風祭文庫・アスリート変身の館






「杏の乙女心」



原作・猫目ジロー(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-327





秋・10月

『何で…私がテノールのパートを歌わなきゃいけないわけ…?』

秋恒例の合唱祭のパート決めで、

杏は音楽教師に男子のパートである

テノールパートを歌うよう指示されたのであった。

しかし、杏は心の中で一人静かに憤慨していた。

だがそれも無理からぬことだろう。

何故なら、木之下杏は去年までは可愛らしい声で、

ソプラノパートを歌っていたのだから。



「…木之下の声可愛くなくなったなぁ…」

「…木之下さん…他の男子と同じように喉仏あるよね…」

「あ〜ショックだなぁ…俺木之下の声好きだったのにさ」

バン!!

クラスメイトの話が余程気に障ったのか、

杏は音楽室から飛び出し、

いたたまれない気持ちのまま、

いつものように保健室に向かった。

そう、男性化した杏にとってその場所は、

唯一、心のオアシスと呼べる場所なのだ。



「あら、木之下さん…

 今日はどうしたの…」

「夏川先生…アタシ…」

「ふふっ…

 いつものようにここで愚痴っていきなさい…

 楽になるから…」

「はい…」

養護教諭の名前は夏川加奈子、

彼女は誰にでも優しく生徒に人気があった。

無論、それは杏も例外ではなく、

今の彼は夏川先生に話を聞いてもらうのが、

心の支えの一つになっているのだ。

「先生…アタシの声…

 やっぱり男の子の声ですよね…」

「あっ、合唱祭の練習かぁ…

 木之下さん、そのことで悩んでるのね…」

「はい…アタシ声変わりしたせいで…

 昔の声が出せないのが辛くて…うっ…ひっぐ」

「そんなに泣かないで木之下さん…」

「それに貴方の声、

 男子としては高いから女性の声にも聞こえるよ」



確かに杏は喉仏が出来て声変わりしてしまったが、

それでも彼の声は比較的高い方で、

声の低い女性の、

所謂ハスキーボイスに聞こえなくもないのだ。

しかし、だからといって、

かろうじて女性の声に聞こえる声など、

アイドル顔負けの可愛いらしい声だった杏には、

何の慰めにもなっていないのだが。



――泣きっ面に蜂――



そう、災難というのは立て続けに起こるもので、

この日の杏は更なる災難に出くわしてしまうのだった。



ドン!!

「先生、木之下が!!」

「どうした木之下!

 何が有ったんだ!?」

「それが、股関にボールが直撃したみたいで…」

「やっぱ木之下も男だな…

 玉にボール当たって苦しむなんてさ…」

『黙れ!…

 黙れ!!…

 小西頼むから黙ってよ…

 くっ…何でこんなに痛いの…』

杏は体育の授業中、

声の悩みに気をとられ、

男性の急所である袋にボールが直撃してしまったのだ。



『痛いよ…

 何なのこの痛み…

 生理痛より痛いじゃない…』

日頃は触ることも嫌悪しているソレを、

男性用の短パンごしに手で押さえながら、

杏は校庭に踞ってしまった。

他の男子は大なり小なり幼少時代に、

理不尽な、男の急所への痛みを経験しているが、

杏は“元女の子”なのだ。

昔の杏に、男の子の痛みの経験をしろというのが土台無理な話だった。

しかし、今の杏は玉も棒もくっついてる正真正銘の“男の子”

だから、ボールが直撃した玉が痛くて堪らないのだ。



バタン!

「はぁ…酷い目に合ったぁ〜にしても、

 まだ下腹が痛いよ…」

杏は大きなため息を吐きながら、

いつも通り、男子トイレの個室で、

男子用の短パンを脱ぎ始める。

そう、男子更衣室での猥談にうんざりした杏は、

再び男子トイレの個室で着替えるようになってしまったのだ。



『あれが男の子の痛みか…

 にしても、敏感なのねこの袋って…』

杏は女性用ショーツをもっこり押し上げてるソレを、

優しく触りながら考えこんでいた。

恐らく、今日の出来事で、

今の自分は“男の子”だと再認識してしまい、

そのことで物思いに耽っているのだろう。



「ふふっ…木之下君…

 アソコにボールが当たった感触はどうだった…

 クスクス」

「真由美…

 それに梨華や早苗まで…

 アタシに何の用?」

杏の使っている男子トイレは体育館の近くに併設された築年数の古い物、

そこは普段なら人通りの少ない場所なのだが…

恐らく真由美達はこないだの復讐に、

杏が一人になるこの場所で待ち伏せしていたのだろう。

まったくご苦労なことだ…



「…クスクス…

 今の聞いた“アタシ”だって…」

「可愛い〜杏ちゃん女の子みた〜い」

「アタシは女だって、

 アンタ達も知ってるでしょ…」

「はっ…今は玉ぶら下げてる立派な男だろ」

「真由美…アンタ…」

「違うってのかよ…

 ははっ…じゃあテストしてやるよ…

 梨華!

 早苗!」

息巻いて真由美を平手打ちにしようとした杏を軽くいなし、

梨華と早苗は杏の両腕を押さえつけた。

いくら杏が今は“男の子”だといっても、

彼はいまだに水泳部には顔を出してなく、

また筋力トレーニングも特にしていないため、

水泳部の男子達に多い逆三角形の体型にはなれず、

男子の肉体に女子の筋力程度のヒョロヒョロの男子なのだ。

さらに杏はこれ以上男らしくなるのを恐れ食事制限しており、

今の杏の腕は細いままだった。

そんな杏にゴリラの様な真由美達をはね除けろと言うのは、

土台無理な話だろう。



「…クスクス…

 何、この細い腕可愛い〜、

 全然鍛えてないじゃん」

「それに脱毛してて、

 毛も一本も生えてね〜じゃん」

「アタシをどうするつもり真由美…」

「言っただろ…

 テストしてやるってさ…

 ふふっ、童貞君には刺激的かもな…」

真由美は杏を嘲笑う様な口調で挑発し、

おもむろに自身の制服のスカートを捲ると、

ピンクの下着を杏に見せつけた。



「なっ…何のつもり…

 やっ、止めて…」

「どうした童貞君?

 興味あんだろ…

 ホレッ…

 ホレッ…」

「…クスクス…

 杏ちゃん可愛い〜

 耳まで真っ赤になってるよ」

「ねぇ真由美見て見て、

 杏ちゃんのズボン膨らみ始めてるよ…」

杏は既に一年近く“女子更衣室”に入っておらず、

また、浴槽では自身の“男の子”の体を毎日洗っているため、

今の杏にとっては、

女の子の下着や体は簡単に見れるものではないのだ。

それにいくら本人が否定しても、

杏は思春期真っ盛りの男の子。

だから、時には本人の意思とは関係なく、

ソレは立ち上がってしまうのだ。



「あはは、

 可愛い〜

 どんどんおっきくなってるよ〜」

「そんなに真由美の下着に興奮してんの?

 …クスクス…」

「違う!

 違う!!

 そんなんじゃ…アタシは…アタシは…」

「そんなに勃起して何が違うってんだよ、

 どうだ胸も揉みて〜か童貞君?」

「やだぁ〜

 また膨らみ始めたよ杏ちゃん…」

「何だかんだいっても、

 他の男子ともう変わんないじゃん。

 …クスクス…」

「アハッ、

 どうせウチらのこともおかずにしてんでしょ?」

「違う…

 アタシは女の子なんだ…うっ…えっ…ひっぐ…」

目の前のどうしようもない現実を前に、

杏は大きな目に涙を浮かべながら泣き出してしまった。

だが、そんな杏のセンチメンタルな乙女心を嘲笑うかのように、

彼のソレは膨らみ続けた。

恐らく“元女の子”の杏は、

以前女子更衣室で見た真由美の巨乳を、

鮮明に思い出してしまったのだろう。

既にショーツの中で杏のソレは、

先走りの涙を流すほど興奮しているのだ。

事実、それを証明するかのように、

杏のショーツには淡い染みが広がり始めていた。

だが、杏は日頃の行いが良いのだろう。

こんな状況で漫画のように助け船が来るのだから。



「オイ、お前らこんな所で何やってんだ!」

「こっ、幸司君…」

「けっ、遠山か…

 何だ、杏ちゃんが可哀想になったってか…」

「木之下は

 “水泳部”の仲間なんだ!

 助けるのは当たり前だろ!」

「あ〜あ、

 暑苦しいね〜

 遠山はさぁ〜

 はっ、オラ行くぞ、

 梨華、早苗!」

「大丈夫か…木之下?」

「うん…ありがとう幸司君…」

杏は助けてくれた幸司の優しさに涙していたが、

同時に興奮もしているのだろう。

何故なら、彼のショーツの中のソレは、

今だ膨らみ続けているのだから。

「もぅそろそろ水泳部に戻って来いよ」

「それは…」

「木之下」

「はい?」

「お前、水泳授業で水泳部のパンツ穿いていただろう。

 いまでも木之下は水泳部員だ。

 俺、お前が帰ってくるのを待っているからな。

 もちろん、部のみんなも同じだぞ」

「あっありがとう…」

幸司の励ましに頬を赤らめて杏はお礼を言うと、



「それとだ、

 筋力トレーニングをしろよ。

 前の木之下はもっとこう、

 馬力があって太くて逞しかったからな」

「なっ、

 ひっひっどぉぃっ!

 誰が”太かった”んですかっ」

「あはは、

 笑顔が戻ったな、

 まぁ汗をかいたほうがいいぞ。

 と言うことだ。

 青白い顔をして居ると、

 自分を責める方にモノを考えるからな。

 じゃっなっ、

 必ず水泳部に顔を出せよ。

 特典は俺とお揃いのパンツを穿いてプールサイドで握手だ」

怒った杏の顔を見て安心したのか、

幸司はふざけ半分に言うと杏の元から去っていく。



――今日起きた出来事は心身共に疲れたのだろう。

帰宅した杏は自室のベッドの上にだらしなく寝転がってしまった。

「はぁ〜

 今日も疲れたぁ…にしても幸司君ったら、

 お揃いのパンツを穿いて握手って、

 どういう神経でそういうことを言えるのかしら…」

幸司から言われた言葉を杏は思い出すと、

ふと、水泳部の競泳パンツ姿の自分と幸司とが、

二人並んでプールサイドに立つ姿を妄想する。

しかし、

「だめっ、

 それじゃダメなのっ」

杏は自分の妄想を強く否定すると、

「そんな自分じゃなくて、

 女の子の自分じゃなくちゃ…」

と女子の競泳水着姿の自分を思い浮かべようとするが、

しかし、浮かんできたのは、

自分を苛めているときの真由美であった。

そして、その真由美の揺れ動く胸を思い出すと、

「真由美の奴、

 相変わらず胸がおっきかったなぁ…」

と呟いた途端。

ムクッ…

杏の股間が反応した。

「やっ…何で膨らみ始めてんの…

 まさか真由美の胸に興奮してんのアタシ…」

そう、“元女子”の杏は、

少し前まで“女子更衣室”で女の子の着替えを見てたので、

当然、真由美のしてるブラを見たこともあるのだ。

恐らく、杏はその時のことを思い出してしまい、

興奮しているのだろう。



「お願い収まって…嫌…何でどんどん頭に浮かぶのぉ〜」

そう、興奮状態になってしまった杏の頭には、

同級生の恥態が次々に浮かんでしまうのだ。

恐らく、“元女子”というのが災いして、

生々しい妄想になってしまってるのだろう。

そう、杏の頭には水泳部の合宿で見た幸司の胸や裸も浮かんでいるのだ。

むくむく…

「ダメだ…もう我慢出来ない…

 皆…ゴメンね…」

学生服のズボンを押し上げるソレの興奮に抗えなくなったのだろう。

杏は学生服のベルトを外すと、

おもむろにズボンを脱ぎ始めた。

恐らく、真由美や同級生をおかずに自慰をするつもりなのだろう。



「はぁはぁ…

 真由美のおっぱい…

 はぁはぁ…

 あっ…うっ…あん…」

杏は女性用ショーツの上から、

優しく“ソレ”を愛撫し始める。



「いっ…

 あっ…

 あっ…

 はぁはぁ…

 あっ、

 はう…はぁはぁ…」

恐らく、杏のソレは皮が剥け始めたことで敏感になってるのだろう…

先走りの染みはみるみるショーツに広がり始めた。



「はぁはぁ…

 幸司…

 真由美…

 はぁはぁ…

 あっ…

 うっ…

 あん…

 あぁぁ…」



杏は本能に身を任せながら、

幸司や真由美の柔らかそうな胸や太ももを思い出し、

夢中でソレを愛撫し続けていた。

余程興奮しているのだろう…



「はぁはぁ…

 あっ…

 あぁぁ…

 はぁはぁ…

 あぁぁぁぁぁぁー」

杏は激しく身悶えしながら精を解き放っていた。

染みは瞬く間にショーツの全面に広がり、

そこからは既に青臭い臭いが立ちこめていた。



「はぁはぁ…

 アタシ…

 皆をおかずに使っちゃったんだ…

 うっ…

 ひっ…

 ひっぐ」

興奮が冷めて頭が冷静になったのだろう。

杏はいつも通りの“乙女心”を取り戻していた。



「…これじゃあ、

 真由美達の言うように、

 本当に男子と変わらないじゃない…」

そう、杏は自身のしてしまった行為に、

乙女心が崩れそうになっているのだろう。

だが、ショーツに染み付いた男子の精の臭いは、

杏に無情な現実を叩きつけた。



「…この臭い…

 やっぱり…

 アタシ、自分の下着、

 また汚しちゃったんだ…」

同級生をおかずにしてしまったのが、

余程堪えたのだろう。

杏はその日、

日がくれるまで自室で泣き続けた。

そんな杏のセンチメンタルな乙女心を嘲笑うかのように、

杏の部屋や男性の象徴からは、

青臭い竹のような臭いが立ちこめていた。



つづく