風祭文庫・アスリート変身の館






「杏の思春期」



原作・猫目ジロー(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-326





9月…

木之下杏が製薬会社の事故に巻き込まれ

男性化してから5ヶ月の月日が流れていた。

無論、

その間、杏は自らの肉体の第二次性徴や男性の性欲とも必死に戦ったが、

いくら心や脳が女の子でも現実問題肉体が男性である以上、

男性ホルモンは日々増えていき、

杏の体つきは確実に男性に近付いていた…



「はぁはぁ…

 あっ…

 はうっ…

 いっ…

 あぁぁぁぁ…

 はぁはぁ…

 またやっちゃった…

 アタシ…

 これじゃあ男子と同じじゃない…

 うっ…」

木之下杏は自室のベッドの上で

自らの手についた男性の精を拭きながら涙声でそう呟く。

杏は自室であれほど嫌悪していた自慰行為をしていたのだ。

だが、彼の話に耳を傾けてみると、

どうやらこれが初めてではないらしい。

無論、杏自身は嫌がっているようだが、

思春期の男子の強い性欲には抗えないのだろう。

そう、杏自身はそのような行為を本来ならしたくなどないのだ。

しかし現実問題、

杏の男性器では毎日男子の精が作られており、

その行為をやらなければ、

授業中やふとしたきっかけでソレが勃ち上がってしまうのだ。



「ふうっ…

 また消臭剤を使わなきゃ…

 はぁ…

 にしてもこの本、バレてないよね?」

精を解き放った部位をウェットティッシュで丹念に消毒しながら、

杏は一冊の本を見つめていた。

所謂自慰行為の時のオカズって言う名の本。

無論、女子の時の杏はそのような本など所有しておらず、

逆に女性を性の対象として売り物にする本の存在を

心の底から嫌悪してたくらいだった。



『だから、男子って嫌なの…

 アタシ達の胸や脚をエロい目で見てさぁ…』

かつての杏はエロい男子のことをこのように評していた。

杏はクラスでエロ本の貸し借りをする男子を心の底から嫌悪していたのだ。

しかし、いくらそのような女子としての潔癖な心を持っていても、

杏のソレは節操なく勃ち上がり、

杏の脳に放精を求めてしまう…

無論、杏もそのような気持ちに抗ったが、

しかし思春期の男子の性欲は、

そんな杏のセンチメンタルな心情まで塗り潰してしま程に強烈なのだ。



『何でこんな本見たいんだろ…

 アタシだって同じようにおっぱいが膨らんでたのにさ』

杏を男性化させた薬は、

恐らく杏の脳にも影響を与え始めているのだろう。

以前の杏は男の子の前で振りっ子ぶる女性が大嫌いだったのに、

今ではそんな彼女達から目が離せず、

寧ろ可愛いとさえ思ってしまうのだ。

テレビで女性アイドルのセクシーなダンスやヒップラインを見ると、

無性に胸がドキドキしてしまい、

心臓が高鳴るのだ。

また、未だに頑なに履いている杏のショーツの中のソレは男性としての興奮を示し、

杏に無情で切ない現実を突きつけるのだった。



「ねぇ、杏もしかして髭剃り始めた?」

「えっ、剃った場所目立ってる!?」

「いや、目立ってないって…

 たださ、鼻の下が少し肌荒れしてたから…」

「そっか…一応剃った後、

 乳液や化粧水で手入れしてるんだけどな…」

「ゴメン…私…でもさ、

 そんなに目立ってないって、

 少し赤くなってるだけだからさ」

「あっありがと…乙葉」

確かに、友人の乙葉の言うとおり、

杏の鼻の下の髭剃り後は少し赤くなっていた。

恐らく、肌がまだ髭剃りに慣れていないため、

剃刀まけを起こしてしまったのだろう。

杏自身もその事は気にしていて、

事実、今の彼にとって三日に一回の髭剃りは

何よりも嫌で憂鬱な時間だった。

だって剃る度に自分の性別を突きつけられるのだから。

しかし、どんなに拒絶しょうが心が乙女だろうが、

杏は中学二年生の男の子。

それを裏付けるかのようにこの一年で杏の身長は166cmまで伸びてしまい、

また肩幅や骨格もより男性化したため、

女子の時の制服はキツくて着れなくなり、

その容赦のない現実は更に杏の乙女心を締め付けていた。

それでも…そんな過酷な状況下でも、木之下杏は現実に抗い続けていた。

女子の時はスポーツ少女でずぼらだった杏は、

男子になってからは潔癖症になり。

部屋には消臭剤やアロマオイルを炊き、

必至に男子の汗臭い体臭と戦っているのだ。

更に杏の涙ぐましい努力は続いた。

少しでも自身の男子としての体臭を消すため、

学校に行く前は必ず朝風呂に入るように心掛けるようになり。

また、香水も匂いのキツい女性用を使うようになっていた。

杏は女の子の時からは考えられないくらい、

女性という性別に固執するようになってしまったのだ。

恐らく、男子になってしまったことで、

眠ってた乙女心が表層に出てきたのだろう。

だけど今の杏は男子。

そのような行動をとればなよなよしてると周りに思われてします。



「ニューハーフ!!」

「真由美…

 今、アタシのこと…

 何て呼んだの…

 答えて真由美!!」

「…クスクス…

 真由美に当たる何て欲求不満なんじゃない…

 童貞君…

 クスクス…」

「ボソッ…杏、相手にしちゃダメ…

 真由美は…彼氏に振られてイラついてるだけだから」

「アア!?

 てめえ乙葉、

 葵、

 二人揃ってそのキモい女男庇おうってのか!?」

「キモいのはオメェの厚化粧だろ!

 私の友達悪く言うな!!」

「そっ、そうよ…葵が空手習ってんの、

 し、知ってるでしょ真由美」

「けっ、クソ面白くもねぇ。

 覚えてろよ。

 葵、乙葉…

 それとニューハーフの杏ちゃん…」

元々杏は容姿に恵まれた方だったので、

幼少時代から嫉妬されやすく、

とりわけ真由美達の様なギャルは、

あからさまに杏に敵意を剥き出しにしていた。

だが、杏には何時だって頼りになる幼なじみがいた。

そう、それが乙葉と葵なのだ…

杏が男性化してからは女子特有の陰湿さで、

杏の陰口を言ったり、

心ない言葉を彼の下駄箱や机に入れる者も居た。

それでも、杏が不登校にならずに学校に来られるのは、

やはり二人のお陰なのだろう。



「ふうっ

 …今日も乙葉や葵に助けてもらっちゃった。

 …まだまだ弱いなアタシ…」

自室の浴槽で杏は儚げにそう呟いた。

恐らく今日の出来事を思い出しているのだろう。

「はぁ…でもキモいよね。

 声変わりしたのに、

 アタシ女言葉で喋ってるし…」

杏の声変わりは既に終わっており、

女子の時の可愛いソプラノボイスは、

無情にも喉仏の出現で失われてしまったのだ。

「またカラオケで昔のように歌いたいなぁ…

 はぁ…

 本当にいつ出来るんだろ解毒剤」

杏はコリッとする喉仏を切なそうに触りながらそう呟く。

そう、いくら男子としては高く可愛い声でも、

女性アーティストの歌を歌っていたあの可愛い声は、

喉仏に邪魔されもう出すことが出来ないのだ。



「それにしても…

 自慰のやり過ぎなのかな…

 最近大きくなってるよねコレ」
 
杏は男子の象徴の棒と袋を慣れた手つきで洗いながら、

独り言を呟いていた。

確かに、杏の棒は5ヶ月前に比べ大きくなっており、

先端の皮は既に捲れ始め、

桃色の頭が顔を出し始めていた。



「イタッ…

 やっぱり先端の皮がないと擦れて痛いよ…」

風呂上がりに女性用のショーツを履きながら、

杏は自身の象徴から伝わる擦れる痛みに、

ビクッとなるとぼやいてみせる。

だが、それも無理からぬことだろう。

女性用のショーツは本来男子が履くことなど想定されておらず、

杏の皮が剥け始めたソレを保護するにはあまりに不適切なのだ。

しかし、父親からそのように諫められても、

杏は頑なに女性用ショーツを履き続けていた。

そう、例え女装男子だと周りに罵られても、

それを履くのを止めたら、

杏は自身の性別を認めることになるのだから。



「やっぱヒリヒリするなぁ…

 でも剃らなきゃ目立つしなぁ…」

杏は自室の姿見の前で髭を剃りながらそう呟く。

5ヶ月前は産毛だった髭は剃る度に濃くなり続け、

今では、三日に一回は男性用のシェービングクリームをつけ、

髭を剃るのが杏の習慣になっていた。

「はぁ…

 どんどん濃くなってるよ…

 アタシもその内…

 クラスの男子みたいに毎日剃る日が来るのかな…」

やはり杏にとっては髭剃りは憂鬱な時間なのだろう。

しかし、現実問題杏の肉体は日々男性ホルモンが浸透し、

髭が生えるのは男性の生理現象なのだから、

それは受け止めねばならぬのだろう。



「アタシ…まだ女の子に見えるよね…」

杏は自室で女子時代の制服を着ながら、そう呟く。

確かに、髭やすね毛をしっかり処理した杏は女の子に見えるが、

声をよく聞けば、

鼻にかかるニューハーフの様な声になっているし、

女子の時に比べ皮脂が増えた影響で、

鼻や額は少し油でテカっていた。

無論、杏自身も油取り紙などでしっかりケアしてるものの、

杏の肌はかつてのように女性ホルモンに守られておらず、

柔らかくすべすべだった杏の皮膚は男性ホルモンに塗り潰され、

確実に男子のような硬い肌質に近づいていた。



「ヤバい…

 そろそろ脱がないと肩がつりそう…

 でも、その前に…」

杏の女子用の制服は小柄な156cmの女の子用のサイズで、

166cmになり肩幅も少し広がった今の杏にはキツイのだ。

そんな事実を突きつけるかのように、

杏の制服はスカートをベルトで巻き上げていないのに、

ミニスカート状態になってしまっていた。

しかし、そんな切ない女装姿も今の杏には興奮する材料になるのだ。



「はぁはぁ…

 もうダメ。

 ムラムラして我慢出来ない…」

女子の制服やスカートなど以前なら四六時中着ていたのに、

杏は興奮が抑えきれなくなっていた。

恐らく、世間体を気にする家族に外での女装を禁じられた杏は、

鬱憤が溜まっているのだろう。



「何でこの制服、

 外で着ちゃいけないの…

 こんなに似合ってるのに…」

確かに、未だに杏は女子制服がよく似合っている。

けど、声は無理した裏声のように聞こえるし、

よく見ると体の脂肪も薄くなり、

骨や筋肉でゴツゴツし始めているので、

鋭い人が見れば一発で男子だとバレてしまうだろう。

事実、杏はこの前女装して服を買いに行った時、

店員に男の子だとバレてしまったのだ。



「はぁはぁ…

 あっ…

 はうっ…

 あん…

 あぁぁ…」

そんな自分を偽る日々はストレスが溜まるのだろう。

杏は女子制服を着たまま自慰行為を始めてしまうと、

足を大きく開いて、

自分の股間から突き出すシンボルをスカート越しにしごき始める。



「あっ…

 いっ…

 うっ…

 あん…

 はぁはぁ」

杏の自慰行為は一見女の子のソレに見えるだろう。

彼はショーツやスカートの上からソレを愛撫しているのだから。

やはり、“元女の子”の杏には、

直接触って男子のように荒々しくは出来ないのだろう。



「はぁはぁ…

 そこ…

 いぃ…

 はぁはぁ…

 幸司君…」

杏は憧れの君である遠山幸司を想いながら自慰をしているのだ。

しかし、これには杏なりの切ない理由がある。

そう、杏は自分がこのまま男子の色に染まるのが、

怖くてしかたないのだ。

だから、女の子の気持ちで自慰をするのだろう。



「はぁはぁ…

 あっ…

 あぁぁぁぁぁぁ…」

現実問題、

杏は男の子、

その現実を突きつけるかのように、

彼はスカートに精の染みを広げ、

そこから青臭い臭いを放っていた。

しかし、その臭いや染みは、

幸司のことを想って出した女の子の結晶なのだ。

「幸司君…はぁはぁ」

そんな杏のセンチメンタルな心情を嘲笑うように、

部屋には青臭い栗の木のような臭いが充満していた。



つづく