風祭文庫・アスリート変身の館






「女装少年・杏」



原作・猫目ジロー(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-330





11月

「何で髪を切らなきゃいけないんですか!

 あたしより伸ばしてる女子もいるじゃないですかっ」

「木之下っ

 今のお前は男子だろ!

 男子のお前が女子のように髪を伸ばすことを

 これ以上見逃すわけには行かないんだ」

「でも、あたしは」

「お前の言いたいことは判る。

 しかしだ、

 男であるお前を特別扱いするわけにはいかない。

 いいなっ、

 明日までに髪を切ってくるんだ」

その日、生活指導の教諭・保坂に指導室に呼び出された杏は

背中まで伸ばしていた髪をバッサリ切るように指導されていた。

確かに杏の髪は女子ではよくある長さだが、

けど今の杏は“男子”生徒なのだ。



杏の通う学校は明治以来の伝統による強い教育信念を持っていて、

特に髪に長さについては女子の髪の長さは比較的自由であるが、

男子生徒には厳しい髪型が要求されていた。

しかし、これでも保護者の抗議で緩くなったほうなのだ。

何故ならこの中学校は一昔前までは

“男子生徒にだけ”

坊主頭を強要していたのだから。

だが“元女子”の杏にとっては

今時点でもこの学校の校則を厳しく感じているのだろう。



「あら、髪切ったんだ。

 さっぱりしていいじゃない。

 杏っ

 やっぱり男は髪は短い方が似合うよ」

「何でお姉ちゃんはデリカシーがないの!

 髪は女の命なのに…

 うっ…

 ひっぐ…」

そう杏の抵抗も空しく生活指導の場にて

髪を切ることを約束させられてしまったのだ。

生活指導の保坂としては“戸籍も男性”である杏を

特別扱いは出来ないのは致し方がないこと、

まして彼は剣道部顧問であり、

同部員達より鬼保坂とあだ名される厳しい男なのだから。



「はぁ…

 折角頑張って伸ばしたのに、

 これじゃあ男の髪型じゃない!」

杏は浴槽に備え付けられた鏡を見ながら

大きなため息を吐いていた。

だがそれも無理からぬことだろう。

“元女子”の杏にしてみれば女の命である長い髪の毛をバッサリ切られ、

耳が見える長さまで切られてしまったのだから

そう杏は他の男子と同じ長さの髪型にされてしまったのだ。



「…うっ

 …ひっぐ

 …これじゃあ

 ますます男の子に見えるじゃない…」

杏は慣れた手つきで男性の象徴の棒と袋を洗い終えると

浴槽に入り再びすすり泣きを始めていた。

無論、杏がこれ程泣くのには理由がある。

そう杏は今まで髪をこれ程ショートカットにしたことがないのだ。

確かに運動部などには短い髪型が好きな女子もいるが、

杏はその逆で黒髪のロングヘアーが大好きなのだ。



「それにしてもアタシの顔って

 こんなに男の子ぽかったかな?」

ロングヘアーの黒髪をバッサリ切られ

顔の輪郭が以前よりはっきり分かるようになったためだろう。

杏は今まで気がつかなかった自身の顔の変化にようやく気がついたのだ。

この数ヶ月で彼の体には

女子の時とは比べものにならない量の男性ホルモンが染み渡っており。

杏の顔の輪郭はふっくらした可愛いらしい女の顔から

凛々しい男性の顔立ちに変わろうとしていた。

それを裏付けるかのように

事実杏の大きく可愛いらしい目は鋭くなり始め

目元も男性のような雰囲気に変わり始めていた。



「はぁ…

 また髭が濃くなってるよ…

 もう自慰するの止めたのに…」

あの日を境に

真由美や友人までおかずにする自身の性欲に嫌悪感を感じた杏は

自慰行為をすっぱり止めてしまったため、

杏はもう一ヶ月以上自慰行為をしていないのだ。

だがそんな杏のセンチメンタルな乙女心を嘲笑うかのように

杏の股にぶら下がっている袋は

この一ヶ月の間も男性ホルモンを分泌し続け

着実に木之下杏を男性の世界に導こうとしていた。



「はぁはぁ…

 幸司君…

 あっ…

 はうっ…

 あん…

 あぁぁ…」

むくむく…

だが杏がどんなに強い乙女心で抗っても

現実問題今の杏は思春期真っ盛りの男の子。

やはり杏の男性器はこの一ヶ月精を溜め込んでいたために、

久方ぶりの夢精に入ろうとしていた。



「はぁはぁ…

 いやぁ…

 幸司君…

 あん…はぁ…愛してる…あうっ…」


じわっ…

余程気持ちの良い婬夢を見ているのか、

杏の顔は恍惚の色に染まりきっていたが

しかし、杏のソレは想いとは裏腹に

男性としての興奮を示し膨らみ続け

パジャマの股関部分に淡い染みが広がり始めていた…

杏は夢の中で好きな男子のことを想い女性として興奮しているのに

杏の体は男子の反応を示しているのだ。

本当に何という皮肉な話だろう。

好きな男性のことを想えば想うほどに

その男性ど同じ“男の体”に近づいていくなんて…



「はぁはぁ…

 あうっ…

 幸司君…

 もうダメ…

 はぁはぁ…

 あぁぁぁぁぁぁー」

びくびく…

杏の裏返った男子の声のような喘ぎ声と時を同じくして

彼の男性器は溜め込んでいた精を女性用ショーツの中に解き放っていた。

やはり一ヶ月間溜め込んだ杏のソレは限界だったのだろう。

染みはショーツの中だけに収まらず

パジャマの股関部分の濡らしてしまっていた。

そしてそこから立ち込める青臭い臭いは

まさに今の杏の“性別”を象徴していた…



びちゃっ…

「うっ…

 ひっぐ…

 何で出ちゃうの…

 アタシはこれ以上男らしくなりたくないのに」

精を解き放った快感で目覚めた杏は

夜中に一人で洗濯機を動かしていた。

そう己の精で汚してしまったパジャマを洗っているのだ。

だが自分の意思とは関係ない今回の夢精は余程堪えたのだろう。

杏は洗濯機の側で俯きながら儚げな表情をしていた…

そんな持ち主の心情を察しているかのように

杏のソレは皮を被って小さく縮こまっていた。



時の指針は止まらない。

そう時間は待ってくれないのだ。

そんな現実を突きつけるかのように

杏には新たな試練が訪れようとしていた。



「ママ!

 何よ、コレ!」

「何って、

 男性用の髭剃りクリームと洗顔クリームだけど…」

「洗顔クリームなら女性用の使ってるから

 要らないって言ったじゃん!」

「そのクリームが合ってないから

 ママが気を利かしてくれてんじゃん」

「お姉ちゃん…それどういう意味!?」

「アンタ男になってから皮脂増えてるでしょ。

 だからきちんと男用を使えってこと」

そう杏の体は男性ホルモンに支配され始めてるので

女子の時に比べ皮脂が急激に増えてしまっているのだ。

それを裏付けるかのように

杏の鼻や額は油でテカりやすくなっている上に、

濃くなって来た髭も女性用のシェーバーやクリームでは

剃りにくくなっていた。

また汗の匂いも完全に男性化してしまったために杏の体臭は変質し

今の彼は男子更衣室に入っても違和感のない匂いを放つようになっていた。

そんな状況だからこそ

男性用の化粧品でしっかりケアしたほうが良いのだが

自分の今の性別を認めるようで杏は中々使いたがらなかった。

そんな流されるままの付和雷同な状況に杏は抗いたかったのだろう。

彼はこの日前々から計画していたことを実行に移そうとしていた。



――外での女装――



“元・女の子”である杏は幼少時代から

当たり前のように女の子の服やスカートを履いていたが

男子になった今では家族の反対に遇い、

家族で出かける時もスカートや女装は固く禁止されていた。

だが今まで当たり前に着ていたお気に入りの

スカートや服を着れなくなるのは杏にとって到底納得出来る話でなく

彼はこの日駅の女子トイレでスカートや女性用の服を身に付け

外での女装を始めたのだった。



「うん…あたし完璧。

 ウィッグもちゃんと付けたし、

 女の子に見えるよね、アタシ…」

女子トイレの一室、

念入りに化粧をした杏は軽くウインクをすると

鏡の中の自分に向かって微笑んでみせる。

流行のオータムウェアに身を包んだ杏は確かに可愛くみえるし、

女の子だと通すこともできるが、

しかしその肉体は“男子”である以上、

以前のように気軽に女の子の服を着ることは出来なかった。

そうやはり世間体の問題や社会の目だろう。

無論、杏もそのことはよく理解しており。

今回の女装は絶対に“男の子”だとバレないように徹底していた。

男性の象徴である喉仏はスカーフを巻いてしっかり隠しているし

平らになった胸にはパッドを入れていた。

更に男性の象徴の股関部分には水泳用のサポーターを履いて

もっこりした部分を抑えている。

まさに完璧な”女装”。

でも、どんなに完璧な女装であっても

世の中にはそれを見抜く人間はいる。

そして、杏にとっての不幸は

そういう人間によく出会してしまうことなのだろう。



「ねぇ、

 ちょっとぉ

 そこのあなた」

「はい?」

突然杏は呼び止められると、

一人の女性が仁王立ちになって杏を後ろから指差している。

「(いつの間に…)

 なっなんでしょうか」

周囲を警戒しながら歩いてきた杏にとって、

その女性の存在は思いがけないものであり、

不意を突かれたためか、

少し緊張しながら聞き返すと、

ツカツカツカ

一見すると女子高生と思われる女性は杏に近づき、

そして、

ジロジロ

と杏の正面・側面・背面をくまなく検分すると、

さらに、

両手の親指と人差し指で作った四角形の中に杏を入れ、

じっと見つめてみせる。

「なっ何なんですか。

 この人…」

まさに狩人の目。

と言っても過言ではない彼女の眼力の圧力に杏は圧倒され、

棒立ちになっていると、

「うん」

何かを確信したのか女性は大きくうなづき、

杏の耳元に口を寄せると、

「(ぽしょ)あなた“男の子”でしょ?」

と指摘した。

「…えっ?」

見破られた。

そう、完璧だったはずの杏の女装が見破られてしまったのだ。

「そんな」

血の気が下がっていくのを感じながら杏は顔を青くすると、

「図星ね。

 わたしの目をだまくらかそうたって、

 そうはいかないわよ。

 ここで会ったが百年目…じゃなかった。

 長崎の敵を江戸で…じゃなくて」

「何かの縁…でしょうか?」

「あっ、そうそうそれよそれ…あっ

 コホン

 細かいことは横に置いといて、

 いろいろ聞きたいことがあるんだけど、

 付き合ってくれるかな?」

興味津々そうな表情をして彼女は言う。



「そっかぁ〜

 杏ちゃんって言うんだ。

 女の子みたいな可愛い名前だね」

杏の話を聞いた女性はウンウン頷いて見せると、

「アタシは女です!」

杏は力いっぱい力説する。

すると、

ギュッ!

「きゃっ、

 いや…何すんの!」

いきなり股間を鷲づかみにされた杏が悲鳴を上げると、

「あははっ

 ただの確認だってぇ、

 やっぱ付いてるじゃん」

と女性はどこ吹く風。

「だったら何だって言うんですか!」

「別にぃ…

 それよりもさ、

 お腹空いてない?

 立ち話も何だし、

 ちょっと私と食事しない?

 付き合ってくれたお礼に奢るからさ」

「結構です!」

「あらあら、

 いいのかなぁ…

 一緒に来てくれないと

 私、口軽くなっちゃうよ?」

「どういう意味ですかソレは?」

「だって君、

 男の子なのにそこの女子トイレから出てきたじゃん。

 おまわりさんに言いつけちゃお」

「…くっ

 わかりました…」

そういくら杏が“元女の子”だと言い張ったところで

現実に今の杏の戸籍は“男性”であり、

彼は木之下家の“次女”ではなく“長男”なのだ。

事実保険証や戸籍にもそう記されており。

杏は法律上は“男性”として扱われる。

そんな杏が女子トイレに入っていたことがバレたら

やはり色々と問題になるだろう。



「私の名前は西本奈央。

 あっ因みに年齢は18歳。

 立派な花の女子大生よ。

 だからよろしく〜」

「え?、

 高校生…じゃないんですか?」

「ふふん、

 私、童顔だから若く見えるでしょ。

 へっへ〜

 羨ましいかね、坊や?」

童顔でマイペースな女性は西本奈央と名乗り、

大学生であることを告げる。

杏も最初はこの女性のことを警戒していたが

奈央の仕草の子供ぽさを見ているうちに、

彼女への警戒心は少しずつ薄れていった。

「へ〜“元女の子”ね〜」

「…信じてくれましたか?」

「…まぁ、

 広く一般的には荒唐無稽な話で片付けられてしまうけど。

 でも、いいんじゃない?

 そういうのがあっても」

咥えたスプーンを揺らしながら奈央は言うと、

「…荒唐無稽…ですか」

彼女の言葉に杏はショックを受けていた。

「あっ、もしかして君、

 最近話題になってる“性同一性障害”ってやつ?」

「そういうことでは…」

確かに人間の性別が薬品で変わったなど

やはり中々信じてもらえる話ではないのだろう…

そう杏は世間一般からみれば性同一性障害の“男の子”に見えるのだ。

事実杏の心は“女の子”だし

それもあながち間違った話ではないのだが

正真正銘の女性だった杏にはやはり堪える話なのだろう。



「え?

 ボクの為に服を?」

「そう、

 あたし、服飾デザイナー目指してるんだ。

 これでも、中学・高校とファッション部の部長だったのよ」

「それとボクの服を作るのに何の関係があるんですか?」

「だって君、

 女装禁止されてるんでしょ?

 ねっ杏ちゃんにとっても悪い話じゃないと思うけど」

「確かに悪い話ではないですが…」

「よしっ!

 じゃあ決まりね」

「はぁ」



――女の子の服がまた着れる――



杏は素っ気ない態度を装っていたが

先程から彼の心臓はドキドキしっぱなしだった。

そう以前は女の子の服やスカートを履いても

こんなに興奮しなかったのに

男の子になってからは

女装する度に無性に興奮するのだ。

無論杏は自分が女装で性的に興奮してると認めたくなどなかったが

杏の男性の象徴はこの瞬間にも如実に興奮を表していた。

そう、杏は自分の女装姿に興奮しているのだ。

それを裏付けるように

杏のソレはサポーターを突き破る勢いで

スカートを押し上げて続けていたのであった。



つづく