは体のリズムがずれている証拠だよ。

 無理したらダメだって。

 柵良先生も心配していたよ。

 追い込みすぎているって、

 練習が原因で大会に出ることができなくなったら、

 本末転倒だよ」

杏はそういうと1枚のタオルを持ってきた。

美緒のタオルだ。

「…そんなに冷たいところにいたんだから、

 体も冷えちゃったよね」

そういいながらタオルを差し出すと、

美緒は恥ずかしそうに受け取った。

そして、

「…ごめん、ありがとう」

美緒は小声で言ったあとで、

顔を赤らめたように大声で言った

「…な、なんでもないわよ!」

っと。



「咲子に美緒か…」

その日以来、

杏は余計に女子生徒たちのことを気にすることが多くなっていた。

「どうしたらいいのかしら」

杏は、日々男体化してく自分と、

それに望んでないにもかかわらず

女性関係を意識しなければならない点、

など、

さらに葛藤を深めていくばかりだった。



つづく