風祭文庫・アスリート変身の館






「杏の再会」



原作・@wolks(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-336





5月

杏達が高校に入って1ヶ月ほど経った連休明け、

入学式のときはぎこちなかったクラスの空気も、

この頃にはすっかりと慣れてきたのか、

休み時間となればふざけ合う男子や、

おしゃべりに興じる女子の姿が見られるようになっていた。

そんな中、

昼休みの教室で何人かの女子生徒がある噂話をはじめだした。

「ねえ、

 あんた、男子の中で誰が好みなの?」

「ええ?

 うーん、

 あたしには決められないかな。

 みんなかっこいいから」

「なるほど、

 黄瀬君が本命だもんねぇ」

「そんなこと言って無いって」

「彼ってヲタクっぽいところがちょっとね」

「青木君ってどうかな」

「青木君は弓道部だし、

 知的で物静かだけど、

 でも、近寄りがたいかな」

「緑川は?

 結構いけると思うけど」

「緑川君かぁ、

 確かに彼、サッカー上手だし

 かっこいいしね」

「それを言うなら

 日野君もいいと思うけど」

「日野君はちょっとやんちゃな所が、

 あたしは…どっちかと言うと木之下君かな」

「木之下?

 あぁ、水泳部の」

「木之下君って、

 かっこいいだけじゃなくて、

 なんかぜんぜん男くさくないし、

 優しいし…」

「あたしも、あの子は好みね。

 機会があったらアタックしちゃおうかなぁ?」

「なに言っているのっ、

 あんたには星空君って彼氏が居るじゃない」

「ぐっ、

 痛いところを」

「ひょっとして星空君とうまく行ってないの?」

「まぁ、ちょっとね

 あいつ楽天的過ぎて疲れるのよ」

「だからと言って二股はよくないと思うわ」

「いいじゃない。

 恋愛は自由よ」

「まっ、一人脱落と言うことで」

「何よ、あんたなんかに負けないんだから」

女子生徒たちは黄色い歓声を上げながらの恋話に興じる。



この場に杏の姿こそないが、

杏の過去が伏せられている以上、

この学校の女子生徒にとっては、

杏はかっこいい男子生徒の一人でしかなかった。

実はこの学校、

とある元宇宙飛行士が理事長となって設立した学校であり、

全国より一芸秀でた学生達を募集してきた結果。

いつのまにか美男美女が集まる学校になってしまったのである。

そのため、

「…うちの学校は美人揃い、

 けど、その中で一番はいったい誰なのでしょうか」

と言う校長の問いかけで始まったミス・コンテストは熾烈を極め、

憧れのセンターを目指しての少女達やその取り巻きによる、

CD販売による握手権の競い合いから、

果ては実行委員会への”かすてぃら”による贈収賄など、

彼女・彼らが演じる人間模様はまさに現代社会の縮図であった。

なお、このミスコンテストだが、

主催者がコンテスト当日に全ての資金を持ち逃げしたため、

第2回の開催は未定となっている。

さて、杏の場合であるが、

無論、杏が水泳のコースレコード保持者であることと、

人命救助の功績もあって推薦入学を勝ち取ったのであるが、

しかし、それ以外にも女の子のような顔立ちと華奢な体つきが

選考者の琴線に触れたことはトップシークレットである。



夕方、

下校するために杏が下駄箱を開けると、

「…わあ…」

どさっと大量の封筒が落ちてくる。

どれも女子生徒からのファンレターもしくはラブレターであるが、

中学校のころはギャル連中に嫌がらせを受けていたのが、

高校では好意の手紙攻めとはある意味皮肉である。

ちなみに…

杏のケータイ・アドレスは教師のみ公開されていて、

生徒達には非公開となっている。

「まったく、

 どいつもいつも…

 ぼっボクは女だぁぁぁぁ!!!」

手紙の山を見下ろしながら杏の心からの叫び声をあげると、

ドスッ!

壁に向かって右ストレートを放つ、

すると、

「これ、壁に向かって八つ当たりをしても何も解決はしないぞ」

と言う声と共に白衣姿の女性が姿を見せる。

「柵良先生…」

杏がそう呼んだ彼女はこの学校の保健医である。

「何ぞ悩みか?」

「いえ…それほどでも」

「ならば良いがの。

 それと木之下、

 お主の素性については教職員の間で情報共有されておる。

 悩みがあるときは我を張らずに相談に来ると良い」

杏に向かって柵良はそう告げると、

ズシン

地震だろうか校舎が縦に揺れた。

「また、あいつらか」

突然の揺れに慌てることなく柵良はそう呟くと、

「邪魔したの。

 負傷者が運び込まれる前に保健室に戻らねばな。

 そうそう、それらの手紙はこれを使うと良い」

杏に紙袋を手渡し柵良は先を急ぐように立ち去って行く。

「先輩達、いったい何をしたのかな…」

去っていく柵良の後姿を見送りながら、

杏は冷や汗を流す。」

そして、

「我を張らずにか…」

柵良が残した言葉を杏は呟きながら、

足元の手紙を改めて見つめると、

バッ

杏は”廃棄用”と書かれた紙袋を開き、

その中に無造作に押し込んでいく。



その日の夜、

杏の携帯に着信があった。

「…葵からだ」

葵は中学校時代から交流のある女の子で、

杏が男の子になってからは常に気にかけてくれていた。

しかし、杏と付き合っているとあらぬ誤解をされたり、

はぶられたりするといけないと思ったため、

少し距離を置くようになっていた。

それでも杏の進路希望は葵と同じ女子高であったが、

結局、女性には戻ることは無く、

葵とはそのまま離れ離れになってしまっていたのであった。



『もしもし、杏?

 高校、楽しく過ごしている?』

「まぁ、何とかやっているけど、

 何か用?」

『用ってほどでもないけどね、

 またいじめられてるんじゃないかと思って…』

「いじめって…」

『大丈夫?』

杏は不機嫌そうな態度をとったが、

葵は杏が高校生活になじんでいるかどうか、

中学校のときのようにいじめられていないか心配しているようだった。

「そういうことはないわよ。

 安心して。

 結構女の子の友達もできたし、

 今日なんか下駄箱にすごい枚数の封筒が入ってたんだから」

男言葉しか話してはいけなかったのだが、

相手が葵だったためか女言葉で話し始めていた。

『ふーん、

 モテル男はつらいわねえ!』

「モテル男って…

 そういう言い方ってないんじゃない?

 なによ!

 あたしの気持ちなんてやっぱり葵にもわかってなかったのね!」

普通に女の子として女友達と一緒に遊んだり、

また男の子とも普通に恋愛をしたかった杏にとって、

ある程度慣れたと言っても、

本来の彼女との希望とはまったく真逆のものであるためか、

葵の言葉につい感情的になってしまった。

『ごめん、ごめん、

 冗談よ冗談。

 もぅマジにならないでよ。

 で、どうなの?

 元に戻る薬って出来そうなの?』

「うーん…

 連絡してるところによると、

 実験の最終段階まできているらしいんだけど、

 2年もかかっていったいどんな実験を続けているのかしら?」

『まあ、結構そういう薬を作るのは大変だと思うけど、

 ここは待つしかないわね。

 女なら”忍”の一字よ。

 けど、あなたが女の子に戻れたときは

 また杏に会って盛大にお祝いしたいところね。

 女子生徒として同窓会にも呼んであげるし』

「うん、ありがとう。

 葵も元気そうで何よりだわ」

そういうと電話を切った。

「はぁ

 モテル男はつらい…か…」

杏にとって男扱いされることにもはや抗う気力はなかったし、

今はそれを受け入れるしかないことは判っていた。

教室に行けば人気のある男子生徒としてほかの女子生徒に囲まれている、

杏にとっては自分と同じ女の子の中にいるような安心感さえ覚えてきた。

それでもいつかは女に戻りたい。

いや、戻らなければいけないと思っていた。

「どうせなら、

 女の子でこれぐらいモテたかったなあ…」

そう呟くと杏は大きくため息をつく。

そして、もって帰ってきた紙袋を開くと

例の手紙を1枚1枚開いてみるが、

中身はやはりほかの女子生徒からの手紙やラブレター、

中には便乗したいたずらのものもあったが、

1枚だけ異質なものを見つけた。

そこにはこう書かれていた。

「木之下へ

 明日、練習が終わったらプールに残っていてくれ」

そして、これを読んだとき杏は一瞬興奮した。

紙には手書きの文字だったが、

この字は紛れもなく…

「…遠山君…」

そう幸司のものだったのだ。

通常、男の子がひそかに女の子を呼ぶのであれば、

愛の告白などだろう。

だが、今は幸司とは同性であり部活の仲間でしかなった。

そこは幸司にもよくわかっている。

おそらく今後の練習のことで話しがあるのだろうか?

とりあえず杏は紙をズボンのポケットにしまい込んだ。



翌日、水泳部の練習が終わると、

杏はプールで一人残っていた。

改めて水面に写る自分の姿を見る。

しばらく髪を切って無いためか中性的な顔立ちながらも、

華奢な体の割には手足の筋肉は発達し、

胸板は張り出し、

腹筋は6つに割れていた。

そして、股間にはビキニパンツが張り付くと大きく盛り上げている。

顔つきは変わらないが筋肉や性器は中学校のころよりもだいぶ発達してきているようである。

俗に言う「イケメンマッチョ」という言葉がお似合いだろう。

「こんなはずじゃなかったのに…」

日に日に男らしくなっていく自分の姿を前に、

杏はただため息をつくばかりであった。

「ごめん、

 木之下…中々話す時間が無くて」

「…遠山君…」

「幸司でいいよ。

 前に俺は君に僕たちの仲間だといったはずだぞ」

杏の目の前に現れた少年…

そこにいたのは自分とおそろいのビキニパンツを履いた、

必要な筋肉が十分についたイケメンマッチョだった。

しかも筋肉男独特の堅苦しさはなく、

非常にさわやかなイメージがある。

男になる前の杏が片思いしてしまうのもうなづける。

「木之下、

 ずいぶんとたくましくなったな…」

「こっ幸司君ほどじゃないよ」

「木之下…俺は…君に言いたいことがあるんだ。

 いや、俺の中でいわなきゃいけないことがあるんだ」

「何ですか?」

幸司はさらに顔を赤くしながら言ってきた。

「俺は…すくなくとも中学に入学して、

 同じ部活に入ったときから、

 君が俺のほうを見ていたことはわかっていた。

 だけど、そのときは俺はそんなに気をとめなかった」

幸司はさらに続けた。

「だけどな…お前が男になったとき、

 君に対して手のひらを返したような態度をとる女に非常に腹が立ってきた」

確かに男になったばかりの杏に対する他の女子生徒の仕打ちは

ひどさを極めるものがあった。

「そのとき、あいつらの本性を知ってしまった…」

だからあの時、女子生徒に襲われていた杏を助けたのだ。

「それに…君の…その…お、

 女らしくしているところが…」

幸司は緊張していたためか、

口調がさらにあせりを増してきていた。

「え!?、

 今なんて…」

杏は聞き返す。

「実は君は誰よりも女らしいんだ…。

 俺にはわかる…」

男の体が確立してくる半面で、

杏はそれに逆らうかのように清潔に気を配り、

動作も女らしさを意識するようなり、

果てには女性として十分に通用するファッションまでもを

極めようとしているところにあった。

自分が女装したさいに男だと気がついたものがいるように、

自分が意識するようになった女らしさを感じとった人間もいた、

それが幸司だった。

「他の女の子にはない、

 それが君のいいところだ…」

幸司はさらに取り乱すようになった。

普段の冷静な幸司からは想像も出来ない

「俺は、君に惚れてしまった…。

 たとえ、君が女に戻れなかったとしても、

 たとえ俺がホモだのゲイだの汚名を着せられようが

 構わないし、俺はこの手で君を守る」

それはもし男女関係であれば交際宣言とも取れる発言だろう。

「…幸司くん…

 あっありがとう…」

彼の告白を聞かされた杏は思わず全身を赤らめていた。

そのとき、パンツのふくらみが

今までとは比べ物にならないくらい大きくなっていたことは

言うまでもないだろう。



見詰め合う幸司と杏であったが、

杏がこの後のプールの鍵を閉めるということで、

幸司は更衣室へと向かい杏のみが残ることとなった。

「はあ…幸司くん…いや、

 あたしでもいいって言ってくれてたわね…」

杏は幸司の告白を噛み締めていた。

「あたし、何やってるんだろう…」

「ああ…このまま男の子になっちゃってもいいかな…」

「いや、だめよ。

 あたしは女の子…

 ああ…あたしは女の子なの…

 女の子に戻って幸司くんと付き合いたいのに」

「いいじゃない。

 このままでも。

 ああ…いてもたってもいられない…」

本当は女の子に戻りたい。

でも今は男同士、このまま禁断の愛に走ってしまうかもしれない…

更なる葛藤の前で、

杏はしばらくやっていなかったオナニーを

穿いていたパンツ越しに始めてしまったのであった。



つづく